第十五話 こいつはバリやばい
阿之助と一葉は妖怪の集落にたどり着いた。百鬼夜行のように妖怪たちがいるわけでなく、寂れた神社があるだけだったが、その神社の番人だった二足歩行のイノシシの妖怪が、やはり番をしていたため、間違いなく妖怪の集落だとわかった。
一葉は初めて見る妖怪に驚き、言葉を失っている。その様子を横目に阿之助はためらいなく、イノシシ妖怪に話しかけた。
「総大将殿に会いたいのですが」
「ダメだ。苔尾様にお会いできるのは夜行の日だけだ」
「緊急なんです、妖怪の今後を左右する」
「ダメなものはダメだ。帰れ」
そう言ってイノシシ妖怪が阿之助と一葉を追い払おうとすると、神社の奥から「通せ」と、聞き覚えのある異質な声がした。
「ここに二度来た人間はお前だけだ」
昨日と同じ部屋に、同じように総大将 苔尾がだらりと座っていた。
「気づいているとは思いますが、妖怪の状況はとても悪い。そんな状況を打開する策が僕にはあるんですが、その前に確認をしておきたいんです。三年前、疫病を流行らせたのは苔尾さん、あなたですか?」
苔尾はシワの多い顔に、軽い笑みを浮かべた。
「そうだ。あれはわしの力だ。群れを守るために、敵対意識のある者を殺したはずだったが、どうにも人間は立ち直るのが早い、そこのお嬢さんが仕える九条家の当主など、最たるものだ。前当主の指揮は目を見張るものがあったが、娘はすでにその父を超えておる。天才が死せばそれを超える天才が現れる」
「そうやって進化してきましたから」
「そのよそで、我らは住処を追われた。日に日に群れは小さくなった。もう争ったところで滅びは免れない。幕府の妖怪殲滅の話も知っておるよ」
苔尾の笑みは諦めの笑みだった。群れを守ることに命をかけてきた長は、すでに疲弊しきっていた。
「そこで提案です。九条家の傘下に入りませんか?」
「利久さん!?」
急な話の展開に大声を上げる一葉。
「苔尾さんも九条さんのことは一目置いている様子ですし、苔尾さんの疫病を流行らせる力、野心家の九条さんは喉から手が出るほど欲しいはず。それにこの前のキリシタン弾圧の一件、今回も調査に駆り出されているところを見るに、九条家は幕府からの信頼が厚い、多少の無理はしてくれるはず」
「群れが生きてゆけるのならば、この老いぼれの身などいくらでも捧げよう」
「じゃあ、決まりですね。一葉さん、アポ取っておいて」
「人使い荒いんですから」
一葉がため息をついた瞬間、あたりの山々に、怒り狂ったように荒々しい雄叫びが響き渡った。苔尾は少し表情を曇らせ、阿之助に言った。
「今の声の主を、お前の懐の銃で撃ち殺しておくれ。そうすれば、お前がなぜ、我らを九条家の傘下に入れたいのか、だいたい理由はわかるが、黙っていてやろう」
「その方がお互いに平和ですね。なので殺してきます。声の主は一体どんなやつなんですか?」
「我らの希望になれなかった男だ」
道之助は変装が得意で、イケメンに化けては女と遊び呆ける毎日を送っていた。そんなチャラ男は一切顔を見せない女 森代と出会った。興味を持った道之助は森代に顔を見せてもらうために、遊びに連れて行ったり、自慢の料理を振る舞ったりした。
すっかり打ち解けたある日、道之助はついに、その顔を見せてくれと頼んだ。森代はしばらく嫌だと言ったが、道之助があまりにしつこいので、仕方なく顔を見せた。
「化け物って言うんでしょ……」
森代は一つしか目がない、一つ目女だった。小さい頃に両親を亡くし、それから妖怪とのつながりがなくなり、人間の社会でひっそりと生きてきたのだった。その顔を見て、道之助は変装を解き、自分の一つ目を披露した。
「この顔のどこが化け物なんだ?」
二人は本当の自分を見せられる存在として、お互いを信頼し、愛し合った。そして、森代は子供を身籠った。いいことのはずだったが、森代は小さな頃から貧相な生活だったため体が弱く、出産に耐えられないことがわかった。
「あんたは女ったらしだから、心配はいらないかもしれないけど、私のことを思って誰とも結婚しないなんてやめてね。この子は私のことなんか知りもしないんだから、ちゃんとお母さん見つけてやってね」
「……ああ」
森代は木郎を産んで、すぐに死んだ。
阿之助と一葉が妖怪の集落にたどり着く少し前、家で寝ていた木郎は喉が渇いて目が覚めてしまった。隣で寝ている生百合を起こさないように、台所へ行って水を飲むと、道之助がいないことに気づいた。
「外かな?」
木郎は外に出て見たが、あたりに道之助はいない。
「どこいったんだ。父ちゃーん」
夜の森を歩いて山道に出ると、木郎はうつ伏せで倒れている道之助を発見した。
「父ちゃん。こんなところで寝たら風邪ひくって」
木郎は道之助の肩に手をかけて、仰向けにした瞬間、頭が真っ白になった。そこへ熊男 源次が現れた。
「木郎、何してんだこんなところで?」
「……源次の方こそ何してんだよ」
「ああ?いや、朝さ、お前スゲェ怒ってたから、悪いなと思って果物をよ、でも直接渡すのはなんか、恥ずいから、玄関前にでもおいておこうかなと思ったんだよ。見つかっちまったけどよ」
源次は果物がたくさん入ったカゴを持っていて、嘘をついている様子ではなかった。しかし、木郎は疑った。
「お前がやったのか……?」
源次は木郎に近づき、ようやく道之助が倒れていることに気づいた。道之助は顔から胴体にかけて、夥しい数の切り傷があり、すでに息絶えていた。
「んなことするわけねぇだろ。山道荒らしの真犯人だ」
凄まじい殺気を感じ、源次は木郎を抱えて飛び退いた。かろうじて避けられたその攻撃を放った者は、人の姿をした妖怪だった。ぼさぼさの髪は逆立ち、ヨレヨレの服は不気味な風に揺れ、棒立ちで二本の刀を構えもせず、見開かれた殺意剥き出しの瞳はこちらを見つめている。
「こいつが犯人か。木郎、逃げろ。ダッシュだ」
源次は木郎を下ろし、その化け物に対し構えた。
「でも源次」
「いいから逃げろ!こいつはバリやばい」
次回、人を超えた化け物がようやく出てきます。




