第十四話 もう少し、星を見る
ところ変わって、一葉の隠れ家にて、阿之助はぐっすり眠り、目を覚ました。
「どこ、ここ?ああ、一葉さんの家か」
「おはようございます。良く寝れましたか?」
一葉は朝食の準備をしている。
「はい、ぐっすりと。一葉さんの方はお仕事、順調ですか?」
「まあ、ぼちぼちって感じです。どうにも、妖怪とかそういう非現実的な噂話ばかりで」
「聞かせてくださいよ」
一葉は少し悩んだが、信憑性など皆無の話だったので話すことにした。一葉の話によると、ことの始まりは三年前に遡る。前々から妖怪を認知し、妖怪の討伐を掲げていた者達が、当時流行っていた疫病で、大勢死んだことがあった。その疫病が妖怪の仕業だとし、それから幕府は秘密裏に妖怪を殲滅する作戦を立てていた。しかし、妖怪の尻尾を掴めないまま三年が経った。そこへ今回の山道荒らしだ。木々が倒されるという異常性で、ただの辻斬りではないと見た幕府は、今回の事件の犯人が妖怪であると仮定し、剣豪 佐伯 小太郎を筆頭に調査を進め、妖怪の尻尾を掴み次第、殲滅作戦を開始するというものだった。
「どうです?都市伝説みたいじゃないですか」
一葉は呆れ気味にため息をついた。
「多分、あながち間違っていないと思いますよ」
「ええ?いいですよ、そういうの。オカルトとか信じませんから私」
「妖怪はいます。この傘で会いに行けます。それから三年前の疫病は、妖怪退治を掲げていた九条さんのお父さんが亡くなった原因です」
まだ一葉は信用しない。
「傘はいくらでも嘘がつけますし、九条家に詳しいのはなんでですか?」
「そりゃあ、あてのない一葉さんの待遇を良くするために、弱点を探して、九条さんの周りを色々調べましたから。なんなら今晩行ってみますか?妖怪の集落」
「父ちゃーん。生百合さん、すごいんだぜ。あの源次を一瞬で倒しちまうんだ!」
「おお、やっぱり強いんだな」
木郎と生百合は道之助の家に帰ってきた。
「すまねぇな生百合さん。面倒かけちまって」
「気にするな。飯でも食わせてもらうさ」
「おうよ。木郎に生百合さんよ。二人のためにとびっきりの魚を釣ってきたところだ。今日はこいつが夕飯だ。豪勢な飯にすっから、ちょっと足りない具材と調味料のおつかいを頼まれてくれるか?」
そう言って、道之助は二人にメモを渡し、台所へ行くと、大きな魚を捌きはじめた。
「だってさ。楽しみだなー」
生百合と木郎は町へ向かった。
「あ、ちょっと待って」
町へ続く山道に着く直前に、木郎が立ち止まった。
「どうした?」
「変装しねぇと」
木郎は自分の顔を撫でる。ゴシゴシと撫でると大きな一つ目が、普通の人間と同じ二つ目になる。
「さすが、妖怪だな」
「へへん、これで買い物もへっちゃらよ」
二人はメモにある材料を買い揃えていった。
「おや、木郎くん。おつかいかい?」
「ああ、今日は贅沢するんだ」
「そりゃあ、よかったね」
この八百屋の主人を始め、木郎は顔なじみの店が多いようだった。
「で、そこの美人さんは新しいお母さんかい?」
「えっ。あ、いや」
急な質問に戸惑う木郎の代わりに生百合が返事をした。
「放浪人だ。少しの間、世話になっている」
「そうかい、フラフラするより、良い生き方が案外近くにあっかもよ?って余計なお世話だな」
「また来るから。じゃあな」
「おお、毎度ありー」
木郎は生百合の手を引いて、八百屋を後にした。
二人はきっちりメモ通りの材料を揃えて家に帰った。それから、道之助が豪勢な料理を作り、夕飯は日暮れ時となった。小さな食卓に限界まで、様々な料理が並べられ、木郎と生百合はその料理に頬を落とした。
今日の生百合の活躍を、嬉しそうに話す木郎と、見守る道之助と生百合。一見すれば家族の団欒であった。
朝から動き詰めだった木郎は、夕飯後すぐに寝てしまった。生百合も一緒に寝ようとしたが、道之助の姿が見えないことに気づき、外に出た。道之助は家の外で、木々の闇の隙間から覗く星々や、細く鋭い三日月を眺めていた。
「どうかしたか?」
生百合が話しかけると、道之助は振り向いて、哀愁を漂う笑みを浮かべた。
「なあ、生百合さんよ。無理を承知で聞いてみるがよぉ。ずっとここにいる気はないか?木郎があんなに笑っているところを久しぶりに見た。別に母になれって言ってんじゃないんだ。ただよ、あの子に寂しい思いさせてんのもわかってんだ。なあ、どうだい?」
生百合は考えた。今日1日、最近なかった充実感があったからだ。よくわかっていた。子供好きの自分が理想とする生活が、目の前にあるのだと。しかし、首を縦には振れない理由があった。結局、心の奥から湧き上がってくるものは復讐心なのだ。この復讐を捨てるのは師を捨てることと同じ、まだ旅は終われなかった。
「すまない。私はまだやることがある」
「……そうか。わかった。せめて今晩だけはいてやってくれるか?」
「ああ、眠いからな」
生百合は家に入ろうとするが、道之助は夜空を眺めたままだ。
「入らないのか?」
「もう少し、星を見る」
岡崎の牢屋敷にて。
「あのチビが逃げたと思えば、もう一人も逃げたか」
「はい、二人ほど斬られています。私が番の交代に来た時にはすでに死んでいました」
「甘い牢だ。たった一人、閉じ込めておくこともできないのか」
「佐伯様、それが尋常ではないのです」
佐伯は牢屋敷番の案内で、牢屋の前まできて、目を見張った。牢屋の格子は切り刻まれ、石で作られている壁にすら切られた跡があった。その荒らされようは竜巻でも巻き起こったかのようだった。
「妖怪か。奴が山道荒らしの犯人だな」
生百合が木郎と寝ている頃、阿之助と一葉は動き出していた。
「まずは北の山まで」
「わかりました。ルートは私に任せてください」
阿之助は見つかれば脱獄犯として捕まる。一緒にいる一葉も仲間として捕まる。なので、二人は夜の闇に乗じて、北の山を目指す。抜き足差し足で誰にも見つからないように町を抜け出した。
「さすが忍者。完璧な隠密ですね」
「早く行きましょう。こういう仕事はスピードが全てです」
「了解」
阿之助は妖怪の傘をさして、一葉を引き寄せた。
「相合い傘ですね」
「行きましょう」
二人は傘に収まるようにくっついて、山へ入っていった。
「この傘がないと、百鬼夜行に参加できないって話だったんですけど、多分、この傘がないと、そもそもこの山に入ることができないんだと思います」
「ついては来ましたけど、私、あんまり信用してませんよ。その話」
「僕が佐伯さんに捕まった時、彼はこの山が妖怪の山だと知っていた。なのに、この山は調査がされていない。なんらかの理由で入ることができなくて、その理由を退けてくれるのがこの傘なんだと思います」
「この傘から出たら何かあるんですかね?」
一葉はパッと阿之助から離れ、傘の外に出た。
「なんにもないじゃないですか」
「僕の検討はハズレでしたね。でももうちょっと、くっついていたかったなぁ」
「別にくっつくのはいいですけど……」
一葉は再び傘の中に入って、阿之助の肩に自分の肩をつけた。
「集落まではもうすぐです」




