第十三話 俺の爪
阿之助が百鬼夜行に忍び込んでいる頃、生百合は一つ目男を拘束していた。そこへ一人の子供がやってきた。
「やめてくれ、父ちゃんを離してくれ!」
その子供は一つ目で、生百合の着物の袖をつかんで訴える。生百合はこういう場面で、阿之助よりもずっと甘い。仕方なく一つ目男を離した。
「父ちゃん、大丈夫か?」
「ああ、木郎、助かった。あんた、強いな」
「お前よりはな」
一つ目男は絞め殺されずに済んだ。
「あ!父ちゃん、傘どうしたんだよ!」
「え、ああ、えっと、人間にあげちゃった……」
「おい、ふざけんなよ!苔尾様に源次を止めてもらわないといけないのに」
「すまんて」
例によって、生百合は困っている人を放っておけない性格のため。
「連れが厄介をかけたようだな、話してみろ」
こうして首を突っ込む。
一つ目の親子、父親は道之助、息子は木郎といい、岡崎から東の山道近くに住んでいて、生百合をその家まで案内し、一息ついて、事情を話し始めた。
最近ここらの森が荒らされた。木々は切り倒され、山道に人の死体が転がっていた。この家の近くでそんなことが起き、木郎はその犯人を捜すことにした。そして、先日、熊男の源次が自らの爪を、木で研いでいるところを目撃する。木郎は源次が犯人だと確信し、今日、父の道之助が妖怪の大将であるぬらりひょんの苔尾の元に、源次の爪研ぎをやめさせるように頼みに行くところだったのだという。
「それはすまないことをした。妖怪というものが、ここまで事情を抱えている生き物だと思っていなかったんだ。申し訳ない」
「いや、生百合さんは悪くねぇ。悪いのは騙された父ちゃんだ」
「すまんて」
「その源次という者の居場所はわかるのか?」
「多分、またこの辺で爪を研ぐと思う」
「私がやめさせてやる」
「ほんとか!?でも、あいつ喧嘩っ早いし強いぞ」
「大丈夫だ、木郎。生百合さんは強い」
「父ちゃんじゃ参考になんねぇんだよ、ポンコツ!」
「明日、探しに行こう。今日は泊めてくれ」
その頃、捕まった阿之助は小さな牢屋敷に入れられていた。阿之助を牢屋へ入れた後、佐伯はどこかへ行った。
「また捕まった……」
うなだれる阿之助と、牢屋にはもう一人男が入れられていた。この男はまるで生気がなく、ぼーっと牢屋の高い位置にある窓から覗く星明かりを眺めていた。
「あなたも妖怪絡みで?」
阿之助が暇つぶしに話しかけるが、その男は返事はおろか振り向きもしない。時折している瞬きがなければ、生きているかどうかもわからないほどに、なんの反応もない。
ため息をついて、阿之助は眠り始めた。
「利久さん。起きてください」
聞き覚えのある小声に阿之助は起こされた。牢屋の外にいたのは清水家の一件で九条家の忍者となった一葉であった。
「一葉さん?なんでこんなところに」
「事情は後です。とにかくここから出ましょう」
一葉が針金で牢屋の鍵を開け、阿之助は牢屋を出た。
「あなたもついでにどうです?」
反応のない男に声をかけたが、やはり男は微動だにしなかった。仕方ないと、男を無視して、阿之助は一葉に案内されるまま、町中の一軒の民家にたどり着いた。
一葉は阿之助にお茶を振る舞うと、事情を話した。
「最近、このあたりの山道がめちゃくちゃに荒らされる事件があったんです。荒らされるだけならまだいいんですが、死人も出ていて」
「死人?辻斬りの類ですかね」
「その調査を幕府が直々に当たっているようです。九条家も調査を手伝うように命じられて、何人か派遣されています」
「幕府直々……。随分な大事ですね。何か裏がありそう」
「シオ様も同じことを言っていました。ただの辻斬りで幕府は動かないと」
「その裏を探るために、一葉さんは極秘任務って感じですか?」
「はい。それで色々探っていたら、利久さんが捕まっていたので助けました」
「それって、マズいんじゃないですか?スパイが潜入先で痕跡を残すなんて」
「マズいです。でも、利久さんは私の命の恩人なので」
「じゃあ、命の恩人ついでに、今までわかったこととか教えてくれたりしませんか?」
一葉は飲みかけたお茶を吹き出した。
「さ、さすがにダメですよ」
「興味本位で聞いてみただけです。もう眠いので宿に帰ります」
「あっ。泊まっていっていいですよ。多分、脱獄はもうバレてます。利久さんは無事に宿には戻れないと思いますよ」
「そっか。じゃあお言葉に甘えて、おやすみなさい」
「はい。私はまだ仕事中なので。明日の朝には戻ります」
一葉はそう言って、阿之助を残し出て行った。
早朝、生百合と木郎は源次を探し、家の周辺の森を歩いていた。しばらく歩くと、木をひっかく音が聞こえてきた。
「源次だ!行こう生百合さん」
「ああ」
二人が音のする方へ走って行くと、そこには全身を深い毛に覆われた男がいた。大木を引っ掻いて自分の爪を研いでいるようだった。生百合はすぐさま駆け寄って抜刀し、その熊男の腕を斬り落とそうと刀を振るった。
熊男は咄嗟に腕を引っ込めて、飛び退いた。
「何しやがんだ、てめぇ」
「お前の爪研ぎをやめさせに来た」
「ああ?俺の勝手だろうが。文句があるなら力尽くで止めてみな」
「そうか」
深い踏み込みから、一気に間合いを詰めた生百合は、熊男の首元を狙い水平に斬り込む。熊男の反応スピードも早く、水平斬りを頭を下げてかわし、低い姿勢のまま、自慢の爪で生百合の脇腹を狙うが、すでに生百合の膝打ちが熊男の顎にクリーンヒットしている。
熊男はすぐさま髪を掴まれ、足をかけられ、後ろに思い切り倒される。後頭部を打ちつけ、意識も薄い熊男の耳元に生百合の刀が突き立てられる。
「生百合さん!殺さないで!」
木郎が叫んで飛び出してきた。
「な、なんだよ。木郎か。この女なんとかしろよ」
熊男 源次は生百合に対し白旗を揚げ、全く抵抗していない。
「ダメだ。山道荒らしの犯人め」
「山道なんか荒らしてねぇよ」
「生百合さん。こいつの爪、切ってやって」
「おい、頼むよ。それだけは勘弁してくれよ」
生百合は問答無用で、源次の爪を刀で器用に切っていった。
「これでしばらくは荒らせないな」
「俺の爪……。つーか、山道荒らしってなんだよ」
「お前がウチの近くの山道で、木を何本も切り倒して、人も殺した犯人だろ!」
「は?マジでそれ俺じゃないって」
「しらばっくれやがって。もう二度とウチの近くで爪研ぎするなよ。生百合さん、もう離していいよ」
「チッ。わかったよ、しねぇよ。ただ、その山道荒らしはマジで知らねぇからな」
源次はそう言い残してとぼとぼと、森の中へ帰って行った。




