第十二話 悪魔のようなことを言う男
百鬼夜行は新月の夜に現れる。そんな情報を岡崎の情報通から教えられ、二人は格安の宿屋で待つこと数日、新月の夜がやってきた。二人は宿屋を出て、町一番の大通りを、民家の影から見守った。すると、大通りに一つの火の塊が灯った。ふわりふわりと浮かび、大通りを北に向かっていった。
「人魂だ」
「来ましたね」
二人は小声で言葉を交わし、大通りを見続けた。
また一つ、火の球が浮かび、北へと行く。次第に数が増え、二つ三つ。十を超す前に、狐のような二足歩行の獣がその列に加わっていた。その後からは、獣らしき者や人らしき者、まるで見たことのないような形をした者まで、得体の知れない異形の一群が列をなして、北へと向かっていく。
その妖怪たちは噂通り、傘を持っている。お祭り騒ぎということはなく、仲間たちと話したりはしているが、どの妖怪も淡々と、浮かれた様子なく歩いている。
「鬼はいないようだが……」
「最後尾の人から傘をもらって、潜り込んでみます。生百合さんはここで待っていてください。妖怪が一人来ると思うので、その人を黙らせておいてください」
「わかった」
阿之助は忍び足で最後尾の妖怪の背後にまわり、その妖怪の肩を叩いた。振り返ったその妖怪はほとんど人と変わりない形だったが、ただ一点、眼が一つしかなかった。
人差し指で口元を押さえ、静かにするようにジェスチャーし、一つ目の男を列から連れ出して、民家の陰に誘い込んだ。
一つ目男は小声で話した。
「人が何の用だ」
「その傘ください」
「ダメだ。こりゃあ、俺んだ」
「なに、ただとは言いませんよ。向かいの民家の陰に、女を待たせているんです、その女でどうです?」
「どんな女だ?」
阿之助はニンマリと笑みを浮かべた。
「美人な19歳でとにかくデカイです」
「なにが?」
「そんなの説明不要じゃないですか」
「女がいなかったらどうする?」
「その時は、僕のことを追いかけて殺せばいい」
「わかった、交渉成立だ」
一つ目男は頭の傘を阿之助に手渡し、向かいの民家の陰へと向かい、阿之助は何食わぬ顔で百鬼夜行に加わった。
一つ目男は妄想を膨らませながら民家の陰を覗いた。次の瞬間、凄まじい怪力で胸ぐらを掴まれ、ヘッドロックを決められる。あまりの締めつけに声も出せず、その腕をひたすらタップして、ギブアップだと伝えることしかできない。一つ目男は思った。ゴリラじゃねぇか、と。
百鬼の一群は町を北に抜け、大きな山へと入っていった。大橋の情報屋 官兵衛の話によれば、この山に妖怪の集落があり、そこに妖怪の総大将がいるということだった。
奇怪なもののけに囲まれ、不気味な世界へと入り込もうとしている阿之助だが、この男は小柄な割に度胸だけはあるのだ。やがて、官兵衛の言う通り、妖怪の集落が現れた。風呂敷を広げただけの店がそこかしこに陣取り、得体の知れない物を得体の知れない者たちが売っている。夜行の列を離れる者もいたが、列はまっすぐに、鳥居が並ぶ階段を登っていく。頂上には大きな神社があり、妖怪たちはそこへ入っていく。用事を済ませたのか、神社から出て、戻っていく妖怪ともすれ違う。
阿之助は理解した。緊張感の漂うその神社こそが総大将の根城なのだと。
妖怪たちは順番に呼ばれ、総大将のいる部屋へと通される。総大将への用事が済んだら出ていく、それが繰り返される内に、最後の阿之助の番がやってきた。番人の二足歩行のイノシシに通された部屋には、だらりとあぐらをかき、やけに濃い煙のタバコを吸っている老人がいた。
「最後の客かね」
老人は様々な人間の声が、何重にも重なったような、聞く者の耳を狂わせるような声をしていた。
「そうですね。僕で最後です」
しかし、阿之助の度胸も本物であり、妖怪の総大将の異質な存在感にも臆することはなかった。
「そうかい。何用かね」
阿之助は知り合いの師匠が殺され、犯人を探していること。その犯人が鬼かもしれないということを伝えた。
老人は一つため息をついた。
「わしらの群れは小さくなった。河童に天狗、龍に鬼。みな、人との共存を目指し、群れを離れていった。中でも鬼は離れて長い。連中が何をしているかなど、知る由もない。遠く西に行けば鬼の里がある。あそこは森を切り開くのにわしも尽力した。紹介状を書いてやる。自分の目と耳で確かめることだ」
「ありがとうございます」
老人は空中から取り出すように、紙と筆を何もない場所から出現させ、紹介状を書き始めた。
「それで、小取といったか。お前はわしに何をくれるのかね?まさか、群れに忍び込んだことに目をつむり、今の情報をやったのがわしの善意だとは思っていまいな?」
相手の逃げ場を奪ってからの脅迫、恐ろしい問いであったが、阿之助はそんなもの、九条家で経験済みだった。
「毒味の杯などはいかかでしょうか?」
阿之助は懐に手を入れ、清水家からくすねてきた杯を取り出した。
「フッ。安いな」
「ところが、ただの毒味の杯じゃないんですよ。ほぼ全ての毒に反応して、底の模様が変わるようになっていますが、この小瓶の毒だけ、反応せず模様が変わらないんです。意図的にそう作られているんです」
「ほう」
「この杯の真価は毒味ではなく、内情を知る身内の毒殺。一人いますよね、殺したい身内が。人間に傘を渡してしまった愚か者が」
「フフフッ。悪魔のようなことを言う男だ。お前に傘を渡した一つ目男、あんな奴だが幼い子がおる。その子が不憫だ、殺しはしない。だが気の触れた人間は好きだ。良かろう、その杯と交換だ」
阿之助は杯と小瓶を渡し、紹介状を受け取った。
「それから、その傘、返してやってくれ。数に限りがあるのでな」
「わかりました。では失礼します」
阿之助は上機嫌なまま、来た道を戻り、山を降りた。
山の麓、町まで道をまっすぐに行けばいいだけのところまで来たが、唐突に阿之助の目の前に刀が現れた。
「妖怪の山から出てきたな。お前を逮捕する」
刀の柄の方をたどれば、その刀を握っているのは、事もあろうに佐伯 小太郎なのであった。
「嘘でしょ……」




