第十話 包帯をはためかせ
青谷城にも処刑の話は届いていた。
「犯人を処刑……。黒ね」
「そのようですね」
「この書面を幕府に送りなさい。お伺いを立て、返事を待つ。その間、兵力を十分に集めておきなさい。キリシタン弾圧の名目で、清水家を終わらせる」
「シオ様の目的は、その後の領地でしょうか?」
「無論よ。天下泰平の今、大切なのは国の広さだ。この九条家は大国となる」
「仰せのままに」
朝起きると、介抱されていた生百合は姿を消していた。紗枝は驚いた。あの怪我では歩くどころか、起き上がることさえ自力ではできないはずだからだ。しかし、生百合は自らの刀と共に消えていた。一枚の感謝を述べる置き手紙だけを置いて。
「男の子じゃないんだから。そんな根性捨てればいいのに」
処刑は曽根城 二の丸手前の広場で行われることとなった。はりつけにする柱が用意されており、そこに阿之助と一葉をくくり、槍で串刺しにする処刑だが、城の内部には練五郎や、九条家からの書面の真相を知らない者もいるため、飽くまでも表向きには練五郎殺しの犯人の処刑にしなければならない。そのため、清水 元春は阿之助と一葉をはりつけにする前に、自らの両隣に座らせ、この二人がいかに極悪なのかを語った。
二人は後ろで手を縛られているが、服を脱がされたりはせず、二人の小さい体格が意外にも、相手の警戒を緩めていた。
清水の演説が一通り終わった時、一人の大女が包帯をはためかせ、処刑の広場に乗り込んできた。
「そのチビを返してもらおうか」
「そいつも仲間だ。そいつから処刑しろ。手負いだ。全員でかかれ、すぐ終わる」
処刑を執行する槍兵のほか、処刑に立ち会う家臣たちや、阿之助と一葉を見張っていた兵士たちも一人を残し大女に向かっていった。
晴れているというのに、強烈な雨の匂いがして、槍兵たちは次々と大女に斬られていった。その隙に、阿之助は残った見張りに話しかけた。
「あの、左の袂に昨日買った曽根饅頭が入っているんですが、最後の晩餐に一つ食べさせてもらえませんか?」
「ん?」
見張りは言われた袂を探ると、曽根饅頭を見つけた。
「はい、それです。それを食べさせてください。あのゴリラは助けには来てくれましたが、長くは持ちません。今のうちにその甘くて美味しいお饅頭を」
「ダメだ。どうせ死ぬんだ、我慢しろ」
そう言って見張りは、曽根饅頭を頬張った。途端に見張りは泡を吹いて倒れた。清水は何事かと阿之助の方を見た。
「なぜその毒を!」
驚く清水の背後には、隠し持っていた短刀で、すでに縄を切っていた一葉が迫っていた。一葉は清水を羽交い締めにして、阿之助の方に短刀を転がした。短刀を受け取り、縄を切り、自由になると阿之助は懐から拳銃を出して、清水の額に銃口を押しつけた。
「僕の秘密兵器。未だに南蛮でも出回っていない、火縄を使わない銃ですよ。さあ、攻撃をやめさせてください」
「わ、わかった。やめろ!武器を捨てろ」
生百合に迫っていた攻撃はやみ、兵士たちは武器を手放した。
「悪いね、当主様。俺はこいつと武士道しなきゃいけねえ」
伊東 剣一だけが刀を握っていた。周りの兵士、家臣が止めにかかるが、そこらの男では伊東を抑えることはできず、次々に斬られていく。
「ああー、命令無視だ。清水さん、来世では部下に恵まれるといいですね」
「待て、伊東!」
乾いた発砲音が曽根城に響き、当主 清水 元春は頭を撃ち抜かれて死んだ。
「じゃあ、先に行きますね、生百合さん。頑張ってー」
「こっちです」
阿之助は一葉の案内で、二の丸御殿に入っていた。兵士たちがあとを追って来たが、阿之助と一葉はすでに床下を通り、逃げていた。床下は狭いが、屈めばなんとか通れるほどだった。
「こんな裏道があったんですね」
「はい、こういう道を他国の城で探すのが忍者の本業です」
「そういえば、清水さんが、毒がどうこう言っていましたね。ちょっと気になることがあるので、礼拝堂とか、とにかく清水さんがお祈りに使っていた場所まで案内してもらえませんか?」
「はい。構わないですが、なぜです?」
「一つ秘密を隠すなら、二つ目もそこに隠す。キリシタンの証拠がある場所に、練五郎さんを殺した証拠があるはず」
広場に残ったのは大女と伊東だけであった。
「さあ、決着をつけようか」
伊東は刀を鞘に収め、居合の構えだ。
「決着ならついただろう?お前は、もう武士ではない」
大女は刀をまっすぐ正面に構える。
「そういうことは、俺を殺してから言いな」
伊東は神速の居合で斬りかかるが、大女はその刀を受ける。ガラ空きになった脇腹を風のようにすり抜けて斬ろうとする伊東だが、大女が足を踏み出してその進路を邪魔する。
(こいつ、読みやがった。)
前宙で足をかわして、攻めを続け、大女に向かおうとした伊東だが、その瞬間に首をはねられた。
「お前の速さは見飽きた」
曽根城の本丸地下には礼拝堂があった。奥にさらに扉があり、そこは聖書などの書物や十字架などの装飾品が管理されている場所で、角の棚の一番下に、小瓶が一つ置かれていた。
「これか」
阿之助は手にとり、小瓶の蓋をあけて匂いを嗅いだ。
「無臭か、いい毒だ」
「それが、練五郎さまを殺した毒……」
「練五郎さんは毒味をしていなかったんですか?」
「していました。毒味の杯で、いつも警戒されていました」
「それはどこにありますか?」
一葉の案内で練五郎が使っていた私室にたどり着いた。
「これです。毒味の杯」
その杯を受け取った阿之助は、自分が作っていた毒を杯に垂らした。
すると杯の底の模様が消えていく。毒を拭けば、杯は元通りになっている。次にさっきの小瓶の中身を入れてみると、今度は模様が変わらない。
「なるほど、よくできた杯だ」
「あの、これって」
「ええ、この小瓶の毒にだけ反応しないように作られた杯です。おそらく、この小瓶の毒の作用と、僕の毒の作用が似ていたから、清水さんはこの小瓶を使われたと勘違いしたんでしょう」
「でも、その杯を練五郎さまが買われたのは、随分前です」
「練五郎さんは一度もキリスト教に入信していないんですよね?なら、その頃から殺す計画があったってことですよ。これを売りつけた商人も、清水さんの手の者だと思います。用意周到な計画です」
一葉は俯いた。
「私がもっと警戒していれば、こんなことにはならなかったんでしょうか?」
「仇も討ったし、真実も知ったし、一葉さんの復讐はこれで終わりです。これからのことを考えましょう?」




