探偵くん! 助手はご入用ですか?
——また出たんだってよ、「ブラウニー」!
――「ブラウニー」?
——相変わらずもぐりね……。いい? 最近話題になってる噂なんだけどね。「村深山のブラウニー」っていってね――。
「ついつい忘れてしまった日直の仕事を、勝手に代行してくれる存在だそうですよ。翌日朝には完璧な仕事振りが発揮されているとか」
「それはまた……」
「目撃証言がないことから、スコットランドの妖精になぞらえて呼ばれているそうです」
「ふうん」
探偵くんはほんの少しだけ考え込むような仕草をした後、普段通りの穏やかな微笑みを浮かべて、依頼を受けることを宣言しました。
今回の依頼は、隣のクラス、一年四組の女子生徒、宮野さんから。「ブラウニーに会いたい」というものです。
宮野さんは四組の中でも中心人物ともいえる少女です。学級委員でこそありませんが、四組の学級委員の春原さんや高梨くんと仲がよく、快活なその性格で、運動会や移動教室でもリーダーシップを発揮していたようでした。
なぜ会いたいのか、その辺りはぼかされていましたが、興味本位で探っている訳ではないようでした。
「『ブラウニー』? ああ、昨日もでたみたいよ。百瀬が結構騒いでた」
「確か、二組と四組だっけ?」
「そうそう。一昨日は二年でもでたって先輩が」
「でも、確かに、なんでやってんだろうね? 日直の仕事やってくれるのはありがたいけどさ、先生に怒られなくて済むし」
「うーん、雑用が好き、とか?」
「ええ、なにそれー」
「だってそうとしか考えられないじゃん」
「まあ、確かにそうだけどさ」
「あ、ありがとうございました!」
猶も続く四組女子生徒たちの会話から、質問に答えてくれたことへお礼を言って逃げます。授業間の短い休み時間では、大して聞き込みも出来ないでしょうが、やらないよりはマシでしょう。
探偵くんの影響で、わたしはこれでも、学内ならそこそこの有名人ですから、大抵の人は快く聞き込みに応じてくれます。
「あれ、新城」
「佐藤くん」
次なる聞き込み相手を探すわたしに声をかけたのは文芸部所属の四組生徒、佐藤くんでした。わたしは以前文芸部に所属していたので、佐藤くんとは元部活仲間なのです。
「どうした、珍しいな、王子と一緒じゃないなんて」
「聞き込みです」
「なるほど。……何について調べてるんだ?」
「『村深山のブラウニー』についてです。目撃証言は……まあ、ともかく、出現したクラスだったり、日付だったり」
「うーん……。すまない、オレはわかんねえや」
申し訳なさそうに頭をかく佐藤くん。
「まあ、佐藤くん友達いなさそうですもんね」
「失礼な! ちゃんと友達くらいいるわ!」
「へえ、何人ですか?」
「……一人」
……わたしは零人なので、負けましたね。負けてどうにかなる訳でもないですけれど。
「おーい、佐藤ー!」
少しだけ打ち拉がれていると、教室内から女子生徒の声が聞こえました。この声は、宮野さん……でしたっけ。
「あ、ちょっと待て! ……力になれなくてすまんな」
佐藤くんは珍しく大きな声で返す。
「いえ、それでは」
「ああ、じゃあな」
「佐藤ー?」
再び宮野さんが佐藤くんを呼びます。
「今行く!」
去っていく佐藤くんを尻目に、聞き込みを続けました。
放課後。
「それで探偵くん。聞き込みは終わりましたけど、次はどうするのですか?」
聞き込みで、大した情報は得られませんでした。おおよそ、噂通りの情報で、強いて挙げるなら、一年四組での出現頻度が高いことと、噂が出回り始めたのが二ヶ月前、つまりは今年の五月頃だということでしょうか。
まあ、一年四組は学級委員やその周りが優秀な分他のクラスに比べ全体的にポンコツの多いクラスですから、致し方ありません。学級委員たちも日直や係の仕事の内、全体に直接関与しないことへのフォローは後回しになってしまっているようですし。
「しばらくは待ち、だね。まだまだ時間もあるし」
「時間? 『ブラウニー』の出現時間や場所は不明だと……」
「まあ、そこはほら、確実に現れる状況をつくってやれば良いじゃない?」
「ええと」
「まあまあ、みてて。……矢田さん、今大丈夫かな?」
朗らかに微笑むと、探偵くんは学級日誌をつけるクラスメイトに声をかけた。
「お、王子っ?!」
飛び上がり、頬を朱に染める矢田さん。無理もありません。探偵くん――高槻正人はこの村深山第一中学校で知らぬものはいないほどの有名人なのです。
品行方正——とは少し言いがたい部分はありますが、穏やかで物腰は柔らかく、男女分け隔てなく接する真性のフェミニスト。その上、成績優秀で運動神経は抜群。ついでに日本有数の製薬会社のお坊ちゃん。
そして何より、眉目秀麗。超がつくほどのイケメンなのです。
夜闇のように安心感を与えながらも神秘的な雰囲気を放つ艶やかな黒髪に、ハーフの母の遺伝をだと言われる、アクアマリンのように煌めきながらも海のように深い蒼を宿した碧眼。それらが人形のごとく完璧に整った顔面を装飾しているのですから、高槻正人を一目見てしまえば、他の男子など有象無象に見えてしまうでしょう。
高槻正人は謎解きを趣味にしており、今日のように他の生徒から依頼を受けることもしばしば。そうしてついたあだ名が「探偵王子」。
女子からも男子からも、やっかみの欠片もなくそう呼ばれている完璧超人なのです。
「はい、代わって貰ったから、日誌は放置しとこうか」
若干トリップ気味な矢田さんを放置し、笑顔でのたまう探偵くん。……品行方正、ではないのです。本当に。
「それで、『ブラウニー』を釣り上げるのですか」
「そゆこと」
きらきらした笑顔で探偵くんは言いました。
「花瓶、水入れ替え終わりました」
「ありがとう。いつもごめんね?」
金魚鉢の清掃をちょうど終えた探偵くんが言う。
「わたしは探偵くんの助手ですから。当たり前です」
感謝のにじみ出た微笑みが少し気恥ずかしくて、ぷい、と顔を背けた。
「……その、『探偵くん』っていうのやめない?」
「嫌です」
「美穂ちゃんしか使ってないじゃん」
「嫌です」
「でも」
「わたしにとって、『探偵くん』は『探偵くん』なのです」
例え、探偵くんがわたしにしか見せない表情をしたとしても。
例え、探偵くんがわたしにしか聞かせない声音で名前を呼んでも。
それはきっと、「探偵くん」と「助手」だからなのですから。
高槻正人は、向けられる想いに決して応えないのですから。
「はあ。本当、頑固だよねえ……」
そこもまた、いいのだけれど、と探偵くん。
「……そういうことばかり言うから、勘違いされるのですよ」
「美穂ちゃんになら、いいかもね」
「冗談言ってないで、さっさと仕事終わらせちゃいましょう。いくら捜査のためでも、明日に支障をきたすようなのはダメですから」
「……そうだね」
ちらりと見た探偵くんの表情は、どこか悲しそうでした。
「……それで、どうしてわたしたちはロッカーに入っているのでしょうか、探偵くん」
小声で隣にいる探偵くんに問います。
「教室に残ってたら、彼は来てくれないし、見回りの先生に追い出されちゃうからね」
「……やっぱり、『ブラウニー』の検討、ついているのですね……」
「まあね」
「流石です、探偵くん。……でも、それなら、なぜわたしたちはこうしているのでしょう? いくらわたしが小柄な部類だとしても、掃除用具入れの中が狭いのは変わらないのですが……」
「ええと、そこはほら、『ブラウニー』にバレると困るし、確実性をとったといいますか……ほ、ほら、突然『ブラウニーですか?』なんて訊いても逃げられちゃうから。現行犯が一番でしょ?!」
問うと、探偵くんは、とても珍しいことに狼狽えた声で返しました。
しばらくそうして狭いロッカーの中でじゃれていると、下校時刻を告げるチャイムが鳴ってしばらくした頃、ぺたぺたと足音が静かな廊下に響くのがわかりました。
「……」
わたしと探偵くんはどちらともなく黙ると息をひそめました。
学級日誌は教卓の下に入れました。「優秀な日直」とすら言われる「ブラウニー」が気づかないことはないでしょうし、かといって普段から注視される場所でもありませんから、見回りの先生もスルーしてくれるでしょう場所です。
がらり。
教室前方の扉が開きました。
「——」
彼——推定「ブラウニー」が何事かをつぶやいて、学級日誌を手に取りました。その時。
「いくよ」
探偵くんはそっとわたしに告げると、ロッカーの扉を蹴破りました。
ばあん、という至近距離で聞くには大きすぎる環境音は、しかしきちんと耳を塞いでいたわたしの鼓膜へ大したダメージを与えることはなく、教壇に立っていた「ブラウニー」の目を驚愕に見開かせ、身体に一瞬の硬直をもたらすにとどまりました。
……まあ、探偵くんにはその一瞬の硬直で十分なのですが。
探偵くんは床を蹴り、跳び上がると、千田さんの机に着地し、そのまま教壇に向かって駆けて、硬直から抜け出したばかりの「ブラウニー」へ飛びつき、押え込みました。
「やあ、『ブラウニー』くん?」
遠目には、探偵くんの表情は伺えませんでしたが、きっとそれはもう楽しそうな、それでいて優雅に微笑んでいることでしょう。
わたしは自分の席から縄跳びを持ち出し、探偵くんに駆け寄りました。
「お疲れさまです、探偵くん」
「古風だよねえ、それ」
「ブラウニー」を押え込みながら、探偵くんは苦笑します。
「そうでしょうか」
赤いわたしの縄跳びは、その名の通り縄でできています。大縄跳びで使われている縄を少し太くしたような感じです。プラスチックで出来ている縄と違い、当たっても然程痛くないのは利点ですが、跳びにくいのは、少し、使いづらいと思います。
「これでよし」
探偵くんはわたしから縄を受け取り、きちりと「ブラウニー」を拘束しました。
「さて、先生が来る前に逃げようか」
清々しい表情で探偵くんは言います。
「ロッカー、放置する気ですか」
「……扉閉じとけば、明日までは保つでしょ」
二つのうち、片方の蝶番が外れたロッカーから目を逸らして探偵くんはぼそぼそと現実逃避をします。
「はあ……。七時集合ですからね」
幸い、蝶番の破損以外に大きな損傷はないので、家の工具があれば事足りるでしょう。
朱に染まった教室を出て、わたしたちは人気のない小さな公園に来ています。
学級日誌は校舎を出る前に、担任の先生の机に置いてきました。少しだけひやりとしましたが、バレないように置いてくることができたかと思われます。これでも、気配を消したり、足音を殺したりするのは得意なのです。
「……どうして」
ぽつり、とそれまで沈黙を保っていた「ブラウニー」が零しました。
拘束していた縄は校舎を出る頃にはもう解かれていましたが、探偵くんの運動能力を見た後では、流石に逃げようとは思えないらしく、「ブラウニー」は大人しくついてきました。
「別に、悪いことじゃないだろ。……そりゃ、下校時刻守れねえのは悪いけどさ」
「ああ、別段ぼくらはきみに説教しようとか、そういう理由で捕まえたんじゃないよ」
ぼくなんて、下校時刻破るどころか、ロッカー壊しちゃったし、と探偵くん。
「探偵くんは、反省してください。何件目ですか」
「ごめんって」
少しばつが悪そうに笑う探偵くん。大抵の女子は誤摩化せても、わたしは騙せませんよ。わたしは彼女たちと違って、探偵王子に熱を上げてはいませんから。
「……いちゃつくのを見せつけたいだけなら、帰っていいか」
「いちゃついてるなら、よかったんだけどね……」
「早く本題に入りましょうか。もういい時間ですし」
「ああ、うん……」
こほん、と軽く咳払いをすると、探偵くんはどこか弛緩していた雰囲気を再び張りつめたものにしました。
「それで、『ブラウニー』——いや、ここはちゃんと名前で呼ぼうか、佐藤くん」
「きみが、どうして『ブラウニー』になったのか、そんなことを問うつもりはないよ。大体察しがつくからね」
「ぼくが佐藤くんをこうして捕まえたのは、言いたいことがあったからなんだ」
探偵くんは――高槻正人は言葉を重ねます。普段殆ど絶やさない笑みを捨てて、歯を噛み締めることすらしてしまいそうなほど感情をむき出しにして、まるで詰問するかのように佐藤くんに言い募ります。
「言いたいこと……?」
「逃げんなよ」
「なんっ?!」
高槻正人の言葉を否定しようとするような佐藤くんの声を遮って、高槻正人は続けます。
「ぼくもさ、きみの気持ちは痛いほど分かるよ? 好きな人によく見てもらいたいのは当たり前だ。けれど、だからこそ、その心情が分かるからこそ、みててイライラするんだ。——だから、さっさとしなよ。……ねえ? 宮野さん?」
そう言って、探偵くんは公園の入り口に笑みを向けました。つられて佐藤くんも視線を向けます。その先には。
「ええ。ありがとう、高槻くん」
どこか怒りを堪えたように微笑む宮野さんの姿がありました。……まあ、探偵くんに頼まれて呼んだの、わたしなのですけどね。
「な、なんで、宮野さんがっ?!」
「『なんで』って……私が高槻くんに依頼したのだもの。当たり前でしょ?」
微笑みで表情を固定する宮野さんに別れを告げます。高槻正人は言いたいことを言えたようですし、わたしは特別佐藤くんに言いたいことなどありませんから、これ以上二人の時間を邪魔するのは野暮というものでしょう。誰しも、馬に蹴られたくはありません。
「それでは、わたしたちはお暇しますね」
「ええ、さようなら」
「じゃあね」
「えっ、ちょ、ちょっとまってえええーー!!」
佐藤くんの困惑に満ちた悲鳴が聞こえた気がしましたが、気がつかなかったことにしましょう。気のせい、気のせい。
「まあ、それで、盛大なブーメランでしたね? 高槻正人」
「うう……」
わたしは隣でうなだれる探偵くん――いえ、「探偵くん」と呼ぶのはふさわしくないでしょう。「高槻正人」に呆れた声で言います。
「別に、ぼくだってあそこまで言うつもりじゃなかったんだけど……その、つい、熱が入っちゃったというか」
ぼそぼそと目を泳がせながら言う高槻正人。
「別に、そんなことを責めている訳じゃないのですけどね。……まあ、言い過ぎたと思うなら、明日にでも謝ればいいのではないですか?」
「……許してくれるかなあ……」
「許してもらうために謝るからいけないのですよ。謝罪なんて、所詮は謝る側の自己満足なのですから」
「うぅ……」
怯える子犬以上に情けない様子は、おおよそ外見に似つかわしくなく、学校の「探偵王子」ファンが見れば二度見して幻滅すること間違いありません。……まあ、逆に別の層から人気を得そうな気もしますが。性格はどうであれ、高槻正人の外見は整っているわけですし。
「はあ……仕方がありませんね。明日はついていってあげますよ」
「本当?! ありがとう!」
満面の笑みを浮かべる高槻正人。
「まあ、助手ですから」
「……」
高槻正人は苦虫を口に含んだような微妙な顔をすると、ためらいがちに声を出しました。
「その、さ、『助手』っていうの、やめない?」
「では何とするのですか」
「……その、『友達』とか」
頬を赤らめて控えめに言う高槻正人。……本当、ヘタレですよね。
「丁重にお断りさせて頂きます」
「ええ?!」
大げさなほど驚き、嘆く高槻正人。断られると思っていなかったのでしょうか。……思っていなかったのでしょうね。
「高槻正人、わたしは博愛主義者が嫌いなのです」
「うん、知ってるよ?」
「そして、嫌いな人間のそばにいるほど、奇特な人間でもないのです」
「うん」
何も分かっていなさそうに小首をかしげる高槻正人。
「……高槻正人は本当に、阿呆ですね」
「ええぇ……」
高槻正人は不満気な声をあげます。
「断られた理由、分かったら言いに来てくださいね? 答え合わせをしますので」
「うぅ、うん」
……まあ、あまりに遅ければ、こちらから答を教えにいきますけれど。
翌日。
「さっさといくわよ、佐藤!」
「ま、待って、宮野さん」
学級委員の仕事を手伝う約束があると、小走りの宮野さんに、息も絶え絶えに走りながら必死についていく佐藤くん。
高槻正人の謝罪後、彼女たちが言うには、あれからの展開は、おおよそ探偵くんの予想通りで、宮野さんと佐藤くんの両片想いは幕を閉じ、晴れて交際を始めたそうです。
少なくとも、いわゆる「運動会マジック」と呼ばれる一時的な想いではないようでしたので、長く続くでしょう。
★
果たして、高槻正人は憶えているのでしょうか。……憶えていると、いいのですけれど。
暖かい年ですから、桜は入学式まで保たず、卒業式の頃には満開になって、早いところでは既にはらはらと散っているようでした。
わたしたちの住む町は、丁度卒業式の三日後から散り始めていました。
はらはら、と風に巻かれながら舞い落ちるソメイヨシノの白い花弁は、快晴の空から降り注ぐ日光を反射して、きらきらと雪のように光ってみえました。
そんな光景に見惚れて前方不注意になっていたからでしょう、うつむいて歩く少年にぶつかってしまったのです。
とん、軽い衝撃がして、少年が尻餅をつきました。
「すみません!」
手を差し出し、引っぱり起こします。
「い、いえ、こちらこそ」
自信なさげなボーイソプラノは、元々美しい声なのでしょう、消え入りそうな声でしたが、耳によく残りました。
「お怪我はありませんか?」
「い、いえ。……あ、あの、あなたは……?」
「わたしも、問題ありません」
心配そうに尋ねる声に、大丈夫だと笑ってみせると、彼は「よかった」と、安堵し、微笑みました。
——生まれて初めて、言葉にできない感情を得た気がしました。
とくん、と胸が高鳴りました。
恐怖に似ながらも、決してそれほどに冷たくはない……暖かい、熱いとすら感じるほどに、気恥ずかしく、それでもどこか心地よい。
それが「恋慕」と呼ばれる感情だと知ったのは、後のことで、五月の頃、母が「探偵ものばかりでなく、たまには青春小説でも読め」と話題の恋愛小説を買ってきた時のことでしたが。
「ええと、ありがとうございます」
彼の手は、地面についたせいで汚れていましたから、ハンカチを渡しました。
「洗って、お返しします。……あの、お名前とか、伺っても……」
「いいですよ、それ、偶然貰ったものですし」
「いや、でも」
「いいですって」
少しだけ押し問答した後、彼は折れて、また「ありがとうございます」と控えめに笑んだ。
「探偵もの、お好きなんですか?」
わたしの持つ推理小説を指し、彼が問います。
「はい。……その、探偵ってカッコいいじゃないですか」
だから好きなのです、とわたし。
「そう、なんですか」
何かを噛み締めるように彼はつぶやくと、顔を上げて、まるで決死の作戦を実行しようという刑事のように決然とした表情で、わたしに問いました。
「あ、あの、お、お名前を伺っても、よ、よろしいでひょうかっ?!」
——表情にしては、随分としどろもどろで、噛んでしまってすらいましたけれど。
「はい。わたしは、新城美穂といいます」
ですから、わたしは尋ねようにも緊張してしまった言葉を吐き出すことにしました。
わたしは、わたしが彼に尋ねたいことを尋ねることにしました。
「…………あなたは、何というお名前なのですか?」
——それでも、随分と長い「ため」が必要でしたが。……まあ、噛まなかっただけよしとしましょう。
「はい! ぼくは、高槻正人といいます!」
彼は――高槻正人は、随分と緊張した様子で、頬を赤く染めながら、しかし今回は噛むことなく言いました。
★
それから、半年と数ヶ月。
今年は、然程暖かくなくて、まだ桜は散っていません。
快晴の空の下、ソメイヨシノは満開になる寸前のつぼみを白く輝かせながら、私達を見守るようにそこにありました。
「答、分かりましたか? 高槻正人」
「うん、ようやくね」
「これ以上待たせるなら、答を教えるところでしたよ」
「それは……格好つかないなあ」
「元より、そこまで高槻正人はカッコいい部類の人間ではないですよ」
「うぅ……それでも、カッコつけたいじゃないか」
「そういうものですか」
「うん」
「それでは、答をどうぞーー高槻正人」
「うん。『ぼくの恋人になってください』——新城美穂さん」
——喜んで。