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002.ダンジョン屋に向かう話

 あっという間に放課後。

 といっても、夏休みの登校日のため午前中で終了で。

 そんな短い時間に放たれた先生のありがたいお言葉は、しかし僕の耳には残らなかった。


 隼人が最後に掛けてくれた言葉がこびりついていた。

 「逃げるなよ」の一言に。

 浮かれた心が静まり返ったのを自覚して。

 浮かれた心がどういう結末を見せるのかを思い出して。

 冷静であれと、自分に言い聞かせて。

 それが冷静という状態とは異なると分かっていながら、冷静であると自身に言い聞かせて。



 「で、心の準備はできたかい」



 いつの間にかそばに来て、隼人が僕に問いかける。

 準備なんてものはできていない。

 流されたままなら、忘れたふりをしたままなら。

 それなら僕は、夏休みに友人と遊ぶ学生というだけでいられたのに。

 気になっていたあの子に誘われて、よく知らなかった子の可愛い一面にドキドキさせられただけの、ただそれだけの学生でいられたのに。


 

 「おっし、準備はできてるかね少年!」

 「っ!」


 バシッ!と軽快な音を立てながら、僕は肩を叩かれて。

 振り返れば一ノ瀬さんと月島さんが僕を見ていた。



 「んっ?ん~~?本当に大丈夫?」



 振り返ったときに、僕の気持ちが顔に出てしまったのだろう。

 一ノ瀬さんは本気で心配してくれている。

 横を見れば、月島さんも同じく心配してくれていた。


 ……ああ、僕は何をやっているんだろう。

 彼女たち二人を心配させるに足る悩みなんかないだろう?


 そう自分を納得させて、いつもの笑顔を作って。



 「ちょっと考え事していただけだよ、大丈夫」

 「そうか、なら行くぞ」


 

 僕の言葉に隼人は素早く反応し、動き出す。

 僕もつられるように席から立ちあがり、後を追う。

 


 「うーむ……。よしっ!いくぞー!」

 「ぉ、ぉー……」



 まだ何か言いたそうな表情を飲み込んで、切り替えるように声を挙げる一ノ瀬さん。

 その横で、小さくなりながら、恥ずかしそうで、でもこぶしを挙げて答える月島さん。


 この二人の為になるなら悪くない、悪くないんだ……。

 

 そう自分に言い聞かせて、僕はダンジョン屋に向かうのだ。







 目的地のダンジョン屋は、高校の最寄り駅から20分ほど電車に揺られ、そこから徒歩5分の所にあった。

 学校から見ると僕の家とは反対方向で、ダンジョン屋から僕の家まで大体1時間程度だ。

 電車の中で聞いた話だと、月島さんは僕と同じく反対方向らしい。

 一ノ瀬さんと隼人は、ダンジョン屋を超え更に先だという。

 ……まあ、隼人の家は知っていたから知ってたよ。

 決して、一ノ瀬さんがどこに住んでるのか気になったから知っていたわけではない、断じて。



 まあ、そんな細かいことは置いておいて。

 ダンジョン屋だが、繁華街にあるわけでも無く、ましてや田舎の郊外にあるわけでも無く。

 住宅街のど真ん中にあったりする。

 これがある日突然現れたんだから、世の中不思議なこともあるもんだ。

 更に不思議なのは、ダンジョン屋ができた土地の元の持ち主が、不満などを言っているのを聞いたことが無いことだ。

 ネット全盛期の今、誰にでも簡単に思ったことを発信できるのに。

 そうでなくてもマスコミの格好のネタになりそうなのに。

 政治的に不思議な力が働いたのか、あるいは本当に不思議な力が働いたのか、僕みたいな庶民にはわからないが。


 また話がそれた。

 駅からダンジョン屋に向かう道すがら、周りを見回しながら歩く。

 特筆すべき点は何もない。

 都市部から少し離れた、住宅街。都会で働く人々のベットタウン。

 日本という国の人口減少に逆らうことなく、少しづつ衰退していっている閑静な住宅街。

 そこに、特段おかしな人の流れなどない。



 ダンジョン屋という、おかしな施設があったとしてもだ。


 


 駅から徒歩5分なんてあっという間だった。

 一応大きめの道路に面してはいるものの、左右に一般住宅を置いて。

 城だったり洞窟だったりデパートみたいな大きな建物だったりすることもなく、

 ただの個人がやっている昔ながらの雑貨屋さんと同じ店構えで、

 小さく『ダンジョン屋』という看板だけ一つ掲げて。

 『ダンジョン屋』はそこにあった。


 よほど注意して見ているか、以前来たことがあるかしない限り、その存在には気づかないだろう。

 現に、一ノ瀬さんと月島さんは話に夢中で気づいていない。

 隼人は何を見ているのかわからないが、スマホに目を落としている。



 「みんな、目的地はここだよ」

 「へっ?」

 「ふぇっ?」



 目の前に来ても誰も気づかず、そのまま通り過ぎそうだったので声をかける。

 一ノ瀬さんと月島さんはいったん僕を見た後、僕の視線の先を追う。

 『ダンジョン屋』という看板を見た二人の反応は、おおよそ予想通りだった。

 なんというか、なんと反応していいかわからないような、

 到着した喜びと、それを上回るコレジャナイ感がない交ぜになった感じ。

 隼人は聞こえてるのか聞こえてないのか、未だにスマホに目を落としている。

 足だけは止まっているので、多分聞こえてるんだろう。


 しかし、一ノ瀬さんの「へっ?」という声はある程度予想通りではあるが、

 月島さんの「ふぇっ?」はやっぱり可愛い。

 狙ってやってるんじゃなかったら、大変萌える。




 「よ……よーし、開けるわよ……っ!」



 気を取り直し、ダンジョン屋の扉に手を掛ける一ノ瀬さん。

 月島さんはその様子をワクワクしながら眺めている。

 隼人は表情からは、何を思っているのかよくわからない。

 そして僕は、僕は……



 

 「ようこそ!ダンジョン屋へ!」




 扉の開く音に、受付さんの声。

 そんなものが遠くで聞こえてるように感じるくらい。



 



 逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。  

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