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001.新聞広告を見つけた少女の話(ただし美少女

 「ダンジョン屋はじめました」



 新聞の一面に出された、三行にも満たないこの広告が初めて登場したは、西暦二千年を数年間過ぎた後だった。

 『ダンジョン』とその運営者こと『ダンジョン屋』を名乗る異世界の少女が現れたのは、本当に唐突だった。

 前触れも先触れも前兆も無く、気付いた時にはダンジョンはそこにあり、彼女たちはそこにいた。

 街の一角に、それまでそこに在ったはずの建物などまるではじめから無かったかのように。

 いぶかしむ声もあったし、実際にある程度は騒ぎにもなった。しかし、それだけだ。何故かそれほど大きな騒ぎにはなることはなく、テレビ等で軽く特集を組まれた程度で収束した。

 そして彼女たちはいつの間にか認知され、やはりいつの間にか市民権を獲得していた。気付いた時には『ダンジョン法』が制定され、そして施行されていた。

 『ダンジョン屋』の誕生は一部の人間、つまりはサブカルチャ―を愛してやまない人々を狂喜乱舞させた。

 彼らの大多数が想像し妄想しそして現実的に不可能と諦めたこと、『ファンタジ―の世界を体験する』という夢が叶うのだから。

 表に出ていた情報はとても少ない。


 『剣と魔法を駆使して闘うこと』


 たったこれだけ。

 そこには中世ヨーロッパ風の街並みは無く、大空をはばたく竜もいなければ、美人で恋をしてしまいたくなる王女や、威圧感の塊のような王様もいない。

 荒くれ者が集まるような酒場は無いし、冒険者ギルドに登録して日銭を稼ぐこともできなければ、依頼を終えて誰かに感謝されることもない。ナイナイ尽くしだ。

 されど、他の何よりも重いこの一点が彼ら、彼女らの心をつかんだのだ。

 そして彼らはインタ―ネット上で意見を交わして興奮し、今まで諦めてきた妄想を解き放ち、そしてまだ見ぬ未来を期待し、営業の開始を待った。

 『ダンジョン屋はじめました』という広告が新聞に記載された日、営業開始と同時に彼らはこぞってダンジョンに潜っていった。



 三年ほど前の話である。








『ダンジョン屋はじめました』






 「これよこれ!私はこういうのを探していたのよ!」


 そう言いながら突きつけられたのは、どこの家庭にもあるような新聞だった。

 夏休みにぽつんと設けられている登校日。

 そんなどうしようもなく面倒な一日。

 その始業前に、教室で僕と親友である隼人がどうでもいいようなくだらない話をしている時。

 そんな僕らの前に、教室に入るやいなや、ずんずんという効果音が聞こえそうな位の速度で歩いてきては、

 いきなり新聞の切り抜きを突き出してきた女の子がいた。

 彼女は隼人の幼馴染で、クラス……いや、学年でも上位の美しさを持つ少女、一ノ瀬美雪いちのせみゆきさんだ。

 弓道部で鍛えた身体はキュッと引き締まり健康的で、それでも出るところはきちんと出ているスーパーボディー。

 髪は黒のロングで、弓道の邪魔にならないようにと後ろでひとまとめ、つまりいわゆるポニーテールとなっている。

 その性格は爽やかで厭味が無く、数多くの男子が憧れ、にもかかわらず女子にも妬まれることが無い。

 勉強は苦手なのか、成績自体は平均点よりちょっと下だが、そこがまたチャ―ムポイントだという男子がいるくらいで、弱点とはいえない程度。

 

 すなわち、(ほぼ)パ―フェクト少女。それが、一ノ瀬さんだった。

 

 ……そして、僕の憧れの女の子でもある。

 だからこの際、なんでこんなに情報を持っているかということは脇に置いておくことにしたいと思う。


 そんな一ノ瀬さんが、きらきらと目を輝かせ、何故か自信満々に見える表情で、新聞の切り抜きを僕と隼人に突き出してきていた。

 彼女としては、新聞の切り抜きにある何かを僕らに見せたいのだろう。

 しかし僕の目は新聞に向かうことなく、新聞を突き出している本人、すなわち一ノ瀬さんに向いていた。

 彼女の顔は輝いていた、写真として残せないのが残念なくらいに。


 「『ダンジョン屋はじめました。冒険者募集中』……ね。これがどうしたんだよ、ユキ」


 突きつけられた新聞を一読し、隼人は一ノ瀬さんに言葉を返す。

 対して、待ってました!と言わんばかりに、一ノ瀬さんは身体を乗り出してきた。


 「行きましょう!私たち4人で!」

 「聞きたいことが2つ。なんで今更それなのか。そして4人とは誰の事を指しているのか」


 雪村さんのテンションに対して、隼人はひどく冷静だった。

 普段から冷静な隼人ではあるが、いつもは流石にここまで淡々としてはいない。

 これが幼馴染ゆえにできる二人だけの特別な対応なのかと、隼人に嫉妬してしまう。


 「ぶー、いつもながら隼人は私には冷たーい。」


 一ノ瀬さんは新聞の切り抜きを突き出した状態のまま顔をすぼめてブーブー言っている。

 その顔もやはり可愛い。

 隼人はあほの子を見るように眺めているが。


 「まーいいわ。まず一点目については、私が部活終わって暇してた時に見つけて、びびっときたからっ!」


 両手を腰につけ、胸を張り、でんっ!という効果音がなりそうな位堂々と一ノ瀬さんはそう言い放った。

 ……そのポージングのおかげで、元々強調されていた一部がより強調されてちょっと嬉しい。


 「なるほど、いつも通りだな。で、二点目は?」

 

 本当に抑揚無く、日常の出来事かのように返す隼人。

 

 「私!隼人!本郷君につっきーね!」


 いつの間にか僕が含まれてるのは、嬉しいような気がしないでもないが……。

 しかし、よりにもよってダンジョン屋か……。


 「俺が含まれてるのは今更の話だし、武が含まれてるのも……まあいい」

 

 僕のことをちらっと見ながらそういう隼人。

 なんで僕が含まれてるのはいいのかなんて聞いたら、嬉しいだろ?とか帰ってくるんだろうなぁ……。

 藪蛇だから何も言えない。


 「で、つっきーって誰?」

 「文学少女っぽく毎日教室で本を読んでいながら、その実ジャンルがファンタジーに大変偏っている美少女!

  その名も、月島光(つきしまひかるよ!」


 そう言って大仰に指さした先には、自分の机で落ち着いて文庫本を読んでいる女の子。

 名前を叫ばれたのが聞こえたのだろう、首を傾けながらこちらを見ている。 

 文学少女と一ノ瀬さんは言っていたが、黒髪のショートボブは内向的なイメージを感じさせず、眼鏡をかけているでもない。

 それこそ、本さえ読んでいなければ誰も文学少女という印象は抱かないであろう。

 一ノ瀬さんという太陽がいるからそれほど目立たないが、十分学年上位の可愛さだ。

 

 ちょいちょいと手招きする一ノ瀬さんを見て、手に持った文庫本にしおりを挟むと、本を片手にこちらまでやってきた。


 「という訳で、つっきー、これ行くわよ!」

 「何がどういう訳なのかなぁ……」


 呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような声色で、月島さんは答える。

 顔に掛かった髪をかき上げ、突き出された新聞に顔を寄せて読もうとしながら答える月島さんに、少しドキッとしてしまう。

 まるで漫画のワンシーン。

 可愛いというのは知っていたが、こうして近くで接する機会も無かった。

 だから『知っている』だけだったが、なるほどこれは可愛いと言われるのがよくわかるなどと、一人納得してしまった。


 「ダンジョン屋っ!?」


 そのせいか、完全に不意打ちな彼女の叫び声に驚くことになったわけだが。


 「これ行くのっ!? この4人でっ!? 行く行く、絶対行くっ!」

 「おっ、おう……」

 「あっ……」


 驚く僕達二人とは異なり、なんとか声を絞り出した一ノ瀬さん。

 そして大声を出したことに気づいて、持っている本で顔を隠し恥ずかしがる月島さん。

 萌える。


 「ぬふふ、つっきーがここまでやる気だとは、お姉さんにもわからなかったわっ!」

 「……いいじゃん、ずっと行きたかったんだもん」


 何この子可愛い。

 「じゃん」とか「もん」とか、文学少女が使わなそうな単語を思わず使ってしまうの超可愛い。

 

 「よし、ということで決定ねっ!今日終わったらそのまま行くわよっ!」

 「相変わらず、思い切りのいいことで……。武はいいとして、月島さんは大丈夫?」

 「おいこら親友、なんで僕はいいのかな……」

 「だってお前、特に用事無いだろ。部活に入ってるでも無いし、バイトしてるわけでも無いし」

 「まあそうなんだが……」


 行くのを渋りたくなる気持ちはあるものの、それ以上に彼女達と行動できる魅力に逆らえない。

 一ノ瀬さんとは仲良くなりたいし、月島さんの可愛い姿をもっと見たい。


 「つまらん格好をつけすぎだ。やりたいようにやればいいだろうに」


 さりげなく、普通の会話に複数の意味を込めて。

 ……この親友は、こうやって度々僕の心を刺激する。


 「私はもちろん平気ですっ!むしろ今から行ってもいいくらい……」

 「つっきー、さすがの私でもそれはだめだと思うわ……」


 暴走気味な月島さんを抑えながら、一ノ瀬さん達は席を離れていく。

 離れていく二人を眺めながら、僕も自分の席に向かう。

 そんな僕の背中に、隼人の言葉が小さく届く。


 「逃げるなよ、親友」


 それは、こんないい機会をへたれて逃げるなと言っているように聞こえるそれは。

 彼女たちとお近づきになるいい機会だと言っているように聞こえるそれは。



 別の意味で言っているというのが分かるのに、僕には返事をすることができなかった。

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