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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
9/21

スタート・スター・フォーリング 2

「…………」

「え、えぇっとぉ~」


 先日、『コイツが勇者 by神』と神託を授けられ、クロイが勇者であることを知ったアナは、すぐさま神殿に報告し出向かえ(こうそく)準備を整えた。

 祭りの人混みに紛れ、接触のタイミングを伺っていたのだが、途中から女の子と逢引き(デート)している様子を観察する方にシフトした。

 お嫁さん願望があるアナもキュンキュンするほど甘酸っぱいやりとりは大変役得だった。


 告白シーンなのは思わず前のめりになるほどだ。

 そんな盗み聞きを咎めるように居場所を告げられたときは心臓が止まるかと思った。

 希釈偏在ミスディレクションの奇跡は、存在を薄めて周囲に溶け込むことで結果的に気配を消す。


 同時使用する人数が多いほど互いの存在を認識でき、より薄く、より目立たなくなる。

 流石に初日の熱狂は冷めているので、今回来たのは30人程度だ。

 だが、それだけいれば、誰かにぶつかろうとも認識すらされないほどの隠蔽が可能になる。


 それをあっさり見抜かれた上に殺気を飛ばされたので、アナは速攻で抵抗を諦めた。

 人格的に問題無いことは解っているし、存在に気づかれては奇襲も無意味だ。

 姿をさらしてもいきなり戦闘にはならないと判断したのだ。


 その結果、勇者様は女の子に逃げられて呆然と立ち尽くしていた。

 気まずい空気が辺りに漂った。


「あの、大丈夫でしょうか?」

「……はぁ~、大丈夫です、はい」


 クロイは、デカい溜息の後、遠い笑みを浮かべて言った。

 落ち込んでる! 凄い落ち込んでるよこの人! と至高神殿の信徒達は己の罪深さに目を逸らした。

 胃の辺りがキュッとし始めたが、代表者のアナは笑みを崩さない。


「そうでしたか! 申し遅れました。私至高神様の筆頭神託受諾者、アナと申します。貴方が、至高神様に選ばれし勇者様で間違いありませんでしょうか?」

「至高神……? あの人そんなに偉かったのか。ええ、お名前を直接拝聴したことはありませんが、かの神によってこの世界に送られた勇者は俺です」

「おお! では魔王討伐の使命を授かりこの世界に参られたのですね? 私も神託にて伺っております」


 その言葉に、勇者は苦笑を返した。


「実はそれなんですが、ちょっと手違いというか問題がありまして」

「はえっ? あ、いえ、申し訳ありません。それは、一体どのような?」

「色々あるんですけど、貴方達に関係のある話だと、そうですね……」


 少しばかり言い辛そうにクロイは言った。


「俺が召喚された場所なんですが、魔王の目の前だったんですよ」

「は?」

「とりあえず交戦したんですが、何分予想外だったこともありまして、止めが刺せなかったんですよね」


「えっ、あの、勇者様?」

「何とか手傷を負わせて一週間ほど時間を稼げたので、復活するまで少し準備をしようかと。ちょっと予想とは違った形になりましたが」


 愉快そうに微笑む勇者は、ちらりと少女が去って行った方向を見た。

 その顔には、先程答えを窮したときのような苦悩の跡は見られない。

 彼の中で何かが変わったのだろう。きっと良い方向に。


 それはそれでいいのだが、アナとしては、人類の存亡的に無視できない情報がサラリとぶちまけられたことを突っ込まずにはいられなかった。


「魔王はもう王都に居るのですか!?」

「ええ、物凄い数の魔物を産み出してました。そのせいで止め刺す前に逃げられちゃいまして」

「ち、因みに数は以下ほどに」


「5万くらいは斬りましたかねえ」

「ごっ……!?」


 アナは絶句した。

 王都どころか周辺の都市すら壊滅しかねない数だ。

 広い海道はそのまま敵の進軍を風のように早めただろう。


 戦力が整わない内に市街地戦となれば連携の取れない軍隊は各個撃破される。


「向こうもこちらに来た直後・・だったようで、その程度で済んで幸いでした」

「はっ……!?」

「手傷を負わせたので、魔物生産機能は弱体化出来たと思います。それでも、再び攻勢に出ることは間違いないでしょう。最後まで、彼女に撤退の意思はありませんでした」


 想像を絶する内容だった。

 人知れず、世界を決する戦いが始まり、既に停戦していた。

 頭がクラクラしてくる。まださわりを聞いただけだというのに熱が出そうだ。


 しかし、同時に希望が持てる情報でもある。

 世界各地で滅びを齎す魔王達を、屠る可能性がある存在が現れた。

 たった一人で5万の敵を打ち破り、魔王に手傷を負わせる。


 目の前で、そんな言葉を気軽に話す男こそが、世界を救い得る勇者なのだ。

 アナを含めた神官達はそれを確信した。

 その場にいる誰もがクロイの前に跪き、首を垂れる。


「至高神に導かれし救世の勇者よ。どうか我等を貴方の手足に加えてください。貴方が臨む救世の旅に与力となるようお使いください、どうか」


 全霊を持って懇願した。

 瀬戸際にある世界に訪れた旅人に、何の縁も無かった異界の渡り人に、神に見初められし唯一の稀人に、救世の重責を押し付ける。

 本来ならばこの世界の住人たる者達の仕事を託すことを請うた。


 既に世界の力を一度結集させ、挑み、届かなかったが故に。

 失われた力を取り戻すいとますら残されていないと自覚するが故に。

 勇者から無能の誹りを受けたとしても、それでも縋らなくてはならなかった。


 何かもを押しつける気は無いが、最も困難な役目を負わせる。

 それを恥だと思えるほど、自惚れる者は誰一人いなかった。


「顔を上げてください。貴方達がそんなことをする必要はありません」

「いいえ! いいえ! 私達は、至高神様の寵愛を知る我等だけは、謝罪せねばなりません! 勇者様に押しつける救世は、本来ならば我等の責! 我等が行うべき事業! ただ一人に負わせるものではありません!」

「それでもです。それでも、貴方達が俺に頼むのは筋が違います。俺は納得してこの世界に来ました。やると定めたのも、やれるだけの力を憚らず奮うのも、俺の責任です」


「ですが……!」

「それに俺は最初、魔王を倒し切るつもりでした。逃がしてしまえば、警戒した彼女を討ち取るのは難しくなる。ならば、このまま倒した方がいいと」


 話題の展開についていけず、アナは訴えるべき想いを飲み込んだ。

 クロイは語る内容は間違いではない。追い詰めてしまったことが、かえって激しい抵抗を招きかねないからだ。

 合理的に言ってしまえば、倒せる内に倒しておくことは何ら矛盾しない。


「予想外の事態だったとはいえ、討伐の算段はありました。でも、躊躇いました。その隙を突かれて逃げられてしまった。俺一人の判断では、確信が持てなかったからです」

「それは、何故でしょうか?」

「かの魔王の権能は〝魔胎邪界ヘルマタニティ〟。無尽蔵に魔を孕み産み出す力です。息をするように魔物を産み続ける彼女に近付くには、まず万を超える障害を潜り抜けなければならない」


 再び貴重な情報が齎される。

 対策を立てるにしても、知ると知らないとでは大違いだ。

 神託によって想定されていた能力だとはいえ、その詳細に関しては実際ぶつかってみるまで解らなかっただろう。


「俺は最初、剣を振って様子見に徹しました。()()()で攻撃手段が限られてしまったので、魔王の権能がどの程度か知る必要がありました」


 四方を怪物に囲まれて、様子見に回れる剣術とはどのようなものなのだろうか。

 剣士ではないアナには解らないが、尋常じゃないことだけは理解した。


「何手か凌いで、逆撃を返して、手の内を読み切り確信しました。彼女の魔王としての強さは、その権能を超えるものではないと。ならば、対策は簡単でした。火力で押し切ってしまえばよいのです」


 クロイの理論は実に単純だった。

 壁があって目的地まで辿り着けないのなら、壁をぶち壊してしまえばよい。

 ぶち壊す手段があればの話であるが。


「ですが、実行するには場所が問題だった。閉所、脱出経路の不明、何より俺自身の不調があって、この手段を取ることは出来ませんでした」


 その言葉にアナ達は唾を飲み込んだ。

 五万の敵を吹き飛ばす火力が、自分達の足元で爆発する。例えそれで魔王が倒せても、王都の都市機能は壊滅的な被害を受けただろう。

 可能ならやったと告げる声音の平常さに背筋が冷たくなった。


「結局近接戦にて肉薄するしかなく、追い詰めるまでは行けたのですが、後一手が足りず取り逃がすことになりました。そのとき、逃がすか、諸共・・魔王を討ち果たすか、選択することになったのです」


 選択の結果は、今も祭りが賑わっていることが答えなのだろう。


「まあ、選ぶ前に逃げられてしまいましたが、今は選択しないで良かったと思います」


 これで解っただろう、とクロイが言った。


「俺は、世界を救いに来たのではありません。魔王を倒しに来たのです。万全であれば、迷わず魔王を討ったでしょう。例え、何が起こっても」


 それは冷徹な言葉だった。

 魔王を討伐することを優先し、その為に何かを犠牲とすることを許容する。

 徹底的に合理性を突き詰めた人の情が通わない答え。


 結果的に世界を救いはするだろう。しかしそれは、彼と魔王の戦いに巻き込まれる多くを無視した上でだ。

 彼は世界を導く救世の勇者ではない。

 魔王を殺すために作られた勇者という名の殺戮機構なのだ。


 だが、アナは冷たさを含んだクロイの言葉に微笑みを返した。


「では、数日王都で過ごし、地理を理解した上で、そのようになされなかったのは何故でしょうか?」

「自分でも、非常に単純だと思うのですが、絆されてしまったからです。彼女に」


 勇者は知った。この世界の営みを。その営みの中で暮らす人々を。

 それを教えてくれたのは、何気ないきっかけで助けてしまった一人の少女だった。

 この世界で生きるということがどういうことか、知ってしまった。


 それは、魔王を殺すためだけに訪れた勇者が、それだけではなくなってしまったということだった。


「もしかすれば、俺は何も知らないまま、何の後悔もなく貴方達を殺していたかもしれない。頭を下げて頼むのは俺の方なんです」


 そう言ってクロイは頭を下げた。


「魔王討伐の為に、力を貸してください」


 至高神の信徒達の答えは決まっていた。


『お任せください! 至高なる世界に住まう我等、その寵愛を奉じる為にありて!』


 世界を救う為の逆転劇が、このときより始まったのだ。

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