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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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ハンズオブグローリー・ステップオンピーポー 3

 メアリが買い出しから戻る頃には、日はすっかり顔を見せ、人通りが辺りを覆い始めた。

 星辰際を翌日に控えた表参道には、あちらこちらに出店の前準備が見られる。

 魔王再誕の混乱で人が流れ込んできた今だからこそ、祭りによって不安を掻き消そうとしているのだ。


 よそ者の傭兵に襲われたような諍いだけではない。南の平原にはいつの間にやら難民達の街が出来ている。

 メアリもまた、そんな状況に不安を感じないでもなかった。

 なのでお祭り騒ぎで気分転換するのも歓迎だ。お小遣いも潤沢だ。明日は楽しい祭りとなるだろう。


 そんな浮かれた気分でも警戒は怠らず、先日の経験から、アリは多少不便しながらも表参道を歩いていた。

 あれから傭兵達が報復に来ること無かった。警邏隊にも通報したが、その後奴らがどうなったかは要として知れない。知る気も無かったが。


 メアリの関心は、このところ見習い料理人として雇ったクロイにあった。

 結局クロイが住む場所もないことを知り、与えた給料が他の宿の売上となるのは面白くないと、メアリは住込みで働くことを提案した。

 当然の如く父は猛反対したが、母の一声にて、クロイは屋根裏部屋に泊っている。


 そんなクロイの仕事ぶりは凄まじく丁寧だ。

 朝は誰より早く起床して、厨房や食堂の掃除を始める。

 どんな相手にも低頭平身を崩さずに、真摯に料理に取り組む。


 先日の騒動でクロイの強さ知ったことで、たまに殴り合いになることもあった常連達も今では静かなものだった。

 厳しい態度を崩さない父も、働きぶりを認めたのか調理することを許している。

 卒なく何でもこなすクロイの便利さに、今ではもう一つの腕の如くこき使っているのだ。


「ちょーしがいいわよねえ、男って」


 引くに引けなくなった勢い任せの行動だったとはいえ、雇うことを決めたのはメアリなのだ。

 それなのに、最近はメアリより父との方が仲が良さそうである。

 男同士の結び付きというのは、女のメアリにはよく解らない。


 あんなに怒鳴られながらこき使われてクロイは嫌だったりしないのだろうか。

 むしろ命令される度に嬉しそうに返事をしている。認められるのが嬉しそうだ。


「わっかんないわー」


 まあ、逆に仲が悪くなるよりは良いかとメアリは己を納得させる。

 ここ数日でメアリの周囲は目まぐるしく変わったように思えた。

 実際は料理人見習いが一人増えただけなのに、代り映えのないつまらない日々が、最近はちょっと楽しい。


 何故かは解っている。しかし、それを認めるには、メアリの乙女心が強い抵抗を示していた。

 あって数日で降参するほど安くは無いし、少しばかりロマンが無い気がしたのだ。

 メアリの中に生まれた感情を、自分自身に許すにはまだ何かが足りなかった。


 物思いに耽り辿る帰り道は、時間の感覚を忘れさせる。

 いつの間にやら、愛しの我が家〝小さな羽毛亭〟が見えてきた。

 昼なら裏口を使うところだが、今頃であれば仕込みの途中だろう。このまま正面から入って問題無いだろう。


 そう思って表玄関となるスイングドアから帰宅する。


「エヴァ! 貴方のせいで声かけられなかったじゃないですか!」

「お忘れですかアナ様。エヴァ達は朝食を取りに来たのですよ」

「むっ、確かに。準備も整っていないのに突っ込むのは軽率でしたね」


「空腹に満たすのが最優先事項です。エヴァの」

「その気遣いは私にも欲しかった! そして時を選んで欲しかったですよ!?」


 何やら言い争っている修道女達が見えた。

 そう言えばこの人達の注文取ってから買い出しに行ったなー、と思いつつ脇を抜け厨房へ向かう。

 その直後、背後から声を掛けられた。


「あの! すいません!」

「えっ、あ、はい? いかがなさいましたかお客様」


 二人組の修道女の片割れだ。純白のウィンプルと綺麗な碧眼を持った小柄な少女だった。


「ええと、ですね。あの、さっき料理人の、男の人がですね。あ、黒い髪の方で」

「はあ……」


 言いたいことが纏まらないのか、内容は要領を得ない。

 だが、最後の黒い髪という単語に、メアリは何となく心当たりを感じた。

 同時に、胸の内で疑念が湧き始める。


「クロイのことですか?」

「クロイというのですか! あの方は!」


 パッと顔を輝かせた少女に、メアリは内心で微妙に火が付いた。

 あの男、リリーは仕方ないにしても、買い出しに行った短い間に何をしているのか。


「そ、それで、クロイ様はどのような方なのでしょう?」

「申し訳ございません。あの者に関しては数日前に知り合ったばかりで、私もよく知りません」

「そうですか……。あの、少しでもいいので人となりをお聞かせ願えませんか?」


 縋るように訪ねてくる少女の様子に、メアリは笑みを引き攣らせる。

 猛烈に答えをはぐらかしたいが、お客にそんな失礼な態度は取れない。

 グッと胸のざわめきを堪えながら、手の早い居候の印象を語る。


「真面目です。いつも薄く笑って何を考えているのか解りませんが、口調も行動も馬鹿みたいに丁寧で、こっちが困惑するくらい気遣い屋です」


 何をするにもこちらの様子を察し先回りするように動くので、感心を通り越して毒気を抜かれる。

 誰に対しても常にそんな調子なので、初めは遠巻きに見ていた給仕達も気軽に話しかけるようになった。

 あの人見知りのリリーですら、会話の途中で笑みを浮かべるのだ。


「時々何かを考えこんだりして、でもそれを決して話そうとはしなくて。最後には笑ってやんわり拒絶するんです」


 クロイとメアリは他人だ。

 例え雇い主の娘と料理人見習いという関係性があっても、個人の事情に踏み込めるほど深い仲ではない。

 今はその関係がもどかしく思えても、時間と共に親しくなっていける。焦る必要は無い。


 頭では分かっていても、メアリはどうしてかその理屈を信じることが出来なかった。

 本当はそんな保証が無い事を、薄々理解しているからかもしれない。

 語る内に、感情が溢れ出て止まらなくなる。


「それでも、認められるのが嬉しいって笑ったり、悪戯すると驚いたり、結構普通な奴で、悪い奴じゃないと思います」

「なるほど、クロイ様は、とてもお優しい方なんですね」

「さあ、私にもよく解りません。知り合って日が浅いので」


 でも、それでも、メアリはずっと感じている。

 出会ったときの印象が、短くも共に過ごした時間の中で何度も変わっていく。

 薄っすらとした霧が晴れ、輪郭がハッキリとしていく度に、思うのだ。


「アイツのことを、もっとよく知りたいのは、アタシも同じです」

「そうですか、知って行けるといいですね。それが、貴女にとって良きものであることを、至高神様にお祈りいたしましょう」

「あはは、そこまでなさらなくとも構いませんよ。アタシの意思は決まってますから、お伺いを立てる必要はありません」


 神様に失礼だったかな、と心配になったが、修道女は柔らかく微笑んで言った。


「貴女は強い女性ですね。正しきを恐れない、勇気の意味を知る素晴らしい方です」

「な、何か照れますね。ご質問はこれくらいで?」

「ええ、結構です。お引止めしてごめんなさい」


「それでは失礼しますね」


 メアリは厨房へ向かうため、小柄な修道女へと背を向ける。


「ついでと言っては何ですが、クロイ様にお伝えください」


 振り向くと、二人の修道女は立ち上がり、クロイがいるであろう厨房を真っ直ぐ見据えていた。


「準備を整えた後、お迎えに上がります、と」


 出口へ向かう去り際に放った言葉が、やけにハッキリ聞こえた。

 不吉なものを感じて呼び止めようとするまもなく、二人の姿は外へと消えていった。


「なんだったのかしら、一体」


 二人の素姓に疑問するが、それよりも、とメアリは厨房へ急いだ。

 あのやりとりで、一つの決意が生まれていた。

 厨房へ入ると同時に、クロイの姿を探す。


 見つけた。食材の下準備をしている。

 まずやるべきこと済ませなくては。


「ただいま! 何とか一袋分確保してきたわよ! でも明日は余剰が無いから早目に数を知らせてくれって!」

「おう! クロイ! 急いで皮むき始めろ!」

「分かりました!」


 そう言って、クロイが袋を受け取ろうと近付いてきた。

 言おう。これは、一つの区切りを付けるための宣言だ。

 ちょっとだけ怖いけど、決心なら既にした。後はぶつかるだけ。


 静かに深呼吸をした。

 一歩手前までやってきた時点で、メアリはなるべく普段通りを心掛ける。

 それでも、クロイの顔を見るのは怖かったので、俯きながら早口で喋り出す。


「クロイ、明日の星辰際、デートしましょう」

「えっ、はい……はいっ!?」

「分かった。行くのね。絶対だから、約束よ。破ったら殺してやる」


「え、あの、ちょっと待っ……!」

「それじゃ明日ね」


 強引に会話を断ち切ると、メアリは二階へと続く階段を駆け上がった。

 自分の部屋に入り、鍵を掛けると、ドアを背にしてずるずると座り込んだ。

 言ってしまった。言っちゃった。どうしよう。どうにもならない。


 最近勢いで行動し過ぎではないだろうか。〝小さな羽毛亭〟の跡取りとしての自覚は何処へ行ってしまったのか。


「くふっ、ふふふっ、あはは……」


 胸が熱い。心臓の鼓動がうるさくて、口から変な笑い声が漏れる。

 目端に涙が出てきた。

 早く落ち着かないと、もうすぐ昼の営業が始まってしまう。


「言ってやったわ。覚悟しなさいよ、クロイ!」


 のろのろと立ち上がり、不敵に笑う。

 万能感が全身を満たしている。今なら何でも出来そうなほど気持ちが高ぶっていた。

 だから、このときのメアリは気付かなかった。


 あのとき、メアリの後ろ姿を追うクロイの顔が、痛切に歪んでいたことを。

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