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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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ハンズオブグローリー・ステップオンピーポー 2

 勇者召喚の神託が齎されて三日。勇者の捜索は難航していた。

 初日の信仰荒ぶる神官達の捜索活動によって様々な情報が集められたものの、勇者の痕跡を示す手掛りは見つからない。

 以前の勇者召喚にも、似たようなパターンがあった。


 神々によって選ばれた彼等が異世界より召喚される方法もそれぞれだ。

 神殿に現れる者、辺境の村で確認される者、魔獣の巣堀から這い上がってくる者など、要は祝福チートを与える神次第なのだ。


 今回は場所が限定されているので楽な方である。

 王都の何処かに勇者はいる。

 見つけられないのは、隠れているのか。それとも探していない場所が他にあるのか。


 神官達は、まず最も手間の掛かる南区から捜索を開始した。

 海岸側の小さな平原は、海道となる東西や内陸側の中津原へと続く北区とは違い、開発はあまり進められてこなかった。

 前王の時代、港として開発する案が出たものの、魔王の出現に伴って南区は事業途中で放置された。


 現在、各地の避難民と迷宮都市の元住民が流入し、避難地とされていたそこは、時間と共に貧民街と化した。

 混乱によって行政の手が回らないことで、王家膝元にも関わらず難民の自治が捨て置かれているのだ。

 この問題に至高神殿も介入しようとしたが、様々な人種や異族、そして信仰が絡まる地は、複合宗教区の調停役となってきた至高神殿にすら複雑過ぎた。


 物資支援だけは滞りなく行われているものの、依然として難民達の代表者達との交渉は拒否されている。

 炊き出しや物資支援は許可されたが、それ以外での活動は許されていない。

 なので、勇者の捜索を行うために、至高神殿は突撃貴方に炊き出し作戦を強行した。


 一軒一軒に無理矢理炊き出しを押し付けに行くというゴリ押し極まる作戦である。

 それくらいしないと難民達の拒絶は突破出来ない。

 突破出来ても凄まじい抵抗受けるのだが。


 そうして一日に渡って炊き出しと調査とド突きあいを行った結果、南区に勇者はいないと判断された。

 あれだけ騒いで出てこないなら居ないだろうとされたのだ。

 祝福チートを得た勇者という者は、初めはその力に振り回されている。


 強大な力を得た事で気分が高揚し、行動が非常に極端になる。

 正義に目覚めて悪党と見れば即戦闘。市場を破壊しかねないオーバーテクノロジーを配布。貴族との諍いなどが一例だ。

 つまり、召喚直後の勇者は、確実と言っていいほど大きな騒ぎを起こす。


 蓄積された事例データを元に、至高神殿を中心に勇者捜索の手法が構築された。

 敢えて騒ぎを用意して、祝福チートを試したい勇者達を誘い出すのである。

 そしてやってきた勇者を二重三重の拘束術式や連携で捕縛おまねきするのだ。


 南区で見つからなかった以上、残る正規の区画ではスムーズに発見出来るかに思われた。


「いやー、まさかここまで空振りとは思いませんでしたね」

「アナ様、動かれますと櫛が絡まります」

「書類仕事の途中で気絶したと思ったら、二日過ぎてる上に勇者捜索が難航してるから手伝ってこいって、聖女って何なんでしょうね? 確かに私なら神託で勇者様を見分けられますけどー」


「アナ様はアナ様です。それ以上でもなくそれ以下です」

「ンん? 今私罵倒されました? 罵倒されましたよね?」

「動かないで下さい」


「痛い痛い! 絡まってる絡まってる!」


 鏡の前でアナは叫んだ。

 エヴァが無理矢理櫛を通したことで叫び声は更に大きくなった。

 そうして身嗜みを整えると、痛む後頭部を撫でながらアナは立ち上がる。


「うーん、とりあえず、今日は東区の方から行ってみますか」

「何か考えがおありなのですか?」

「いえ、普通にお腹空いたからですけど」


「アナ様、過度な摂食は信徒として控えてください」

「二日も飲まず食わず何ですけど!? というかいつもエヴァが持ってくる朝食はどうしたんですか!?」

「勇者様捜索に全力の構えですので、食事その他の業務は停止しています」


「え、じゃあ、エヴァは朝食どうするつもりだったんですか」

「東区まで買い付けに行きますが」

「何で私を諫めたんですかね!?」


 アナはエヴァを伴って教会を出る。

 朝方の王都は、海からの風が吹き込み少し肌寒い。

 人の姿もまばらで、王都の賑わいが見られるまでには猶予があるだろう。


 中央区から東区への通りは、一本の広い表参道が繋がっている。

 海道の沿って作られた都市の名残であり、今でも人の営みが積み重ねられる場所なのだ。

 歩きながら、アナはポツリと言った。


「本当に凄いですよねえ……。昔っから人が行き来してて、私も、私達の子孫もこの上を歩くんですねえ」

「アナ様は結婚できると思っているのですか?」

「た、立場的に厳しいですけど何とかなると思います! たぶん!」


「そうですか。エヴァは出来ることなら、アナ様の御子の手を取って、この通りを歩いてみたく思います」

「え、突然なんですか。私の夢を応援してくれるんですか!?」

「そして教えて差し上げるのです。『貴方のお母様は、食べ歩きが好きな意地汚い方でした』と」


「私死んでる!? しかもエヴァはそのときになっても私を貶めるの!?」

「事実です、アナ様」

「好きですけど! 手掴み最高ですけど!」


 アナは大きく溜息を吐いた。

 叫び過ぎて胸が苦しい。エヴァが世話役になって、幾度こんなやり取りを続けただろう。

 数々の会話を思い出して、アナは小さく微笑んだ。


「こんなやり取りも、王都が滅ぼされちゃったら出来なくなりますね」


 口に出した言葉の重さに、アナは震えた。

 今日も人々は生きる。良い日だろうか。とんだ一日だろうか。

 明日が来ることを、信じているだろうか。


「この下に、もう居るかもしれないんですよねえ」

「アナ様が受け取った神託に間違いはありませんから」

「願わくば間違いであって欲しかったですよ、本当に」


 それでも滅びは来る。〝傲慢の魔王〟達が現れたように、起きないで欲しかった悲劇を撒き散らしながら。

 アナが聖女になったのは、初めて勇者が召喚された辺境の開拓村でのことだった。

 その地に現れた勇者を匿い、至高神の神託受諾者として目覚めた。


 若い女性だった勇者は、年の近いアナに随分と親しくしてくれた。

 周辺領地を荒す竜種の襲撃を生き残り、エバジライア王国への海道を旅した。

 迷宮都市設立を境に疎遠となったが、彼女との輝かしい旅路を覚えている。


 色んなことを与えてくれた。

 勇気の出し方を魅せてくれた。優しさの意味を教えてくれた。大切な人がいなくなる痛みを刻み付けられた。

 迷宮都市の壊滅を知って、勇者は一人残らず帰らなかった事を聞いて、泣き声を上げることも出来なかった。


 苦しくて、苦しくて、重苦しい。いっそこのまま押し潰されてしまいたいと思った。

 それが出来なかったのは、それでもこうして聖女でいるのは、彼女が命懸けで守ったものがあることを知っていたから。

 南区には、彼女が守った迷宮都市の住民達が居る。


 炊き出しの時、彼女の最期の姿を見た住民から話を聞いた。


「生き残れたら、お腹が空くから美味しいご飯を食べさせてくれ、か」


 そう言って〝傲慢の魔王〟と戦った。そのまま、彼女は帰らなかった。

 生きている限りお腹空く。彼女にはもはや味わえない苦しみだ。

 苦しいと不満を言って、世話役に辛辣な態度を取られることも無いだろう。


 苦しみを止める為に、美味しいご飯を食べに行けない。

 王都に住まう多くの者が、朝起きれば、昼を迎えれば、夜に佇めば、この苦しみを取り除くことが出来る。

 それは、彼女と他の勇者達が勝ち取った戦果だろう。


 彼女達が戦ったことで、迷宮都市の住民達は、苦しみながらでも生きている。

 その戦果を奪わせはしない。例えこの命に代えても。絶対に。


「はー、朝からやってるお店ってどこがありましたっけ」

「〝小さな羽毛亭〟でしたら、数量限定で朝食が出ていた筈です」

「あそこのスープ美味しいんですよねえ。空腹で縮んだ胃には優しそうです。ガッツリ揚げ物なんかも欲しいですね」


「野菜の盛り合わせを一緒に召しあがりましょう。便通が良くなります」

「あの、もうちょっと表現隠した方がいいと思うんですけど」

「アナ様はそういったものばかりお召しになるから、呻き声を上げるハメになるのですよ」


「乙女の会話しましょう! そうしましょう! 勇者様は男なんですかね女なんですかね!」

「どちらでも我々がご助力する勇者様であることに変わりないのでは?」

「いやあの、至高神様が選んだ方ですから、どんな人なのかな~って、ね?」


「アナ様、男性なら不詳エヴァが全力でお世話いたします。女性なら美少女好きのアナ様がお世話してください」

「違いますよ!? 普通に異性が好きです! 私の夢がお嫁さんだって知ってますよね!?」

「〝白百合の勇者〟様のことを忘れられず、美少女であるエヴァを世話役にするに飽き足らず邪な視線を向けていますよね?」


「スタイルいいなー羨ましいなーってだけですよ! 私胸が貧しいですから! 言ってて悲しくなってきた!」

「全く聖女らしからぬ方ですね。仕方が無いので、エヴァがお傍で欲望の捌け口となるしかないようです」

「むしろ被害を受けてるの私なんですけど! いつもお世話になってます!」


 二人の会話は途切れることなく、東区を横切って郊外近くの〝小さな羽毛亭〟に辿り着くまで続いた。

 既に先客がいるらしく、食堂の席は幾つか埋まっている。

 入り口に立つ二人に店員の少女が近づいてきた。


「いらっしゃいませ! 空いてる席へどうぞ! メニューは固定となっておりますがよろしいですか?」

「はい、二人前お願いします」

「かしこまりました! お父さーん! 朝食二人前!」


 厨房の方から返事が聞こえてきた。食堂が静かなせいか店員達の会話がハッキリと聞こえる。


「メアリ! ポタが昼の分足りねえ! ちょっくら買い出し行ってこい!」

「えー! またあっ!?」

「あの、それなら俺が行ってきましょうか?」


「おめえは仕込み作ってるだろうが! 朝なら料理人だけでも何とかなるから行ってこい!」

「もう! お小遣い上げてよね!」

「売り上げ次第だ! おら急げ!」


 どうやら人口流入の混乱は場末の民宿でも影響しているようだ。

 アナは、少しだけ顔を俯かせた。

 そのまま佇んでいると、やがて朝食が運ばれてくる。


 聞こえてきた会話の通り、料理人が給仕も兼ねているのか、黒い髪の男が料理を運んできた。


「お待たせしました!」

「ん~いい匂いですね~」

「アナ様、涎を拭いて下さい。私は汚いので嫌です」


 エヴァの毒も今は気にならない。料理の香りが食欲をそそる。

 同時にお腹も大きく鳴った。


「はう! お、お恥ずかしいところを」

「聖女らしからぬ意地汚さですね」

「いえ、そんなことありません。調理した甲斐がありました。冷えない内にお召し上がりください」


 ズボラな田舎者であっても、今のは恥ずかしい。見知らぬ人に気まで使ってもらった。

 ここは恥を忍んで礼を言おうとアナは思った。


「あの、ありが――」


 机から立ち上がった。

 突然の行動にエヴァが目を見開き、黒髪の男も皿を置いた体勢で固まる。


「あ、あっ、あな、あなたたたしゃまは!」

「は、はい?」

「ゆうしゃぼあっ!」


「アナ様、突然立ち上がってみっともないです。お食事がこぼれてしまいますよ」


 エヴァはアナの襟首を掴んで椅子に座らせると、温かいスープを喉に流し込んだ。


「ごぼぼぼぼ! あづっ! あっっぢゅい!」

「空腹を訴えていらっしゃったアナ様にはエヴァの分のスープも差し上げましょう」

「あはは……、他のお客様のご迷惑にならない程度にお願いしますね?」


「心得ました。気を付けます」

「おぼぼぼォ――――!?」

「それではごゆっくり」


 そう言って厨房へ戻っていく黒髪の男にアナは追い縋ろうとするが、テーブルの朝食が無くなるまでエヴァから逃れることは出来なかった。

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