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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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ハンズオブグローリー・ステップオンピーポー 1

 エバジライア王国王都中央区には、政治機関やそれに所属する貴族達の館、そして様々な神を奉じる神殿が集まる複合宗教区画が存在する。

 その内の一つ。至高神を崇める神殿、その中の講堂となる空間に多くの神官達が集う。

 朝の習慣、戒律の一環である祈りを終えた彼等は、それぞれの業務を始められずにいた。


 祈りが終わった直後、神官長にその場での待機を命じられたからだ。

 留め置かれた理由は告げられず、ただ神官長の次なる言葉を待つ。

 思索を巡らす者達は、薄々その原因が神官長の隣りに立つ少女にある事に思い至っていた。


「聖女アナに神託オラクルが下った」


 沈黙を破った神官長の言葉に、神官達は身を引き締めた。

 神託とは、高次存在である神が人に向けて送る意志である。

 存在する次元が違うため、上意下達を行うには、特殊な資質を持った者を介する必要があった。


 聖女アナと呼ばれた少女は、至高神に遣える巫女の中で最も神託受諾者プレコグとして長けていた。


「聖女アナ、神託を」

「はい」


 神官達の視線が純白の聖女へと集まる。その顔を見た。

 純白のウィンプルは着くずれ、目元は大きな隈に覆われ、焦点は定かではない。

 徹夜明けであった。


「ええとですね! このままだと王都が滅びまぁす!」


 溌剌とした滅亡宣言に周囲がどよめく。神官長は天を仰いだ。


「中津原での敗北は皆さんご存知だと思います! あの後王様に頼まれてですね! 神託を! もー全然寝てないんですよ!」


 身振り大きく語る様は、彼女が相当追い詰められているのを物語っていた。

 それゆえに、神官達も醜態には黙って目を瞑る。

 神官長は深呼吸をした。


「神託って基本経路(パス)があっても一方通行なんですよね! 神様から人間への! それなのに人間側から連絡煽げってもうね! 無理っつーのね!」


 息を荒げる姿は貞淑を旨とする修道女らしからぬ振る舞いであるが、誰も何も言わない。

 同じく神に遣える者としての共感だった。他の神託受諾者達は深く頷いた。

 神官長は胃の辺りを抑えた。


「それでもやらない訳には行きませんよね! というわけでやりました! やったんですよ! 頑張って! 物凄く頑張りました私!」

「聖女アナ、分かったから早く続きを」

「そうでした! 神託でした! いやあ無茶振りから解放されてテンション上がっちゃって!」


「聖女アナ」

「はいでした」


 神官長の声が低くなる。その声を聴いて、アナの興奮が蝋の火を吹き消したかのように治まった。


「混沌に蝕まれし器が一つ。魔を孕む娼婦なり。色に溺れた者が満たす絶叫は地平を呑む。始まりは水流るる巨大な路よりて」


 厳かな神託がアナの口から紡がれる。

 講堂に居る誰もが神意に含まれた意図を読み解き、青褪めた。

 その反応を見たアナは、次に神託の解釈を伝え始める。


「水流るる巨大な路、下水道です。そして、ホクリス大陸広しと言えど、治水施設が整っていて、巨大と称される都市は一つだけ」


 誰かが唾を飲み込んだ。


「王都グラシア、その地下大水道。我々の立つ今ここです」


 東西に海道を有する王都は、古来より人口密集地として栄えてきた。

 エバジライア国王の治世の多くは、人口が流入する王都の都市機能を整えることに注がれる。

 拡張を繰り返される地下水道もまた、長年続けられてきた公共事業の一つだった。


 都市の発展と共に巨大化した地下水道の全貌を知る者は皆無と言っていいだろう。


「顕現する魔王も、中津原の戦いで現れた“傲慢の魔王”とは別。魔を孕む娼婦、色に溺れた者。仮称“色の魔王”とします」


 そんな迷宮にも似た場所に、人類最大の敵が潜んでいる。

 諸国連合軍と人類最強の騎士をも退けた“傲慢の魔王”と同等、もしくはそれ以上の脅威が襲いくる。

 中津原の戦いに参加した神官達は敗北の記憶に歯を食い縛った。


「現状王宮へは報告済。大規模な捜査を予定していますが、南区の扱いや王都が陥落する場合を考えた対策のせいで早くとも一週間後となるそうです」


 悠長すぎる、と神官達は驚愕した。

 敗戦直後で軍も再編されていないとはいえ、王国最強の騎士は未だ健在。

 各神殿の神官達も多くが生還している中、手をこまねく理由があるだろうか。


 そんな不満を見て取ったのか、神官長が話を引き継ぐ。


「神託はもう一つある。我々はその調査を任されることとなった。聖女アナ」

「はい、もう一つの神託は、勇者に関するものです」


 勇者、その単語を聞き、心を暗鬱にしなかった者はいない。

 かつて、その名を称された多くの人間が神々によって異世界より召喚された。

 全ては破滅の大地に建てられた魔凱宮攻略し、魔王再誕を止める為である。


 神々の祝福チートを与えられた彼等の力は一騎当千。

 溢れる魔物を容易く屠り安全圏を確保した彼等は、魔凱宮周辺に都市を建設した。

 最前線にありながら逞しくも発展するかの地を、人々は“迷宮都市ラビリンスロア”と呼んだ。


 魔獣の素材や魔凱宮内の資源によって繁栄する都市は、勇者達に守られることで繁栄するかに見えた。

 今から二年前、魔凱宮から“傲慢の魔王”が現れるまでは。

 迷宮都市は一夜にして滅んだ。


 住民のほとんどは逃げ出せたものの、勇者のことごとくが討ち死にした。

 その後も魔凱宮から幾人かの魔王が現れ、各地で抵抗が起きたが惨敗。

 そして昨日、エバジライア王国軍を中心とした諸国連合軍が組織され、迷宮都市へと続く中津原にて奪還作戦が敢行された。


 結果は敗北。エバジライア王国は当時の国王を失い、人類最強の騎士もまた深手を負った。

 敗北による影響は、今日に至るまで抜けきってはいない。


「今まで見守るだけに留めていた至高神様が、此度初めて勇者を召還なされました」


 今までよりも激しく、神官達に衝撃が走る。

 神々を束ねる唯一にして至高の神は、この世界の創造神にして人類の守護者だ。

 この世界を運営する神々のまとめ役であることから、過度な干渉をすることは無い。


 しかし、これまで数百年に一度のスパンだった神託が、アナが巫女となってからは頻繁に授けられるようになった。

 なんだかんだ熱心な信徒には甘いのだ。

 アナもそれを知るからこそ、徹夜で祈り続けられたのである。


 そんなアナですら、此度の神託には肝を冷やした。

 座したりて見降ろす者が、勇者を召還する。

 それは神々の議長たる至高神が、世界に直接干渉することを決めたということ。


 今人類に齎された危機は、かの神が世界の存亡を憂慮する程のものなのだ。


「我々は至高神様が召喚した勇者様と接触し、御身の手助けになれるよう交渉します」


 此度現れた勇者は、この世界の最後の希望なのかもしれない。

 神官達はその身を使命感で燃え上がらせた。

 世界を終わらせてはならない。至高たる御神の寵愛によって生まれた世界を、絶やしてはならない。


「これは、至高神様より託された尊き御役目と心得下さい」

「かの勇者は既にこの地へ参られた。全力を持って探し出し、お招きしろ」

『至高なる世界に住まう我等、その寵愛を奉じる為にありて!』


 常套句となる宣誓を返した神官達は講堂から退出した。

 残されたのは、アナとその世話役の修道女、神官長のみとなった。

 格式張る必要が無くなったことで、アナは背筋を思いっきり伸ばす。


「ん~~! あ~~! うぅ~~!」

「聖女アナ、御苦労だったな」

「何のなんの! 世界の危機に比べれば、我が身の労苦など何のその、です!」


 そう言って背を向けたアナは、そのまま神官達が退出したのとは別のドアへと向かう。

 神官長はそんなアナの肩をにこやかに掴んだ。

 二人の間に重苦しいが空気が流れた。


「あの、神官長殿、その手を放してもらえませんか?」

「聖女アナ、君の勤勉な姿勢を私は買っている。流石至高神様の筆頭神託受諾者のことはあると」

「そうですか。それより私、二徹して相当眠いんですが。早くベッドに行きたいんですが」


「ああ、神殿を運営する人員さえ残っていたら、喜んで君に休養を取らせたのだがね。使命感が昂ったせいで全員勇者様を探しに行ってしまったからな。座ってできる書類仕事なら問題あるまい?」

「――――やだああああああ! もう限界です寝かせてくださいぃぃぃ!」

「シスターエヴァ、聖女アナを連行しなさい」


「かしこまりました」

「うわああああ! エヴァの裏切り者! おたんこなす!」

「アナ様、大人しくしてください」


「ちくしょー! 勇者様とっとと捕まりやがってくださーい! 私が耐えられなくなっても知らんぞ――!?」

「馬鹿なこと言ってないで早く来なさい。世界の危機を前に無駄にしていい時間など無いのだからな」

「参りましょう、アナ様」


 ひゃぎゃあ――! という叫び声が、講堂内で鳴り響いた。


   ●


「いっきしッ! ……鼻がムズムズするなんて何年ぶりだろ」

「ゴルァ! 新入りぃ! 皮むき終わってんのか!」

「はい! みじん切りも終わってます!」


「三番席ギャンブ炒めと小ポタ包みエール2杯ね!」

「ちっ、手が足りねえか……。新入り! 炒めの方作ってみろ!」

「いいんですか!?」


「こそこそ作り方覗いてただろ! まさか出来ねえと言わねえよな?」

「やります! やらせてください!」

「うるせえ、とっとと始めろ!」


「はい!」


 修羅場と化した厨房で、クロイはひたすら戦っていた。

 最優先で果たすべき使命があったような気がしたが、注文された料理を作ることが今の仕事だった。

 それが果たしてた正しい事なのか疑問しないでもなかったが、手を止めることは許されない。


 考え事は全ての料理を作り終えてからだ。そう思って己を納得させる。


「ギャンプ炒め上がりました!」

「汁物減ってっからそっちに回れ!」

「了解しました!」


 見習い料理人クロイは、ここ数日で“小さな羽毛亭”の厨房に早くも馴染んでいた。

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