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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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アップロード・マイワールド2

 エバジライア王国王都東区の表通り。城下町となるその場所では大小さまざまな民宿が軒を連ねる。

 そんな民宿の一つに“小さな羽毛亭”はある。人が集まる昨今の王都事情に乗っかって、この民宿もまた盛況を見せていた。

 そんな宿の厨房に繋がる裏口から、買い出しへ出た看板娘のメアリはやっとのことで戻ってきた。 


 出かけたときより薄汚れた上に、赤黒い変な男を引き連れて。

 厨房は絶賛稼働中であり、そこには愛娘の帰りを待ち侘びていた父がいる。

 遅い! と怒鳴りつけようとしたであろう父は、こちらを見た瞬間固まっていた。


 だがメアリは疲労困憊だ。事情を説明する気にはならなかった。


「どうも、お世話になります」

「そういうことだから」


 驚愕の表情で固まった父が手に持った匙を取り落す。

 メアリはその様子に取り合わず、食材を置いて血塗れの男の手を引き階段を昇った。

 下の方で「俺の娘が男連れ込んで……!? いや何か血塗れじゃなかった男の方ッ!?」、とか叫ぶ声が聞こえた気がしたが無視だ無視。


 我が“小さな羽毛亭”は一階が食堂で二階が民宿、という形を取っている。

 一階の食堂は父が切り盛りし、二階の民宿は母が大家である。

 メアリの家族であるホックニー家が住むスペースも二階に存在しており、こちらも母が管理している。


 この怪人赤男を血みどろのまま放って置くわけにもいかず、かと言って客として招くわけにもいかない。

 苦肉の策として家族の居住スペースを貸すことにしたのだ。

 二階の家族部屋には誰もいない。まだまだ日は高いので当然であるが。


 母まで混乱の渦中に放り込むのも忍びない、とメアリは少し安堵した。

 今のうちに男を部屋に通す。


「そこの瓶に水が溜まってるから、身体拭くなり何なりして。あちこち触って血を塗り付けないでよね」

「いやあ、お世話になります」

「どうでもいいけど、終わったらさっさと出て行ってよね」


「何から何まですいません。あ、桶借りていきますね」


 そう言って父と母の寝室へ消える男を見送り、メアリはようやく机に倒れるように突っ伏した。

 一体何なのだ、と呟きを漏らすが、その答えを返す者はいない。

 父の目の前であからさまに怪しい男を連れ込んでしまったが、そこは看板娘の危機を救ったことで釣り合いは取れたと説得する。


 こうして逢引き紛いの真似をすることになったのだ。どのような追求が来ようと今さらである。

 水温が寝室から聞こえてきた。男が血を洗い落としているのだろう。

 服はどうするのだろう。やはり貸したりしないと駄目なのだろうか。あの風体で表に放り出したら警邏に捕まりそうだ。


「って、なんで会ったばかりの奴の事を心配してんのよ」


 確かに恩人ではあるが、同時にこの上なく怪しい男なのだ。

 高価そうな藍色のマント。装飾は無いが滑らかにたなびく姿は小風が揺れているよう。その下の服は血で真っ赤に染まっていたが。

 少し幼げな顔立ちなれど、意志の強さが現れた漆黒の瞳。常に微笑を抱えているのは、感情の表れと言うよりも、そういう風に自らを装っているのだろうと感じた。


 一種の実力者であることはメアリを救った手際から疑いようもない。

 旅をするにはえらく身軽ではあるが、遍歴の騎士なのかもしれないとメアリは思った。

 寝物語に出てくる遍歴の騎士。騎士と呼ぶには覇気が足りないし剣を帯びてさえないけれど、血と暴力の臭いは確かに染み付いていた。


 まあ、色々無理のある推論であるとメアリ自身にも分かっている。納得のいく推理が出来ないのなら、怪しい客とでも思えばいい。

 出自の怪しい輩など、場末の宿屋にはごまんと転がり込んでくる。

 それでもあの男の事を気にしてしまうのは、怪しさへの警戒や、助けて貰った恩義からではなく、


「何であんなに驚いていたのかしら」


 あの後、血塗れ姿の男に動転して思わず拳が出てしまった。唐突に殴られた男は苦笑し、それでもこちらの手を握った。

 メアリを立ち上がらせると、男は一言すまないと謝った。それだけ告げると、後は何も言わず背を向ける。

 そのまま見送ってしまっても良かった。


 ただ、何処かへ立ち去ろうと真っ直ぐ背筋の伸びた後姿が、寂しかった。

 ああ、何だか寂しそう。そう感じただけで、そう感じる心が、大きく揺らぐ。数秒前まで怖気付いていた身体が動き出す程に。

 気付くとマント掴んで後ろに引っ張っていた。男が潰れたカエルみたいな声で仰け反る。


 そんな様子を気にする余裕はメアリに無い。心の訴える衝動が、何か言わねばと、ただそれだけで。


『ちょっどま゛っ』


 思いっ切り噛んでいた。今思い出しても死にたくなる。死ね過去の私。

 羞恥心とか、血への恐怖とか、額の傷が痛いとか、様々な想いが渦巻いて一杯一杯で、馬鹿みたいに男を見つめ続けるしかなった。

 男はこちらに向き直ると、困ったように言った。


『そんなに無理しなくても構いませんよ?』


 腹の底が冷えた。でも、次の瞬間にはぐつぐつと熱を持ち始める。

 何故だかその言いように無性に腹が立った。

 何か言ってやらねば気が済まない。たぶんそんなことを考えていたように思う。


『お礼! だから!』


 再び勢いで口から言葉が飛び出した。


『ついて来てくれないとお礼出来ないから!』


 もう何が何だか自分でも解らなくて、


『ありがとうございました! お礼させて下さいやがれ!?』


 叫んだ内容はあんまりにもあんまりだった。

 だけど、そんなお礼か罵倒か解らない叫びを受けた男は目を見開いた。

 驚いていた。


 意表を突かれた子供のようにきょとんとして、そんな表情を見てしまったメアリも思わず息を呑んだ。

 ああ、なんだ、そんな顔も出来るのか。案外普通の男なんだな。格別変な格好だけど。

 そう思って、思ったけれど言葉が出ない。胸の内の熱だけが、ドキドキと脈を打つ。


 お互いが呆けたまま目詰め合ってどれだけ経っただろう。

 やがて男は照れたように小さく笑った。


『うん、それじゃあ、お言葉に甘えようかな』


 その言葉を聞いて急速に恥ずかしくなった。

 何故そんなにも恥ずかしいかは解らないけれど、男の笑顔を見ていられなくて、突き飛ばすようにその場から退いた。

 ただついて来いとだけ言って走り出すと、食材の存在を思い出して引き返す。恥の上塗りだった。


 食材を拾って、道中必死に頭を冷やして、男になるべく素っ気なく接した。

 逸る心をどうにかこうにか平常に戻して、ようやく帰ってきたのであった。

 そこまで思い出し、メアリはある一つの事実に気づく。


「そういや、名前聞いてなかったわね……」

「名前がどうかしたんですか?」

「うひゃいっ!?」


 不意打ちを食らって背筋が伸びた。反射的に立ち上がろうとして膝が机に激突する。

 再び机に蹲って痛みに呻いた。何やってんだ私は。

 涙目で男の方を見ると苦笑いを向けていた。もう死にたい。


「いきなり声かけてごめん……」

「心臓飛び出るかと思った……!」

「ごめんなさい……」


 男の顔が更に申し訳なさそうになる。

 メアリはすねたように顔を背けて言う。


「もういいわよ別に……。で、血は拭えたの? 服はどうしようもないだろうけど、せめてそれくらいしないと外歩けないわよアンタ」

「幸い服はマントに隠れるので。肌の見えるところはおかげさまで」

「そっ。食事するなら下降りて、泊まるならそこの通路ドアから出て受付に行きなさい、お金あるならね」

「いやあ、生憎持ち合わせが無くて……」

「はあ?」


 クルリと視線を戻して男の方を見ると、微笑みすら失せた遠い顔をしていた。案外表情豊かだなコイツ。

 事情を問い詰めようとして、思い止まる。

 怪しいことこの上ないが、聞き出した事情がこちらに都合が良いはずはない。他人だし。恩人だけど。


 ここは損得勘定と利益を信仰する宿娘の端くれとして、この男を追い出さねばなるまい。

 黄昏てる悲壮感に絆されないでもないが、それ以上に胡散臭すぎるのが悪いのだ。

 疑心を無視できなさ過ぎて気持ち良く助けたいと思えない。


 なので心を鬼にして言う。


「うちに用があるならお金を工面してくるのね。お客としてなら泊めてあげられるけど、そうじゃないなら仕方ないわ」


 よし言った。言い切ったわメアリ。宿娘として正しい決断をした。

 だから、少しだけ胸が疼くのは勘違いだ。そうに違いないと今決めた。

 さあ、出ていくなら早くしろ。そんな思いを乗せて男を睨む。


 男は何も言わず驚いていた。……またか。またその顔か。

 そんな顔をしても無駄だ。絶対に撤回しないんだから。絶対に。

 それから十数秒経っても男は動かず。不屈の筈の意思は気まずさに居た堪れなくなってくる。


「ちょ、ちょっと、出ていくなりしてくれないと困るんだけど……」

「あ、そうですね! すいません! ……少し、驚いたものですから」

「そんなおかしなこと言った覚えないわよ、私」


 むっとしながらそう言うと、男は慌てたように口を開く。


「いえ、その、お気遣い頂いた上に、あんなことを言って貰えるとは思わなかったもので」

「お金ないなら泊めてあげられないってとこ? 何処に驚く要素があるのよ」

「……今まで、そんなに優しい言葉を掛けられたことが無かったんですよ、俺」


 男の言葉に首を傾げる。メアリとしては非情の決断だ。何処に優しさを感じる要素があるのだろう。

 その困惑が伝わったのだろう。男は柔らかく微笑みながら言う。


「だって、『お金があればお客として泊めてあげたかった』なんて、こんな怪しい男に向かってですよ? 驚くじゃないですか」

「は? ……はあッ!?」

「今まで長いこと、誰かに優しくしてもらった経験が無かったので、こう言うと気恥ずかしいのですが、その、感動してしまいました」


 そこまで言われて、メアリは甘さを捨てられなかった己の内心を理解した。

 しかもそれを見抜かれた上に褒められたことにも、理解は及んだ。

 身体中に熱を持ったまま、二の句を告げずに男を見つめる。


「なっ、がぅ、むぅぅ……!」

「だから、改めて言わせてください。お気遣い頂き、本当にありがとうございました」

「むぎゅぅ!」


 男の追撃に再び何も言えず、無様に呻き声を返す。

 メアリは混乱していた。よく解らない男のよく分からない感謝に。

 固まってしまったメアリに男は更に言葉を掛けようとする。


 混乱はさらに加速するかに思われたときだ。


「“小さな羽毛亭”っつー小汚ねえ宿はここかあッ!!」


 そんな叫び声が下の階、“小さな羽毛亭”の食堂から聞こえてきた。

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