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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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バトル・トゥ・シェイクザアース 3

 肉と肉のこすれあう音。粘液がべたつく音。何かが絞め潰される音。

 穴という穴に触手めいた臓物が侵入しようと蠢き、指先一つの抵抗を許さぬように拘束する。

 クロイの蹂躙されるその姿を、色の魔王は恍惚とした表情で見つめていた。


 その場から離れ、首を断たれた元の肉体へと移動する。

 鋭利な爪で腹を割くと、その中にある子宮を取り出した。

 愛おしそうに手の平で持つそれを、何のためらいもなく貪る。


 冒涜的な光景だった。正常な生物が行う活動ではなかった。

 それも当然のことである。

 彼女は魔王。尋常ならざる魔の極致。世の理を犯す淫猥なる娼婦であった。


「ふぅ、手掴みなんて、ちょっとはしたなかったかしら」


 そういって腹を撫でてる色の魔王は、己の体調が万全に戻った事を理解した。

 自分で自分を産み出すという行為は、分の悪いの賭けだった。

 範囲を広げ、自己認識が曖昧になるほどに〝魔胎邪界ヘルマタニティ〟を拡大解釈したからこその賭けだったのだ。


 物理的に範囲を広げられたのならば、概念的にも産み出す者を選べるのではないかと思ったのだ。

 結果的に、その発想は成功した。

 産み出された我が子に等しい怪物達の死骸を取り込み、彼等の遺伝子を持った子供として誕生した。


 自分の孫に等しい肉体に、己の意識と権能だけを移殖したのだ。

 当然、変質した肉体と元々の精神は拒絶反応で崩壊してもおかしくなかった。

 それでも賭けに出られたのは、一度目の相対で手痛い傷を負ったからこそである。


 生き返るかもしれないから、死ぬことを許容する。

 それは間違いなく、勇者と戦わねば生まれることの無かった発想だった。


「ふふふ、自分の名前も思い出せないっていうのに、案外人間的な発想をしていたね。今の私は魔王なのにねえ」


 クスクスと、静かな嘲りが周囲を木霊する。

 先程までの熱狂はなく、怪物達は一匹残らず自らの母であり女王を見つめていた。

 その視線を受け、慈しむように微笑みを返す色の魔王。


「ごめなさいね、せっかく産まれてきたというのに母乳も上げないで。私は酷いお母さんだわ」


 でもね、と喜びに満ちた顔で、子供達に言い聞かせる。


「この上には、貴方達の空腹満たす餌がたぁっくさんあるから、たくさん食べなさい。そしたら、私が貴方達の兄弟をたっっくさん産んであげる。ああ、なんて素晴らしいのかしら」


 人間性を語った口で、人肉食《カ二バリズム》を晩餐のメニューのように告げる。

 彼女は確実に狂っていく。密やかに、緩やかに、母親としての愛情が僅かな正気を繋ぎ留め、権能がそれらを強引に引き千切る。

 臓物で出来た肉体は、人の形をしていた前の肉体より遥かに化け物染みている。


 権能を深く理解したことで、彼女の精神は更に〝混沌〟へと近付いた。

 飢えに飢えた息子達の歓声を嬉しそうに聞き惚れていると、肉塊の一部が弾けた。


「あらっ!」


 肉塊を突き破ったのは、クロイの腕だった。

 興味を惹かれた色の魔王は、再び覆い始める臓物を留めると、そっとその手を握った。


「ごめんなさい、貴方の事を忘れてたわけじゃないのよ。痛い? 苦しい? あらあら、こんなに震えて可哀想に……」


 あやすように腕を撫でながら、苦しむ我が子に語り掛けるように宥める。

 色の魔王の腕をクロイが縋るかのように強く握り返した。

 まるで手加減が出来ない強張った手は、色の魔王の腕をグシャグシャに握り潰す。


 己の臓物の手を握り潰すクロイに、色の魔王はハッと眼を見開いた。

 まるで何かを思い出したかのように、全身を震わせるようにクロイの手を見つめる。

 色の魔王は、原型を留めていない手を使って、必死に握り返しながら叫んだ。


「ああ……ああっ! 坊や……私の可愛い坊やっ!」


 涙を流しながら、悲哀に暮れながら、絶望に染まりながら、狂ったように叫ぶ。

 彼女の表情が語るのは、我が子を案じ、それでも祈る事しか出来ない、そんな絶望だった。

 やがて、色の魔王は肉塊となったクロイに抱き付いた。


 握られたままの片腕は、ぶちぶちともぎ取られていく。

 そんなことすら眼中にないのか、色の魔王は悲壮に語り掛けた。


「顔をっ、顔を見せておくれ! 笑ってちょうだい! お願い、お願いだから――――死なないで……!」


 顔があるであろう部分を残った片腕かきむしる。

 権能で指令を出すことすら忘れて、ひたすら肉を掻き分けていく。

 狂乱の悲鳴を上げながら、狂ったようにクロイの面影を探す。


「あああああ! ごめんなさい! ごめんなさい! 坊やっ! どうか、どうか……!」


 肉塊の内側から、クロイの顔が現れると、色の魔王は飛びついてその顔を覗き込んだ。

 僅かな呼吸を見つけると、そこでようやく命令することを思いついたのか、拘束を解くと同時に、クロイを優しく横たえる。

 己の膝を枕に、大粒の涙をこぼしながらクロイの頭を撫でた。


「星、が光る……風が、吹く……水が流れ、母は貴方の頬を撫でる」


 ポツリ、と口ずさんだのは、何処にでもある子守歌だった。

 この世界に生まれたものであれば、幼少に必ず耳にするような、そんな歌。

 歌うことしか、子供を癒す術を知らないかのように、囁き続ける。


「お眠りなさい 目を閉じても 世界は続く 朝日を浴びて 貴方が目覚めるときを待つ」


 どす黒い血に塗れたクロイの顔に、ポツポツと涙が落ちる。


「まどろんで 少しだけ怖いけど 明日が来る 暗闇から貴方が目覚める」


 その刺激に眠りを妨げられたかのように、ゆっくりと、クロイが目を開ける。


「さあ、安心して…… ――坊や!? ああ! 良かった! 目を覚ましたのね!」


 覆いかぶさるようにクロイの顔を抱きしめると、今度は歓喜の涙を流して叫ぶ。

 何度も何度も、よかったと呟く色の魔王を見て、クロイは震える唇を動かした。

 それに気づいた色の魔王は口元へと耳を寄せる。


「どうしたの!? どこか痛いのかしら? 教えてちょうだい」

「……少し……離れ……」

「ああ、そうよね。いつまでも覆いかぶさっていては息苦しいものね! 気付かないでごめんなさい!」


 そういって身体を離した色の魔王は、改めてクロイの顔を見降ろした。

 安心しきった表情で、クロイの額を撫でながら、色の魔王は口を開く。


「髪も瞳も、夜を落とし込んだかのような漆黒で、()()に似ているところなんて何処にも見当たらないのに、あどけない雰囲気だけは覚えがあるわ」

「…………」

「あの子? あの子は、どんな子だったかしら……。いやだわ、私の可愛い坊やなのに、顔も思い出せないなんて……」


 突然、色の魔王の表情が困惑で染まる。

 思い出せない失せ物を探すように、徐々に己の中に閉じこもろうとしていた。

 クロイが声を掛けた。


「……俺、は」

「あっ、ぼうっとしてごめんなさい、どうしたの?」

「俺は、もう、自分のことを、ほとんど、憶え、ていない……」


「そう、そうなの、それは辛いでしょう」

「それ、でも……」


 クロイは、震える手を色の魔王の腹部へと当てた。

 何の疑いも無く受け入れたまま、色の魔王はクロイを見つめ続ける。

 その視線を受け、今までぼやけていたクロイの表情が急速に引き締まった。


「俺はお前に産んでもらった覚えない」


 先程とは違うハッキリとした口調に疑問を抱く前に、変化が起きた。

 色の魔王の背中側から腹部へと、大剣が貫通したのだ。

 それは、前回の戦いでクロイが突き立て、身体を入れ替えるまで〝魔胎邪界ヘルマタニティ〟を阻害していた聖剣だった。


「ごっるぅぶっ……!」

「多少の再生力とこの聖剣以外の祝福チートは封印せざる得なかったが、それでも十分だったな」

「あ゛なだっ……!?」


「生存本能が刺激され権能の扱い方を学んだようだが、それでもお前は戦士ではない」

「よぐ、もぉぉぉ……!!」

「本質的に、どこまでいっても、お前はでしかない」


 権能は再び制限を受けた。身体の交換はそう何度も行える手段ではない。

 だが、止まるつもりはなかった。

 許せない。己を欺いたクロイを心底憎悪した。


 母の怒りに感化され、今まで見守っていた怪物達も怨嗟の叫びをあげる。

 クロイから飛びのくように離れた色の魔王は、我が子へと向かって血ヘドを吐きながら命令を下す。


「ごろじで!」


 ふらつきながら立ち上がるクロイに向かって、怪物達が飛びかかろうとした。

 そのときであった。

 大量の洪水が、怪物達ごと水路から流されてきたのだ。


「何が……!?」


 貯水槽へと続く幾つかの水路。その全てから凄まじい勢いで水が流れ込み、怪物達を押し流していく。

 大鬼などが色の魔王を護ろうと近付く。

 それらを踏み台にしたクロイが、色の魔王へ正面から抱き付いた。


「ごぶっ!」

「がっ、貴方ッ……!」


 自らもまた聖剣に串刺しされ、血を吐きながらもクロイは色の魔王を離さない。

 まるで恋人のように後頭部を掻き抱きながら、クロイは耳元へで言った。


「共に行こうか、地獄へとエスコートしてやろう」

「お、のれぇぇぇッ……!」


 抵抗しようとしていた色の魔王は見た。

 視界は既に莫大な水によって覆い尽くされていた。

 全てを飲み込み、押し流す流れに逆らうことはできない。


 色の魔王と怪物達は、王都地下大水道を滅茶苦茶に流されることになった。


     ●


 その頃、王城や中央区に集まっていた住民達は、己の足元が揺れているのを感じ取った。

 幾つかのマンホールが吹き飛んだりするのを目撃した者もいた。

 事前に報せを受けていたとある一家は心底微妙な表情になった。


 王城で待機していた者達は不安を押し殺すために眉間に皺を寄せた。

 その中で、コンスチュアートはポツリと言った。


「先人の、我等が祖先の叡智を信じよう。大丈夫だろう、たぶん、物凄い揺れているが」


 いつもなら相槌を打つグスターヴが別行動中な為、この呟きに応える者はいなかったという。


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