バトル・トゥ・シェイクザアース 2
時は少し遡る。
星辰祭の日、王宮へとクロイが乗り込んでから数時間後。
王宮に住まう大臣や将軍らに緊急招集令が出された。
王政府の実権を握る者達には、魔王や勇者に関する神託が知らされており、召喚令を聞いた者達は来るべきときが来たのかと覚悟を決めていた。
集められた議事堂にて、全ての者達が招集された理由を推測しあう。
「神託よりまだ三日だぞ。それも星辰祭のこの日に……」
「だからこそ、やもしれませんな。今この瞬間に襲撃されれば混乱は必至でしょう」
「なんてことだ。そうなれば後手の我等に打つ手があるか」
「何はともあれ、コンスチュアート王の言葉をお聞きしないことにはどうにもなりますまい」
「しっ、どうやら来たようだぞ」
やがて、議事堂にコンスチュアートが現れる。
敬礼で迎える首脳陣に対して、コンスチュアートは通常の手順を省略して言った。
「貴様等、座って置け。これから始まる内容は相当キツいぞ」
「王よ! 口調が乱れておりますぞ!」
「いいだろう別に。数ヵ月前までこんなんだったぞ俺」
「王よ! もう少し取り繕うくらいして下され! 威厳が足りませんぞ威厳が!」
「グスターヴ、俺が今何日寝てないか教えてやろうか。薬をキメ続けるのも内臓に良くないのだぞ」
「王よ! 私も家にいる間は妻が寝かせくれませなんだ! 同じですな!」
「ハハハッ、後でご祝儀を送ってやろう」
「ハハハッ、まだ気が早いですぞ、王よ」
年の近い二人のやり取りに首脳部は目を逸らした。
王命により、星辰祭を理由に一時休暇を貰っていたからだ。
久しぶりの睡眠と家族との触れ合いを終えた王国の頭脳達のコンディションは万全である。
だからこそ、大臣の一人が放って置くといつまでも続きそうな漫才に口を出した。
「グスターヴ殿、コンスチュアート王よ。そろそろ召集を掛けた理由をお聞きしたいのだが」
「そうであったな」
「その前に彼等にも入室して貰っては?」
「そうであったな」
「大丈夫ですか王よ!」
「緊張感が途切れると寝てしまいそうだな、手早く済ませよう」
入って来い、とコンスチュアートが呟くと、二人の人物が議事堂に入室した。
一人は首脳陣も見覚えがあった。至高神に仕える筆頭神託受諾者であり聖女、アナ・グルニルだ。
緊急を要する議題など、昨今の事情を鑑みて魔王関連以外にないことを推測していた首脳陣からしてみれば予想された人物だった。
予想外だったのはもう一人の入室者だ。
黒髪に藍色のマントを纏った男だった。
この場に男を知る者は少なく、それ故に正体の推測を容易にする。
至高神の聖女に連れられた男。魔王に関連し、首脳陣を集めねばならないほど緊急を要する人物。
にわかに信じられないが、符合する要素が期待を抱かせた。
軍部の者達には興奮を隠し切れない者が出るほどだった。
「幾人かは察したようだが、名乗って貰おうか、なあ?」
「はっ、お初にお目に掛かります。至高神により召喚されし勇者、クロイと申す者です」
「おおっ……!」
ざわめきが議事堂を満たす。
感嘆、歓喜、哀愁、希悦。
様々な感情が現れては、クロイと名乗った勇者へと向けられる。
どれほど待ちわびた事だろう。
軍部の者達は、先に英霊となった将兵達を想った。
大臣達は、多くの時を共に過ごした前王を悼んだ。
迷宮都市陥落に驚愕し、中津原の敗戦で恐慌した。
無様だった。情けなかった。屈辱だった。
それらを噛み締め、国を維持するために必死に激務をこなしてきた。
報われるときが来たのか、と誰もが想い、希望を持った。
失ったものを取り戻す日が来たのだ、と。
興奮を冷めやらぬ中、首脳陣は努めて静聴を姿勢を崩さなかった。
「さて、私がどのような存在か、予め皆さんにお伝えしようと思います。私が至高神に託された使命は一つだけ、『魔王討伐』のみです」
続けざまの一言に、首脳陣は首を傾げた。
わざわざ伝えるほどのことだろうか、と疑問したのだ。
世界を運営する神々が異世界より召喚した使徒である勇者。
彼等はこの世界で魔王と敵対することを前提として祝福を与えられている。
それ以外の制限といえば、神々の好みで付け足された教義くらいである。
星空神であれば人々と積極的に交流を深めること。福徳神であれば経済活性化の為にブレイクスルーを起こすこと。
神々の議長たる至高神もまた、そうした教義を勇者に与えたのであろうか。
代表として挙手した大臣が、許しを得てクロイへ質問する。
「それは、一体どういうことかね? 至高神様の勇者は今まで確認されたことはないが、何か順守すべき教義があるのか」
「というよりも、他に何もするなという苦言でしょうか。至高神は、神々はこのままでは世界がもたないと判断されました」
「なんと……」
「最速最短をもって魔王を討ち滅ぼすこと、それが私の使命です」
「それは、我々も望むところですが……」
「魔王との戦いは必然的に苛烈なものです。皆さんも経験したことがあるのでは?」
質問した大臣だけではなく、他の者達も顔を歪めた。
それは図星を突かれた不快感ではない。重くのしかかる自責の苦渋だった。
首脳陣の反応を見て取ったクロイは、それでも語句を緩めない。
「私は至高神の元で〝魔王に殺すこと〟を前提とした修練を積んでいます。その私でも、魔王との戦いはリスクが付き纏います。周囲の事を一々気にする余裕が無いのです」
初めに質問した大臣は、一つの可能性が頭を過った。
魔王と相対した結果生まれた惨劇。
周囲に気を配る余裕は無いという言葉。
そして、神託によって王都地下大水道に出現を預言された魔王。
「まさか、この王都グラシアで、魔王と戦うおつもりか!?」
「いいえ、正確には既に一度戦いました」
「何ッ!?」
動揺が広がる。しかし、コンスチュアートが口を挟む気配はない。
既に知らされていたか、と幾人かは察する。
それでも冷静ではいられた者はいない。
中津原の敗戦は記憶に新しい。
その再来が王都にて勃発する。
いずれは迷宮都市の再奪還を目論んでいたとはいえ、その戦場が市街地になるとは想定していない。
魔王出現の神託を受けた後、中々対策案が纏まらなかったのもその為だ。
人口密集地である大都市で、魔王相手の大戦など出来よう筈も無い。
それがコンスチュアートを含めたエバジライア王国首脳陣の共通認識だった。
その前提を、クロイは薄紙を破るように掃き捨てた。
明らかに己を見る目が変わったことを理解しつつも、クロイの発言は止らない。
「その結果、色々あって、俺一人では王都を崩壊させずに魔王を討ちとるのは無理だと判断しまして」
「例え勇者とてそんなことが許されると――――?」
たまらず立ち上がった将軍の一人が、告げられた内容に語気を鎮火させた。
混乱し、互いの顔を見合わせる首脳陣を見て、沈黙を保っていたコンスチュアートが口火を切る。
「まあ、ここからは余も議題の説明に加わるとしよう。構うまいな、クロイよ」
「仰せの通りに、コンスチュアート陛下」
「聞いての通りだ、皆よ。勇者クロイはその使命を少しばかり曲げて、我等と歩調を合わせてくれるらしい」
「へ、陛下、それはつまり……?」
「色の魔王を謀るのに協力せよと申しておるのだ。慇懃無礼な勇者殿はな」
「恐縮ではございますが、是非ともお願いしたく申し上げます」
呆然とする者が多数。目をぎらつかせて睨み付ける者が数人。
当初は困惑していた首脳陣は、意味を解するとともに口元で笑みを浮かべた。
女子供が見れば泣き出すほどの凄味に満ちた狂笑だ。
狂おしいほど湧き上がる情念を抑え込み、大臣の一人がクロイに問いかける。
「どのような策がおありになりますか、勇者殿」
「敵は色の魔王ただ一人。ですが、その権能は魔の軍団を無限に産み出します。手傷を負わせて弱らせたとはいえ、地下大水道に籠られては私も決定打を使えない。王都の被害を気にしないのなら倒すことは出来るのですが」
「戯言を申すな。大陸経済の大動脈が断たれれば、魔王を討てたとて復興すらままならんぞ。絶対に被害は出すな。もしくは最小限だ」
憮然として言うコンスチュアートに、クロイは苦笑交じりに返した。
「心得ています。なので、策と言っても実に単純でして、巣穴に籠ったネズミを引き摺り出すこと、それを私が狩り獲ること。大きくはこの二つの障害をクリアすればいい」
「我等が関与するのは実質一つか。穴熊を決め込んだ相手を引き摺り出すとなると相応の痛手を負うのではないか? 籠城戦は敵方より多い軍事力が前提だ。今の我等に魔王の軍勢を相手取る戦力は残っておらぬぞ」
「いえ、地下に潜る必要はありません。出現した場所が不幸中の幸いといったところでしょうね」
「そこら辺は主に、私達宗教連合が担当する部分になると思います!」
クロイの意味深な言葉に再び疑問が作られたとき、アナもまた会議の場へと躍り出た。
「私達は、中津原以上の人員を投入し、奇跡を行使します」
「あれ以上を!? 本気か!?」
「本気も本気です。……というより、クロイ様の無茶を叶えるにはそれしかない、というのが本音ですね」
将軍が上げた問いに、アナは視線を落としながら断言した。
一体何をやらかす気なんだ、といった恐れにも似た空気が議事堂を漂う。
当のクロイは苦笑したままであり、コンスチュアートは溜息を吐き出した。
「余が聞いたときも正気を疑ったがな。尋常を超える魔王を上回るには、これしかないと思い直した」
「陛下、いや、勇者殿、一体何をするおつもりなのですか」
「ええ、はい、自分でもちょっと無茶かなと思っているのですが、被害を最小限にしようと思ったらどうしても必要でしたので……」
「本当に何をするおつもりですか!?」
悲鳴のような大臣の追及に、クロイもまた、緊張の面持ちで口を開いた。
「俺の国では、籠城戦と言ったら兵糧攻めか、水攻めだって相場が決まっているんですよね」
「はあ、……はっ? はああああぁぁぁぁ――――!?」
クロイの言葉で全てを察した首脳陣が声を張り上げて絶叫する。
議事堂の外で警護していた兵士は、突然の大声に敵襲を疑い、議事堂に乱入するという珍事が発生した。
会議が終了するまでに、後二回ほど同様の出来事が起きたのは、王国史に残らない首脳陣だけの秘話であった。