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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
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バトル・トゥ・シェイクザアース 1

 大都市を支える水道は、雨水や汚水を処理するために巨大な貯水槽を設けている。

 高低差を利用して流れを作るとはいえ、余り深くに作り過ぎると工事の負担が大きくなる。

 貯水槽を設けることで、地下深くなった水路を再び高い位置へ戻すのだ。


 現在王都周辺の地域は雨期を過ぎている為、貯水槽はただの広い空間でしかない。

 だが今、その空間には所狭しと化け物の群が溢れかえっていた。

 今しがた産み出された怪物達は、興奮の吐息に異音を掻き鳴らし、種族種類に区別なく骨肉の玉座に佇む〝色の魔王〟を讃えている。


「蹂躙なさい」


 その一言に、歓声は猛々しく、後から続く産声は絶叫した。 

 一斉に、一心不乱の動きが産まれた。

 流れる濁流の如く、化け物達はある一点へ向かっている。


 魔を滅する者、母を殺す者、神の采配に選ばれた勇者。

 産まれた直後に関わらず、己達のすべきことを理解する。

 この憎むべき敵を喰らうべし。骨も残さずこの地にあった痕跡を消し去るべし。


 ああ、光も届かぬ辺獄にあって、鈍く輝く神聖の何と眩しきことか。

 何としてもこの男を殺さねばならない。殺して母へと捧げねばならない。

 本能と情に突き動かされ近付く魔を、聖なる勇者は迎え撃った。


 辺獄の闇に溶け込むような黒髪が揺れる。

 爪や牙を持たず、壁や天井に張り付くことも出来ず、ましてや膂力など比べるべくもない。

 只人と怪物の差は生物としての強弱をハッキリと表していた。

 

 百鬼夜行の往来では、如何なる強者も瞬く間に蹂躙の贄となるだろう。

 そんなもの知った事かとばかりに、クロイは拳を振り抜いた。

 爪を割り、牙を砕き、肉を潰し、骨を抜く。


 盾の如くいなし、槍の如く穿つ。

 シンプルな動作だけをコンパクトにハイスピードで繰り返す。

 ただそれだけで産み出され続ける怪物達を殲滅する。


 クロイは勇者としての加護を用いず、人間として完成された肉体と1500年に及ぶ蓄積された鍛錬のみで戦っている。

 それだけで十分だと言わんばかりに、真正面から襲い来る怪物共を歯牙にもかけていない。

 魔王が状況が変えようとするのは必然であった。


 広い空間とはいえ、ここは石壁に覆われた閉所である。

 通路は限定され、更には魔王の権能〝魔胎邪界ヘルマタニティ〟が地下大水道のすみずみへと根を張っている。

 本来ならば〝色の魔王〟の胎内にのみ展開される限定的な結界であったが、先日の戦闘でクロイによって聖剣を突きたてられた結果、非常に不安定な状態となった。


 無限に魔を産み出す結界は強力な権能ゆえに制御が難しい。

 下手を打てば身体の内側から貪りつくされ、五体を四散させ死に至る。

 万全の状態ならば湯水のごとく怪物を生産できるが、常時痛手スリップダメージを負った状態では勇者の猛攻をしのぐ生産力を維持できない。


 そうと理解した色の魔王は、己の臓物を周囲へぶちまけることで胎内限定の縛りを破った。

 魔王としての生命力を用いて、少しずつ水路と己を一体化させ、権能の拡大解釈を成功させる。

 そうすることによって本来の速度には及ばずとも、地下大水道を遥かに安定した天外魔境へと変貌させたのだ。


 粘り気のある声で、囁くように色の魔王が言った。


「前だけ見ていては危ないわ」

「ッ!」


 クロイが貯水槽へと侵入した水路から無数の怪物が押し寄せてきた。

 背後を取られた形となったクロイは、淀みなく握った拳を開くと、構えを変える。

 迎撃の止めたことで遮る物を無くした大鬼トロールの拳がクロイへと迫る。


 接触する。

 頭蓋を難なく陥没させるであろう一撃を躱し、クロイの開かれた手指が分厚い皮膚を貫通する。

 大鬼の拳を振り抜く勢いを利用して、そのまま背後へと投げ飛ばした。


 腹を破られた大鬼は、臓物を飛び散らせ貯水槽の入口へと迫っていた怪物達に激突する。

 投げる。投げる。投げる。

 数瞬の間に巨大な体躯を持った大鬼が幾体も投じられていく。


 先にいた者共を押し潰しながら、次々と積み上がる肉壁が出来上がった。

 トドメとばかりに心臓を握り潰されたマンティコアが、その巨体によって出入口を完全に塞いだ。

 所詮は即席、長くは持たない。


 されど、背後を気にせずに済む時間があれば、クロイには十分だった。


「次はこちらから行くぞ」


 迎撃に努めていた足を、前へと踏み締めた。

 足取りはゆったりと、急ぐ素振りを微塵も見せない。

 角鬼オーグが二体、左右より飛びついた。


 一瞬だけ、ステップで加速する。

 勢いが止まらず角鬼同士で激突するのを背後に、クロイは歩みを続ける。

 色の魔王は哄笑した。


「ならこの子はどうかしら?」


 肉壁から産まれた潜砂虫サンドワームがのたうちながら迫りくる。

 その規格は他と比べば巨大の一言。

 現在の魔胎邪界ヘルマタニティでは数秒生産を途切れさせるほどの負担を強いられる。


 されどここは退路の無い閉鎖空間。

 不意打ち気味に正面から飛び込んでくる潜砂虫は早い。

 加えて、幾人いようが丸呑みにしかねない大口から逃れる手立てはない。


 全身をしならせる蠕動ぜんどうが周囲の怪物を押し潰しながら加速した。

 素手ではどうしようもない。

 そして、対処の為に足を止める気も無かった。


「蒲焼にはできまいな」


 腰から抜き放つ一線が、潜砂虫の頭部を縦に割いた。

 潜砂虫の勢いと、クロイの歩みが、そのまま縦長の肉体を切り開いていく。

 刃線を僅かに傾ける。潜砂虫の半身は途中で斜めに抜けた。


 クロイの手に握られていたのは、先日手元に置いてから、捨てるに捨てられずにいた傭兵の剣だった。

 数打ちに過ぎない鋳造の刃は刃こぼれしている。

 使用限度はすぐにくるだろう。


 だが、潜砂虫の巨体が辺りを薙ぎ払い、僅かに隙間が出来ていた。

 色の魔王へと続く細い細い道筋を見出す。

 数度使えれば構わない。


 消耗を覚悟で駆ける。

 元より相対に時間を掛ける気はない。

 決めるのならば、一瞬で決める。


 これまでとは別格の速度で走る。

 進路を塞ぐ怪物達を、躱し、乗り越え、すり抜け、水のように淀みなく駆ける。

 速度は衰えず、止まらない。


「その首、刎ねて進ぜよう」


 そして、白魚の細い首筋に、刃は届いた。

 傭兵の剣は半ばで折れる。

 役目を終えた剣を捨て、クロイは残心する。


 だからこそ見えた。

 首を断たれた色の魔王の一瞬宙に浮く顔が、目を見開き、唇で孤を描く。

 直後にクロイは悟る。


 権能、未だまず。

 一振りは首を断てど、致命と至らずか。

 着地の瞬間、耳元へ吹きかけるような声が聞こえた。


「やっと、捕まえたわ」


 クロイの身体が何者かに抱き付かれ、拘束される。

 それは、辺りに散らばる怪物の臓腑によって編まれた人形ひとかただった。


「己で己を産んだか、娼婦め」

「血を分けた可愛い坊や達ですもの。私を孕ませることだってできますわ」

「この程度で止められると思うか」


「あらこわい。こわいから、もっと抱きしめてあげましょう」


 クロイの全てを覆い尽くさんと、臓物や怪物が絡みついてきた。

 足を止めたクロイに、それらを払い除けられる道理はない。

 振り払う先から絡む臓物に、徐々に動きは封じられていく。


 やがて、一つの大きな肉塊が出来上がった。

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