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神様と1500年修行したので最強です  作者: 迷小屋エンキド
第一章 王都陥落決死戦
10/21

スタート・スター・フォーリング 3

次回の更新は3/5(月)を予定します

「うーむ、文字が宙に浮かんで見える……」


 エバジライア王国のエルデン宮殿は、現在連日の激務が常態化していた。

 軍の再編。各国への賠償と同盟見直し交渉の返答。難民対策や各地現れる魔王の情報精査などなどなど。

 幾ら時間があっても足りず、処理すべき案件をこなすだけで精一杯で、根本的な解決策を検討する暇など何処にもない。


 それでも投げ出すことは出来ない。今ここで国の心臓である己が倒れれば、本当に世界が終わってしまう。

 例え碌に睡眠を取ることも出来ず、様々な幻覚に悩まされるようになったとしてもだ。

 纏まらない思考を中断する為、椅子へもたれ掛かり天井を仰ぐ。


 そして、現状へ至るまでの記憶をゆっくりと思い返していく。

 中津原の決戦にて、諸国連合軍の盟主となり迷宮都市奪還を目指した前王は、勝機が無い事を悟ると殿を務めることを決断した。

 王権を引き継ぎ、息を着く間もなく混乱の収拾にあたる12代国王コンスチュアート・ブルネルク・エバジライアは、その時の光景を覚えている。


 諸国連合軍12万に対して、〝傲慢の魔王〟はたった一体にて相対した。

 遮蔽物の無い平野において、万の軍隊を相手にする。

 勝敗など論ずるまでも無い。馬鹿馬鹿しくなるほど戦力差があるはずだった。


 巌の如き巨躯に、異国の拵えなれど大業物と思しき剣が一本。なるほど、見た目から伝わる圧力は、勇者を悉くしいした益荒男に相違ない。

 だが、何の策を弄さずのこのこ対面するなど、正に傲慢としか言えぬ愚行である。

 されど油断なく、諸国連合軍は用いうる最大火力を叩き込み、開戦の狼煙とした。


 術式の数3万と4千。矢の豪雨2万と6千。奇跡の天変地異は平野に大穴を穿つ。

 人類の結集。古今東西の英雄も、この光景を見たことはあるまい。

 大地を震わす爆撃は、人類の怒りの体現を、傲慢なる者に余すことなく叩きつけられたかに思えた。


 前衛に陣形を布く重装歩兵の誰かが、噴き上げる炎から小さな影が飛び出してくるのを見た。

 焼け爛れた肌、幾本も突き立つ矢、片目は潰れ、殆ど裸に近い。

 だが走っている。疾駆している。大剣を担ぎ、彼我の距離を飛ぶように埋めてくる。


 すぐさま指示が出た。殺し切れずとも痛手を負わせた。ならば、今一度魔王を討ち取るべく相対するのみ。

 臨戦態勢を整えた槍衾やりぶすまに、剣一つで飛び込むなど自殺に等しい。

 尋常であれば戦いにもなるまい。だが相対するは世界の滅び、〝傲慢の魔王〟である。激突に備え、恐怖を抑え込んだ兵士達の戦叫が大気を揺らす。


 直前、正面から〝傲慢の魔王〟が掻き消えた。

 戦況を観測する為、空へと使い魔を飛ばした伝令部隊だけが見ていた。

 平野は背の高い草が生えている。その中へ紛れるように、埋めるように、低く低く〝傲慢の魔王〟が滑り込んでいた。


 地に擦るかのような一刀が草を薙ぎ払った。

 魔王の正面にあった陣形の一部が崩れ落ちる。片足が切り落とされバランスを失い倒れたのだ。

 異変に気付いた者達が隙間を埋めようとするが、既にかの魔王の侵入を許した後だった。


 蹂躙が始まる。〝傲慢の魔王〟が一刀振るうたび、幾人かの手足が切り飛ばされる。

 こうなってしまえば、多対一の理は崩壊したも同然であった。

 同仕打ちを避けねばならぬが故に、相対する人数は限られる。


 並の兵では何も出来ずに切り伏せされ、指揮する者は優先して殺される。

 混乱は広がり、対応する間に傷は開いていく。

 距離を詰められ、刃が届くまで迫られた時点で、抵抗は無意味だった。


 開戦より一時間で、前衛部隊である重装歩兵一万、騎馬五千が壊滅。組織的な抵抗力を消失した。

 血風舞う断末魔がもはや止められぬ災害であるのを悟り、諸国連合軍は、人類最強の騎士を含めた精鋭部隊の投入を決断した。

 

 人類の精鋭たる者達の死闘は、正に苛烈の一言である。

 長寿族アールヴの大英雄が魔弾の一矢を放つ。

 鉱穴族ドワーフの神官が燃える岩を打ち出す。


 小人族ホビットの冒険者が致命の一刺を狙う。

 銀狼族ウェアウルフの戦士が爪牙にて喰らう。

 恵樹族ドルイドの術師が草根を微に穿ち操る。


 人間族アースランの騎士が達人の術技を振う。


 悉くが各種族の頂点に立つ者達であり、かつての勇者達に引けを取らぬ強者であった。

 だが届かない。傲慢にも独りで戦う魔王を殺せない。

 最初は銀狼族の戦士が五体を縦に割られた。


 小人族の冒険者が隠形の一撃を蹴り潰された。

 鉱穴族の神官が恵樹族の術師を庇い心臓を貫かれ、助けに入った長寿族が手首を失った。

 人類最強の騎士が仲間の逃げる時を稼ぐため、一人残った。


 形勢は決した。

 士気が目に見えて落ち、撤退すら危うくなった時である。

 前王が王冠を脱ぎ捨て、コンスチュアートへ投げ渡すと言った。


死神タナトスよ御照覧あれ! これより地獄へまかりこすぞ!』


 精鋭部隊が死闘の後に敗れたのを見て、父ガンルダルと近衛大隊は〝傲慢の魔王〟へと突撃した。

 死兵となった56人の奮戦により、人類最強の騎士を含めた諸国連合軍残党は撤退を完了。

 魔王による追撃は無く、安全を確認した後、一度合議を行った後、諸国連合軍は解散。


 それぞれの帰路に向け、敗走した。


「父上殿もかっこつけやがって……。おかげで何とかこの国は持ちこたえてますよ」


 軍事力が低下し、自衛力を失った国家で、盗賊の略奪や他国からの侵略が起こらないのは、ひとえに前王の人徳と、大陸経済の要たるシラナガン海道の無事が大きい。

 あのとき、真っ先に盟主が殿を行い討ち死にしたことで、各国からの非難は大きく抑えられた。

 ある種の引責自害によって、エバジライア王国は人類の中心国の立場を守ったのである。


 多くのものは失われ、帰らぬ人が墓標を増やしたが、再侵攻の芽が残された。

 迷宮都市跡地には、未だ魔凱宮がそびえ建つ。かの迷宮ある限り、魔王は現れ、魔物は溢れる。

 防衛し続けるだけでは、いずれ人類は負ける。負ければ滅びる。


 例え万に一つの可能性であれ、戦い勝たねば未来はない。

 混乱によって大国が倒れれば、その未来すら失われてしまう。

 再び諸国連合軍が成ったとき、その盟主として立てるのは、大国であるエバジライア王国だけなのだ。


 コンスチュアートの肩が担うは、全人類の未来そのものだった。

 目頭を押さえて揉み解す。

 辛うじて、溜息を吐くことだけは我慢した。


 変わりに呻くように呟く。


「何とか持ちこたえちゃいるが、ここに来て新しい魔王がこの王都を壊滅させれば、今度こそお終いだぜ」


 混乱の早期終息に向け、膨大な書類に封殺されることが決定していたコンスチュアートは、今後の方針を決める布石の一つとして、至高神殿の筆頭神託受諾者(プレコグ)に命じた。

 至高神の神託で魔王の動向を暴き出せ、と。

 事態収拾と並行し、次なる侵攻の為にはどうしても必要なのが、魔王の情報であった。


 中津原で相対した〝傲慢の魔王〟は、勇者達を全滅させたその名と強さだけが一人歩きしていた。

 前王を含めた諸国の長達は、直接相対し、初めてその強さの方向性を理解した。

 あれは最強の個人かもしれないが、無敵の存在ではないのだと。


 実際、火力制圧によってかなりの傷を負わせることが出来たのだ。傷つくということは殺せるということである。

 あの時、常に遠距離にて攻撃し続けることが出来れば、結果は違っていたかもしれない。

 知ると知らないとでは、出来る対応には大きな違いが出るのだと、コンスチュアートは学んでいた。


 草の根を分け、墓を暴き、高智神の頭蓋を覗き込んででも、魔王の情報を手に入れること。

 それが再侵攻の必須条件だった。

 だが、その前提も今や崩れ去ろうとしている。


 先日至高神殿から齎されたのは、王都の地下大水道にて魔王が出現するという超弩級の爆弾だった。

 思わず墨壺を引っくり返して書類を描き直す羽目になるほど衝撃的な情報だった。

 対応も糞も無い。魔王相手に市街地戦など起こそうものなら都市壊滅を覚悟せねばならない。


 そんなことになれば、大陸経済の大動脈が完全に機能停止してしまう。

 経済なくして国は維持できない。エバジライア王国は、その自重を支えられずに崩壊する。

 そこまで考えてコンスチュアートは胃の痛みが激しくなったのを感じた。


「ぐっ……! ま、まあ、同時期に勇者が召喚されるそうだからな。その次第によっては状況が好転するかもしれん……! する、はずだ……!」


 常備していた胃薬を飲み干す。王宮お抱えの薬師が煎じただけあって効き目は抜群だ。

 痛みが和らぎ、嫌な汗が退いていく。

 一息付けたので書類仕事を再開しようとしたときだ。


「失礼します王よ! 謁見の申しが来ています!」


 ドアをキッチリ三回ノックしてから大声を張り上げ入ってきたのは、重傷を負って休養しているはずの人類最強の騎士グスターヴ・タブリンだった。

 思わず真顔になってコンスチュアートは臣下に尋ねた。


「グスターヴ、お前奥方に絶対安静と言われて監禁されていたのではなかったか」

「ええ、つい二時間前まで閨で夜伽を迫られておりました!」

「二時間前は昼食時であったはずだが……」


「それよりも王よ! 謁見です! 突然至高神殿の巫女殿が来たかと思えば、何やら王へ直接言いたいことがあるとか……」

「グスターヴ、特に理由も聞かず、正規の手続きも踏まないで謁見を許したのか」

「火急の用とのことだったので! 何やら勇者に関することとか!」


 コンスチュアートは決断した。


「よかろう、謁見を許す。お前は監き……休養を続けろ」

「はっ! かしこまりました! では、隣室に待機している巫女殿達を呼んで参ります!」


 そう言って退出したグスターヴを見送り、溜息を吐く。

 それは、重苦しさを吐き出すような不安から来るものではなかった。


「ようやく、来たか。来てくれたか」


 安堵することを思い出した、気の抜けた溜息だった。

 やがて再びノックが聞こえてきた。

 入室を許すと、ドアが開き、二人の人物の姿が露わになる。


 一人は先日神託受諾を命じた巫女、聖女アナ。

 もう一人は、見覚えの無い黒髪の男だった。

 略式の礼を取り、アナが口を開いた。


「ご無沙汰しております。陛下に置かれましてはご機嫌麗しゅうございます」

「このような形で出迎えとなってすまんな。今この国には礼式を重んずる余裕も無いのでな」

「護衛も置かずとなると、少々不用心では?」


「構うまい。ありとあらゆる魔導と奇跡がこの部屋を守護しておる。入室できた以上、貴様等に我が身を害す気が無いことなどお見通しよ」

「これは差し出がましい真似をば」

「よい、して、そこの黒髪が至高神の召喚せし勇者で相違ないか」


 その言葉に、アナは笑みを浮かべて言う。


「ご慧眼通りにございます。この者の名はクロイ。至高神様より召喚された魔王を殺す者であり、世界を救う使命を自任する者です」

「ほお、大きく出たな! いや、そうでなくては勇者と呼べまいて! して、クロイとやら、如何にして世界を救う? 我が国を巣食う魔王を殺す?」


 アナの背後に控えたクロイが顔を上げ、コンスチュアートとの視線を真っ直ぐに合わせる。


「まず、陛下に一つご提案があります」

「よい、申してみよ」

「はっ。陛下、魔王討伐の栄誉、山分け致しませんか?」


 コンスチュアートは一瞬絶句し、次の瞬間しばらくぶりに大笑いした。


「フハハハハハッ!! こやつめ! 首級を上げぬ内から事後交渉か! とんだ勇者が来おったわ!」


 執務室から響き渡る呵々大笑に、王宮の者達は目を合わせて自らの耳を疑ったという。

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