白い空間で「ランクインした」と告げられ
これは……。
ひとり、ぽつんと白い空間。
「——田方鉄治、男・16才」
声がしたほうを見る。
なにもなかったはずの場所に誰かいた。
変な白いカーテンを着た中学生くらいに見える男……女? ——が、書類を持って立っている。
「きみは不運にも召されたのです」
あ……これって、異世界に転生するやーつでは?
知っとるよ、おれ。読んだことあるよ、おれ。
「あなたは神さまですか?」
「わたしは天使です」
あー、天使かぁ……。
これから行われるおれの転生に関して、交渉の余地があるかどうかが主要点になると思うけど、今はひとまず置いておこう。
「天使さんでしたか。……では、ここは?」
「魂の行き先を決めるための雲のなかです」
雲……。
そうか、雲か。
「ときに天使さん、おれは死んだんですね」
さっき、「召された」と言われたが、はっきりさせたかったので尋ねた。
「はい、きみの肉体は機能を停止しました」
……ほう。
「そして、きみは〈最期の言葉ランキング〉に見ごとノミネートされました。大賞が発表される12月が楽しみです」
ほほう……。
よもや、そんな番付があるとは……なるほど。
「くわえ、きみは権威ある人生賞で今年の〈ドラマチック部門〉の最優秀賞を受賞しています」
——やっ、やった! やったぜ!
「ありがとうございますっ」
これは、もらえるチート能力に期待してもいいのでは?
「さっそくではありますが、きみの生きた足跡を見ていきましょう」
生きた足跡を?
人生をふり返り、賞を際立たせる計らいだろうか?
「こちらをごらんあそばせ」
見ると、天使さんが示した空間の一部が光りだす。
「え……まっ、まっ——まぶしゅんッ」
やがて、その光は映像となった。
幼き日のおれが居間で昼寝をしている。
「わたしと共にきみの築いたストーリーを鑑賞してください。わたしは折に触れ、質問や評価などをしていきますので」
質問、評価……。
「評価の際は、ポイントを加算制で付与していきます」
ポイント? ステとかスキルなんかに振れるやつ?
もしくは、天使さんはおれの業——生前の行いを見定めるつもりなのか?
「わたしの質問に際し、きみはそのときの心情——また、今の立場でいだく思いなどを包み隠さずに告白せねばなりません」
はぁん、そうきたか。
異世界への転生において、よりよい力を得るには健全であるか徳高い善行を積んでいなければならないってことか。
おれが生前にしたいいことは……。
なんかないか……ええっと……。
「ここでの音声は採録され、オーディオコメンタリーの形で特典として作品へと収録されます。これは決定事項ですので、ご了承ください」
……特典?
「よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
もう決まっているのならしかたない。
「つたないかと思いますが、よろしくお願いします」
ぺこんと頭をさげる。
「あの……特典というと、映像作品とかで製品化されるんですか?」
「もちろんです。人生賞の大家である〈サンライトクラウド〉での受賞となりましたので、当然と言ったところでしょうか」
そりゃまた、なんともまぁ……。
おれがそんな大層ご立派な賞を受賞するなんて信じられない。しかも、最優秀賞だ。
お届けする方々には、少しでも楽しんでいただけるようにがんばるほかないな、こりゃ。
などと、考えていると。
「はあぁぁぁ……」
脈絡なく、天使さんが息みだした。
「ふんっ! ——さ、くつろげるシートを用意しました。おかけください」
「あ、どうも。では、失礼して……」
天使さんはなんとも便利な能力をお持ちなようで、その好意に与らせてもらう。
「よろしければ、ドリンクやスナックなどいかがですか? ご遠慮なさる必要はございませんよ」
「んん……でしたら、こちらで定番のものを」
「かしこまりました」
天使さんは注文を請け負うと、まるで正拳突きでも繰り出すかのごとくに腰を落として身構えた。
「すぅー……こおぉぉおおおぉぉぅ、——今だッ、ぬんっ! くぉ~ぶをぉっ!」
身体の両脇に構えた拳が「こぶお」のかけ声と共にばっと開かれた。
するとはてさて、摩訶不思議なことに天使さんの手のひらの上には、ドリンクとスナックが入っているとおぼしき紙製容器が収まりよく鎮座しているではございませんか。なぜなぜ、いったいどうして?
腰を沈めて構えたままでいる天使さんの表情は、武闘家然とした凛々しいものだ。
そしてなぜだか、動くことがためらわれた。
ふっと、天使さんの表情が和らいだ。
「ささ、どうぞどうぞ」
「あっ、これはこれは、ありがたくいただきます」
人智を超えた謎の天使パワーで出現したドリンクとスナックを受け取り、シートに付属している小テーブルへと置いた。
柔らかな背もたれにゆったりと身体を預け、謎の緊張といわれのない疲労感を解くために「ふぅ」と静かに息を吐く。
「本編のほうですが、再生してもよろしいでしょうか?」
隣のシートにくつろぐ天使さんに尋ねられた。
いつの間に出したのか、天使さんのシートにもドリンクとスナックが置かれている。
「なんかちょっと恥ずかしいですけど、始めてもらっても大丈夫ですよ」
「では、さっそく……」
天使さんが手元のリモコンを操作した。
すると、映像が暗転して文字が浮かんだ。
【2006 田方鉄治 TAGATA KANEHARU 5 Years Old】
なるほど、5才のころか……。
画面の文字が消え、画面が切り替わる。
あ、粋花だ。
『おれのいくがっこうってさ、すいかとおなじとこ?』
『おまえ、しろジャリこうえんの、ちかくのがっこう?』
『しらんぞ』
小学校にあがるまえのころか。
やっぱ、おれも粋花も小さいなぁ。
「この女の子はお友達ですか?」
「ええ、幼馴染の粋花です」
空間に【粋花】と漢字が浮かぶ。
「風情のある素敵な名前ですねぇ」
「たしかにこうして漢字で見るとそうですね。このころのおれは、果物のスイカってイメージしかもってなかったですけど」
「ははは……幼いので、漢字の美しさを理解できないのも当然ですよ」
「まだ、習ってもいませんからね」
なんせ、5才ですもの。
『こないだ、おかあさんが、みんなとおなじとこっていってた。でも、おまえだけ、ちがうとこかもしれないよ?』
『おれだけ、がっこうちがったらさ、どうする?』
『おまえのおかあさんにいって、おなじがっこうにしてもらえば?』
……や、同じ学校だぞ?
なんで、おれだけ違う学校に通う感じになってんだ?
「きみと粋花さんは同い年……なのでしょうか? 『お前』と呼ばれていますが……」
「ぁ、ええ、まあ……でも、小学校にあがってすぐ、苗字でよばれるようになりますので」
「そうですか。——4点、と」
よしっ、4点。
どんな理由であろうとも、たとえそれが何点であろうとも、点数がもらえるのならばそれでいいのだ。——この、加点制ならね。
映像のなかのおれは、粋花をまじえて自宅で飯を食っている。
居間には日光が射していて、テレビでは『ずっとも!』がやっているから昼食だろう。
見慣れた家具は新品同然だ。
あのダイニングテーブル、あんなに明るい色合いだったんだよなぁ……。
映像で見ても、けっこうおどろきだった。
『すいか、なっとうすき?』
『ふつう。……なっとうまきはすき』
『なっとうってさー』
食卓になっとうはない。——にも拘らず、映像のおれはなっとうについての会話を続ける。
『——くさってんだよ?』
『ちがうよ、くさってないよ?』
映像のおれは粋花の反論には返答せず、オムライスを山盛りにすくって頬張った。
小さいおれはどこか生意気な顔つきで咀嚼しつつ、山崩しの要領でオムライスを食べている粋花のようすを見つめている。
『たべたらさ、おれと、しろジャリこうえんにいこ?』
『いいよ。でも、おまえ、じてんしゃのれないじゃん』
黙る。
『……ちょっとならのれるよ』
『まっすぐだけでしょ?』
ふたたび黙る。
『……すこし、まがる』
『アンジェとジジはのれるよ?』
またしても黙る。
そして、オムライスを食う。
「話題に挙がったおふたかたもお知り合いで?」
「ええ、幼稚園で知りあった同い年の友達ですね。アンジェリーナはハーフの美人で、ジン——ジジは仁八って名前のお調子者です。粋花と同じく家が近所で親同士も仲がいいので、小中を通して交友があります。みんな幼馴染みで、腐れ縁みたいなものですね」
関係は高校に入ってからも、それほど変わらなかった。
『おれが、いちばんうまくなる』
『アンジェのほうが、のるのじょうず』
無駄にかっこつけたい盛りのころなんだよな、これ。
「このころ、好きな子はいたんですか?」
「うーん……いなかったと思います。——ああ、でも、一番仲のよかった粋花が知らない子供と仲よくしてるの見て、好きでもないのにやきもち妬いたことはありましたね」
言うと、天使さんが喉を唸らせた。
「そういうのわかります。——5点」
おっし、5点もらえたぞ!
これで合計9点だ。
「あ、食べ終わって立ちあがりましたよ? 粋花さんはまだなのに……」
映像が小さなおれを追っていく。
キッチンへ向かったようだ。
『ねえ、マイマザー。おれのがっこうって、しろジャリこうえんのとこ?』
『ん~? そうだけどー』
映像のお母さそ、若いよなぁ。
どうも、この不思議な感覚はぬぐえそうにない。
『学校の場所、まえにも教えなかった?』
『あんま、しらん』
『もう……』
なあ、おれ。聞いたんなら憶えとけよ、おれ。
『あんねぇ、しろジャリこうえんいくから、じてんしゃだして』
『まだ、ちゃんと乗れないでしょ? 危ないからだめ』
『なら、じぶんでやる。カギちょうだい』
『危ないって、言ってるでしょ? 近くなんだし、歩いて行きなさいよ』
沈黙。
そして、幼いおれは黙ったまま立ち去った。
【2009 田方鉄治 TAGATA KANEHARU 8 Years Old】
「時間が飛びましたね」
「8才……小3のときかな?」
画面の文字がフェードアウトする。
「クリスマスでのホームパーティーでしょうか?」
「この飾りつけだと、そうですね。——たぶん、クリスマスとアンジェリーナのバースデーパーティーとの合同のやつです」
「へぇ……クリスマスといっしょにお祝いするんですか」
「——とは言っても、アンジェリーナの誕生日は12月31日で、大晦日なんですけどね」
「なるほど、お約束事になっているんですね」
顔ぶれはいつものとおり。
おれ、ジン、粋花でアンジェリーナの誕生日を祝い、みんなでクリスマスを形ばかりに祝っていた。
そんなこんなで、映像は流れていった。
ジンとケンカしたり、家族が嫌になったり、アンジェリーナと気まずくなったりしたときは、いつも粋花が取り持ってくれた。
お節介やきな粋花には、なんだかんだいつも助けられていた。
おれにとってはあたりまえの、ごく普通の生活が15年間続き、映像のなかのおれは高校生となった。
映像のなかのおれが、天に——ここへ召される日が間近に迫っている。
そして、この年よりおれの日常が一変するのだ。
記憶にも新しい映像が次々と流れていく。
ずっと慕っていた従兄(27才)と、おれが中二のころから密かに思いを寄せていた幼馴染が婚約。感情を隠して祝福し、ひとり号泣する。
中学からの付き合いで、高校でクラスが同じだった女友達から励まされ、友達として以外ではなんとも思っていなかったのに意識しだす。
部活(野球)のコーチが入院。そのころ、女友達との擬似的なロマンスがスタート。
春の予選が始まると同時にコーチが危篤。弱小チームで強豪校に健闘するも、あえなく敗退。コーチの訃報が入る。恥も外聞もなく、部員全員で声をあげて涙を流した。天使さん、「やきう……は、あまり詳しくないものでして」と言ってはにかむ。
時を同じく、過去に話したおれの言葉にヒントを得て、従兄が作成した論文『暗黒アメーバー宇宙論』が世界中から脚光を浴び、某タイムマシン理論が実現可能だと証明される。
意識している女友達がなにげない感じを装いつつ、未来の話題を繰り返すようになる。
数日後、めでたくアンジェリーナと新年より新婚生活を送る予定である従兄に、「話したいことがあるんだけど」と呼び出される。そして、従兄から「論文が完成しないように過去へ行って俺を殺してくれ」と頼まれ、おれはコーヒーに入れられていた薬で眠ってしまう。
目覚めると、女友達から世界有数の某天文台にいることを知らされた。実は、女友達は少し先の未来からやって来たエージェントだった。そこで彼女に例の論文の危険性と時間の構造を詳細に教えられ、告げられた従兄の真実に衝撃を受けたまま、星の光のエネルギーでおれは過去へと飛ばされた。おれがまだ5才のころの年代へと、おれはタイムスリップした。
使命をまっとうしようなどとは考えていなかったおれは過去をさまよい、餓えによる万引きで警察を呼ばれてしまう。スーパーの事務室で取り調べを受け、方策尽きて親友ジンの家の電話番号をダイヤルした。ジンの母親のスピリチュアルな信仰心に賭けたのだ。
スーパーの事務室に来てくれたジンの母に、おれは警官と店主の胡散臭い視線を受けながら事情を話した。いくらか疑いつつも、ジンの母は電話一本ですべてを解決してくれた。
電話の相手はジンの父親で、有名なイリュージョニストなのだ。大掛かりな商売道具を事務室に持ち込んだジンの父は、イリュージョンでおれを逃がしてくれた。
いったん人心地ついてから、助けてくれたふたりに包み隠さず打ち明けることにより、おれの存在はジンの両親から信じてもらえた。
のちにマスコミによる『イリュージョン⁉ 消えた万引き少年‼』に関する追求があったが、ミステリアスな物言いでジンの父は難を逃れた。
おれはジンの父から手解きされたイリュージョンで役所へ侵入し、戸籍を得た。おれは、5才のおれの従兄となったのだ。
そこで選択を迫られた。このまま過ごしてアンジェリーナを嫁にもらうか、ただただ27才ごろまで平穏に暮らすか、使命どおりに行動するかのいずれかだが、小さなおれを殺す選択だけはできそうになかった。
時間の構造上、平穏な暮らしを望んだとしてもタイムリミットが設けられいる。
おれは論文によって事故が引き起こされないよう、時間をある一定以上先に進ませないよう、生まれたすべてのおれは27才を過ぎたころには死ななければならないのだ。理由はわからないが、そうなっているそうだ。
タイムリミットは、おれが27才になってから数ヶ月先のころだ。
このまま過去の自分自身の従兄として生きるのを許された時間は、どうあっても11年から延びることはない。
複雑化したタイムパラドックスと選択のために過去へと送られたおれが、アンジェリーナと恋愛しても、結局のところ結婚が許されるのは死の直前となってしまうのだ。
「では、きみは自ら死を選んだ……と、いうことでしょうか?」
「いえ……おれはきっと、粋花に救われたんだと思います」
「救われた、とは?」
わざわざ「きみ、死んでますよ?」とか言わずとも、ちゃんと理解はしているつもりなのだが……。
「なぜ、そう考えたのでしょうか?」
おれにそう問うと、天使さんはスナックをつまんで口に放った。釣られ、おれもポップコーンに似たスナックを口へと運んだ。
「なぜと言われてましても、おれにもわかりません」
記憶に曖昧な部分があって、質問には答えられなかった。
「なんていうか、憶えているような、いないような……変な感じなんですよね」
代わりの返答をすると、天使さんは納得したように「ああ」と発した。
疑問符を浮かべていたら、天使さんは原因を話してくれた。
「別段、不思議がるようなことではありませんよ」
「どうしてですか?」
「死の間際、心へ留めていた記憶は、まだ長期記憶として残されていなかったり、保存が中途半端だったりすることも多々あります。軽い記憶障害と言いましょうか——きみのようなそういった現象も、天界ではよく確認されておりますので」
なるほど。
「短期記憶につきましては滞っているだけなので、きっかけさえあれば正常な状態へと戻るかと思いますよ」
「だったら、映像の続きを見れば、すぐに思い出せるかもしれませんね」
あのときおれは、たしかに粋花に救われたのだ。
「ええ。——ならば、続きを見てみましょう」
場所は白ジャリ公園。
あたりは夕暮れどきで、そこにいるのは過去に送られたおれと幼い粋花のみ。
『——ねえ、おっちゃんってさぁ……』
5才の粋花が16になったばかりのおれに話しかけた。
『ゆめのなかでさぁ、ないてたよね?』
『夢? 夢って……粋花の?』
粋花がうなずく。
『かねはるのおうちで、おっちゃん、なんかないてた』
『……へえ、そうなの』
『おっちゃんは、わたしがいたの、しってた?』
『や、それは粋花の夢の話でしょ? おれにはわからないよ』
ゆっくりと粋花が首をかしげた。
『やきゅうのかっこうで、みんなとも、たくさんないてた』
『えっ?』
映像のおれはおどろき、小さな粋花を見つめる。
『……野球? みんなと、泣いてた?』
このシーンは記憶にある。
タイムスリップさせられるまえの時代で、コーチが死んでしまったときのことを思い出しているはずだ。
『粋花はそこにいたの?』
『いた』
『夢のなかに?』
『そう』
見つめあったまま、公園に沈黙が流れる。
『おっちゃんは、ここにいちゃだめ』
しばらくして、粋花が発した思いもよらぬ言葉に映像のおれはたじろぐ。
『だって、おっちゃんは、ゆめのなかのひとだもん。おおきなかねはるを、どっかにやっちゃうひとだもんっ』
粋花が涙ぐむ。
『なんで、かねはるがおおきくなったら、おっちゃんはかねはる、いなくしちゃうの?』
小さな手でぎゅっと拳をつくりながら、粋花は泣きじゃくって言葉を続けた。
『なんで、なんで? かねはる、じてんしゃうまくなりたいのにっ、なんでっ?』
『それは、その……そうしないと、ダメなんだよ。世界が、終わっちゃうかもしれないから』
おれを見つめる粋花の目から、大きな涙の雫が静かにこぼれ落ちた。……この情景は、よく憶えている。
『ジジのおとうさんは、おっちゃんのことみつけて、おおきくなったわたしのところに、イリュージョンしてくれる?』
おれにしがみついた粋花が高くかぼそく、絞り出すような声でとぎれとぎれに聞いた。
『……ごめんね。きっと、ジジのお父さんでもイリュージョンできないよ』
そのあと、耳に受けとめた粋花の泣き声は、夕暮れの白ジャリ公園の空に消えていった。
空は夜の色に移り変わり始めている。
映像のおれは粋花を抱えて帰路に就いていた。記憶が曖昧になっている部分だ。
胸元をつつかれたおれは、粋花に向けて視線を落とす。
『わたし、おっちゃんがたのしいように、ずっとおっちゃんが、かねはるがおぼえてられるように、わたしが、かねはる、さみしくないようにして、とおくにいっても、だいすきなともだちになるからね』
このとき、シートに座るおれと映像のなかのおれは粋花の思いに気づかされ、こみあがる感情に表情がゆがむのをどうしてもとめられなかった。
お節介をやく粋花の姿が——さまざまな年齢の粋花の姿が、おれの脳裏に浮かんでは消えていった。
『ぁ……あぁ、粋花。ずっと、おれの友達でいてよ。忘れられない楽しい思い出でいっぱいにできるなら、おれはどこに行ってもさみしくないから。なにがあったって大丈夫だから』
『……ほんとう?』
小さな粋花が問う。
『本当だよ』
ぽつぽつと、抱えた粋花の洋服に涙が落ちる。
感情に耐えきれなくなって粋花を抱えたまま膝をつき、声をもらしながら小さな身体の粋花を抱きしめた。
『……ありがとう。……粋花、ありがとう』
いつでも粋花が仲を取り持ってくれたのは、こんなことがあったからだった。
そして粋花は、約束どおりにたくさんの楽しい思い出をおれにくれたのだ。
映像とリンクして、おれはすべてを思い出した。
これが死の間際の出来事だった。
それから、勇気をもらったおれは自宅まで粋花を送り届けてから服毒したのだ。それがおれの選択だった。
猶予は11年以上も残されていたが、もう十分だった。
小さなおれ——もしくは、このおれ自身が生きていれば、いつか必ずほかの誰かによって論文や理論が完成してしまう。しかし、おれは小さなおれを殺せなかった。
おれが生まれてから先のどの時代にも、おれか理論のどちらかが存在している。それは、過去にタイムスリップしたすべてのおれやエージェントが、誰ひとりとして小さなおれを殺せていないという証明だ。
だから、おれひとりが自己満足で死んだところで、なにも終わってなんかはいない。
タイムスリップした時代の小さなおれが高校生になれば、女友達であるエージェントから使命を受けるのであろう。でも、大丈夫。
粋花のくれた思い出が、いつの時代のおれにも安らかな感情をあたえてくれると信じているから。
映像が終わり、天使さんが目をつむって「はぁ」っと感嘆した。
「……なるほど、さすが大賞受賞作ですね」
「まあ、過去にタイムスリップとかしちゃってますからね」
ちょっとしたSF映画みたいに。
「きみは粋花さんに救われたとおっしゃっていましたが、今のお気持ちはいかがですか?」
そう尋ねられたおれは、自信を持って答える。
「はい、おれは粋花に救われました」
「そうですか、10点」
10点を頂戴したあと、死んで本来の時代に戻っていたことを聞かされたり、亡くなったコーチがどっきりで背後から現れたり、服毒して朦朧としているときに発した「アメ~バァ」がノミネートされた最期の言葉だと知らされたりした。
「お疲れさまでした。シートをリクライニングさせますね。——あっと、そのままでけっこうですよ」
「あ、このままで? はい、わかりました」
座っているシートがゆったりと倒されていき、ふかふかした感触に包まれた。
……なんだか、眠たくなってしまった。
「では、安らかな眠りを」
天使さんがやさしい声でささやいた。
「え、あの……終わりぃ、ですか?」
シートから首を起こして、天使さんにあわてて聞いた。
「ええ、そうですよ。さあ、ゆっくりとお休みなさい」
「えっ、えっ? ……異世界転生とか異世界転移は? チート能力は?」
全力で眠気にあらがいながら、なおも天使さんへ問いかけ続けた。
すると、天使さんがおれの身体にやわらかで肌触りのよさそうな白い布をかけながら返答した。
「なんのことでしょうか? これで万事お終いですよ? ——それでは、お休みなさい」
……まじで?
なら、点数はなんだったの?
「お、おれ、おれぇ……ファ~、ハ~レムぅ~ぅ……」
粋花に、ありがとう。
家族と友達に、さようなら。
そして、すべてのおれたちにおめでとう。