第4話『俺、将来終わりました……。』
心地よい風、春の香りが鼻の先をスッと撫でる。眩しい太陽の光、まぶたの下の眼球にキツくしみる。
俺は、目を瞑っていて今自分がどこにいて、何をしているのかが分からなかった。
それもそのはず、俺は先の乱闘騒ぎにどうやら気絶してしまっていたらしい。
普通の高校生ならばここで慌てる所だろう。なにせ、学校にいながら気絶しているのだから、授業はどうなっているか、今は何時何分でどれくらい時間がたったのだろう……と、飛び起きるはずだ。
じゃあ、なぜ俺はこんなに冷静かって?―――決まってるじゃないか。男がこんなにも行動意欲を奪われ、心の落ち着く事といったら……。
――膝枕以外に何がある?
このボリューミーな肉付きっ!!そして、遠い空に浮かぶ雲のように透き通った白い肌っ!!極めつけはこのなんとも言えない女の香りっ!!
どれをとっても最高じゃないか。一体どこの誰の膝かは知らんが、思う存分楽しませてイタダキヤスッ!!
俺は今、横向きに寝ていて、膝枕の主の顔がよく分からない。あぁ、見たい!こんなにも俺の煩悩を擽る膝枕に遭遇したのは初めてだ!!
そう思った頃には、俺の顔は勝手にゆっくりとその膝の持ち主の顔の方へと動いていった。
見たい!この膝の持ち主のお顔を!!
「――あ!やっと目が覚めたんだね!!」
そう聞こえ、俺の視界に飛び込んできたのは見覚えのある顔だった。それと共に、この人物と分かった瞬間に今までの自分を殴りたくなった。
「や、やぁ……おはよう……、マイベストフレンド…………。」
――そう、幸村だったのだ。
俺は上半身だけゆっくりと起き上がると、とりあえず辺りを見渡した。
「ここは……。」と、俺が呟くとどこからともなく幸村ではない、別の人物の声がした。
「ようやくお目覚めですか?光秀様。」
辺りは学校の屋上、そして、幸村以外のもう一人の人物はシスティだった。
システィは、俺の方までゆっくりと歩いてくると、目の前にしゃがみこんで急にこう言った。
「あなたは合格です!」と。
「……。」
俺は言葉が出なかった。
「?どうしたのですか?合格ですよ?ご・う・か・く!!」
システィは俺の顔を覗き込むような姿勢をとり、俺の様子を伺っていた。
「ちょっとゴメン……。とりあえず、一旦一人にしてくれないかな……。」
俺がそう言うと幸村とシスティの二人は顔を見合わせ、首をかしげながら屋上出口に向かっていた。
そして、二人が居なくなった頃を見計らって、俺は今の気持ちを思いきり叫んだ。
「………………くそったれぇえええええええええええ!!!!!」
幸村の野郎!!俺の人生最大のトキめきを返せ!!一生に一度の貴重な体験を返せ!!俺の揺らいだ純粋な恋心を返せ!!!
「何であいつが膝枕してんだぁああああああああ!!!!!」
あぁ、もうなんか死にたい……。あ、飛べる。今の俺なら、この屋上から飛べるよ母さん!!
「――な、何してるの!?光秀くん!!」
俺がフェンスに手をかけたその時、幸村が俺の学ランの裾を掴んで無理矢理フェンスから引き剥がした。
「は、離せ幸村!!人生最大の一大イベントを奪っておいて今度は俺から転生のチャンスまで奪うつもりか!!」
「なにおかしなこと言ってるのさ!!いいから落ち着きなよ!!」
※
※
※
「少しは落ち着いた?」
幸村は体育座りをして顔を伏せている俺の背中をさすりながらそう言った。
「…………俺は、きっと病気なんだ…。クラスメイトの連中が言うように俺は、変態という名の変態なんだ……。」
「結局変態なんだね……。」
そんな拗ねている俺に、下の様子を見下ろしていたシスティが近くに寄ってきて「あまり心配をかけさせないでくださいね?」と、愛想笑いをしながら言ってきた。
「………はい、ごめんなさい……。」
俺がそう謝るとシスティは、幸村に対してこう言った。
「幸村様、ご協力ありがとうございました。これから部活ですよね?頑張ってください。」
へっ?部活?……ということは、俺は朝から放課後まで気絶してたの!?俺の体どんだけ弱いんだよ!!
「いえ、光秀くんは僕の大切な友達ですから、その友達の婚約者さんの頼みを聞くのも当たり前のことです!!……それじゃあ、光秀くん!僕はこれからサッカーの練習試合があるから、また明日ね!!」
幸村はそう言うと、間髪いれずに屋上から走り去っていった――。
そして俺は、事の事情をシスティに訊ねた。
「……一体、どういうつもりなんだ?」
「……ですから、先程も申しましたように、樟霧光秀様、あなたは我々未来機関の審査を突破し、見事合格なさいました!」
「審査……?」
「はい!私が光秀様に対して今までに行ってきた無礼な態度などは、全て審査の為だったのです!」
それを聞いた俺は口をポカーンと開けっ放しにし、何を言っているんだこいつは、みたいな事を思っていた。
「?まだちょっと理解が追い付かないようですね……。では、順を追ってご説明させていただきます。」
システィはそう言うと、周りに誰も居ないことを確認するかのように辺りを見渡し、説明を始めた。
「まず、このような審査を行ったのには理由がございます。」
「理由?」
「はい。その理由と言いますのが、光秀様の未来に関係がございます。」
俺の未来?何で俺の未来と、俺に対する審査が関係あるんだ?
「これから話すことは、少々ショッキングな内容になりますので、心してお聞きください……。」
システィはそう言うと急に真剣な顔をして、先の続きを語り始めた。
「……近い将来、光秀様は…………。」
俺は固唾をゴクリと飲み込み、ありとあらゆる最悪の想像をしていた。
システィのこの真剣な顔!!まさか……!近い将来俺は死ぬことになるのか!?ショッキングって何!?超悲惨な運命を辿るってこと!?
「……光秀様は………………将来世界的大犯罪者になります。」
「へっ?」
俺は一瞬、思考回路が停止した。
「まぁ、呆気に取られるのも無理もないでしょう…。」
へ?何?俺が世界的犯罪者?へ?何?俺ただの変態なんじゃないの?へ?俺はエロチックな事と絵を描くのが好きなただの健全な一般人なんですが!?
「やはり、一から説明が必要みたいですね。……今から話す事は、全てこれからの未来で起きる事実になります。」
そう言うとシスティは、腹部のポケットから端末のようなものを取り出し、その端末らしきものに書かれている文章をそのまま読み上げる。
「……えぇ、2022年8月6日の午後14時13分24秒。世界で最初の歴史的事件が起こりました。事件の首謀者は天才的なまでの"プロハッカー"で、世界中の超機密データを根こそぎ奪い、全世界を混乱の渦に巻き込んだ――と記してあります。」
「そ、そのプロハッカーって、まさか、俺と同じ選別者……?」
システィはフフッと笑みを浮かべ、「理解が早くて助かります。」と言うと、更に話を続けた。
「光秀様ももうお気付きのように、選別者の皆様は、歴史上最悪と言われた犯罪歴がございます。今お話ししたプロハッカーの方も、その内のお一人です。」
「そ、それじゃあ未来機関とやらはそんな犯罪者集団を集めて何をするつもりなんだ!!」
俺は恐る恐る話の中にある疑問を聞いてみた。
俺がこんな質問をするのも、犯罪者を集めてどうするつもりかは知らないが、絶対に平和的なものでは無いという結論に至ったからだ。
「うーん、そこが問題なんですよね。」
「……?」
システィは更に端末をスワイプさせると、何かを探していようだった。
「あ、ありました。……えぇっと、我々未来機関も最初はあなた方犯罪者達を集めて、とあるゲームをしようと考えていました。」
「ゲーム?」
「はい。ですが、我々のそのプロジェクトが実行段階に移ろうとした際に深刻な問題が起きてしまったのです。」
システィは端末の画面をこちらに向けると、画像を交えて話を続ける。
「これをご覧ください。」
システィがそう言って見せてきたのは、とあるニュースの画像だった。
「このニュース……、日付が3日後になってるぞ?」
「やはり勘が鋭いですね。お察しの通り、これは今日から3日後に起こる出来事です。」
そのニュースの内容はこうだ。
原因不明の文字列が、光を帯びながら空中に浮いているというものだった。
「こ、このニュースと、さっきの問題ってのに、どんな関係があるんだ?」
「それは……、第三者の介入です……。」
「だ、第三者……?」
「はい。第三者……、それは我々未来機関以外のもうひとつの人物、または組織の存在です。」
システィは更に端末をスワイプさせると、記事のようなものを俺に見せてきた――。
「――は、犯罪組織……!?」