1-3.
何故、自分はこの様な所にいるのだろうと名智はひたすら考える。
隣には大男を抱えたクラスメイト、伊野尾聖。先程まで一緒にいた友達の運賀や雛橋はいない。そして、もう片方の隣には日本人…というかこの世界の人間らしからぬ青い髪の男。
1-3.
「……なんで和泉さんがいるの…」
「俺も報告があるんだよ。……で、そいつは?」
和泉と呼ばれた男は名智を食い入る様に見つめる。身長は名智より10センチ程高い。半袖のシャツから覗いた腕は細いながらも筋肉質で、シャツのボタンを全開にして中にタンクトップか何かを着ているその体は、服の上からでもわかるほど引き締まっていて筋肉でゴツゴツしている。
スタイルがいい男性というのはこの様な人の事を言うのだろう。腰周りは細く肩幅は細身のため少しわかりにくいが、自分の肩幅と比べるとかなり広い。同じ男として羨ましいと思う反面かなり格好いいと思う。
「蒼井、名智…」
「蒼井? ああ、お前聖が話してたやつか」
「っ、和泉さん、何勝手にそんな事言って…!」
沈着冷静。それが名智だけでなく同じ学校の聖を知っている人の感想だが、今の彼女は気恥ずかしそうに顔を背け和泉にからかわれている。そんな様子を見て名智は意外がけど少しかわいらしいな、と頬を緩ませる。
あの後、伊丹を聖の仲間に探してもらい必要なら救出、手助けするという約束の元何故か名智は彼女達のアジトへ招待された。(運賀と雛橋も招待されたが二人は拒否)
道中どこに向かっているのか、先ほどの連中は一体何なのかと問うたが、行先は仮面軍・ネオスのアジトとだけ告げ仮面軍というのがなんなのかは教えてくれなかった。
「……で、名智だっけ、名智は仮面軍についてとか聞いたのか?」
「え、いや……」
「オイオイ、全く何も聞いてないのか? 聖、いくら国家機密だとしても連れてきた以上は教えてやれよ」
「うるさいなあ…。言われなくても後で説明するから黙ってて」
少しイラついた様子でそう答え、エレベーターに乗ったのでその後に続く。エレベーターに乗った時、少し違和感を感じた名智はキョロキョロとエレベーター内を見回す。ステンドグラスの綺麗な装飾。モチーフになっているのは天使と神。壁に天使、天井に神。そして床には地獄を意味する黒と赤。
「へえ、優秀じゃねえの」
「え?」
「このエレベーター、乗ってみてどうだ?」
「ん、と…?」
「なんか、他とは違うって思わねえ?」
こくり、と頷く。やはり何かが違うらしい。だがそれが何かはわからないが、何かが違う。そう強く感じた。
和泉はエレベーターの壁に触れてこれは仮面の力、(仮面の力は才華という)で作ったものだと言った。そして、お前はまだ仮面について知らねえんだっけと笑うと「もうすぐ教えてもらえるだろうから、教えてもらったらこのエレベーターの詳しい事は聖に聞きな」と頭を撫でる。
頭を撫で終わるのとほぼ同時にエレベーターが止まり人が入ってくる。和泉と同じくらいの身長で服の上からでもわかるほどの華奢な腕。細身だが筋肉質な和泉と並ぶと“折れそう”という表現がぴったりな程細い。体格が良い運賀の半分の細さの腕に腰。
「蓮に聖…、と誰だ?」
「よお。相変わらず細くて可愛いな、理央チャン」
「きも…っ、てか俺は可愛くない。カッコイイんだよ。で、質問に答えろ」
理央が入ってきて扉が閉まる。廊下からの風と共に理央の香水の匂いが名智の鼻を擽る。聖と同じ金木犀の香。
「こいつは聖がよく言ってた蒼井名智っての。名智、こいつは北村理央…ってか俺の自己紹介もしてなくねえ?」
「え、あー、確かに…」
「ふは、忘れてた。今更だけど俺は和泉蓮。お前の1個上の高2。ネオスには5年くらい前に入ったかな」
改めてよろしくな、とまた頭を撫でると隣に立つ理央が「同じく高2、北村理央だ。ネオスには創設当初から所属してる古株だ。わからない事があったら蓮には聞かず俺に聞けよ」と自己紹介する。それに習い名智も自己紹介しようかと思った時、エレベーターが目的の階に到着する。
エレベーターから降りると思い出した様に蓮が聖の肩に担がれていたビショップを奪い自分の肩に担ぐ。女の子に大男担がせたままとか男が廃ると言うが、それなら会った時に担げよという理央の言葉に「てへぺろ☆」と返し聖に蹴られていた。
エレベーターから降りて少し歩くと幹部室と書かれたプレートが飾ってある部屋の前につく。“幹部室”という名に名智の表情が少し固まる。幹部というと煙草を吸ったヒゲを生やした怖いヤクザみたいなものを連想してしまい、そんな容姿の人が沢山いるのかと想像して身震いする。そんな様子を見かねた理央が平気平気、と声をかける。
「幹部ってーと怖いイメージあるけど…いや、実際見た目怖い人いるけど…。けど、いきなり襲ってくるような人達じゃねえから安心しろ。見た目だけの話だと優しそうな人もちゃんといるから」
「理央さん、それだとその“優しそうな人”は全然優しくないみたいだけど?」
「ん? いや、俺の言う優しそうな人って霧雨さんだからさ。霧雨さんはお世辞にも優しいとは言えねえだろ」
その会話を聞いて優しそうな人がいたらその人には近寄らないでおこうと心に決め、軽く深呼吸する。それを待っていてくれた蓮が幹部室の扉を開ける。
まず感じたのは煙草の匂い。少なくとも3人以上喫煙者がいないとここまでキツイ匂いにはならないだろう。そして二つ目に感じたのが予想していた幹部室と違う、ということ。予想していたのは会議室みたいな大きな机を囲んで座っている、といった図だったが幹部室はワインレッドの壁に黒の床。そして真ん中にはビリヤード台。左側にはバーカウンターにダーツ。右側には大きいソファとテーブルが二つ並んでいて手前のテーブルには色々なボードゲームが置いてあった。
幹部室、というより娯楽施設みたいな空間に呆気を取られているとバーカウンターからひょこりと女性が顔を出した。
「あら、聖ちゃんに蓮くんに理央くん」
「シルファさん、秋人兄さん達は?」
「それがね、ついさっきリーダーに収集されちゃって。みぃーんな出て行っちゃった」
真っ白な髪に真っ白な肌。シルファ、と呼ばれているので恐らく外国人だろう。聖も美人と呼ばれるに相応しい程美しいが彼女は聖とはまた違った美しさがある。
そして、そんな彼女は何故かメイド服を着ていた。バーカウンターからメイド服の外国人が出てくるという摩訶不思議な光景にぽかんとする名智を他所に理央がまじかー、とガシガシ頭をかく。
「多分、エレベーターで行き違いになったんじゃない?」
「あー、そういや俺が乗る前にリーダーの部屋の階でエレベーター止まってたな…あれか」
「……まあ、いない人達をどうこう言っても仕方ないし…とりあえず帰ってくるまで蒼井に説明します?」
「ああ、そうだな」
理央が頷き名智をまあ座れ、とカウンターに座らせ右隣に聖、左隣に理央、その隣に蓮が座った。メイド服のバーテンダーに高そうなグラスに入れられたジュース(コリウスというブランドのジュースで1Lの瓶が数万するようなもの)を注がれ、「私はシルファ・ルーベラ。ネオスの幹部兼バーテンダーだからよろしく」と流暢な日本語で話しかけられる。適当に相槌を打ち誰も喋らなくなった所で理央が「んじゃ、まずは今の日本の状況から説明するぞ」と声をかける。それに対し皆が頷いたのを確認してから形のいい唇を開いた。
先ず今の日本の状況だか日本は…というより世界は外世界という場所に住む者達から襲撃を受けている。彼らはこの“地球”を奪おうとしており、先ほどの黒いローブの者は地球に住む外世界の民で地球を奪うというのを公にするための捨て駒だという。そして、その外世界の民の討伐を仮面軍が受け持っている。
外世界とは一言で言えば異世界の事だ。本来交わる事のない世界同士だが数年前にとある事故が起き、そのときから外世界の民がこの地球に行き来するようになった。そして、最初はただ普通に交流を楽しみ行き来していただけだったが、ある時外世界の民の一部が地球のとある国を滅ぼした。理由は考え方の相違という極めて単純な理由だが、こちらの世界の人間に自分達が神と崇めている存在を否定された、という少し前まで地球であった戦争と同じ理由だった。その時から外世界の民の侵攻は始まった。外世界にもこちらと同じくいくつもの国があり、その中で“バッフルシーン”という国が特にこちらに侵攻している。先ほど聖が戦った者達も恐らく“バッフルシーン”の手先の者であろう。
何故、仮面軍が討伐を受け持っているのかというと、仮面軍には才華という能力が備わっているからである。才華の種類は様々で、自分の腕力を底上げしたり火を操ったり、空を飛んだりと様々だ。
「もう知ってると思うけど、聖の能力は“水”だ。それもただ水を操るだけじゃねえ。仮面を付けてる時は“身体そのもの”が水と化すんだ」
「……は?」
理央の言葉に思わず名智が聞き返す。水を操るというのは先の戦いで知っていたが身体そのものが水と化す、というのは意味がわからなかった。大方の予想はもちろんつく。だが本当に自分が頭に浮かべているような意味なのかという意味で聞き返した。
「理央さん、いきなりそういう事言っても多分わからないと思いますよ。現実離れした話ですし」
「お前自身の能力なのに現実離れしたって自分で言うのか」
軽く笑ってまあ、それもそうだな。と言い、口で説明するより実際に見た方が早いという事で実践んする事になる。彼女が自分の顔の近くに手を持っていきゆっくりと手を下すと、手が下されていくにつれ仮面が現れ手が完全に下りきる頃には聖の顔は先ほどみた仮面で覆われていた。
「おお…」
「……何、その反応」
「いや、なんていうか…不思議だな、と」
「……」
ふい、と顔を逸らされたので気に障ったかな、と思うが謝ったら何故謝るのかと怒られそうだったので何も言わない事にする。そして、“身体そのものが水と化す”というのはどういう意味かという事を教えるためシルファがカウンターの奥にある厨房から包丁を持ってくる。そしてその包丁を蓮が受け取るといきなり聖の肩に向かって斬り付ける。名智はその様子に驚いてとっさに声が出なかった。
もちろん、蓮が聖に斬り付けたというのに対して驚いた、というのもあったがそれよりも印象的だったのは斬り付けられた肩だった。人の肩を斬り付けると恐らく鮮血が噴き出るだろう。だが彼女の肩は赤い血が噴き出る所か“赤色”すら見えなかった。そのかわりに肩は大きくゆがみ辺りに先の戦いで目にしたような水の球が浮いている。その状況を全て見て、数秒経ってようやく“身体そのものが水と化す”という意味を改めて理解する。
「すげぇだろ?」
蓮が面白半分に聞く。彼の言う“すげぇ”は無論、聖の身体の事も意味していたが自分の包丁捌き(?)の事も指していたのを理解したのはおそらく理央だけであろう。
「痛くねぇの? それ」
名智が発したその言葉に少なからず聖は驚いた。彼女の予想では気持ち悪がるか、真っ青になって何も言葉を発しなくなるかのどちらかだった。名智の人柄は十分知っているつもりだ。出席番号の関係上入学してすぐの席は前後だったし、身体測定やオリエンテーションで二列に並んで移動、といった時には必ず隣か前後にいたし、体育館で学校についての説明や新歓の時も常に隣。しかも名智は出席番号が一番のため必ず片方の隣が空く。となるとお喋りで常に喋りたい名智は聖に色々話をふっかけ、聖も面倒とは少々思いつつもつまらない校長や先生の話を聞くよりかは名智の国語力が全く感じられない話を聞く方が何倍も楽しかったのでちょくちょく一方的に話される言葉に相槌を打っていた。(それに蓮や理央に学校について聞かれ、特に何もいう事がなければ友達がいない可哀相な奴とからかわれるのが目に見えていたのもある。)
だから名智の性格は十分承知していた。けど、それでも少し心配そうに痛くないのかと聞いてくる名智に驚かずにはいられなかった。
「別に、痛くはないけど……」
とりあえず、何か言葉を話さなければ蓮に(別に照れてないが)照れてるのかと変な勘違いをされる上にからかわれるのは目に見えているのでこっそり深呼吸して落ち着き払った声で答える。別に、の部分がやや上ずったような気がするけど多分バレてないだろうと思い気にせず次の名智の言葉を待つ。だが、彼女の考えは裏切られ上ずった声に理央は気付いていた。他の三人は気付いていなかったが、なんだかんだと人をからかいながらも人をよく見てるアニキ肌タイプの理央は聖が気持ち悪がられるだろうかと心配するのに気付いていた。だからこそ上ずった声に気付いた。普段はクールで何を言われても傷つかないという強がりをしている彼女を見て少し微笑ましく感じて誰にも気づかれずにこっそり笑った。