はじめは声だった。
はじめは声だった。
おはよう。
そんな一言が言えなくなって、喉の奥で言葉が渦を巻く。
原因はわからなかった。ただ、自分の音で思いを伝えることができなくなった。
それだけだった。
そして僕は口の動かし方を忘れた。
次に音だった。
鳥の声も風の音もしない、静かな朝だった。
ベッドから起き上がって、あれ?と思ったのは、いつもする音がしないから。
僕を生かすために鳴り響く機会音。そして、僕が動くたびに生まれる生活音。
何時の間にかそばにいた見知った顔に、僕は眉を寄せる。話している事はわかるのに、金魚のように口を動かしているだけにしか見えなかったから。
音もなく動く唇は、まるで僕を責めているようだった。
それから色がなくなって、空は黒か灰色になった。
白黒のりんごは味が薄く感じた。お見舞いに持ってくる花束も、僕にとってはお葬式のように思えた。
唯一変わらない壁と天井の白さだけが、僕の救いだった。
最後に世界が消えた。
壁も天井も、真っ黒だった。
光も影もない世界。まるで夢を見ているようだった。悪い夢ならさめればいい。そう思って必死に目を開けた。
それでも夢はさめなかった。
そして僕の人生は闇の中、幕を閉じていったんだ。