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名もなき迷宮の行方

 しかし、灰色の魔女、カイラとは一体、何者だろうか……

 イザベルはレイピアを構え、カイラの隙を窺っているが、カイラは両手に『猫』を抱えたまま、視線だけでイザベルを牽制し、その場に釘付けにしている。

 あのイザベルを相手に、そんな芸当を平然とやってのけるカイラが単なる盗賊団の頭目などは俄に信じ難く、もっと別の存在ではないのでは、という考えが頭を過ぎる。

 しかし、この窮地を脱しなければ、その疑問も解消できない。


 南無三。


 アンネームドを握りしめゴブリンロードに立ち向かう。

 ゴブリンロードはフレイムストライクを矢継ぎ早に詠唱し、火柱が壁のように聳え立つ。

 その火柱の壁を、後方宙返りで躱す。

 剣術の勝負なら。

 勝機があるとするならば、その一点しかない。

 あれだけの大技を連続して放ったあとである。再び、フレイムストライクを詠唱するには間隔をあける必要があると判断し、左右にステップし、的を絞らせないように接近する。

 そのステップの速さから残像が生じる。


「ほう。流石は聖騎士といったところか」


 オクスレイがミースを玩びながらも、賞賛の声をあげる。

 ゴブリンロードは目前に現れた残像を目掛け斬りつけるが、その刃は虚空を通り過ぎる。


「どこを見ている、僕はここだ!」


 前方に残像を残し、背後に回り込んでいた僕は、背後から剣戟を見舞う。

 しかし、ゴブリンロードは背後からの剣戟にも関わらず、圧倒的な反応速度で剣戟を躱す。

「今のを躱すのかっ」

 ゴブリンロードは、振り向き様に背後に向けて剣戟を繰り出す。

 恐ろしいまでの早さの剣戟が僕の首元を正確に狙ってくる。僕はその剣戟をアンネームドでは受けず、上体を反らして躱す。切っ先が僅かに肩に触れ、鮮血が飛び散る。

 一度、距離をとりたいところではあるが、フレイムストライクを詠唱する隙を与えるわけにはいかない。

 その場に踏みとどまり、連続してゴブリンロードに剣戟を見舞う。


 次第に狭まる剣戟の間隔。

 それでも、ゴブリンロードは圧倒的な反応速度により、余裕をもってその剣戟を受け流す。


「もたもたしていると、この子の躰がどうなっても知らないよ?」

 オクスレイが下品な笑みを浮かべる。

 見るとミースの着ているローブは捲り挙げ、露わになった白い大腿部に指を這わせている。

「姉御。もう我慢出来ないんだけど? 聖騎士の初めての相手が暗殺者っていうのもいいだろ?」

 我慢できなくなったオクスレイがベルトに手を掛けながらカイラに言う。

「もう少し我慢なさい。どうせ『早い』んだから、そんなに焦っても仕方ないでしょ」

「それはないぜ、姉御。ゴブリンロード、早くヤりたいから、そいつを早くヤってくれ」

「カシコマリマシタ」

 ゴブリニアの王であるゴブリンロードの目が力なく輝く。


 今までは敢えて僕の剣戟を受けていたのか、攻勢に転じたゴブリンロードの剣戟は更に苛烈さが増していた。

 剣戟自体の速度もさることながら、時折、フェイントを交えるなど、僕の太刀筋をも巧みに取り入れていた。

 僕はここである疑問が生じた。

 果たしてここまで急激に剣術を習得できるものであろうか――

 僕が三年間がかりでヴァンクリフとの修行で得た太刀筋を初めて見ただけで習得出来るほどの学習力がゴブリンに果たしてあるのだろうか……

 ゴブリンは元来、知性の高い種族ではあるが、そこまでの知性があるとは思えない。

 何かきっと絡繰りがあるはずだ、僕はそう結論付ける。

 ふと『猫』が姿が目に入る。

『猫』は瞬きもせずにゴブリンロードの動きをじっと見ている。

 成る程、そういう絡繰りか。

『猫』とゴブリンの絡繰りを見破った僕はアンネームドに呼びかける。

「名もなき我が聖剣よ。我に光の加護を!」

 呼びかけに応じたアンネームドの刀身が眩い光に包まれる。

 突然生じた、眩い光に『猫』は思わず視線を逸らせる。

 時間にしてほんの一瞬の出来事。

 しかし、その一瞬があれば充分である。

 ゴブリンロード、いや正確に言うならば、この地下迷宮で出会った新種のゴブリンは全て、『猫』によって遠隔操作されていたのだ。よって、視線が遮られ遠隔操作が途切れたゴブリンロードの動きに一瞬の遅れが生じる。


「お前の負けだ。ゴブリンロード。いや、傀儡の王よ」

 アンネームドをゴブリンロードの右胸に突き刺す。

 アンネームドの刀身を通じ、ゴブリンロードの思念が逆流する。

「……ワタシノコトハモウイイ オマエタチダケデモ…… ニゲロ」

「おまえ。真逆、そんな……」


 この部屋は間もなく崩壊する。

 このまま此処にいては、崩壊に飲み込まれ、二度と地上に戻れなくなるだろう。

 その様子を見ていたカイラが異変に気がつく。

「ゴブリンロードちゃんたら、この部屋に何か仕組んでいたわね。まあいいでしょう。情報の収集はおおよそ出来ましたからね。次にお目にかかるときがあなた方の最期になりますわ。そのときまで、しっかりとお楽しみになってくださいね。まあ、そこのお嬢さんで満足できなければお相手してさしあげても結構ですのよ」

 そう言うとカイラがイザベルの前から姿を消し、ゴブリンロードの背後に姿を現す。


「ご苦労さんね。でもあなた…… 私の好みじゃないの。だからここで……」

 残虐な表情を浮かべるカイラ。

「死んで頂戴」

 カイラの掌から『黒焔』の炎があがる。『黒焔』に包まれるゴブリンロード。

「オウコクハ…… ゴブリニアハ ワレワレノキボウノチ オマエタチニハゼッタイニワタサナイ ゼッタイニダ」

 ゴブリンロードが最後の力を振り絞り、フレイムストライクを放つ。

 フレイムストライクの炎がカイラの身に纏っていたローブの裾を焦がす。

「てめえ! 姉御に何しやがるんだ。さっさと早く消えやがれ!」

 逆上したオクスレイが、ゴブリンロードに襲いかかる。

 再び『黒焔』に包まれたゴブリンロードは断末魔もなく灰燼と化した。


「ということで、ここでお別れね。ここまで律儀に『猫』ちゃんを探していただいたお礼は、しっかりと返させていただきますわ」

 カイラが姿を消し、付き従うようにオクスレイも姿を消す。

「僕たちも急ごう。この部屋はもう長くは持たない」

 僕たちが崩壊が進む広間をでるのを待っていたかのように、広間を出た直後、崩落によって広間へ到る通路が封鎖された。

「これが本当のゴブリニアの最期のようですわね……」

「そうだな。ゴブリンロードは人間との戦いなど望んではいなかった。彼はこの地にゴブリニアの建国し、全てのゴブリンが平和暮らし、人間との共存を望んでいた…… そして、その気持ちを利用したのがカイラとオクスレイだった。だが、ゴブリンロードも薄々勘づいていたんだろうな。そして遂にこれ以上、自らの王国が穢されるのが許せなくなり……」

 自らの手で王国を封印した。


 ゴブリンロードの自らの命を賭し王国の誇りを守った行いに目頭が熱くなる。

 言葉もなく歩く三人。

 不意にイザベルが口を開く。

「私、あることに気がつきました」

「えっ? なになに? なにかあったの?」

 ミースが興味津々な様子でイザベルに訊く。

「ルディは今回の捜索で一体たりともゴブリンを倒していません。これでは第十聖騎士の役割を果たしたとは言い難いのでは?」

「……」


 確かに僕はイザベルの言うとおり、一体もゴブリンを倒していない。

 でも、それを恥ずかしいことだとは思わない。

 ゴブリンロードは自らの手で王国を封印することで、ゴブリニアを未来へと託した。

 それは、今はゴブリンと人間は啀み合っているが、いつか必ず共存できる日がくることを信じていたからに他ならないと僕は思う。

 そのときに、再び、この王国の封印が解かれるであろう。

 その役割を彼は僕に託したのだ。

 僕は、その男と男の誓いをそっと胸に秘め、この「名もなき迷宮」をあとにした。

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