表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

通わぬ思い

 猫の後を追い第四階層を歩いている。


「本当に、あれが探している猫だったのかしらね」とミースが疑問を口にする。

 普通の猫と比較して少しふっくらとした感じはマダムの言っていた特徴と合致し、なにより模様が黒地に紫色の縞模様であった。よって、あの猫が探している猫であることに疑いの余地はないと感じていた。

 しかし、やはり気になる点が一つある。

 この危険な地下迷宮と化している坑道の第四階層までどうやって猫が辿り着いたのか。

 動物的な勘で危険を察知して、ここまで辿りついたのであろうか?

 それは現実的なのか?。

 ここは、ゴブリンウォーリアやゴブリンアサシンといった危険な種類のゴブリンが闊歩している坑道である。いくら危険を察知できたとしても回避すること自体が容易ではない。

 一度、姿が見つかってしまえば、瞬く間に捕まってしまうだろう。

 では、どうやってここまで辿り着いたのか?

 疑問は幾重にも循環し、解決の糸口が見えない。

 第四階層を歩き始めてどのくらい経ったであろうか。

 僕は、この第四階層の坑道は規則正しい碁盤目状であることに気がつく。


「ひょっとして……」


 イザベルも同じ事に気がついたのか、二人同時に同じ言葉を呟く。

 この碁盤目状の坑道の存在を、以前、報告書で読んだことがある。

 ゴブリンの王国、ゴブリニア。

 ゴブリニア事変において建国が宣言されたこの王国は、アレウス山脈の地下に拡がる坑道を中心としたゴブリンによる王国ということであった。


「とんでもないところまで来てしまいましたね」

「アイヴィスの報告書にあったとおりです」

 ミースとイザベルが言う。

「ここがゴブリニアということなら、『大広間』も近くにあるのかも知れないな」

「きっと近くにあるでしょうね。マダムは迷子の猫を探して欲しいと言っていましたけれど、どうもその迷子の猫にここまで導かれているような気がしてなりません」

「でも、今は迷っているときではありません。猫の導きに従い行くしかありません。答えはきっとその先にあるはずでから」


 イザベルは現状を前向きに捉えているようだ。僕とミースもその考えに同意する。

 三人の覚悟に決め、真っ直ぐに続く坑道を突き進む。

 しばらく行くと、目の前に大きな扉が現れる。


「これが、『大広間』に続く大扉でしょうか?」

「そうでしょうね」

「入るしかないだろうな。ここまで来たからには引き返せない。『大広間』には何があるか分からない。油断するなよ」

 二人の顔を交互にみてから、大扉の把手に手をかける。

 扉に鍵は掛かっていない。音もなく大扉が開く。


「少々お待ちください。今、灯りを点けます」


 イザベルが『奇跡の力』で灯りを点けると、真っ暗だった室内が一気に明るくなり、『大広間』の全貌が目に飛び込んでくる。内部は丹念に磨き込まれた大理石のように光輝いていた。

 言葉にならない驚嘆の声が漏れる。


「やはり、ここが『大広間』で間違いないようですね」

「見たところ『猫』はいないようですが……」


 猫を探すため周囲を見渡しながら『大広間』の中心部に向かって歩き出すと、正面の大きな扉が目にはいる。その位置関係から、僕たちが先程『大広間』に入ってきた大扉の反対側に位置しているようである。


「あの扉は出口かな?」

「位置からすると、出口で間違い無いように思われます」

「それでは、猫はもうあの扉から『大広間』を出ているのかもしれませんね」


 明るく照らされた『大広間』には猫の姿を隠せるような物陰はないので、既に猫は『大広間』を出ていったと考えるしかない。

『大広間』の探索を諦め、正面の扉に向かおうとすると、その扉が音もなく開き始めた。


「扉が開き始めたわ。あれは何? ゴブリンかしら?」


 大柄な体躯のゴブリンが一体と深紅のローブを身に纏ったゴブリンメイジが四体が扉の奥から姿を現した。

「ゴブリンだ! ゴブリンが出てきたぞ!」

 ゴブリンの襲撃に備え、アンネームドを構える。

 しかし、どことなくゴブリンの姿に違和感を覚える。

 大柄の個体のゴブリンは、さきに遭遇したゴブリンウォーリアよりも遙かに大柄なである。これはやはり別の種類の個体として考えるべきであろう。そして、ゴブリンメイジの鮮やかな深紅のローブは良くみると金糸で刺繍が施された立派なものであった。


「ミース。あの個体は初見の個体だと思う。識別名称の付与を」

 スタッフを構えているミースに識別名称の付与を依頼する。

 ミースが僕の依頼に応えようとた瞬間、あまりに突然の出来事に耳を疑った。

「オマエタチ……ヨクココマデキタナ……オマエラ……タダデハカエサナイ」

 ゴブリンが人間の言葉を発したのである。

 人語を理解する例は報告されていたが、人語を話したというのは今だ聞いたことがない。

「驚きました…… 人語を話すゴブリンが存在していたとは。この事実はアズダルクに戻ったら直ぐにセンチュリオンに報告しなければ」

 ミースもあまりに突然のことで驚きを隠せない。


「そうだな。戻れたらセンチュリオンに報告しなければだが、当該個体の識別名称は?」

「ああ。そうでした。当該個体の名称は以後、ゴブリンエリートとします。そしてあの深紅のフードに刺繍されている象形文字は『最上』という意味。恐らくゴブリンメイジよりも高位のメイジとみて間違いないでしょう。メイジよりも高位のメイジ。当該個体の名称はゴブリンアークメイジとします」

「了解。ゴブリンエリートにゴブリンアークメイジだな」

 僕の指摘に僅かに照れた様子を見せながらも、ミースが二体のゴブリンに識別名称を付与する。僕は付与された名称を復唱し、イザベルに戦況を問う。


「難しい状況と言わざるを得ませんね…… 先程、発せられた言葉の意味からは『敵意あり』と判断すべきです。数では相手が上。相手の戦力も評価不能です。よって、有効な作戦はかなり限られたものになります」

「イザベルの云う通りね。少なくともゴブリンアークメイジの数から『火球』の数は先程の倍以上。『絶対障壁』を展開して間合いを詰める作戦も、私に向かって『火球』を放つことで『絶対障壁』の枚数を減らす、という作戦も充分に考えられるわ」


 一切の防御手段を持たない僕とイザベルにとって遠距離攻撃を主体とするメイジ型は最悪の相性である。坑道での戦闘では、坑道の入り組んだ形状が遮蔽物となり身を潜めるところがあったが、ここではそれが期待できない。

 常に『火球』の射線に晒されるため、一度狙われたら、ミースの『絶対障壁』だけが有効な防御手段となる。

 だが、その『絶対障壁』も万能ではない。ミースがその間に狙い撃たれれば、彼女自身の防御に『絶対障壁』を展開しなければならない。当然、結果としてゴブリンエリートに近づくまでの『絶対障壁』の枚数が足らなくなる恐れが生じるのである。

 現状、望むべく最も有効な攻撃手段は?

 頭の中で幾つもの作戦をシミュレーションするが、どの作戦も最後にはゴブリンアークメイジの『火球』の餌食となってしまう。

 このままでは猫の捜索どころかゴブリニアで帰らぬ人となってしまう。

 残された時間はあと僅か。

 刻一刻と時間だけが流れていく。

 しかし、ゴブリンアークメイジもそんな僕たちを待ってはくれない。

 時間切れだと言わんばかりに『火球』の詠唱を始める。

 僕はその姿をみて右手に握られたアンネームドで勝負にでることを決意する。


「悩んでも時間はないようだ。作戦は特に無し。僕とイザベルでゴブリンエリートに突撃する。ミースは可能な限り『絶対障壁』で援護を頼む」

「え? ちょっとそれだけ? あまりにも無策なのでは?」とイザベルが反駁するが、すでに僕はゴブリンエリートに向かって掛け出していたあとであった。


「オロカナ ニンゲンドモヨ…… ミズカラシヲノゾムカ……」


 悠々とブロードソードを構え迎撃態勢をとるゴブリンエリート。その構えから聖騎士クラスの剣術の技量があると推測できる。

 それでも構わずに間合いを詰める。案の定、幾つもの『火球』が僕とミースに向かって放たれる。同時に二つの『絶対障壁』を展開できないミースは自らの身を守るために『絶対障壁』を展開する。

 展開された『絶対障壁』の合間を縫って『火球』が僕を襲う。回避行動は間に合わない。


 「ルディ!」

 ミースが絶叫する。

 瞳を閉じて精神を集中させ、アンネームドの意思を感じる。

「名もなきものよ。我を加護し、我に仇なす者を滅せよ!」

 詠唱と同時に光を纏うアンネームド。

 獣の咆哮にも似た雄叫びをあげ、『火球』を斬りつける。

 真っ二つに両断され、勢いを失った『火球』が地面に落ちる。

「ま、まさか! アンネームドはそんな力があるの?」

 迫り来る『火球』を次々に両断しながら間合いを詰める。

 実は僕もアンネームドの意思をきいても、そんなことが出来るか半信半疑であった。

 しかし、幾度となく窮地をくぐり抜けてきたアンネームドなら不可能なことも可能にできる。眼前に迫る『火球』を前にアンネームドの可能性を信じた。

 目の前に迫るゴブリンエリート。

 銀十字聖騎士団の聖騎士として剣術の勝負で負けるわけにはいかない。

 ヴァンクリフ直伝の剣術の誇りに賭けて、ゴブリンエリートを屠る。

 久々に自らの力の全てを解放できる喜びを感じ、アンネームドを振りかざした瞬間、背後からの突然のイザベルが声を掛けてくる。


「ルディ。毎度のことですが、ご苦労様です」

「また、おまえっ!」


 イザベルが僕の背中を思いきり踏みつけて跳躍する。

「イズガルドに仇なす蛮族。神の裁きの鉄槌を受けよ!」

 空中でイザベルが弓を引くような姿勢で詠唱する。

「おまえ、この至近距離で、それを放つか!」

 裁きの鉄槌、前第一聖騎士ヴァンクリフの絶対的な切り札。

 ゴブリンエリートは頭上に現出した神々しく光輝く鉄槌を見上げ自分の最後を悟る。


「地獄で懺悔するのことね!」

 ゴブリンエリートに裁きの鉄槌が下され、その場に崩れ去る。

 突然の出来事に動揺したゴブリンアークメイジが闇雲に『火球』をこちらに向けて放つ。

 しかし、いくら『火球』を放っても、もう意味は無かった。

 一つ残らずアンネームドが『火球』を両断する。


「お次は私の出番かしら」

 今まで後方支援に徹していたミースが、控えめに言う。

 僕はその言葉に、ダイレクトダメージ系の奇跡の力を放てるのか疑問を感じる。

 しかし、そんな心配をよそにミースは詠唱を始める。

「偉大なる父、イズガルド神の加護を我に」

 ミースの頭上に現れる四つの光の球体。

 光の球体は次第に内側から膨張するかのように膨らみ大きくなる。

「今こそ悪を滅ぼす聖なる光の槍を我に預け給え」

 詠唱の言葉に反応し、光の球体が大きな槍状に姿を変化する。一本一本の光の槍の穂先がゴブリンアークメイジに向けられる。

「聖なる槍、ホーリーランスよ。その聖なる光をもって悪を滅せよ!」

 ホーリーランスと呼ばれた大きな光の槍がアークメイジに向かって放たれかと思うと、一瞬でゴブリンアークメイジを貫いた。


 僕はその初めて見たミースの放った奇跡の力の凄まじさに言葉が出ない。

 これが奇跡の力を主体にして戦う聖騎士の力なのか……

 僕のミースに対する認識は完全に誤っていた。彼女は剣術が使えないから後方支援に廻っていたのではない。剣術を使う必要がないから後方支援に廻っていたのだ。

 僕やイザベルと真逆の戦い方にただ感心していた。


「ミース様。久しぶりに拝見させていただきました。相変わらずお見事です」

 イザベルがミースを褒める。

「ええ。久しぶりに使いましたが、上手くいって一安心でした」

 おかしい。

 何故、僕が初めて見る奇跡の力の存在をイザベルは以前から知っているのか?


「そんなの簡単なことよ。イザベルちゃんったら私の姿を見ると、必ずといっていいほど奇跡の力を行使するうえでの必要な知識や心構えを訊いてくるのよ。だから、さきほどの『ホーリーランス』を一度、彼女の見せてあげたことがあったの。ルディ、あなたがイザベルちゃんの聖騎士なんでしょ? なんでもっと彼女の話を訊いてあげないの?」

「……」


 そんな話は初耳だった。

 たしかに僕はイザベルにその類の相談をされた覚えは一切ない。

 しかし、それでも剣術の稽古は頻繁にしていたし、奇跡の力はお互いに不得意の分野なので、そのことについての会話は避けていたと、認識していたのだが。

 だから、なのか。

 僕の足りない部分を補おうとして、イザベルはミースに奇跡の力の教えを請おうとしていたのか。腑に落ちない話ではあったが、今は抱き合ってお互いを称え合う二人の姿が微笑ましく見えた。


「そうだったのか。そんなことがあったなんて知らなかったよ。ありがとう、ミース」

 イザベルがお世話になっていたことに対して、素直に礼を言う。

「あら、いいのよ、私は。イザベルちゃんとお話するのはとても楽しいことだから。だけど、また猫の姿を見失ったようね」

 ミースがそこまで言い掛けた時、扉の下で座っている猫の姿が目に入る。

「いた!」


 僕は猫の捕まえようとするが、その姿に気付いた猫は、扉の先のほうへと姿を消してしまう。


「おい! 待て! 逃げるな!」と猫が人語を解する僅かな可能性に賭けて、猫に言葉をかけ慌ててその後を追う。

 うしろからミースとイザベルの二人が僕を追いかけてくる。


「おい! 待て! ルディ! 麗しきレディ二人をおいて何処にいく?」

 僕は人語を理解できない振りをして、猫の追跡を続行する。

 通路は闇に包まれていて、辛うじて紫色の縞模様が浮かび上がっている。

 僕はその僅かな手掛かりを頼りに懸命に追うが一向に追いつく気配はない。

 すると、ふと手掛かりにしていた紫色の縞模様が通路から消える。

 また見失ったかと思った瞬間、眼前に突然現れた扉に顔から衝突する。


「いててて。なんだよ、この扉」


 強かに打ちつけた顔を撫でながら、衝突した扉に悪態をつく。

 その様子をみていたのか、追いついてきた二人が笑いを堪えている。


「どうしたの? 顔真っ赤よ」

 吹き出しそうな顔でミースが言う。

「なんでもないですよ。そんなことより、また猫はこの扉の先にいってしまったようだ。また何か厭な予感がするのだが」


『大広間』のときと同じ状況に、厭な予感しかしない。

 それでも猫を探してここまで来てしまったのだ。

 何があっても驚かない。そう覚悟を決めて扉を開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ