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絡み合う視線の魂胆と懇談

「なるほど。その『猫』とやらを探して欲しい、ということですね」


 アズダルク城、領主の間。

 ここは歴代の領主がアズダルクの治政の場として使われていたが、領内の有力者からの陳情の場としても使われていた。

 そして、今、領内屈指の有力者、マダム・マーガレットが領主の間を訪れていた。


「その『猫』の特徴をもう少し詳しく教えていただけますか? マダム」

「あらまあ。良いのよ、マーガレットで。ルディさんは、こうしてお目にかかると、結構、良い男ね」


 すっかりと打ち解けた様子でマダムが僕に話し掛ける。

 マダムは年齢不詳である。しかし、色白で豊満な体つきであることは、紫色のドレスのうえからでも良くわかる。


「それでは、マーガレットさん。『猫』の見た目をまず教えていただけますか?」

「そうね。『猫』の見た目ね。性別は雌。色は黒地に紫の縞模様。目の色は金色。ちょっと普通の猫より大きいかしらね」

 マダムが「大きい」と意味ありげに言う。


「なるほど。黒地に紫の縞模様ですと結構、珍しい種類の猫のようですね」

 マダムの意味ありげな言葉に気がついたのか、ミースが言葉を引き継ぐ。

「ええ。そうなのよ、領主様。だから私が大事にしている自慢の『猫』なの」

「では、何故、そのような大事な猫が迷子になったのでしょうか?」

 同席していたイザベルがマダムに質問する。イザベルの表情はいつもと変わらず冷淡そのものである。その態度が気に入らなかったのか、マダムはぶっきらぼうに、

「大事なものでも無くなる時には無くなるものよ。あなたはまだ若いからご存じないでしょうけど」

 そこまで言うとマダムが急に僕の方に向き直る。


「でも、大事なことだから隠さずに言うと、私は時々、アレウス山脈で『猫』を散歩させていましたの。そして、その日もアレウス山脈で散歩させていましたわ。彼女、あの山道が大好きみたいで、活き活きとした目で駆け回るのよ。でも、その日はいつまで待っても帰ってこなかった。だいたい二時間は待ったかしらね。警護の者が暗くなると危険だからと言うから、仕方なくおいて帰ったの。それが二日前の出来事ですの」


 何故、危険を承知でアレウス山脈で猫の散歩をさせていたのか。不可解ではあったが、事実として散歩させていたと言われるのであれば、その通りなのであろう。

 そこまで考えると、僕は自分の躰の異変に気がつく。

 特にマダムに魅力を感じたという訳ではないが、視線を逸らせば逸らすほど、逆に気になる。そして何時の間にか僕はマダムの躰に魅入っていた。

 僕の躰の変化に気がついたのか、マダムが唇を嘗めながら、脚を組み替える。

 その色香漂う仕草に僕は、不用意にも下着の中で出してしまっていた。


「あっ……」

 思わず声が出る。

「どうかしましたか? ルディ」

 僕の異変に気がついたイザベルが声をかける。


「いや、気にすることはないよ、イザベル。それより、マダム。その猫は何か癖みたいなものはありませんでしたか?」

 僕は慌てて話題を変える。

 下着の中に出された粘性のある体液が肌に纏わり付く。その感触の気持ち悪さに辟易するが、いつもより多く出ていることに驚きを感じる。

「そうねえ……」と悪戯っぽい笑みを浮かべながらマダムが、

「あの子は暗いところが好きだったかしらね。屋敷でも姿が見えないときは、きまって物陰に潜んでいたわ。だからきっとあの子、暗闇に潜んでいるに違いないわ」

「アレウス山脈の暗闇といえば…… 例の坑道でしょうか」

「そうだわ。いま思いだしたわ。あの子を昨日、坑道の近くで見たと私の部下が言っていたわ」


 何故、その重要な情報を先に言わないのか?

 マダムの不可解な言動に不信感が生じるが、今はこの場を一秒でも早く立ち去りたい。そんな気持ちが僕の心を支配していた。


「マダム・マーガレット。お話は承りました。早速、明日よりアレウス山脈に向かい捜索させていただきます。一日でも早くマダムのもとに愛猫が戻るよう尽力することをここに約束いたします」


 領主としてミースがマダムの猫の捜索を約束する。

 立ち上がりマダムとミースは互いに微笑みながら握手する。僕も立ち上がり握手しようとするが、ズボンの汚れに気が気になり、ソファから立ち上がれない。


「どうやら、ルディはマダムの美しさに魅了され立つこともままならないようです。失礼ながら私がルディにかわり握手させていただきます」

 咄嗟に機転を利かせたイザベルが笑顔で立ち上がりマダムに握手を求める。

「いえ。それには及びませんわ。それに、もうルディは立っているようですから」

 イザベルの握手を断り、意味ありげな言葉を残したマダムが領主の間から出て行く。

 僕は領主の間から出ていくマダムの後ろ姿をみて安堵した。

 しかし、そんな束の間の休息を得た僕にイザベルが、


「ルディ。マダムの最後の言葉はどういう意味ですか? 立っていないのに立っているとは?」

「あら? イザベルちゃん気がついていなかったの? ルディったらマダムの姿をみて……」


 ミースは知ってか知らずかイザベルの質問の意図をはぐらかすように僕の下腹

部に視線を送りながら、イザベルにクスクスと笑いながら言う。


「ああ。そういうことでしたが。男性なら仕方がありませんね。それでも、年上の女性が好みだったとは知りませんでした。ところで、猫の捜索の件ですが、明日から私とルディの二人でアレウス山脈に赴きたいと思いますが宜しいでしょうか?」

「実はそのことで少し悩んでいますの。だって前回のこともあるでしょ? あなたとルディの実力を疑う訳じゃないけど、アレウス山脈は恐ろしいところよ。何かあったら一大事。イズガルド王国にとっても大きな損失となるわ」


 思案にふけるミース。

 先程のことがなければ、目を瞑り腕を組む姿が可愛らしく見えたであろう。


「仕方ないわね。やはり、今回の捜索には私も同行します。私が留守にしている間の領主代行は、従騎士のフォッカーにお願いすることにします」


 フォッカーは僕も良く知っている従騎士だ。ミースの片腕として、大変優秀な従騎士の一人であった。

 フォッカーであればミースの留守中の公務も問題ないであろう。しかし、ミースが猫の捜索に加わることには疑問を感じていた。

 彼女は戦闘力という点においては、全く期待ができない。

 第三聖騎士のアイヴィスの様に剣技も奇跡の力も高い技量を持つといった聖騎士ではない。

 戦場とは絶えず不測の事態が生じるものだ。ある程度の縁語が期待できる軍勢のなかでは彼女の力は発揮できると思うが、彼女を守ることができるのは僕とイザベルだけである。

 僕とイザベルの万が一を心配するのであれば、自身の万が一を心配して欲しいものである。


「ミース様に同行していただけるのであれば、これほど心強いことはありません。是非、お願い致します。好みの熟女を見ているだけで欲情してしまう男性と一緒では不安で仕方ありませんから……」


 イザベルはミースと手を取り同意を伝えている。そして僕の方を振り向き舌を出す。

 その仕草からは、尊敬の念など一切感じさせない、辛辣な悪意が読み取れる。

 こうして僕たち三人がアレウス山脈に向かった。

 それが、十日前の出来事である。

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