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戦争物(仮)

依頼を遂行する人種の戦い

作者: ちょめ介

※『陰謀を打ち砕く人種の戦い』のかなり後に位置する物語ですが、読まずとも特に問題はありません。

 暗い洞窟の奥底。

 二つの影が揺らめいていた。


「それじゃあ、依頼期間はそちらの儀式が終了するまで。それで問題はないですね?」

「―――」

「本当に大丈夫かって? そんなの簡単ですよ。それなりに自負はありますので」

「―――」

「裏切らないか、逃げないかって? そんな心配ないですよ。大体、その為に依頼金全額を前払いにしたんでしょうに」

「―――、―――」

「はいはい、それでは。僕は防衛に就きますので。儀式の完遂を願っていますよ。それと最後に一つ、聞きたいことが」

「―――」

「そんな儀式をして、何を望んでいるんです?」

「―――、―――、―――」

「なるほど。それでは」


 一つの影は洞窟の奥深くへ。

 もう一つの影は洞窟の入り口へと。

 

 綺羅星が輝く中、鬱蒼とした森の出口へと到着した。

 近くにあった大石へと背を預け、一息入れる。


「くだらないねえ、くだらない。けれど、まあ、面白そうだしねえ」


 彼が依頼を受ける基準は面白いか、そうでないか。

 善悪は関係なく、報酬の多寡にも関係なく。

 ただ単純に判断していた。


「『邪神召喚儀式中の邪魔者の排除』ねえ。くだらないけど、中々に面白そうだ」 


 この依頼は、完全に大多数の人間が悪だと断言できるものだ。

 ともすれば世界を敵に回しそうなものだった。




―――




 草木を掻き分け、彼ら四人は道なき道を進む。

 彼らは『久遠の音』と呼ばれているギルド員のチームだ。

 ギルドではAクラスに指定された『リーダー』を筆頭に、Bクラスを2人、Cクラス3人を包するチームだった。

 チーム『久遠の音』としての評価はB+。Aクラスへの昇格も間近とも称され、少数ながらも数多くの依頼を遂行してきた強者だ。


 彼らがこのような場所にいるのは、依頼を受けたからだ。


「しかしリーダー、本当にこの周辺なのでしょうか? そのような物は見当たりませんが…」


 リーダーの腹心とも言える、Bクラスのエモールがそう言った。

 物怖じせずに反対意見を言えるからこそ、創設当初からの相棒である彼に、リーダーは全幅の信頼を置いていた。

 

「分からん。だが、巫女の情報が確実であることは確かだ。虱潰しに探すしかあるまい」


 先日、世界を震撼させる出来事が起きた。

 神殿に仕える巫女が『邪神』召喚の前兆を察知したのだ。

 その能力により、近辺の情報と共に各国の首脳に通達され、巫女の予言を元にギルドへと依頼が発注された。


 依頼内容:森林に近い洞窟で『邪神』召喚の儀式が行われている。これの調査。及び、可能であれば儀式遂行者の排除

 報酬:10万S

 条件:ランクB以上


 ギルドからその依頼を受注した『久遠の音』はその調査を行うべく、数日前にBクラスとCクラスから一人ずつ斥候を出した。

 目的としては儀式遂行場所の特定、又は手掛かりの入手。


「斥候に出したパックスとマチーラも戻っていませんし、何か…嫌な予感がします」

「…お前の予感はよく当たる。急ごうか」


 数日前、斥候として送り出した二人。

 Bクラスのパックス、そしてCクラスのマチーラ。


 パックスは学園を卒業後、ギルド員となってから類を見ない速さでBクラスへと昇格を果たした期待の新星だ。

 『久遠の音』にもエモールの肝入りで入団を果たした。リーダーの半分ほどの年齢ながらもその実力は並び、Aクラスへの昇格も間近だと噂されている。

 近頃は増長していたのか粗暴な言動が目立ち、戒めを込めて斥候へと出していた。


 対してマチーラは『久遠の音』創設当初から在籍しているものの、Cクラスから長い間昇格することが出来ず、新入りのパックスに対しても舐められる事も多々あった。

 しかし、その洞察力や危機察知能力をリーダーは評価しており、またCクラスのまとめ役として働いている点もあり、信頼を置いていた。

 洞察力と危機察知能力を期待して、パックスの目付け役の意味も込めて斥候に出した。


 二人を斥候に出して以来、何の音沙汰もない。

 あの程度の広さの森の探索など、二日もあれば終わるハズなのに、だ。


「リーダー! 見つけました!」


 そう言って報告をしてきたのはコバルトだ。

 軽装で短剣を用いた素早い身のこなしを売りとする、Cクラスの戦士だ。

 まとめ役であるマチーラを『姐さん』と呼んで慕っており、それにマチーラは辟易としていたと記憶している。


「姐さんのマーカーです! 向こうに続いています!」

「よくやった、コバルト。急ぐぞ、エモールも嫌な予感がすると言っていた」

「エモールさん、がですか? 姐さん、無事でしょうか…」

「分からん、しかし、急ぐしかないだろう」


 草木を掻き分け、マチーラが木に括り付けたマーカーを頼りに進む。

 途中、Cクラスの魔物も出てきたが、危なげなく退けた。


 数千人に一人が到達するとされるAクラスのギルド員がいるのだ。

 この程度の魔物は敵ではなかった。


 そして、マーカーの終わりと思われる場所。

 森が途切れ、青い空が見渡せる場所に到着した。


 目の前には深いと思われる洞窟。

 巫女の情報とも一致すると思われる場所だった。


「リーダー…ここ、でしょうか?」

「…まだ確定したわけではない。まずは周辺を調べよう。洞窟内の探索はその後だ」

「しかしリーダー、パックスとマチーラが」

「洞窟内に入ったという確証はない。周辺で倒れている可能性も排除できない以上、洞窟には入れん」

「…分かりました。コバルトは私と周辺の探索だ。リーダー、ロメルと近辺の探索をお願いします」


 最後の一人、Cクラスのロメルだ。

 つい最近『久遠の音』に入団し、体格に似合わぬ大振りな両手剣を武器とするその型は、リーダーに憧れていると言う本人の言葉通りに似通った闘いぶりを見せていた。

 まだ粗削りながらも輝く物を持っており、すでにBクラスも目前という事もあってリーダーは一目置いていた。


「よ、よろしくお願いしますリーダー」

「ああ、二人が心配だ。周辺の探索を急ぐぞ」

「はい!」


 洞窟の入り口を後にし、周辺の探索を始めるリーダーとロメルの二人。


 魔物の気配に注意をしながらくまなく探索をする。

 何度か魔物が襲ってきたが、ロメルが前衛に立ち、難なく退けることが出来た。

 

「ど、どうでしたかリーダー!」

「甲殻の頑丈な魔物も一撃だ。腕を上げたな。だが、油断するな。この魔物は―――」


 草むらがガサリと揺れる。

 先ほど切り捨てた魔物と同型の魔物が三体、群れを成して襲来した。


「さ、三体も…!?」


 ロメルが驚くのも無理はない。

 ギルドが指定した魔物のクラスはBだ。

 Bクラス間近のロメルだが、先ほど苦も無く倒すことが出来たのは、魔物が一体だけだったからだ。


「…余り構っている時間もない。ロメル、離れていろ」

 

 突撃してくる魔物。

 対して、リーダーはスキルを発動する。


 <円月斬>


 高速度で放つ、一面を薙ぎ払う一撃だ。

 重厚な両手剣は弧を描くように、三体の魔物を薙ぎ払う。


「さ、流石です! ぼ、僕もあんな技をいつかは…!」

 

 通常の鍛錬では成し得ない奇跡、それが【スキル】だ。

 あるスキルは周囲の敵を一掃し、あるスキルは一瞬のうちに連撃を叩き込み、あるスキルは遠距離まで攻撃を届かせる、など無数の技が存在すると言われている。


「まずはロード・ウェポンを、だな。Bクラスになったら儀式場を紹介しよう」

「ほ、本当ですか!?」


 そして、スキルを発動する事のできる唯一の武器【ロード・ウェポン】だ。

 リーダーである彼も、この武器を所持している。


 その入手方法は、一つに限られている。

 世界に四つあるにて、ロード・ウェポンを授ける儀式を受ける事だ。

 

 しかし、その運営は神殿が一手に握っている。

 国仕えの騎士や神殿の守護を担う騎士は、忠誠と共にこの儀式を受けることが出来る。

 国や神殿に管理され、所属組織の為にロード・ウェポンを振るうことになる。


 しかし、そうではない者はどうするのか。

 神殿の儀式担当の者に金を握らせ、秘密裏に儀式を受ける。

 これが一番用いられている方法だ。


 だが、リーダーはこの二つとも違う方法でロード・ウェポンを手に入れた。

 Bクラスとなってしばらく経った日の事だ。

 とある依頼で、森林深くの遺跡を調査を行った時に、崩落する地面と共に墜落したのだ。

 幸い、下は砂地だったため無傷で済んだのだが、そこで驚くべき物を発見した。


 ロード・ウェポンを授かる儀式場。

 それが当時のままの状態で遺っていたのだ。

 独りで儀式を遂行しロード・ウェポンを授かった。

 ギルドへの報告の際には儀式場の件は秘匿し、自分だけの物とした。


 それが、今所持しているクレイモアだ。

 魔物と戦い続けている内に発動することの出来るスキルも増え、気が付いてみるとAクラスにも登りつめていた。

 共に戦う仲間も得られ、充実した日々を送っていた。


 しかし、数年前に設立された学園では、これを授ける儀式を行っていると噂に聞いたことがある。

 その学園の卒業者であるパックスも、これと同じ物を持っていたハズだ。


 自分がロード・ウェポンを得たのもBクラスになった時だ。

 そしてロメルもBクラスが近い。

 エモールもBクラスに昇格した時にロード・ウェポンを授かった。

 いい時期だろう、とリーダーは考えていた。


 その後も数度か魔物と遭遇し、そして難なく切り抜けることが出来た。

 そして、遂に二人は発見した。


「マチーラさん! …生きています! すぐほどきますね!」


 気を失ったマチーラだった。猿轡を噛まされ。木へと縄で縛られていた。

 目立った外傷はない。

 しかし、パックスの姿はない。

 共に斥候へと向かったハズだが…


「リーダー! マチーラさん、目を覚ましません!」

「…マチーラ、起きろ、何があった」

「う…うう…」


 少しばかり乱暴に肩を揺すると、僅かに反応があった。

 水筒を口に持っていき、無理矢理に飲ませる。


「飲め、水だ」


 朦朧としているだろうマチーラだが、問題なく水を飲んでいる。

 胡乱としていた視線が正気を取り戻す。

 意識もハッキリとしてきたようだ。


「り、リーダー…」

「何があった。パックスはどこに行った」

「ぱ、パックス…」


 震えている指をリーダーの背後へ持っていくマチーラ。

 つられて振り返るリーダー。


「…死んだ、のか」

「ま、まさか、パックスさんが…」


 一際目立って盛り上がった土山があった。

 明らかに何か(・・)が埋められているような、そんな土山が。


 それを見て、リーダーとロメルは察してしまった。

 もう、パックスは生きていない、と。 


「うそ、嘘だ…まさか、そんな…」


 明らかに狼狽しているロメル。

 短かい間とはいえ、仲間であった者の死だ。

 狼狽えない方がおかしい。


「にげ、逃げないと…! り、リーダー、は、早く街に…」

「…ダメだ。エモールとコバルトに合流しなければ。マチーラはお前が背負え。魔物は俺がなんとかする」

「分かり…ました」


 再び気を失ったマチーラを背負うロメル。

 意識が無いとはいえ、女性と男性の体格差だ。簡単に背負うことが出来た。

 何が起こったか分からない以上、遺体を掘り返している暇はない。

 合流を優先し、来た道を急ぎ戻る三人。


 途中、鉢合わせた魔物はスキルを発動し、一撃で斬り捨てた。

 次々と、飛び出してくる魔物。しかし惜しげもなく、スキルによって排除していく。

 その数が、十回を超えた時だろうか。ふと、リーダーは違和感に気付く。


 ―――多すぎる。


 マチーラと合流する前の探索では数回ほど。

 十数分ほどの短い距離で、ここまで遭遇する事は稀だ。

 そして、もう一つ。


 ―――抵抗がない? 何故だ。


 何かに気を取られているかのように、注意が他に向いているようだった。

 普段の魔物とは全く違う様子。


 リーダーはマチーラと合流する前、遭遇した三匹の魔物を思い出す。

 逃げ道を塞がれた(・・・・・・・・)ように、突撃をしてきた。

 

 ―――何かから逃げる。何から…?


 そんなのは決まっている。


 『邪神』の召喚。

 神殿の巫女が予言した、事件の発端。


 人間よりも勘が鋭い魔物だ。

 その前兆を機敏に察し、この森から逃げ出そうとしていたのかもしれない。


 もう、召喚が近い。


 事態は思っていたよりも悪い方へ向かっている。

 そんな予感がリーダーの頭を過った。


 そしてようやく、合流地点へと到着した三人。

 エモールとコバルトは探索を終え、既に到着していた。


「リーダー、こちらは収穫なしです。そちらは…パックスはどうしました?」

「あ、姐さん!? おいロメル! 何があった!」

「いや、それが…」


 高圧的にコバルトに迫られ、言葉に詰まるロメル。

 状況を纏め、声を荒げて報告をするリーダー。


「パックスは死んだ。遺体は確認できなかったが、共に行動をしていたマチーラが意識を失っていた」


 その言葉に、唖然とするエモールとコバルト。


「エモール、が? いや、待ってください。魔物、に? 」

「いや、マチーラが縄で縛られていた。それに、遺体が埋められていた。何者かに殺されたと見るのが妥当だろう」


 何者か。向上心の高いエモールだ。

 洞窟を見つけ、その先にある成果に惹かれたハズだ。

 一般的に、召喚などの儀式を行っている者は無防備になる。隙を突けば簡単に殺す事が出来るほどに。

 ではその間、その身をどう守るのか。

 護衛を雇うハズだ。しかし、ギルドに依頼を出せる訳もない。

 では、誰を雇うのか。

 決まっている―――

 

「まあ、その何者かっていうのは僕なんだけど」


 軽薄そうな男の声が背後から聞こえた。 

 一拍遅れて振り向くリーダー。


「―――傭兵、か」

「うん、その通り。そういう君たちはギルドの人かな?」


 腰に細身の剣を携え安っぽい衣服を身を纏った青年だった。

 髪の色は黒。この特徴は東方から来た者の特徴だ。

 そして本人が肯定した、傭兵だという言葉。


「傭兵ならば、キサマはここで何をしている」

「雇われたのさ。『邪神召喚儀式中の邪魔者の排除』をね。だからここを防衛中さ」


 青年が腰を落とす。何か、とリーダー達は身構えた。

 しかし、何もしない。

 粗末なイスに腰掛けただけだった。


「…ここに来た男を知っているハズだ」

「知ってるよ。昨日の昼頃だったかな? ここで番をしていたら、二人の男女がきたんだよ。カップルかとも思ったけど」


 ケラケラと笑いながら言う青年。

 本心からは言っていないようにも思える。


「その男を、どうした」

「何度か忠告をしたんだけど、洞窟に入ろうとしたもんだから、殺した。パックスとか呼ばれてたっけ」


 まるで世間話をしているかのように。

 隠したいハズであろう事実を、そのまま口にした。


「女の人は腰を抜かしちゃったみたいでさ、意識を奪って木に縛っておいたけど。ああ、連れてきたんだ。生きててよかったね」


 ロメルに背負われていたマチーラを見て、言葉を付け足した青年。


「―――そうか、それを聞けてよかった」

「けど、中々に腕の良い人みたいだよ。ほら、この天気」


 黒雲が渦を巻くように、空を覆っていた。

 数分ほど前まで雲一つない快晴だったハズだ。


「儀式が完遂間近って事だけど、折角の良い天気が台無しだ。そうは思わ―――」


 <縮地>


 青年の言葉が終わらない内にリーダーの姿が掻き消え、一瞬後に青年の眼前に現れる。


「―――消えろ、傭兵」


 甲高い金属音が轟く。

 片手で抜かれた青年の片刃剣が、リーダーの重厚なクレイモアを受け止めていた。


「全くさあ、最近のギルド員は、人の話を最後まで聞くのが礼儀って知らないのかい?」

「傭兵に礼儀など不要だろうが」

「違いない、戦いなんて生きた者勝ちだし」


 華奢な外見に関わらず、思った以上の手練れの様だ。

 リーダーは認識を改め、全力を以って臨む。


 ふと、クレイモアにかけていた力が緩む。僅かな隙に青年の片刃剣が薙がれた。

 単調な、キレのない一撃だ。


 先ほどの一撃を防いだ青年にしては、余りにも遅い一撃。

 囮だと判断し、受け止めずに身を反らして避けた。


 <回蹴>


 瞬間、青年の鋭い蹴りが炸裂する。リーダーの頭部を狙った一撃。

 もしも先ほどの片刃剣を防いでいたら、直撃していた。

 右腕で受け止めるリーダー。骨の芯まで響く重い一撃だった。 

 リーダーはスキルを発動した。


 <回蹴>


 奇しくも青年と同じスキルだ。

 空気を裂くように鋭い蹴りが青年を襲う。

 しかし、かがむ事でそれを回避をした。 


 片刃剣で斬り上げようとした青年。

 しかし、何かが視界の端に映った。

 素早く察知し、片刃剣で薙ぎ払う。


 コバルトの投擲した拳大の礫だった。

 一瞬の隙。

 しかし、リーダーにとっては千載一遇の勝機だった。


 何かに操られるように体が動く。筋肉の収縮、力の入れ具合、最適な体勢。

 それら全てが兼ね合わさり、一つのスキルを発動した。


 <袈裟斬>


 高速度で放つ、命を断ち斬る如くの一撃。

 今までも、多くの魔物の命を斬り捨てた斬撃。

 そしてこれからもリーダーの奥の手であり、最大の一撃―――のハズだった。


「雉も鳴かずば撃たれまい、ってね。余計な事はするなって忠告だ」


 右手で抜かれた片刃剣。リーダーの集中は、その剣に向けられていた。

 だから気づくのが遅れてしまった。


 左手では鞘を握り、振り下ろされるクレイモアに添えられている事に。

 スキルの中断は、できなかった。


 振り下ろされたクレイモアは、青年の半身を沿うようにして地面へと突き刺さる。

 隙だった。決定的な。


 <峰打>


 腹に激痛が走る。

 途轍もない衝撃に、リーダーの体が後ろに吹き飛んだ。

 

「さて、忠告は一度きりだ。僕は『邪神召喚儀式中の邪魔者の排除』を完遂しなきゃならない」


 片刃剣を鞘へと納め、再び粗末なイスへと腰かけた青年。

 痛みに耐え、体を起こすリーダー。


「君たちの依頼内容が何か知らないけど、ギルド員程度に『邪神』がどうこう出来るとは思えないし、どうせ探索程度だろう? 今から街に戻って報告をすれば、街が一つ消える程度で済む。まあ、ちょっかいを出すんなら召喚が終わってからをお勧めするよ」


 懐から取り出した煎餅をバリバリと齧りながら、いたって平静にそう言った。

 今まで静観していたエモールがリーダーに肩を貸す。


「リーダー、大丈夫ですか!?」 

「なんとか、な。だが、あの傭兵、只者じゃない」


 今までに見た事のない片刃剣を扱い、不意打ちにも対応し、複数のスキルまで使用する。

 依頼に際して、何度か傭兵と敵対したこともあったが、ここまでの者は初めてだった。


「あなたは! 『邪神』の召喚なんかに手を貸して! もしも召喚が成功すれば、追われる事になるんですよ!? それに、街の人々だって犠牲に…!」


 エモールが声を荒げ、傭兵を糾弾する。

 これは間違いなく、国が動く事態だ。

 それどころか、巫女を抱する神殿すらも敵に回す。

 『邪神』を敵視している神殿だ。召喚に関与した事が分かれば、守護騎士にも追われるだろう。ロード・ウェポンを持った極めて練度の高い三百の騎士が押し寄せる。

 それこそ昼夜関係なく、神敵を滅ぼす為に。


「別に構わないよ。召喚が終わったら僕はどこかに行くつもりだからね。そもそも、僕が関わっている事なんて巫女に筒抜けさ。あの子の探知は中々に優秀だったから。今、この場面も覗いているんじゃないかな?」

 

 顔が知られている。それでもなお、青年は怯む様子が無い。

 それどころか、ケラケラと笑いながら、とんでもないことを言った。


「それに、街が滅ぼうが追われようが、どうでもいいじゃないか。それはそれで面白そうだ」


 面白そう。

 ただそれだけで、世界を敵に回そうとする。

 その理屈は、少なくともエモールには理解できそうにもなかった。


「狂ってる…」

「傭兵なんてそんなもんだよ。自分に正直なんだ。何かに縛られたくない。規則を嫌った自己中心的な迷惑者の集まりだよ」


 やれやれと言った風に肩を竦め、溜息を吐く青年だった。

 そして、再び煎餅を取り出し、口に咥えた。


「まあ、理解してもらおうなんて思っちゃいないさ。価値観なんて人それぞれだし」


 煎餅を咥えたまま器用に喋っている。

 ポリポリと少しずつ齧っているようだ。


「んで、無駄話をしてる間に召喚も終わったみたいだけど、どうする?」


 その言葉が終わった時、雷が落ちた。

 黒雲が割れ、白い閃光が近くの木を裂いた。

 青い炎が木を包み、炭も残らず消え去った。


 そして、一際大きな黒い雷が洞窟へと落ちる。

 地震のような揺れを伴った強烈な物だった。


 その場にいた五人の背筋に、冷たい何かが過った。

 邪悪な何かが洞窟から漏れ出しているような、そんな錯覚を起こす程に。


「さて、僕の依頼は終わりだ。あとはお好きにどうぞ。逃げるなり迎え撃つなり、ご自由に」


 粗末なイスを脇にどけ、そして―――


「ありゃ?」


 洞窟から突如現れた何か(・・)が、青年を呑み込んだ。

 先端がグパリと割れ、地面ごと削るように。

 

「な―――」

「なんだ、あれは…」

「や、やばいぜ、ありゃ」

「な、な…」


 泥のような、触手のような。

 表面がテラテラと光った質感を持ち、ドロドロとした汚物を撒き散らす。

 

 眼球で何かを探す様に四人を一瞥し、洞窟内へ引っ込む。

 詰まっていた息を一度に吐き出し、深呼吸をした。

 漂っていた腐臭に吐き気を催し、胸を掻き毟りたい衝動に襲われる。


「コバルト、ロメル、マチーラを連れて街へ行け」

「リーダー、何を言って…」

「リーダー…?」


 いち早く復帰したリーダーが、コバルトとロメルに指示を出す。


「エモールは俺と時間を稼ぐぞ。少しでも長く、だ」

「…了解しました。コバルト、ロメル、頼みましたよ」


 異常な強さの青年でさえ、触手に呑み込まれてしまった。

 その青年に歯が立たなかったリーダー達に、勝機はない。


 そんな事は分かっていた。

 しかし、街で長くギルド員として仕事をしてきたその矜持が、撤退を拒否していた。


「―――、―――」


 バシャバシャと水辺で暴れているような、ゴボゴボと泡立つような不快な音。

 肉を咀嚼するようにも、何かを消化しているようにも聞こえてきた。


「行け! 早くしろ!」

「―――ご武運を、リーダー、エモールさん」

「―――死なないでください、絶対に」


 ロード・ウェポンを構え、襲撃者に備える二人。

 リーダーはクレイモアを、エモールは細身の曲刀を。

 これが二人が残った理由だ。


 尋常ではない強度を持ち、スキルの運用に唯一耐える事の出来る武器。

 あの『邪神』にもダメージを与えられる可能性を持った武器。

 

 数世紀前、召喚された『邪神』を討つ為に神殿の騎士が用いた武器。それがロード・ウェポンだ。

 その召喚を予感した当代の巫女が統率を執り、ロード・ウェポンを用いて三百人で討伐を行った。

 

「さて、どうする。作戦はあるか?」

「ロード・ウェポンがあるだけ、マシな方でしょう。あとは死なない様に、としか」

「だな。悪かった、お前も帰してやりたかったが、俺一人じゃどうにもなりそうにない」

「いえ、私はリーダーに救われた身ですから。ようやく、お役に立てそうです」


 腐臭が一際強くなる。

 地面を何かが引き摺る音が近づく。

 生き物のように蠢き、脈動する黒い塊。

 肉のようでいて無機質な印象も持つ。

 生物のようで死んでいるような。

 

 そんな相反した印象を、二人は直感した。


「―――、―――、―――」


 黒い塊に眼球が浮かび上がる。

 血走った巨大な眼だった。

 瞬きをする度にバチリと音を立てる錯覚を起こす。

 見つめられていると理解するだけで身震いを起こしてしまいそうだ。


 ガバリ、と黒い塊に亀裂が走り、巨大な口が姿を見せた。

 生臭い粘液を撒き散らし、甲高い鳴き声にも呻り声にも聞こえる音を発している。

 そこに存在しているだけで不快感を撒き散らす、悪徳の塊だった。


 次の瞬間、その口から無数の触手を吐き出した。

 

 <一閃>

 <一閃>


 どちらからともなく、スキルを発動。押し寄せる触手を斬り刻む。

 しかし、圧倒的な物量だ。

 次第に押し切られ、呑み込まれる。


 <円月斬>


 纏わりつく触手を一掃したリーダー。

 地面に落ちた触手は溶け、形象崩壊した。

 エモールは一心不乱に曲刀を振り回し、迫り来る触手を迎撃していた。

 

 しかし、尚も押し寄せる触手。


「う、おおおおおぁぁ!」


 まるで津波のようだった。

 絶え間なく、隙間なく、触手が一塊で襲ってくるような。

 いくらスキルを発動し、触手を切り刻もうがキリがない。

 夥しい数の蹂躙。

 

 エモールの声は聞こえなく、姿も見えない。

 いつの間にか体には数えきれないほどの傷が付いている。

 遂には押し切られ、クレイモアが弾き飛ばされた。

 スキルは発動できず、他に武器もない。


 ―――ダメか…!


 諦めが頭を掠めた。

 その時だ。


『雉も鳴かずば撃たれまい、って言うのにね』


 どこからか、あの青年の声が聞こえた。

 そして次の瞬間に『邪神』に亀裂が走る。


「―――!」


 まるで悲鳴のような、苦しげな音を発する『邪神』

 肉を裂くように現れた亀裂から、青年が現れた。

 黒い肉をグイと押しのけ、先ほどの調子と変わらないようにケラケラと笑いながら。


「あーあ、折角の服が台無しだよ。まあ、安物だけどさ」


 片方の手には片刃剣を持ち、もう片方の手には人型の何かを持っていた。

 ドシャリと、人型の何かを地面に投げ捨てた。

 黒い肉はグズグズと崩れるように消失してしまい、ヘドロのような水溜まりだけが残った。


 モゾモゾと地べたを蠢き、人型はその体を起こしたようだ。


「―――、―――!」

「なぜ邪魔したのか、って。そりゃあそちらが攻撃してきたからに決まっているでしょう」


 人型の声は、リーダーには聞き取れなかった。

 しかし、青年の声はハッキリと聞き取れる。


「僕に依頼されたのは『邪神召喚儀式中の邪魔者の排除』だ。召喚が終わったらそのままいなくなるつもりだったけど、攻撃されたとなれば別だ」

「―――、―――」

「それに『邪神』とは言っても、所詮はこんなもんだ。どうせ街一つ喰い尽くして終わりだったと思うよ。神殿の守護騎士連中は中々に強かったから」


 ズルズルと地べたを這いずる人型の何か。

 しかし青年はそれを追うことはしない。片刃剣を鞘へと納め、逆方向へと歩き出そうとする。


「…おい、傭兵」

「あれ? まだ逃げてなかったんだ。殊勝な心がけだねえ」

「あの…人型はなんだ」

「一言で言うと搾りカスかな?『邪神』召喚に全ての能力をつぎ込んで融合を果たした。けど、その『邪神』は消え去って、核になってたそれは残された。あれは何も出来ない、化け物の成り損ないだよ」


 弾き飛ばされたクレイモアを取り戻し、這いずる人型へ近づくリーダー。


「そのまま放っておいても長くは生きられないと思うけど。まあ、止めないよ。お腹もすいたし、僕はこれで」


 手を振りながら去っていく青年。

 倒れていたエモールには目もくれず、木の陰に消えて行った。


 残されたのは、満身創痍のリーダー。

 そして意識不明のエモール。

 化け物の搾りカス。


 果たして、その結果は―――




―――




 白い荘厳な建物の中の一室。

 この場所は神殿の本部、内部に設置された白い部屋。

 そこには四人の人間がイスに座ってた。

 法衣を纏った三人の老人が、息巻いていた。

 

「しかし巫女殿! 彼奴は神敵ですぞ! 我らの総力を以て撃滅すべきです!」

「然り! 巫女殿のお声が掛かれば我ら三百の軍勢! 全力を以て神敵を撃滅して見せましょう!」

「然り! 巫女殿! ご決断を!」


 『神敵』『巫女』『三百の軍勢』

 この場所には、神殿の最高権力者が集まっていた。

 権力に溺れた者の末路のような、醜く肥え太った豚ではなく。神に仇名す敵の出現に怒り狂っている、爛々と眼を輝かせていた。

 私利私欲ではなく、神への完全な忠誠。それがありありと見て取れた。


「今、彼は『薙刀』は、敵ではないだけ。我々が牙を剥けば、彼も同じく牙を剥きます。想定よりも早く召喚が完遂されたとは言え『邪神』は『久遠の音』によって滅せられました。最終的な犠牲は零。これは奇跡と言えましょう」

「しかし! 傭兵の一人二人! 我ら神殿の守護を担う騎士一同! その総力を以ってすれば!」


 最後の一人、彼は金属の鎧に身を包んでいた。

 神殿の守護を司る騎士団。その団長だ。

 圧倒的な神への信仰と共に、最年少ながら歴代最強と呼ばれるほどの力を持っていた。


「例えば【鉄腕】【長鋏】彼ら傭兵の噂は、私の耳にも入って来た程でした。それ程までに、強力な力を持った傭兵だったのでしょう。そこで、騎士団長」

「はっ!」

「彼ら二人ですが、我ら守護騎士団と戦闘を行った場合、どちらが勝利するでしょうか?」

「はっ! 間違いなく! 我ら守護騎士団の勝利です!」

「それは間違いないでしょう。さて、我らの被害は、如何ほどになると」

「はっ! 死者27名! 負傷者127名! 数名は変動するでしょうが! ほぼ間違いないと考えます!」

「ありがとう、騎士団長。貴女の見立てはまず、間違いないでしょう。【鉄腕】と【長鋏】たった二人を相手取るのにも、三百の守護騎士の内、三分の一がいなくなります。そして、彼ら二人は【薙刀】に殺されました」


 巫女のその言葉に、室内は静寂に支配される。


 三人の老人も、騎士団長も【鉄腕】【長鋏】と呼ばれる傭兵については聞き及んでいた。

 無数に存在する傭兵。その中でも抜きんでた者に付けられるのが【異名】

 主に使用している武器やその戦闘スタイルによって、自然と付けられる物だ。


「あれ程の傭兵が…」


 三人の老人の言いたい事を代弁するかのように、思わず口に出したのは騎士団長だ。

 彼女が見習いの時、その二人の傭兵と共闘したことがあった。


 魔物の軍勢をその双腕で殴り抜く【鉄腕】

 二本の刀剣で魔物を切り刻む【長鋏】


 彼女を含む守護騎士団が編隊を組んでBクラスの魔物を駆逐している内に、二人の傭兵はAクラスの魔物数十体を駆逐していた。

 それ程までの傭兵が殺された。にわかには信じられなかった。


「ほんの一週間前の事ですが、彼の力は別格です。他の名立たる傭兵と比べても、異常ともいえる程に。言葉を借りるのならば『生まれが違う』と言うのでしょう」


 白と青の法衣に身を包み、金色の髪を結んだ。まるで絵画から抜け出てきたかのような、絶世の美を持った女性。

 透き通るような白い肌と赤い瞳。

 彼女こそ神殿の最高位に位置する、神の代弁者とも仇名される【巫女】だった。


「今は祝いましょう『邪神』の撃滅を。そして祈りましょう【薙刀】が敵とならない事を」

少しずつですが、確実に世界観が見えてきたかもしれません。

また、人物の名前が出てこなかったり、代名詞でしか呼ばれなかったりするのは、某ゲームの影響を多大に受けているためです。気にしないでください。


※以下、一部用語解説

・神殿

 世界に蔓延する宗教の元締め。

 一柱の神を崇め、その意思を伝達する<巫女>を頂点とした、神に依存する三人の老人からなる組織。

 ロード・ウェポンを授かる儀式は神殿でしか受けることができない。また、その儀式は、神殿を守護する騎士か国家に従属する騎士に限定されている。

 

・邪神

 全部で七柱存在し、今回召喚されたのはその内の一柱。

 テラテラと滑らかに光った表面からはドロドロとした汚物をまき散らす。存在するだけで生臭い匂いが残り、黒い塊と表現される。表面に浮かぶ血走った眼に見つめられると根源的な恐怖を催し、巨大な口からは一層生臭い粘液を吐き出す。

 全てを<食べる>べく、召喚が成された。

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