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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

唇に熱を感じさせて

作者: 天戯 鈴歌

いじめの表現があります。苦手な方は注意してください。

 唇に人の肌が触れたら、その人が私に対する感情を感じることができる。驚き、諦め、戸惑い、愛情、そして悪意。様々な感情を感じることができた。





「あんたウザいんだよっ!」


 放課後。とある女子トイレで腰まである艶やかな黒髪の少女はトイレの床に手を付き、綺麗な漆黒の瞳を閉ざしていた。目を開いたら泣いてしまう気がして、少女は頑なに瞳を閉じる。

 少女を囲むようにいる数人の女子は少女と同じ制服に身を包んでいる。だが、まだ幼い印象を与える少女とは違い、いかに自分が綺麗に見えるかを分かっている。

 化粧を施し、控えめに笑えば美人と言っていいほどの数人の女子は、今は醜い笑みをその顔に張り付けていた。彼女たちに想いを寄せてる人がいたらきっと幻滅してしまうぐらい、彼女たちには迫力があった。

 耳障りな彼女たちの笑い声に少女は両手で耳を塞ぐ。その仕草にむかついたのだろう、一人が少女の髪を乱暴に掴み、上を向かす。

 引っ張られたところが痛い。泣きたくても、彼女たちの前では泣きたくなかった。必死に唇を噛み締め、目を頑なに閉ざす。

 少女の視界は真っ暗だった。真っ暗なのに、その闇よりも深くて醜い闇が心を支配する。「死ねばいい」「あんたさえいなければ」とさっきまで少女を罵っていた彼女たちの中の一人の声が心に直接響いた。

 声が聞こえたあと、頬に走る痛みで頬を殴られたことに気付く。殴る時に彼女の手が唇に触れたことも同時に悟った。

 少女は自身の唇に人の肌が触れるとその人が自分に対してどのような気持ちなのか知ることができる。彼女は少女に対して、悪意の気持ちしか持っていなかったのだ。

 どんなに外見が綺麗でも、中身が綺麗とは限らない。それを何度も何度も思い返される。



 殴ってすきっりした彼女たちは女子トイレから出て行く。出て行く瞬間に「今度、あの人に近付いたらこれだけではしまないから」と言うのを忘れずに。

 自分がいじめられないためにその言葉に従おうとは少女は思うわけがない。彼女たちが言う「あの人」とは少女にとってかけがえのない人であって、その人がいればそれでいいと思っていた。

 トイレの床に手を付きながらも、頬を殴られても、自分に対する暴言を吐かれても、少女は決して学校に来ることを止めなかった。学校に行かなくなると、あの人が心配する。それだけが少女を支える気力となっていた。


 彼女たちが出て行ってから、しばらく経ってトイレを出る。

 誰もいないことを確認して、トイレの入口にある廊下のすぐ隣の洗面所の鏡で自分の姿を見つめた。腰まである長い黒髪は乱れ、瞳は泣いていないはずなのに赤くなっている。かけていた大きな黒縁の眼鏡はフレームが少しだけ曲がっていた。何よりも目立つ腫れてはないが赤くなった頬。

 あの人がこの赤くなった頬を見れば心配するに決まっている。知らない内に少女の瞳には今にも溢れようとしている涙が溜まっていた。


「うっ…っ……」


 涙だと認識してしまうと次から次へと瞳から大量の涙が零れ落ちる。できるだけ声を殺して、必死に涙を止めようと袖で目を擦る。

 止めようとする心を無視して体は涙を流す。

 袖で涙を拭いていたために眼鏡がカランと音を立てて洗面所に落ちた。拾おうと手を伸ばしたが、その手を誰かにとられる。

 ビクッと体が跳ねたが、掴まれたところから感じる人のぬくもりにホッと息を吐く。少女は涙で濡れた瞳でその人物を見上げた。


「優希…」


 優希、とは少女の名だ。相良さがら優希ゆうき。それが少女の名前だった。

 制服を着た男子生徒が優希の潤んだ瞳を見て、息を飲んだ。その瞬間、グイッと手を引っ張り、自分の方に倒れてきた優希を己の腕に閉じ込めた。

 驚きで涙が止まり、そっと彼の胸に頬をすり寄った。温かい体温に少しだけ速い気がする鼓動を感じ、優希は笑みを零す。


「優希、ごめん」


 ギュッと抱き締める力を強める。

 少し痛いぐらいの力は優希にとって嬉しいものだった。彼が私を大切に想ってくれている、それだけで優希の心は晴れていった。

 もっと彼の気持ちを感じたいと、背中に回っていた手を掴み、自身の唇に持っていく。軽く指を唇に当たる。

 温かい気持ちが全身を覆い、優希は体全体がぽかぽかとあったかくなった。彼から感じる自分を心配する気持ちに、いつも感じている愛情はあったかい。


「そうくん…颯真くん」


 180センチは越える長身に、優希と同じ漆黒の髪。切れ長な瞳は今は優しく優希を見つめていた。

 彼、上條かみじょう颯真そうまは名を呼ばれ、優希の唇に触れていた指でそっと唇の形をなぞった。

 颯真の想いがずっと伝わってきて熱い。あったかかった気持ちは今では熱くなり、優希は心配そうに颯真を見上げる。


「んぅ…そうくん?」

「可愛い、可愛すぎるから…優希」


 はぁ、と息を吐く声は甘さが混じり、耳を刺激した。

 ピクッと体が反応してこれ以上は駄目な気がして、優希は離れようと颯真の胸を押す。優希が自分から離れることが許せないというように颯真は彼女を全身で包み込むように抱き締めた。


「逃げないで…俺は優希みたいに気持ちが分かるわけではないから、全身で優希を感じさせて?」

「私も…私もそうくんを感じたい」


 強く抱き締めてくる颯真に返すように優希も強く抱き締めた。

 艶のある黒髪に鼻が当たり、優希特有の甘い香りが颯真の鼻孔をそそった。それに優希のさっき言った言葉。颯真は知らず知らずの内に「別の意味にとってもいいか?」と呟いたが、その言葉は優希に聞こえてはいなかった。

 抱き締められながら、優希はさっきと同じように頬を胸にすり寄る。すりすりとしていたら、頭上から深いため息がもれるのが分かった。


「どうしたの?」

「優希がひどい」

「えっ、わたし…そうくんにひどいことした?」

「したよ。だけど、無意識にしたことだから優希には分かんないかな」


 颯真の言葉に不安になり、怯えた表情で上を見上げる。

 颯真にひどいことをしたら、嫌われる。嫌われたら、颯真はどこかに行ってしまう。

 そんなのは嫌だと、また泣きそうになりながら、首を横に振った。嫌だ、嫌だ、嫌いにならないで、と。

 そんな優希を安心させるように優しく微笑み、颯真は頬を優しく撫でる。赤くなっている頬を何度も撫でた。

 撫でられたことで安心する優希はさっきまで優しく微笑んでいた颯真の顔が苦痛に歪んでいるのに気付く。


「そうくん、大丈夫?」


 腰に回していた両手で颯真の頬を包み込む。

 優希は自分が颯真から頬を撫でられると安心する。だから、颯真もそうしたら安心するのではないかと思ったのだ。


「優希は俺が守るって決めたのに…傷付けて、ごめん」

「ううん、そうくんの所為じゃないよ?私がもっと強ければ、そうくんがそんなことを思うこともないのに」


 自分は弱くて、わがままで、いつも迷惑をかけている。いつも颯真に助けられていて、優希はひどく嫌だった。本当は自分が颯真を助けられるようになりたいと思っているのに。

 そんなことを考えて、それはないかと首を振る。颯真は何でも一人で出来て、誰からも特別視されている。しかも、颯真は格好良くて女子にもモテた。きっと学校で一番モテるのだろう。そんな颯真が優希は自慢だった。

 女子トイレで優希を殴った彼女たちも颯真に好意を抱いていた。それだから、颯真の近くにいる優希が邪魔だったのだ。

 今までもさっきと同じようなことをされたことがあったが、殴られたのはこれが初めてだ。殴られる前にいつも颯真が助けるから、優希は今までに殴られたことがなかった。

 スッと指で赤くなった頬を撫でる。「ごめんね」と何度も呟く颯真に何度も首を振った。


「そうくん、帰ろう?」


 頬を撫でていた手をギュッと握り締め、上目で颯真を見つめる。息を飲み、颯真は優希の視線から逃げるように洗面所に落ちていた眼鏡を拾う。

 眼鏡を見て、ハッと思い立ったように優希は颯真を見た。ここは女子トイレの洗面所だ。いくら、廊下から洗面所は見えるからって入っていいわけではない。

 優希の心を読んだように颯真は手を握り返し、優希ごと洗面所から出て行く。


「優希、帰ろう」


 颯真の隣を歩きながら、優希は家へと帰る道を行く。

 隣に颯真がいることに、手に感じるぬくもりがどんなに嬉しいことか、優希には分かっていた。




 優希と颯真は産まれた時からずっと側にいた。

 家が隣で、父親同士が親友だったため、自然に一緒にいたのだ。優希にとって颯真は息をするよりも大切な存在で、彼が笑ってくれることが優希の幸せなのだ。

 物心ついた頃から優希の両親は喧嘩をしていた。優希が出来たから両親は結婚をしたが、母親は父親を愛してはなかった。父親の方は母親を愛していたために離婚を渋っていた。

 離婚をめぐって喧嘩が絶えないことが優希の負担になるだろうと父親は考え、隣の家にいる親友に頼んで優希を預けることが増えた。そこで優希は颯真と常に一緒にいた。

 父親は優希に愛情を注いでくれたのに、母親は優希を邪魔者扱いをする。そんな時、いつも颯真が側にいた。何も言わずにいてくれたのだ。

 優希が初めて自分に対する人の気持ちを感じたのは母親だった。母親と一緒にいたい年頃の優希は母親に一緒にいてくれとお願いした。その時に、母親は優希を振り払い、自分の娘に手を出したのだ。

 母親から殴られた優希はその時に母親の気持ちを知った。「産まなければよかった」と母親の黒い感情が優希を襲う。

 何も分からずにただ涙を流す。


『ゆうちゃん…ゆうちゃんにはそうまがいるよ』


 いつの間にか、優希の家に入って来ていた颯真が優しく頭を頬を撫でる。優しい指が唇に触れ、温かい気持ちが優希の心を刺激する。

 優希は颯真に抱き付いて、わんわんと声を出して泣き出した。

 そのことで、優希の両親は離婚して、優希は父親の方に引き取られた。家は父親のものだったので、変わらずそこで暮らしている。

 そんなことがあって、優希は颯真が大切になったのだ。




 家に着いたら颯真が「あとから来る」と言い残して、隣の家に入っていく。きっと着替えにいっているのだろう。

 これはいつものことだ。颯真の家は共働きで、優希の家は片親だ。親は遅くに帰ってくることが多いので、優希が颯真の分のご飯を作るのが当たり前になっている。

 颯真は何でも器用にこなせるのだが、料理だけは駄目だった。優希は颯真に出来ることがあるだけで嬉しく思っている。

 着替えようと二階にある自分の部屋に行くために階段を一段上がったとき、ピンポーンと来訪を知らせる音が鳴り響いた。

 颯真にしては早いので違う人だろうと思い、確認をする。確認すれば、制服姿の颯真がいた。

 急いでドアを開けると、困ったように微笑んだ颯真がいる。手には救急箱を持っていた。


「お邪魔するよ」

「うん?」


 いつもは着替えてくる颯真なのに、今日は着替えてない。優希は家に入れながらも颯真を不思議そうに見つめていた。


「頬を手当てしないと駄目だろ?」


 リビングのソファに座らせられ、赤くなった頬を優しく撫でられる。ソファの下に颯真は座り、優希を見上げた。


「でも、救急箱はいらなかったかな?冷やした方がいいね」


 優しく触れる頬に颯真の熱を感じ、冷やした方がいいという言葉にコクコクと何度も頷いた。

 クスッと笑みを零し、自分の家のように冷蔵庫まで行き、氷を袋に入れる。その袋をタオルで包み、颯真はソファまで戻ってくる。

 優希の隣に座り、赤くなった頬に氷を当てた。冷たくてビクッと体が反応する。


「冷たい?」

「…うん」

「優希、可愛い」

「ん…」


 颯真の問いかけにコクリと頷いたら、可愛いと耳元で囁かれ、頬に氷を当ててない方の手の指で唇の形をなぞられる。

 自分を想ってくれる気持ちの温かさを感じたくて、チュッと指を唇に当てた。

 ソファに氷の入った袋が落ちる。颯真を見れば、驚きで目を見開いていたが、すぐに息を吐き出して真っ直ぐ優希を見つめる。

 唇に颯真の指があるので彼の気持ちは伝わってくる。段々と気持ちが高ぶってきたのか、指から唇に熱い気持ちが伝わってきた。

 唇が焼けるように熱い。指を唇から離そうと颯真の手を掴もうとした手を逆に掴まれる。

 手を掴まれたまま、肩を押され、ソファの上に仰向けで倒れ込む。ソファは一人が横に寝れるぐらい大きいので体勢は苦しくはなかった。苦しくはなかったのだが、優希の心臓は今にも破裂しそうなほどバクバクと高鳴っていた。


「そう、くん?」

「…優希」


 唇に指は触れていない。触れていないのに颯真の気持ちが瞳から伝わってきそうだと思った。

 激情を含んだ瞳で見つめられれば、優希はその瞳を逸らすことが出来ずにいた。

 優希の上に覆い被さった颯真は、優希を見下ろしながら唇だけで笑みを作る。


「俺は酷い男だから」

「そう、んっ…」


 名を最後まで呼ぶ前に唇が塞がれる。

 湿った感触に今まで感じたことがないぐらいの熱い気持ち。唇が今までにないぐらいの熱を感じ、キスをされているのだと分かった。


「そうくんっ…あつ、い」


 颯真の服をしわが出来るぐらい握り締める。

 唇を離してほしいけど、離してほしくない。熱い気持ちをもっと感じていたいけど、感じたくない。

 矛盾した優希の気持ちを無視するように颯真の気持ちが流れてくる。「好き」「ずっと側にいて」と颯真の気持ちに優希は涙を流した。

 悲しくて泣いたわけではない。この涙は嬉しくて出たものだ。

 優希の涙に気付いた颯真は唇から唇を離して、舌で涙を舐めとった。


「ごめん、ごめんね。泣くほど嫌だったよね」


 涙を流した理由が嫌だったからと勘違いした颯真は顔を歪めた。

 嫌じゃない、嫌じゃないのに。そう言いたいのに言葉が出なかった。言葉の代わりに何度も首を振ったのに、颯真はソファから降りて、玄関に向けて歩き出した。


「今日は一人で食べるよ…ごめんね」


 リビングのドアを閉める前にそれだけを言い残して、颯真は出て行ってしまった。

 リビングに一人だけ残された優希は自分が言いたかったことを言えずに後悔で涙を流す。

 どうやったら、誤解が解けるのか。本当はキスをされて嬉しかったことを伝えられるのか。優希は分からなかった。どうして、こんな気持ちになるのかも分からなかった。

 颯真は大切で、彼も優希を大切にしていた。だけど、キスをする仲ではなかった。

 キスは好きな人とするもの。颯真は幼なじみ。キスをする仲ではないと分かっていても、優希は嬉しかった。颯真にキスをされて嬉しかった。


「そうくんにキスされて嬉しかった」


 言葉に出すと急激に恥ずかしくなる。きっと今は顔が赤いだろう。

 颯真が唇に触れた時に感じる想いも嬉しかった。だけど、自分の気持ちが何と言っていいのか優希には分からない。心のどこかで知っているはずなのに、見つけきれない。




 朝からどんよりとした気分になる。

 いつも同じ時間に迎えに来てくれる颯真からメールがきたのだ。今日は先に行く、と。

 その原因は昨日のキスのことだと思うと、優希は悲しくなった。寝ることもせずに一日中考えていたことを朝から颯真に伝えようとしたのに。

 一日中考えて出た答えは「好き」だということ。

 寝ていても、起きていても、何をしていても颯真のことしか優希は考えたことがなかった。それが颯真に恋をしていると気付いたのが朝に彼からメールがきた時だ。その時は凄く嫌で、自分と一緒にいたくないと颯真が思っているだけで悲しくなった。


「そうくん…すき」


 それが自然に口から出た言葉だった。

 自分が言った言葉に驚いた優希は何度も「好き」と口に出して言ってみる。その言葉はスッと心の中に入ってきた。

 それなのに、颯真は先に行ってしまったのだ。


「急がないと…」


 優希はすぐにでも想いを伝えたかった。

 今から走れば颯真に追い付くのでないかと思い、優希は家を出た。

 普段かけている眼鏡を家に置き忘れるぐらい焦っていたのに気付いたのは家から結構行ったところ。眼鏡は自分のコンプレックスの顔を隠すための伊達なので視力には影響ないが、外に出る時はいつもかけていたので違和感がある。

 出来るだけ顔を他の人に見られないように走りながら颯真を探した。大分、学校に近付いてきたところで会いたかった人の後ろ姿を見つけた。

 声をかけようとしたら、颯真の隣を歩く人物に目がいった。颯真と楽しそうに笑顔で会話をする女子生徒。その女子生徒には見覚えがあった。彼女は優希にいつも暴言を吐く人だった。

 優希は歩みを止めて二人の後ろ姿をただ見つめていた。

 もしかして、颯真は彼女のことが好きなのか。だから今日は先に行くとメールがきたのか。

 そんなことはないと優希は首を振る。昨日、キスをしたときに颯真から感じた想いがある。きっと、彼女は学校に行く途中で出会って一緒に行ってるだけだ。そう思いたいのに、優希の瞳には大量の涙が今にも溢れそうだった。


「そうま、くん…」


 今、無性に颯真の気持ちを感じたい。なぜ、自分に対する人の気持ちしか感じられないのだろう。もしも、その人が考えてることを全部分かったならいいのに。颯真が自分より彼女の方が好きだということを知ったら、諦めもつくのに。

 颯真の気持ちを知りたくて、だけど拒絶されるのが嫌だと、優希は涙をそっと流した。

 昨日の熱い気持ちは本当なのか、それが知りたくても優希は行動が出来なかった。



 それから、体調不良で学校を休み、家のリビングのソファで寝っ転がる。昨日は寝てないけど、今は眠くはなかった。

 寝て起きたら全部が夢だったらいいのにと思うが、眠くない事実が現実だと思い知らされる。


「そうくん…颯真くん。好きなの、好き」


 声に出して何度も言うと、想いが強くなり、溢れ出る気がした。

 颯真も同じ気持ちだったらいいのにと、優希は思うが朝の光景を思い出して、涙で視界がぼやける。


「そうくん…好き」

「それ、本当?」

「……えっ?」


 まだ昼前だというのに、会いたくて仕方がなかった人が目の前にいた。

 驚きで見開いた優希の瞳に困ったように微笑んだ颯真の姿が映し出される。

 姿を確認したあとに、優希はソファから勢いよく立ち上がり、颯真の胸に飛び込んだ。少しよろめいたが、颯真は胸に飛び込んだ優希を抱き締める。


「颯真くんっ、好き」


 拒絶されてもいい。颯真の気持ちが知りたいと、自身の唇を優希は彼の唇に押し当てた。

 必死に背伸びをして唇を押し当てている姿は滑稽だろう。だけど、そこまでしてまで優希は颯真の気持ちを知りたかった。


「あつい…」


 唇から感じるのは昨日と変わらない、いや昨日以上の熱を感じた。

 唇を離そうとするがいつの間にか、颯真は優希の頭を押さえ、唇が離れないようにしていた。


「優希、好きだよ…愛してる」


 うわごとのように何度もするキスの間に「好き」だと言う。

 そんな颯真の言葉と唇から感じる自分を想ってくれる気持ちに、嬉しくなって涙を流した。

 優希の頬を伝う涙を舌で舐めとり、颯真は笑みを深める。


「俺のこと好き?」

「うん…そうくんのことが好き」

「俺も優希が好き」


 好きだと耳元で囁く。

 こんなに自分を想ってくれることが分かるので朝の光景は優希は勘違いだと分かる。それでも、気になるものは気になった。それを素直に言うと話し出した。

 朝から颯真は昨日のことで優希に嫌われたと思い、一緒に行くのを躊躇った。なので先に行き、放課後になったときにちゃんと自分の気持ちを優希に伝えようと考えた。だが、行ってる途中で女子生徒と会い、告白をされたが断った。女子生徒は最後の思い出という形で一緒に登校をしてくれと言われ、それは断り切れずに一緒に登校したという。

 そして、優希が学校に来てないと分かると颯真は早退をして帰って来た。優希の父親に信用されている颯真は優希の家の合い鍵を持っていた。優希が寝ていると思い、それで家に入ってきて、今にあたる。

 それを聞いた優希は安心して無邪気に微笑んだ。


「そうくん…すき、だいすき」


 颯真の胸に頬をすり寄り、瞳を閉じた。安心すると段々と眠くなってくる。

 完全に意識がなくなる前に服の上から颯真の胸に軽く唇を当てて「すき」と呟いた。





 安心して眠る優希をソファの上に寝かせる。頭を自分の膝に乗せ、颯真は艶のある黒髪を弄っていた。


「優希、ごめんね。俺は酷い男だから」


 昨日も言った言葉を再度眠っている優希に囁く。

 颯真はさっき優希を安心させるために言った言葉は半分本当で半分嘘だ。本当は全て颯真が仕組んだことであり、偶然に事が運んだわけではない。

 昔から颯真は優希のことが好きだった。優希も颯真が好きだったと思う。なのに優希は自分自身の気持ちに鈍い。颯真のことも大切な幼なじみということしか気付いていなかった。

 それが颯真は嫌だった。自身の気持ちに気付いて、気持ちを教えてほしいと思っていた。いつか、自分だけの優希になってほしいと颯真は考えていたのだ。

 本当はもう少しゆっくりと気持ちに気付いていってほしいと思っていたが、優希は高校に入って更に綺麗になった。いつもは眼鏡と長い髪で顔を隠しているが、本当は愛らしい顔をしている。

 艶のある黒髪にぱっちりとした二重の瞳。潤んだときに見つめられたら、どうしようもない気持ちが溢れる。

 こんな姿を他の人に見せたらいけない。自分だけしか見せれないようにしたい。

 優希は小学生の頃に男子からからかわれていた。それは好きな女子をいじめてしまうということだ。

 あのときに、唇に肌が触れると気持ちが感じてしまう優希に、男子の肌が触れないようにどれだけ頑張ったのか優希には分からないだろう。

 そんな颯真の努力で優希は颯真以外の男子を避けるようになった。しかも、優希は可愛かったから女子からも妬みの対象になっていた。

 そのことで、更に颯真しか自分を好きじゃないと思った優希は颯真から離れないようになった。

 優希を手に入れる最後の仕上げというように、颯真は今まで助けていたいじめをあえて助けなかった。

 殴るときに優希の唇にかすりぐらいはするだろうと考えた。女子たちの悪意を感じ、ますます優希は自分から離れないようになる。そして、自分をいじめていた女子と一緒にいるところを優希が見れば、優希は気付くだろう。自分の気持ちに。

 それを颯真は待っていたのだ。優希が自分に「好き」と言うことを。


「俺は本当に酷い男だ…だけど、そんだけ優希が好きなんだよ」


 柔らかい優希の頬を撫で、顔を近付ける。チュッと、こめかみに唇を落とした。

 んぅ、とうねり声を上げ、ゆっくりと優希が目を開ける。


「そうまくん…すき」


 まだはっきりと目を覚ましてない優希に愛しさがこみ上げてくる。

 好きだ、と伝えるように颯真は優希の唇に優しく自身の唇を合わせた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 唇の設定が面白い。 この設定無しでも面白いものが書けたと思わないでもないですが、うん、お陰様で幸福感がたっぷりになってましたね。 幸せなのは良いことです。
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