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其の十五:少年魔術師と鏡の魔女


 どうやらクレノは試合に勝ったらしい。

 ついさっきクレノから――


 「聞いてくれよ、オレ試合勝ったぜ!」


 と言われるまで完全に忘れていたのだがそれを正直に話すと――


 「なあ、オレの扱いって酷くね?主に出番的な意味で……」


 とか言われたのだがまあ、それは別の話である。

 スピンオフとかあったらいいネ☆


  閑話休題。


 正直、今の俺はそれどころではないのだ。

 なんてったって今日はリーラとの試合の日なのである。

 そして図らずも俺には負けられない理由が出来てしまった。


 実はスクオット戦の後、あれから結局目家に帰るまで目を覚まさなかったグリーティアと――


 「申し訳ありません、お父様……負けてしまいました」


 「いやいや、気にすんなって。そもそもたかが学校行事なんだし負けたくらいでそこまで気負うなよ」


 「そうはいきません…!だって、お父様と法国に行くと約束したというのに――」


 「あ、あぁそんなこともいってたねー(汗」


 「でもお父様、お父様が勝てば一緒に戦う事は出来ませんが法国にはたとえ応援だとしても…」


 「うん?なら別にリーラでも良くない?どっちにしてもアイツが勝てば応援にはいくんだし」


 「何を言っているんですか!」


 「ひぃっ!?」


 「次のリーラさんの対戦相手はお父様ですよ?確かにリーラさんが勝っても法国へは行くのでしょう、しかし私はリーラさんには申し訳ありませんが例えリーラさん相手でもお父様が負けるところなど見たくは無いのですよ…?」


 「お、おぉ…そうか――」


 「ですから、明日の試合は頑張ってくださいね?」


 「ま、まかせときなさーい!(滝汗」


 ――という会話が繰り広げられていたのである。

 因みにその時リーラは自室にこもって何かしていた為この場にはいなかった。


 他の――グリーティアからしたら――見ず知らずの輩に負けるなら兎も角としてまさかリーラ相手でもあそこまで言うなんて思いもしなかった。

 勿論、スクオットの事なんかもあってここで負ける心算も無かったがいやはや、よもやこんなことになろうとは……。

 厄介だなぁ……。


 しかしながらそんな風に思ったところで時間操作でもしない限り時の流れが遅くなったりとかする筈も無いのだ。

 スクオットの様にやっても良いのだがアレはものすごく疲れるのだ。そもそも時間操作は魔術師数百人規模の大儀式魔法でありそれでも成功率は五割未満なのである。いやはやそれを1人でやってのけるスクオットといったら…あいつが凄いのやら「杖」が凄いのやら――

 そもそも単騎での時間操作なんて出来るのはスクオットを除けば俺か『第一位』の爆裂オヤジか位のものだろうし。


 さあ、そうこうしている間にそろそろ時間である。

 あーあ、どうやって勝とうかねぇ。


 そうやって酷く気怠そうに控室を後にする。

 何はともあれ、やるしかない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 『ランクC魔術師(ウィザード)』――リーライト・ファルヴィム。

 『通し名』――『完全反射(リフレクション)』。

 使用属性、〈無〉〈光〉〈水〉の三属性魔術師(トライウィザード)


 主な戦闘スタイルは腰に佩いた細剣(レイピア)での近接戦闘を得意とし、中でも突進技のキレは目を見張るものがある。

 魔法(アーツ)に関しては主に補助程度、細剣の威力増幅や身体機能の向上、〈光〉属性魔法の回復系等を使っていくようだ。

 理由としては彼女の《超特殊属性》とでも言うべきあの『鏡』が原因である。


 『鏡』の特性上一度の発動には莫大な魔力(マナ)が必要になる。

 いざ発動しようとした時に他の魔法の打ち過ぎで魔力切れを起こしては折角の『鏡』も無用の長物だ。

 それにリーラは決して魔力量の多い方ではない。

 平均以下とまでは言わないが同クラス帯で見れば少ない部類に入るだろう。

 そこがリーラの魔法に頼り切らない戦闘スタイルの原因だ。


 一見遠距離から上位魔法を矢継ぎ早に打ち込めば勝てそうな気もするがあの『鏡』のせいでそうもいかない。

 いざデカイの一発ぶち込んだら見事跳ね返されて俺終了のお知らせ何て事になりかねないから迂闊に高火力の魔法を打ち込めないのだ。

 それこそ何時かのエディの様な事になる。

 そういう点からしてみればリーラの戦闘スタイルは理に適っているといえる。

 離れて打てば『鏡』の餌食、近付いて打てば自身を巻き込みかねないうえに細剣特有の素早い連続技によってそうそう強力な魔法なんて打たせてもらえない。

 一対複数となった時にはやや辛いであろうが一対一(サシ)となればかなり完成された戦術だ。


 ああそう、リーラの『通し名』に関してだがあの試合の後何処の誰だか知らないがそいつが言い出したのが切っ掛けであっと言う間に広まってしまったらしい。

 その時の何とも頭の痛そうな顔は今でも記憶に新しい。

 フフフ、己の意にそぐわない『通し名』が世に広まっていく苦しみ……とくと味わうがよいわ!


 ――それにしても『通し名』って一体誰が考えんのかね?

 世の中にはおかしな才能を持った奴がいるものである。

 高ランクの魔術師の『通し名』なんて全大陸に広まっているレベルだというのにこれで別に公式な二つ名とかではなくあくまでも世間様からの通称――渾名のようなモノというのだから存外恐ろしい話であると思うのだが。


 と、色々と考えながらも俺は会場の真ん中あたり――選手の会期位置に到着した。

 リーラはまだ出て来ていないが審判は既にいる。

 例によって例の如く、何時のも審判さんだ。


 それにしてもかなり時間がかかってるな……。

 実は昨日の夕食の後、丁度最初の方であった俺とグリーティアのやり取りの少し前あたりからリーラは自室にこもってしまいそれっきり今朝も顔を合わせていない。

 こんなことは今までなかったと思うが――まあそんな日もあるか。

 理由があるのならこの試合の後にでも聞けばいいだろう。


 と、そうこうしている内に正面の選手入口からリーラらしき人が入ってくる影が目に入る。

 お早い到着ですね、位の嫌味を言ってやろうかと画策していた俺であったがそんな言葉は喉をついて出る直前にすら至事無く、その考えそのものすら頭の奥底で霧散してしまった。

 代わりに開いた口がふさがらない。

 文字通り、唖然である。


 「おい、お前……その格好――」


 いや、果たしてあれは本当にリーラか?

 最初に思い浮かんだのは『真逆』である。

 何時もの真っ黒で簡素な軍服姿ではなく、白。

 それも純白である。


 全身白いタイトなスーツのような――というよりも元のデザインはもしかしたらこれも軍服かも知れない。――ではあるのだが何処か気品の様なものまで醸し出していた。

 元のデザインは軍服かも知れないといったが上着の裾が前面はベルトの辺りだというのに構面は先に行くにつれて細くなるようにふくらはぎ近くまで伸びている。所謂、燕尾服というものに近い。

 そして胸部尾を覆う様着けられた白銀の胸当て(プレート)

 全体的に野戦向きとは言えない様な感じだが服の生地そのものはかなり頑丈そうでこの辺りからもキチンと戦闘服らしさが現れている。

 いつもと同じなのはその髪や瞳の色、腰に佩いている細剣位だろう。

 雰囲気や纏っている空気感すら、何時のとは比べ物にならない位鋭く研ぎ澄まされている。


 「この戦装束はね、ファルヴィム家(ウチ)に代々伝わる物なの。ここぞという時に着る決意の装束なんだって」


 そこで一度切ったリーラは僅かに空御仰ぎ見、1つ深呼吸をした。


 「レイシャルト・ガウディノル、命を助けて貰った時の借り――今此処で返します。全力で戦い、そしてあなたに勝つ!」


 なるほどそう来たか。これで部屋に籠りっきりになっていた理由が分かった。

 この試合の準備の為だったのだろう。


 でも借りを返すといってその方法が自身最大の敬意を表した全力の戦闘とはリーラらしいと思う。

 正直言ってリーラの心境なんぞ幾ら考えたところで俺に分かるとは到底思えないし、それに俺はあえてそこに触れようとも思わない。

 ただ理解しているのはリーラは俺に全力で挑み、そして勝つと言っている事である。

 それ以外に何が必要か。

 ならば――


 「――俺も全力で相手をしよう、言っとくがそう容易くないぞ?」


 「知ってるわ、そんな事」


 ならもう何も言う事は無い。

 後はただ、ぶつかり合うのみである。


 俺は両方の腰から剣を抜き、だらりと下に提げながら半身になり、腰をゆっくりと落す。

 リーラは細剣を音高らかに抜き去り、腰溜めに構え、同じく腰を落とす。


 頭の奥がジン、と痺れるような緊張感。

 次第に呼吸の音までもが鮮明に聞こえ始める。

 緊張感は引き絞られた弓の様にギリギリと音をたてながら張り詰め解き放たれる瞬間を今か今かと待ち続けていた。


 緊張感も頂点(ピーク)を迎え、呼吸の音以外の雑音が次第に遠ざかっていく中、耳の奥で鮮明に審判の掛け声が鳴り響いた。

 限界まで引き絞られた弓が弾かれる様に駆け出す俺とリーラ。

 走り出しは全くの同時、スピードも互角。

 リーラは右手に持った細剣を逆袈裟に、俺は同じく右手に持った剣をその対角線上から斬り上げた。

 ぶつかる刃、飛び散る火花、鳴り響く剣戟――

 一瞬の時間が限界まで引き延ばされてゆく感覚――

 図らずも、俺もリーラも魔力を一切使わない純粋な己の力のみによる一太刀であった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 お互いに全力で振り抜いた刃は等しく弾かれ合った。

 即ち力比べは引き分けである。


 幾ら体格や武器(エモノ)の重量が勝っていたところで剣というものは基本的に速く振れば速く振る程威力は上がるし、振り下ろす方が力も速度も乗せ易い。

 だからこそ一見リーラよりも力のありそうな俺が一方的に競り勝つのではなくほぼ同威力でお互い弾かれるということが起きるのだ。


 まあそれにしたって多少意外ではあったが。

 あの細剣でここまで重い――しかも突きではなく斬撃とは。

 あの一太刀がどれ程の速度で繰り出されたのかいやという程理解させられる。

 別に嘗めてかかっていた訳ではないがこれは認識を改めざるを得ないだろう。


 それと同時に腹の奥底で沸々と湧き上がり、昂ってゆく感情がある。

 これは――そう、悦びだ。

 強敵と合間見えたが故の、圧倒的な悦びの感情。

 邪な感情など一切含まない純粋な闘志。

 これから繰り広げられるであろう全身の血液が沸騰する様な試合を想像するだけで身体の芯が歓喜にぶるりと震える。

 俺は自身の事をそこまで感情的な者だとは思っていなかったのだが、それは誤りだったのだろうか。

 それほどまでに俺は先程のたった一合に魅せられた。


 半ば無意識に魔力を一気に練り上げる。

 リーラもほぼ同時に魔力を高めていくのが分かった。


 「――その速度は矢の如し、纏いし御衣は神速の加護を与えん《――光矢が如き神速の御衣リナシュ・ラ・スピーナク》!!」


 詠唱の直後、リーラが――『消えた』。

 いや、『消えた様に』見えたのだ。


 ザッ、という極めて微かな砂の音のみを頼りにして咄嗟に剣をその音の方向へ向ける。

 そして襲い来る尋常ではない衝撃。

 剣こそ取り落さなかったものの衝撃で手がすっかり痺れてしまってる。


 何が起きたのかは大体理解できた。

 激しくノックバックされた体勢を無理やりジャンプすることで立て直す。

 そして、衝撃を生み出したであろうその源へと目を向けた。


 そこには悠然と立ち、その身に白光を纏ったリーラの姿があった。

 何も難しい話ではない。リーラの使った魔法は〈光〉属性身体強化系統の速度強化魔法、それの最高位魔法だ。

 俺も良く知っているし、勿論使える。

 発動に必要な魔力はほかの攻撃系統の最高位魔法に比べれば遙かに少ないし、効果も申し分ないかなり優秀な魔法だ。

 それに〈風〉属性の速度強化魔法と違って自重を軽くすることによって速度の上昇効率を上げている訳ではないので攻撃力が落ちる事も無い。

 その分発動の難易度は高いのであるが。

 学校の教科書にすら載っている――載っているだけで使えるかどうかは別問題――魔法というだけあって一切無駄の無い洗練された魔法だ。


 要するに俺がリーラを『消えた』と認識したのは実際にリーラが消えたわけではなく、そのあまりの速度に目で追い切れなかったために瞬間的に『見失った』のが原因だ。

 正直に言えば動作どころか動き出しすら見えなかった。

 身体強化は術者本人の身体能力に依存する部分があるため、リーラの身体能力の高さがあれ程の速度を生み出しているといっても過言ではない。


 全くと言って良い程芳しくない状況だ、有体に言えば若干のピンチである。

 幾ら魔力を練って身体機能を底上げしているからといって流石にそれだけではあの速度に張り合おうなんて出来る筈も無い。

 かと言って魔法を発動させるにもその隙が無かった。

 今の俺とリーラの距離は約2m、あの速度について行こうと思えば必要な魔法は相当上位の速度強化魔法が必要だ。

 それを無詠唱(スペル・レス)で発動なんて非現実的な事は出来る訳無いのでどれだけ短縮しても即詠唱(ワン・スペル)が限界、そして詠唱するにはどれだけ早くても最低2秒程度の時間が必要になってくる。

 2秒と云えば一瞬の様なものに感じるが今のリーラには2秒もあれば俺の事を3回斬り捨てたって余裕でお釣りがくる。

 要するに魔法なんて発動する暇ねーよ。

 くっそー、先手取られたのが痛かったなぁ。


 まぁ、だからといって方策が無い訳ではない。

 速度で張り合おうとすれば微塵切りにされて俺、終了。

 何もせずこのまま斬り合っても恐らくそうかからずに細切れの完成。

 ならばやる事は一つだ。

 速度で張り合わなければいい。


 勝負は一瞬、千分の一秒でもずれればそこで終了。

 集中力を極限まで高めていく。


 程無くして、リーラが一気に地面を踏み抜いた。

 ドンッ、という人間が出すには少々迫力のあり過ぎる効果音と共にその姿がぶれるほどの速度で迫って来る。

 横移動なら兎も角一直線にこちらへ向かっているのに視界に映る姿がぶれてしまうのだから凄まじい話である。


 極限の集中で高速化した思考が無理矢理に身体を動かす。

 一瞬を何倍にも引き伸ばした様な感覚の中、リーラとの距離は刻々と狭まっていく。

 そして、今にも剣を突出そうとした瞬間――


 ベルトのバックルを左に少し回転させるとクラッカーの何千倍かという炸裂音とあまりにも強烈過ぎて視界を白どころか赤熱させるような閃光が一気に弾けた。


 そう、これこそ俺がいざという時の為に仕込んでおいた対魔獣用秘密兵器。

 超強烈閃光炸裂装置、その名も――『ウルトラねこ騙し』だ。

 装置の仕組みはいたって簡単。俺が魔晶石に超強力な閃光と爆音を発生させるように魔法を組み込み、それをバックルに装着しておく。

 それがベルトのバックルを回すと同時に割れ、即効魔法発動!ウルトラねこ騙し!!となる訳である。

 これをまともに喰らった場合、失明や鼓膜の破裂どころかショック死もあり得るという実はかなり危険な代物だったりする。

 そもそも俺がこれを採用したもの光と音というものは生物が本能的に畏怖するもっとも原始的な物の1つだからだ。

 勿論それは魔獣も例外ではない。

 だが上位の奴らになってくるとこのウルトラねこ騙しでも微動だにしない奴もいるのでこの装置はマジで勝ち目がない時に逃げる為の一瞬の隙を作るホントの意味での最終兵器なのだ。

 あ、因みに発動の際に一番近くにいる俺が一番危ないというのは皆さんお気づきだとは思うが心配しないでもらいたい。

 その為に『ベルトのバックルを回す』という動作で視覚遮断と聴覚遮断の魔法を自動発動出来る様に詠唱動作(スペル・アクション)で刷り込みをしてるから問題ないのさ!

 この俺に抜かりはない!(ドヤ顔)


 視覚遮断のせいで一切物が見えなくなってしまうのは仕方ないが逃走なら逃げる方向を確認しておけば問題ない。

 そしてこの場合は、例え視覚はなかろうと魔法は発動出来るのだ。

 流石のリーラも光や音より速く動くなんてことは出来ない。

 そしてこの一瞬は俺にとって何よりのチャンスとなる――!


 「《――刹那の神風たる加護フィドム・ラ・ファステシオン》!!」


 俺を中心に疾風が渦を巻く。そしてふわりとした〈風〉属性の速度強化魔法特有の浮遊感に包まれた。

 本来のスピードから負けているリーラに張り合うにはあれ以上の速度強化が必要だ。

 多少攻撃の威力が落ちようともそれは手数でカバーすると割り切った。


 激しい閃光が収まると同時に視覚遮断、聴覚遮断が解かれ周りの情景が再び五感によって認識され始める。

 見れば少し離れた位置にリーラが立っている。

 少し眩しそうに顔をしかめているが視界はまだ効いているようだ。

 持ち前のスピードで目と耳を塞いだ上で咄嗟に飛び退ったのだろう、あわよくばこれでパニックにでもなって魔法が解除されれば――なんて思っていたがそこまで上手くはいかないわな。


 仕切り直しとばかりにお互いに腰を落として構えをとる。

 そしてこれまた同時にお互い地面を踏み抜いた。

 リーラの爆音紛いの足音とは対照的に俺の蹴った足音はほぼ無音では無いかという程軽く小さなものだった。


 そう何度も先手をとれせる訳にもいかない。

 踏込の勢い意のままに上体を大きくねじり、回転の勢いを付けて俺は右の剣をふるった。

 空気を切り裂く刃は余りの速さに風切の音すら置き去りにする。


 対照的にリーラはほんの僅かに上体を傾けながら細剣をかざし、ものの見事に斬撃を受け流した。

 ここで体勢を崩せばたちまち一太刀喰らうのであろうがそうはさせない。

 受け流されて移動した重心を自らの意思でさらにずらす。

 地面に倒れ込むような形になりながら蹴り足を出し、その反動で体勢を立て直す。

 蹴りを避けたリーラはすぐさま鋭い突きを放つが今度は俺がそれを受け流した。


 リーラは重心がながされ、体勢を崩す。

 チャンスとばかりに俺は魔法を放った。


 「《――炎よ(ファイア)》!」


 攻撃目的というよりも相手をより不利な体勢に持っていくための牽制のような目的で放ったのだがこれは失敗に終わった。


 俺が放った魔法の炎をリーラが睨み付けると来た道をそのままの勢いで帰る様に炎が弾かれたのだ。


 「――うおっ!?」


 咄嗟に自分の魔法を躱す。

 これによってまたリーラとの距離が開いた。


 間違いなく『鏡』の効果なのだろうだこんな使い方も出来るとは……。

 今までは「リーラに触れる魔法」を弾くのが『鏡』の効果だと思っていたがそうではなく「リーラが認識した魔法」を弾くのが正しい効果らしい。

 これならまだ30cm程距離があったにもかかわらず魔法が弾かれたことの説明が付く。

 だがこの「距離」も決して無制限ではない筈だ。

 離れれば離れる程『鏡』を展開する範囲も広がる為魔力の消費は増えるだろうし制御の難易度も上がる。


 次に仕掛けて来たのはリーラだ。

 踏込と同時に恐ろしい程の速度で剣をふるう。


 右、左、一度身体を捻って正面の突き、そして斬り上げ、返す刃で斬り下ろし――

 流れる様な連撃を喰らわないように必死に受け流し、躱していくのだが一撃がかなり重たい。

 あの細身の剣では信じられないような一太刀の圧力だ。


 一秒の間に三度は斬り結ぶ様な高速戦闘。

 絶え間なく剣戟が鳴り響き、火花が飛び散る。

 此方は二刀流なのだから手数では本来有利な筈だがリーラの攻撃が速過ぎるために手数は全くの互角である。

 寧ろ一瞬でも気を抜けばあっという間に押し切られるだろう。


 リーラが繰り出した強烈な突きに大きく後ろに飛ばされた。

 体勢こそ崩さなかったが、一瞬生まれる停滞の時間。

 それをリーラは逃さなかった。


 「――貫け閃光!《――光破一閃・刹那突き》!!」


 細剣が白銀の光を纏い、突き出される。

 来る――と思った時には既に終わっていた、そんな印象だった。

 細剣が光ったところが目に入った時には既に攻撃を受けていた。

 反射神経のみで無意識に剣を交差(クロス)させて防いだ為直撃こそしなかったものの相当のダメージを受け、剣も一本弾き飛ばされた。


 剣を弾き飛ばされるなんて一体何時振りだろうか。

 吹き飛ばされて背中を地面に打ち付けた事によって肺の中の空気を総て強制的に吐き出しながらふと思った。


 これは、腹を括るしかないかなぁ――


 仰向けにされ、視界一面に映る空から光るものが降ってくる。

 それは弾かれた俺の剣で、剣はそのまま顔の左側――頬から5㎝も離れていないところに突き立った。


 仕方ない、こうなってはやるしかないだろう。


 震える膝に鞭打って地面に突き立った剣を杖代わりに起き上がる。

 地面から剣を引き抜くと同時に覚悟を決めた。

 左手の剣を鞘にしまい、右手の剣一本を握り締めて俺は言葉を紡いだ。



 「――主より腕輪に告ぐ、魔力制限機構第一領域における結界を解除する――第一封印、解除」



 パキンッ、というガラスの割れる様な音と共に左手の腕輪が金に染まっる。

 そして吹き荒れる魔力の嵐。

 足元から吹き上がる烈風は今までも魔力がお遊びに見えるほどの圧力を秘めていた。


 「あーあ、遂に引き摺りだしちゃったわ、それ」


 緊張の中に僅かな笑みを浮かべてリーラは言った。

 それが本心から来る笑みなのかはたまた虚勢なのか、それは分からないが。


 「俺の魔力制限を解除させたのはココの学生じゃあリーラが3番目だなぁ……」


 1番目はスクオット、2番目はエディだ。

 クレノ相手にも解除したことはあるのだがその時は少々特別な事情があったためこの時は数えていない。

 まあ学生に限らなければ結構いるんだけどな。

 ほら、デュノアとか親父とか魔獣相手とか――


 でもまさかこの大会中に決勝以外で制限解除しなくてはいけない程追い込まれるとは思ってなかったなぁ。

 流石はデュノアに選抜された精鋭集団、《黒の軍》の一員というべきか。

 俺もまだまだである。


 「さあ、いくとしますか」


 そう言ってから俺は剣を一振りした。

 それだけで大気が掻き回されて猛烈な風が生み出される。

 まだこれで五割だというのだから俺ってやつは本当に大概である。

 流石は龍と人のハイブリット人外。

 まだ人間だった時は五割じゃあここまででは無かったぞ?


 そんな何度目かも分からない様な自身の人外さを確認する思考を脳味噌の奥底にしまって地面を少し強めに蹴った。

 ズドン、という大砲の様な音と共に身体がそれこそ大砲の様な速度で走り出した。

 ただ魔力を限界まで全身に練り込んだだけでそこらの強化魔法を遙かに凌ぐ効力を生み出し、リーラとの距離を一気につめた。

 そしてただ単純に剣を振り下ろす。

 それだけで、地面が大きく割れた。


 直前で飛びのいた為に無事だったリーラも目を見開いている。

 この位で驚いてちゃ、最後までもたないぜっ――!


 剣を仕舞って空いた左手をリーラへかざす。


 「《――破壊の大雷撃ジェノサイト・シェイカー》!」


 スパーク音が鳴り響き、左手に溜め込まれた大電力が一直線に解き放たれた。

 先程剣を仕舞ったのは何も手加減とかそう云う訳ではなく、ただこの様に魔法とのコンビネーションをやりやすくするためだ。

 この方が解放された魔力を効率よく使いやすい。


 〈風〉と〈光〉による〈特殊属性・雷〉の魔法が紫電を撒き散らしながら破壊のみを目的にリーラへと殺到した。


 「――弾けっ!!」


 だがしかし破壊の雷も目的を果たす事無く『鏡』によって弾き返されてきた。

 でもこれは想定内、この後こそがこの魔法の本命――!


 弾き返された雷が術者である俺にそのままの勢いで向かってくる。

 俺はそれに向けて右手で握った剣を突き立てた。


 「《――魔力吸収(マナ・ドレイク)》!」


 切先で雷が渦を巻き、排水溝に吸い込まれる水の様に剣へと引き摺り込まれていった。

 そしてその圧倒的な破壊のエネルギーは刀身を包み込む紫電の刃に生まれ変わった。

 この魔法は何かしらの媒体を用いて術者の制御できる範囲の魔力を吸収し、吸収した魔力によってその媒体を強化する事の出来る魔法だ。

 誰でも使える反面、魔法の効果は術者の力量にこの上なく左右される為大きな効果を発揮しづらい魔法でもある。

 俺の場合、魔法に関してはもともと俺が発動したもののため問題なし。そして使用した媒体はこの剣だ。


 剣を強化してどうするって?

 勿論この行為にも意味がある。

 そしてリーラには悪いがこれで極めさせてもらうぜ――!


 「――月夜に轟く雷鳴は数多の刃で地を穿つ《――月下雷鳴・雷刃乱れ裂き》!!」


 魔法の発動と同時に俺の身体はリーラへと向かって突き進んだ。

 その動きは今までのどの動作よりも速く、鋭い。

 そして剣の届く範囲にはいった瞬間、無限とも言える斬撃の嵐がリーラへと襲い掛かった。


 一秒の間に軽く三十回は繰り出される紫電を纏った刀身は眼前の『鏡』をひさすらに斬り続けた。

 剣本体は違えど纏った雷は魔法であるから当然弾かれているのだがそれすらも上回る速度の斬撃で打ち返されたものごと斬り刻んでゆく。


 リーラの『鏡』が魔力の続く限り魔法を自動的に反射し続ける魔法であったら正直言って勝ち目は薄かった。

 だが『鏡』は自動的に魔法を反射している訳ではなく、「リーラが魔法と認識したものをリーラの意思によって弾く」というのがこの魔法の本質だ。

 だからこそ一度俺の炎を弾いた時も無理な体勢にもかかわらず「見る」という動作を選択したのだ。

 そしてこの事実は一見魔法に対して絶対的な力を持っているかに見える『鏡』の弱点ともいうべきものだ。


 そこで俺はこの魔法に勝負をかける事にした。

 本来《月下雷鳴・雷刃乱れ裂き》はもう一段階の制限解除を必要とするかなり要求魔力の多いものなのだがその分威力も凄まじく、俺の使える魔法の中では最高峰の攻撃速度と威力、攻撃回数を誇る。

 俺がいかにして魔力を補ったかと云えばそれはもう分かっているかと思うが「リーラに弾いてもらった魔法を吸収して補填する」という方法をとった。

 幾ら魔力量が多くとも一度に練れる魔力には限界があるし、それは俺だって例外ではない。

 ならば外から持って来るしかないだろう。

 この魔法の発動が成功したのもひとえに『鏡』があったからであり、そうでなくては発動は不可能だった。


 さて、それで何故この魔法にしたかと云えばそれは『鏡』の反射そのものを無効化する為だ。

 正確には反射自体をさせないようにする、というべきか。

 『鏡』による反射はリーラが対象を認識しないと発動されない。

 ならば「認識させなければいい」のだ。


 音の速さに迫ろうかという斬撃の嵐を――しかもその一撃一撃が必殺の威力を秘めているという状況、そんな中で太刀筋の一つ一つを認識し、反射するなんていう芸当は人間であればまずできない。

 人外でもどうか怪しい。

 そうなれば斬撃を、というよりもこの攻撃そのものを――という認識で反射せざるを得ないのだがそれで総て弾けるほど生易しい手数ではないのだ。

 反射の対象からはみ出す斬撃の当然出て来る。

 そして『全体の反射』何ていう無茶な芸当は当然精神をすり減らし、『全体』という認識すらも阻害していくのだ。

 簡単に言えば集中力が切れた瞬間、魔力はあったとしても『鏡』による反射はその効果を失う、という事だ。

 今この瞬間にもじわりじわりと攻撃が通り始める。


 そして限界が訪れた時、ピシリ――という効果音と共に空間に亀裂が入った。

 『鏡』と定義した空間に認識が追い付かず、不和が生じた為に『鏡』そのものが維持できなくなったためだろう。

 亀裂は見る見る広まり、最期には大音響と共に砕け散った。

 それを待っていたかの様に殺到する無数の雷。


 勝負は今まさに決した。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 気を失ったリーラを医務室に届け、自分も休憩所のベンチに腰を下ろす。

 うん、『鏡』の攻略に重点を置く余り魔法の威力を度外視しすぎた。

 アレは本来エンペラー・ウルフとの一戦の後に「対神獣用」として身に付けた魔法なのだ。

 それを直撃寸前で思い出し、咄嗟に剣の軌道を変えなければ冗談ではなく文字通りの微塵切りを作ってしまう所だった。

 幸い衝撃波と僅かな電撃のみが当たったリーラは多少怪我はしたものの気を失っただけで済んだ。

 後先考えなさすぎるのも大問題だな、どうも制限を解除すると歯止めが効き辛くなる。

 だからあまりやりたくないんだよなぁ――


 誰もいない事を良い事にベンチを丸々1つ占領して寝転がる。

 あー、疲れたわぁ……。

 目を瞑ればすぐさま夢の国に旅立てそうだ。


 そんな事をぼんやり考えていると視界の端の方から何かがひらひらと落ちて来るのが目に入った。

 あれは――紙切れか?


 落ちてくる紙切れのようなモノをぼんやりと眺めているとポン、という軽い音と共に紙切れが爆発した。

 別に何も危険は無い様な爆発だったが突然の事だった為に慌てて飛び起きる。

 すると丁度手にうえに折り畳まれた封筒大の紙が落ちてきた。

 それを目にして思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 紙の表紙に書かれていたのは『果たし状』という文字、裏にはスクオットのフルネーム。

 ああそうだ、アイツはこういう奴だった。

 頭は良いくせに行動の何処かしらがアホなのだ。

 何だよ『果たし状』って、意味わからんだろ。

 アイツまだクレノとの試合が残っているはずなのにそんな事お構い無しか。


 中身に関してはどうせ本気で来いだの次こそは俺が勝つだのと聞き飽きたようなことが延々と書かれているのだろうからまぁ、読む必要はないな。

 ぐしゃりとそれ(・・)を握り潰して乱暴にポケットに突っ込んだ。


 ヤル気なのは構わないが俺の幼馴染との勝負を蔑ろにしたのは戴けないよなぁ。

 でもやっぱスクオットが勝つのだろう。クレノも強いがスクオットとの差は余りにも明確と言わざるを得ない。

 (グリーティア)の借りもあるという事だし決勝では一丁コテンパンにしてやりますか。


 背伸びをしてからリーラとグリーティアを迎える為に歩き出す。

 今日は帰ってゆっくり休もう。

 勝負に備えて身体を休めるのも重要な仕事である。


 決勝での試合は間違いなく一番の激戦になるだろう。

 しかしまぁ、何となくだが厄介だとは言う気にならなかった。

 それだけ俺もやる気だったのかもしれない。


 ただどうしようもなく漏れるため息だけは、止めようが無かったのだが。



意見、感想等何でも遠慮なくお寄せ下さい。

後書き的な物は活動報告にて。

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