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其の十四:四大元素と古代龍


 『ランクA魔術師(ウィザード)』スクオット・デアン・エルフォード。

 『通し名』――『四大元素(エレメント)』。

 使用属性、〈火〉〈水〉〈風〉〈土〉〈無〉の五属性魔術師(フィフスウィザード)


 完全な人間族(ヒューム)でありながら相当な量の魔力を保持し、操作技能もかなり高い。

 王国内では15名いる『ランクA魔術師(ウィザード)』の中での序列は『第十二位』、下から数えた方が早いのではあるがこれは王国自体が魔術師先進国であり他国よりも魔術師の質がやや高い為や年齢自体が若い為で大陸全体で36名いる『ランクA』の中では中位から上位に掛かる程の実力者である。

 因みに『ランクA』の分布としては先にも述べた様に王国15名、帝国4名、共和国3名、合衆国4名、法国10名。

 これだけ見ても王国の魔術師水準の高さが見て取れる。

 ただ、他国もそれぞれ「得意分野」があり力関係ではおおよそ拮抗しているのが現状だが。


  閑話休題。


 大陸全土の魔術師の中でも屈指の実力を誇るスクオットであるが彼の魔法で特徴的な事は〈特殊属性〉を一切使用しない事だ。

 全部で5つの属性を操るスクオットはその気になれば際限ない程の魔法バリエーションを発揮する。

 しかし、詳しい所は本人のみぞ知る、で良く分からないのだがポリシーなのか何なのか彼は基本属性のみ――上位属性すらも使わない――で戦闘を行うのだ。

 実際、使用属性の多さはそれだけで大きな優位性(アドバンテージ)があるものなのだがそんな事はお構い無しらしい。

 しかしそれで何かしらの不利(デメリット)があるのかといえばそんな事も無く、繊細かつ大胆な魔法は数の利などものともしない程の威力がある。

 得意分野は特になし――というよりも恐ろしく万能(オールマイティ)な為得意分野なんてものが端から存在しないだけなのだが。


 以前一度手合わせした際にはかなり苦戦させられた。

 正直制限を2つ(・・)程解除しないと勝てない程だった。

 解除したから勝ったけど。


 経歴も、全くの不本意ながら派手さの目立つ俺のせいで些か霞んでしまっているのが現状だが年の割にはあり得ない程の戦果等を残していたりする。

 ただスクオット本人は余り人前に出たがらず、その姿を見る事は殆どない。

 偶に外に出た時も砂色のローブを目深に被りかなり陰鬱とした雰囲気を周囲に撒き散らす。

 その為、普段お目に掛かれない希少性も相まって若干の妖精(?)的な扱いを受けていたりいなかったり。

 「スクオットの姿を見たらその日は良い事あるぜ」的な奴である。


 そんなトンデモ魔術師――俺が言うのも何だが――にたとえ試合であっても相対したいと思う奴はそうはいない。

 エディとかは別だが。

 あとは良く分かって無いリーラやグリーティアか。


 まあそのグリーティアも人間族じゃないどころか古代龍なんて言う神話級の存在な訳で、果たしてこの試合どうなることか。

 そんな俺の思考を余所に審判の声音が響き、戦いの火蓋は切って落とされた――


 ◇◆◇◆◇◆◇


 「《――紅蓮は大地を(クリムゾン・)燃やし尽くす(バーニングアウト)》!」


 日光を浴び、魔力を帯びて白く輝く短杖(タクト)から大きな魔力が打ち出される。

 それは見る見る間に巨大な紅蓮の火球と化し正対するスクオットへと殺到する。

 単純にこれからの結果だけを予想するなら火球は到達点の地面を抉り、巨大なクレーターのみを残して後には灰すらも残さないだろう。


 だがしかし、結果は得てしてそれほど単純には導き出されない。

 ローブを目深に被ったスクオットは今にも総てを焼き尽くさんと肉迫する火球へ頭に4枚の刃、柄に鋭い杭を携えた異形の杖を掲げた。

 俯けられた顔が上がるがフードの陰に良くは見えない。


 絶対的な破壊力を秘めた火球が今まさに大地を焦がそうとした時、スクオットによって掲げられた杖の先端から莫大な魔力の奔流が噴き出した。

 魔力は閃光となり火球はおろか、周囲の総て覆い尽くす。

 せめぎ合う魔法(アーツ)による烈風が吹き荒れ、視界を奪いきる一瞬前、スクオットのフードが風によりとれた。

 そしてほんの一瞬だけ見えた彼の横顔は、僅かではあるが確かに笑っていた――


 ――――――――――――。

 ―――――――――。

 ――――――。


 風が止み、閃光が収まって俺は咄嗟に瞑った目を徐々に開いた。

 あの野郎、何したか知らんが周りの事も考えろっての。

 眩しすぎて頭痛いわ。


 「う、ぁああ・・・なんなのよ~もう」


 俺の隣でも抗議の声を上げているのが1名。

 てかリーラってこの光も弾けんのかな?


 目をごしごしとこするリーラを横目に視線を競技場へ戻そうとして――


 「双方構え!」


 ・・・・・・あれ?

 何で今審判の掛け声が聞こえんだ?

 視界に映るのは開始位置で相対するスクオットとグリーティア、その間に審判。

 周囲の観衆席もまるで今から試合が始まる(・・・・・・・・・)かの様に興奮に包まれている。

 スクオット、まさか――


 「あ、あれ?ちょ、何、何が起きたの?今から開始って――?」


 「・・・・・・リーラは巻き戻って(・・・・・)ないのか?」


 「は?巻き戻って?何それ・・・・・・ああっ!もしかして――」


 「ああ、スクオットめ、どうやらやてくれた様だな」


 開始位置で佇むスクオットに視線を送る。勿論多少の威圧感(プレッシャー)を籠めて。

 視線を受け、先程の試合開始前と何ら変わらない立ち姿の魔術師は唯一先程と違って今度はフードを脱いで露になったその顔をこちらへ向けてニヤリと笑った。


 どうやらそういう事らしい。

 つまりスクオットは宣戦布告をしてきた訳だ、決勝で俺と当たった時の為の。

 それで俺の妹である(という設定の)グリーティアとの試合で一発目に『魔法によって時間を巻き戻す』なんて嘗めた真似をとってくれた訳だ。


 時間逆行の魔法は実際に時間をその空間ごと逆行させるものと、対象者の認識に干渉し、時間を巻き戻したと思い込ませる、若しくはその人の時間のみを巻き戻すものとがある。

 最初に挙げた方法は理論上可能であっても実行は不可能という類のもので、成功者は現在までなし。勿論俺も含めてだ。

 次にに挙げた方法は単なる認識操作なので厳密には時間の巻き戻しでは無いのだが術者の意思によって発動する魔法にとっては絶大な効果を発揮する。

 対象の認識を巻き戻すという事は、魔法の発動時にそれを行えば『魔法を発動させる』という意思まで巻き戻す。

 要するに魔法は『発動していない』事になるのだ。

 これによってあらゆる魔法は防がれるのでは無く始めから発動していなかった事になる為、ある意味究極の対魔法防御となる。

 そして単に記憶の改竄、という方法も容易だ。

 しかしながらこの方法は相手よりも魔法干渉力が上である事が大前提なので相手を間違えれば何の意味も無い。

 そして最後の方法は先程の上位版で、最初の方法の劣化版という中間にあたるものだ。

 効果は認識操作と大差ないのだが、この方法は認識のみならず物理的にも効果を及ぼすので使い方の幅は比較にならない。

 たとえば怪我をしてもそれを巻き戻せば怪我は無かった事になるし、果ては肉体の若返りだって可能だ。

 魔法に関しても『発動しなかったことになる』ではなく、『発動するという前提すらなかった』状態にまで巻き戻る。

 見た目こそ大した差は無いが実質的な差は比べるまでも無い。

 更にこの方法は相手の魔法干渉力に関係なくただ大量の魔力を突っ込めば可能な為魔力さえあれば難易度は最も低い。

 まあ、この三つの方法の中でというだけでどれも難易度は飛び抜けて高いし、魔力があればと言ったがその魔力量とやらも普通の魔術師ではまず不可能なレベルなので実際は使える奴なんて滅多にいやしない。

 ・・・・・・いや、目の前にいるんだけどね?


 スクオットはこの場合で三番目に当たる魔法でこの会場の大部分を巻き戻したようだ。

 全くもって馬鹿げた魔力量である。

 この会場においてスクオットよりも干渉力の低い者は尽く時間を巻き戻されてしまった。

 グリーティアも魔力量、干渉力は本来ならこの世に適う者はそうは居ないレベルではあるのだが未だに本調子ではないのと――グリーティア曰く――人間と古代龍のハイブリット、なんていう不可思議な存在になってしまった為かなりのパワーダウンをしてしまっている。

 さらにスクオットがグリーティアを『中心』として設定したのかその周囲の魔力濃度は周囲の数倍もある。

 幾らグリーティアといえどもこれでは流石に巻き戻されてしまっても仕様がない。

 リーラに関しては良く分からないが『鏡』の特性上魔法による干渉に強い体質なのかも知れない。


 まあ、何はともあれスクオットはこの試合なんか既に眼中になし、といった感じなのだろう。

 視線をグリーティアに戻した今でさえ若干の意識をこちらへ向けているのがありありと分かる。


 「始め!」


 審判の掛け声が響くと同時に先程と同じ様にグリーティアは短杖を振り翳し、魔力を高める。

 しかし、今回はそのままあの莫大な熱量が解き放たれる事は無かった。

 理由はスクオットのある動作である。


 スクオットが、懐に空いた方の手を入れたのだ。


 その動作に観衆席にいながら俺は戦慄した。

 その他の観客の中でもその意味の分かる者(・・・・・・・・・)はどよめき、中には逃げ出そうとする者までいる。


 訳の分からないリーラは異様な空気の周囲を覗い頻りに首を傾げている。

 グリーティアも『それ』が何を意味するのかは知らない筈だがある種の第六感か、魔法の発動を取り止め受けの構えをとった。

 構えをとると同時に高められた魔力で足元に空気が渦巻く。


 時間にして僅か2秒程度。

 戦闘に於いてならその先の命運が決まってしまう程の時間ではあるが普段では一瞬と呼んでも差し支えない時間。

 恐怖や緊張によって極限まで引き伸ばされた余りに長すぎる二秒間の後、ゆっくりと懐から出されたその手には――不可思議な表情に歪んだ毒々しいまでの黄色に染まった仮面が持たれていた。


 「――――――っ!!!」


 半ば反射的に俺は一瞬の内に椅子から僅かに腰を浮かし、練れる限界の魔力を一気に練っていた。

 いや、練ってしまっていた。


 「レ、レイ?何、どうしたのよ?」


 突然の俺の挙動に困惑したリーラが声を掛けて来る。


 「――リーラ、お前の『鏡』って最大どの位保つんだ?」


 「え、えぇ?『鏡』の効果時間?展開範囲にもよるけど全身で最大30秒、一点集中なら1分位かな?」


 おお、思ったより長いな。

 それでも恐らくだが跳ね返す魔法が強力であればある程消費魔力も増えるはずだ。

 だからこそエディとの戦闘ではたった2回で魔力切れを起こしたんだろうし。


 「そうか、じゃあ――『戦術級指定魔法』を跳ね返せるか?一回で良いんだ」


 「せ、『戦術級』!?試した事無いから分かんないけど一発位なら何とか堪えられる、かな・・・?勿論跳ね返し切るなんて無理。それこそ御爺様なら『戦術級』どころか『戦略級』だって何とかしたでしょうけど私にはまだ無理よ」


 魔法はその効果や威力によって数段階の等級が付けられる。

 等級が上がれば上がる程魔法は強力なものとされ、発動難易度も困難になっていく。

 等級は全部で5段階あり、下から順に『通常級』、『戦闘級』、『作戦級』、『戦術級』、『戦略級』となる。

 先程リーラに言った『戦術級』とは別名『対要塞魔法』なんて言われる事もあり、主に一拠点を対象とした魔法である。

 因みに『戦略級』の別名は『火力インフレ』。

 誰が言い始めたかは知らないが確かにものによっては要塞どころか一都市を壊滅にまで追いこむ事もあるその威力はインフレそのものである。

 言い得て妙也。


 それはそうとお前の爺さん『戦略級』も弾くのかよ。

 俺が言うのもなんだけど大した人外だなソレ。


 「いや、一発でも持ち堪えられるんならそれでいいんだ。いいか?今からスクオットが『面を付ける余波』を俺が全部こっちへ誘導するからリーラは全力で空へ弾こうとしてくれ。

 完全に弾かなくても良い、ただ俺がその後(・・・)に対応する時間を稼いでほしいんだ。

 合図したら全力でいけよ、じゃないと死ぬぞ?」


 「は?え?ちょ、ちょっと何が何なのよ!」


 リーラには悪いが説明する時間も無い。

 今は最良のタイミングで最善の魔法を発動する事。


 そして、スクオットが面を持ち上げ、それを顔に持っていった瞬間――俺とスクオットの声が同時に鳴り響いた。


 「《――狂喜の璜面(ラプター・フェイス)》!」

 「《――絶掌(ぜっしょう)四式・引撃掌(いんげきしょう)》!」


 黄色の面をその顔にかぶせた瞬間、津波と形容しても良い程の魔力の波がスクオットを中心にぶちまけられた。

 そして俺はソレに向かって両の掌をかざした。

 まるで本物の津波の様に周囲の物を尽く押し流そうとしていた魔力の奔流は俺の両手から発せられた『不可視の引力』によって総て俺に向かって(・・・・・)引き寄せられた。


 「リーラ!今だッ!!」


 「一体何が何なのよー!!!」


 悲痛な叫びを上げながらもリーラは俺の指示したタイミングでバッチリ『鏡』を展開した。

 『鏡』の持つ反射の力とそれ単体で地形が変わる程の魔力の塊がぶつかり合い、凄まじい爆風が吹き荒れた。

 しかしながらリーラの『鏡』では力不足だった様で――エディの時の様に「点」で弾けば分からないが今回は『面』で弾こうとした為に相対的に反射の強度が低いのだ――拮抗こそすれど弾く事は叶わないようだ。

 リーラの魔力的にも保ってあと二秒。

 だが、そんだけあれば十分――!


 「《――絶掌六式・剛撃掌(ごうげきしょう)》!」


 魔力を纏った右手の掌底でリーラが受け止めている魔力の塊を真下からかちあげた。

 右腕に掛かる凄まじい衝撃に耐えながら一気に振り抜く。

 俺の掌底にぶち上げられたソレは垂直に空へ打ち上がり、広がる雲に巨大な風穴を穿った。


 「何、アレ、マジで、訳、分かんない・・・・・・」


 肩で息をするリーラ。

 うん、ご苦労様。


 「あれがアイツの『通し名』の由来なんだよ」


 四色の面を用いて戦況を尽く引っ掻き回すのを得意とするスクオット。

 面の色がそれぞれ赤、青、黄、緑と四大元素の色と共通する為にあのような『通し名』が付いたのだ。

 使用属性が今のものになったのは実は『通し名』が付いた後だったりする。


 「おーい、シャルトー!観客が手を出すのは駄目なんでなーい?」


 面を付けたまま如何にも軽薄そうな物言いで競技場から大きな声で話しかけてくるスクオット。

 因みに面を付けている間は面によってアイツ人格が変わってしまうので本来はこんなに飄々とした奴ではない。


 「うるせぇ万年引き籠り!偶に出て来たと思ったらいきなりトンデモねぇもん出しやがって!!手ぇ出して欲しく無かったら周りの事も考えて魔法使え!!!」


 「だってしゃあねーじゃんよー。これ付けると勝手に出るようになってんだからさあ」


 「そもそもこんな大勢の中で出すようなモンじゃねえんだよ、その面!イイからさっさと続けろ!そんで俺の妹に負けてしまえッ!!」


 大声で叫んではみるものの返ってきたのは面に隠れている筈なのにありありと伝わってくる笑みの気配だけだった。


 再び正対するスクオットとグリーティア。

 先程からのスクオットのあれやこれやのせいでグリーティアはすっかり警戒度MAXだ。


 「そんじゃ、いっくぜー?『完全なる(エンタイア・)魔術師(ウィザード)』の妹さんっ!」


 そう言って手に持った歪な杖を振り抜いた。


 刹那、空気が爆散し、無数の魔力が飛び散った。

 結果は迅速にして突発的、一瞬にも満たない様な間に起きた劇的かつ暴力的すぎる現象にグリーティアがとれた行動は全力の回避行動のみだった。

 全盛期には程遠いとはいえ人間の枠に収まらないその身体能力を持ってひたすらに魔力の嵐の隙間を縫っていく。

 実に見事な動作ではあったが流石に手数が違い過ぎた。

 片や全神経を遣って必死に攻撃を避け続け、片や手に持った異形の杖を振るだけで周囲を余す事無く蜂の巣にしてしまう。

 最終的にこのままではどちらが先に詰むかなんて事は火を見るよりも明らかだ。


 必要なのは現状の打破。

 そうしなくてはこの試合の敗けは動かない。

 グリーティアにしてもその考えは同じだった様でこの一方的な状況も長くは続かなかった。


 「《――爆炎の守護龍ブレイジア・ガーディアン》!」


 回避行動の最中、グリーティアは地面を短杖で一打ちするとその場所からゴッッ!!!と火柱が上がった。

 スクオットとグリーティアの間を遮る様に吹き上がった火柱は徐々にその形を変えていき、なんとやや小ぶりではあるもののドラゴンを容どったではないか。

 と、いうよりもあの頭部から突き出す二本の湾曲した角にその先が馬鹿でかい大剣の様になった尾等から鑑みるに――てかどう見ても『紅龍』の縮小版だろそれ。

 幾ら炎で造った偽物(フェイク)だとしても大仰過ぎるわ。

 そんなモン俺でも造れん。


 それに構う事無く――どころかより嬉々とした様子で異形の杖を振り抜くスクオット。

 ただそれだけで巻き起こる圧倒的な破壊の嵐もミニ紅龍――と言っても人の背丈は軽く超えている――の羽ばたき1つで押し戻されてしまった。

 マジモンの紅龍程ではないにしろあの様子だと『ランクB』以上が束になんないと瞬殺されるレベルではないだろうか。

 即ちアレ1つで最上位聖獣と同程度――グリーティアさん?それは学生同士の戦闘で召喚するものでは無くて国単位の戦闘でほぼ切り札級になる魔法ですよ?


 最上位クラスの聖獣と同程度の魔法人形(ドール)――魔法によって造られた使い魔の総称。召喚獣と違い本物の魔獣ではなくあくまでも魔力の塊――に(元古代龍の)『ランクA魔術師』とか小国なら無条件降伏するぞ。

 だがしかし、スクオットは何というか――


 「うっひょー!魔法人形とはいえソレ完全に紅龍じゃん!ちょっと小さいけど。

 なになに?俺もしかしてあの伝説級の神獣と模擬戦的な事できんの?燃えんじゃねぇかそんなの!」


 ――とても嬉しそうである。

 あいつ、もしかしてアホだっかのか?

 それとも面のせいなのか?


 まあ、あの面が『赤』じゃないだけマシなのか・・・

 もしそうだったら間違いなくリーラ抱えて即逃げるね。

 いや、今も実は割と危ないっちゃ危ないんだけども。


 そんな俺の心中を知ってか知らずか、戦闘は一層の激しさを増しながら再開された。

 最初に動いたのはスクオット。この状況を楽しんでいるのは間違いないが楽観しているという訳ではないのだろう。

 現に先手を取りに行ったところからもスクオットの劣勢が見て取れる。


 全力で前に駆け出しながら杖を振り被る。

 ここまでは先程までと同じだが唯一違うのは杖が黄色の光を帯びている事だろうか。

 照準は恐らくミニ紅龍。十分な距離に達したのかスクオットは杖を一閃した。


 「《――狂気の協奏曲ラプトル・コンチェルト》!」


 一見何もない空間に打ち付けられた杖は確実に何かを捉え、幾重にも重なる波紋を生み出した。

 狂ったような音色の波は共鳴し、共振し、その力を数瞬の内に莫大な衝撃波に昇華させた。

 離れた位置にいる筈の俺ですら内臓を掻き回される様な耐え難い不協和音を受けているのだ、それが如何程の威力を秘めているのかなど論ずるまでも無いだろう。


 それに対してミニ紅龍の行動はシンプルそのもの、迫り来る衝撃波に向けてその尾を振りおろす。

 たったそれだけで総てが霧散してしまう。

 いかにあの魔法が暴力的な威力を秘めていたとしてもそれを全く意に介した様子は無い。


 「では、こちらからもいきます――!」


 短杖を縦に一振り、そして身体の正面で大きく円を描いた後に現れたのは白く輝く短杖そのものの様な色をした光輪だった。

 そこで止まらずもう一振り、光輪は丁度ミニ紅龍の正面に移動する――


 「――灰燼に帰すは現世自身」


 二度三度と短杖を振りながらあの(・・)グリーティアが詠唱を重ねる。

 優雅な舞の如きその様相に伴い、彼女が描いた光輪もその輝きを増していく。


 「――その万物を遍く無とせしめたる紅蓮の煌きを捧げし供物を糧に今此処に」


 グリーティアの溜め込んだ魔力はそのあまりの密度に赤く染まった陽炎の様に周囲の景色を歪めている。

 スクオットもただ暢気に発動を待っている訳ではないのだが翼や尾を巧みに振う――と言っても本人(本龍?)はただ無造作に振っているだけなのだろうが――ミニ紅龍のせいで詠唱を妨害出来ずにいる。


 詠唱を続け、短杖を振っていたグリーティアの動きが不意に止まった。

 見れば短杖を肩口に引き絞っている。

 そして、その杖を前に突出し――


 「――放て!《――紅撃の閃光(スカーレット・レイ)》!!!」


 ――――グオオオオォォォオオオオオオオオオ!!!!!


 グリーティアの魔法に呼応する様にミニ紅龍はその翼を大きく広げ空へ向けて咆哮した。

 刹那、光輪は爆発したかのようにその輝きを強め、空へ打ち上げられる。

 俺やリーラ、スクオットも含めたその場の観衆が一斉にソレを目で追う。

 見失う程の速度でブチ上がった光輪はスクオットの上空で停止し、そして――


 キンッ、という金属音の様なモノが響いた瞬間、深紅の柱が現れた。


 柱に見えたそれは余りに強大な力を秘めた炎そのものだったらしい。

 いや、果たしてあれはホントに炎と呼べる代物か――

 兎にも角にもそんな現象だったらしいのだ。

 言い方が曖昧なのは非常に申し訳なにのだがただあの真っ赤な柱の様なモノが視界に入った直後、余りの熱波と爆風で目も空けられず、吹き飛ばずにいるだけで精一杯だったのだ。


 暴風が止み、恐る恐る目を開ける。

 そこには先の魔法で消耗してしまったのかさらに一回り小さくなったミニ紅龍と悠然と立つグリーティア。

 そして穴というには少々迫力のあり過ぎるものがぽっかりと開いている。

 うむ、底が一切見えんな。

 流石にこれならスクオットの奴も――


 ズゴオオオォォォォオオオン!!!!


 ――うん?なんだ?と思ったのも束の間、穴から黄色い閃光が噴き出した。

 何が起きたのが分からないグリーティアは呆気にとられてしまっている。


 「何?今度は何が起きてるのよ・・・?」


 リーラも隣で混乱しているようだ。

 と、いうよりもさっきからの戦闘が少々派手過ぎな為キャパを超えてしまっているのだろうが。


 穴の中から酷くゆっくりとした速度でスクオットが浮上してくる。

 一見飛行魔法の様だが『アレ』は少々性質が異なる。

 そう、俺は『アレ』を知っている。

 そしてこの試合の結果も――もう見えた。


 「アイツ・・・あんだけの魔法くらってまだ・・・てか何で無事なの?」


 「あれが面の全開の力さ。まさかあの野郎、こんなトコで使うなんてなぁ――」


 スクオットの面は下半分が欠け、口元が露になっているが一切衰えた様子も無く寧ろその黄色を一層色濃くしているようにも見えた。

 正直、こんなもん戦争でもない限り――てか戦争でも滅多に使うもんじゃない。

 まあ、グリーティアの使った魔法も本来なら戦争で決戦兵器扱いされてもおかしくない程だったけどな。

 ありゃうちの教師陣でも受け切れるのは五人もいないだろうし。

 うん、後で軽く説教だ。グリーティアは夢中になると後先考えない傾向があるしな。


 「――ねえ?なんでレイはそんな落ち着いてる訳?」


 「うん?ああ、だってもうこの試合いの結果分かっちゃったもん」


 「え?それってどういう――」


 「どうもこうもねぇよ。この試合は――」



 ――グリーティアの負けだ。



 キョトンとしたリーラを余所に試合は一気に動いた。

 空中で静止したスクオットはその手に持った杖を真横に薙いだ。

 そこから放たれた衝撃波の様なモノは最初に使ったものとは違い、迫力的なものは一切ない。

 例えるなら水面に広がる波紋の様な感じか。

 ミニ紅龍はそれを先程までと同じ様に防いだのだが、そこで劇的な変化が起きた。


 波がミニ紅龍に触れた瞬間、ミニ紅龍が弾け飛んだのだ。


 「――え?」


 グリーティアは突然の事象に呆気にとられてしまっている。

 然しながらそこを易々と見逃す様なスクオットではなく、先程までの悠然とした様相とは打って変わって猛烈な速度でグリーティアへと突進した。


 グリーティアも咄嗟に防御を試みるが――少し、遅い。

 防御魔法を発動しようとしたところでそれよりも早くスクオットが杖でグリーティアの手前の地面を一打ち、煙幕の様に土煙が舞い上がった。

 一瞬にして視界を奪われたグリーティアは集中を乱されて魔法を不発(ファンブル)させてしまう。

 ポシュゥ――という魔法の不発時特有の集まった魔力が霧散する音が発せられるのと、身に纏った風圧で土煙を吹き散らしながらスクオットが肉迫するのは同時だった。


 「――っく、《――炎よ(フレイア)》!」


 苦し紛れに短杖を突きだし、炎――と言っても基礎魔法にしては有り得ない程の強力な――を生み出す。

 それに対しても何ら慌てる事も無く、スクオットは杖を持たない方の手――左手を突出した。

 そして、炎を――握り潰す。


 今度こそ完全に動きを止められてしまったグリーティアの額に向かって杖が突出される。

 隣でリーラの息を飲む様子が感じられた。

 杖はグリーティアの額に触れるか触れないかのところでピタリと止まった。


 そして少しの、ほんの一、二秒の静寂。


 そしてスクオットの口元が僅かに動き、何かを呟いた後、


 巨大な鐘の音が響き、杖の先端から音の津波が放射状に吐き出された。


 それをもろに喰らったグリーティアであったが不思議とダメージは無いようで、というよりも服の裾や髪の毛が僅かにそよいだ事以外差し当たって衝撃の様なモノは見てとれなかった。

 ただ、グリーティアは短杖を手から落し、そしてその場で力なく崩れ落ちた。


 そこにあるのは、ただ無感情に佇む魔術師と横たわる魔術師。

 そして日の光を反射し輝く短杖。


 それ以外は、何も――勝者すらも見当たらなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 「よう、中々強いな。お前の妹さん」


 試合後、会場からグリーティアを抱えて――非常に憎たらしい事にお姫様抱っこという奴だ――出て来たスクオットが真っ先に発した言葉がそれだった。

 その顔にはもう面は無く、今はフードも被っていない。


 「あたりめぇだ、俺の妹だぞ?」


 スクオットからグリーティアを受け取りながら精一杯不機嫌そうに言ってやると、スクオットは小さく笑った。


 「お前、何時になったらその態度何とかなるんだろな?俺ってば一応二つも上の先輩なんだけど」


 「いやぁ、初対面が初対面だけにどうにもなりませんよスクオット先輩」


 嫌味ったらしく言ってやれば「やっぱり君に先輩と呼ばれるのは薄気味悪いな」何ていいやがる。

 ざまあみろ。薄気味悪さに悶えて死ね。


 「それにしても、少々危ない試合だった。だがこれで決勝では君と当たれるな」


 「おい、まだもう一戦残ってんだぞ?」


 「まさか、俺が負けるとでも?君だって何だかんだと負けはしないだろうさ」


 くそ、発言も非常に腹が立つのだが強ち間違ってもいないのが更に腹が立つ。

 スクオットにしてみたら次の相手はクレノかネル、序列的にも格は下だ。

 俺にしてみてもまあ、態と負けるなんて非紳士的行為はしないつもりだから勝ちに行くけれども。


 「まあ、エルフォード家の名に懸けても君を倒すさ」


 ――もう二度と、負けはしない。口には出さなかったがその眼は明らかに俺にそう訴えかけて来ている。


 「へいへい、俺も随分メンドクサイのに目を付けられたなぁ」


 そう言ってグリーティアを抱え直し、その場を後にしようとすると背後から声が掛かった。


 「レイシャルト・ガウディノル!この試合は正直俺の完全な勝ちとは言えない。何故なら学生同士の決闘にもかかわらず俺は面を解き放ったからな」


 結果どうこうよりも過程を重視する傾向のあるスクオットだが、その信念に於いてこの試合では少々やり過ぎたと自覚しているのだろう。


 「だが、君との試合にそれは当て嵌めない。何故なら俺達の運命では学生同士の試合をするには少々複雑過ぎる上に歪み切っている」


 振り返る事も無く、ただ立って聞くだけの俺にスクオットは構わず続ける。


 「俺の力はアレで打ち止めじゃないぞ。それをよく覚えておくんだな」


 ――そして今度こそ、全力でこい。

 最後にそう言い残してスクオットはその場を立ち去った。


 「――あれじゃあ、俺が手ぇ抜いてたみたいだよなあ・・・」


 全く持って心外である。

 いつぞやの白服に言った事ではないが、確かにスクオットとやった時は『全開』では無かったがしっかり『全力』でやっていたんだぜ?

 それに『全開』を出すのは少々リスクがデカ過ぎるんだよなあ。


 「まあ、何とかなる――いや、するか」


 腕の中でもぞりとグリーティアが身動ぎした。

 大してダメージは無いだろうが早く寝かしてしまうに限る。


 歩きながらこの後の事を考える。

 次はリーラとの試合、あの『鏡』は間違いなく強敵だ。


 そしてスクオット。

 あいつは俺に今日以上の力で挑むと言い放ってきた。

 正直俺もあいつのあれ以上の力はまだ見た事が無い。

 本当に、腹を括る必要がありそうだ。


 「はぁ、厄介だなぁ――」


 見ればリーラが心配そうな顔をして駆け寄ってくる。

 よし、悩んでも仕方ないな。

 取り敢えずはグリーティアを寝かして飯でも食おう。

 考えるのはその時でいいや。







遅くなってしまい、誠に申し話目ありません。

後書き的な物は活動報告にて。

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