其の十三:二位と三位
「つ・か・れ・たぁぁぁぁぁ~~~」
顔を合わせるなりぽふん、と俺に凭れ掛かって来るリーラ。
言葉では随分と軽いがその顔色は白を通り越して何か青くなりかけてるし、身体の方も限界なのかグッタリとしている。
「おいおい、大丈夫――じゃねぇなコレ。どうしたんだよ」
「んあ?ああ、私っていつも『鏡』やるとこうなんのよね~。あーあ、だからあんま使いたくなかったのに・・・」
どうやら俺の思っている以上に消耗の激しい魔法だった様だ。
とはいえこんな所でリーラに寄り掛られたまま突っ立とく訳にもいかない。
早く何処かに移動しなくては、それにリーラも何処かで横にしていた方だ良さそうだ。
一先ずこの近くの俺が先生との試合後に転がってた場所まで運ぶ事にする。
「おーい、リーラさーん。ココ邪魔になるから移動すんぞ、動けるか?」
「無理、運んで、プリーズ」
それっきり反応は返って来ない。
表情の方は俺の胸に完全に顔を押し付けてしまっているせいで覗えないがまあ、良い訳ないわな。
「グリーティア、ちょっとコイツ運ぶから手伝って」
「はい、手伝います」
グリーティアの手を借りて何とか体勢を整える。
そんで、結果的に――
「どうしてこうなった」
俺の右腕はリーラの膝の裏側を支え、反対の手は肩の辺り支えている。
これは、所謂お姫様抱っこですね。
「だって、二人で運ぶより1人の方が安定しませんか?」
いや、確かに一理ある気もしないではないが――それにしたってもっと他に何かあっただろうに。
おんぶとかさ。
グリーティアの誘導に従っていたら思わぬ所で思わぬ事態に陥ってしまった。
グリーティアさん、リーラの腕を俺の首に回す所までしてくれたし。
リアクションすら怠いのかリーラは全くの無反応。それで良いのか。
それにしても軽いなー。何かすぐ壊れそうな感じ。
「お兄様、早く運んでしまいましょう」
「お、おお」
件の場所にリーラを降ろし、俺の上着を枕代わりに寝かせる。
相変わらず顔色は悪いが横にしたお蔭か幾分表情は和らいだ。
「リーラ、ちょっと調べさせてもらうぞ」
前髪を上げ、露になった額に掌を合わせる。
ゆっくりと波の様に魔力を伝播させて身体の状態を確認していく。
外傷無し。内臓にも問題なし。
だがしかし、これは――
「――魔力がスッカラカンじゃねえか」
通常、この様に魔力の波を身体に通すと相手の魔力に反響して特定の波が返って来るものなのだが今回はその反響が全くない。
魔力の枯渇はそれと同質である生命力の衰弱につながる為すぐにどうこうという訳ではないがこのまま放って置けば最悪『戻らなく』なる可能性がある。
枯渇の度合いが既に限界を超えた状態であるリーラは今すぐにでも何とかしなくてはならない。
「あんまり良い方法じゃないが仕方ないか――」
一人語ちながら空いたもう一方の手をリーラの腹部――丁度臍の辺りに置く。
「グリーティア、ちょっと離れててくれ。干渉は少ない方が良い」
「分かりました」
そう言ってグリーティアは数歩下がる。
人間然り魔獣然り、体内に魔力かそれに準ずる性質の力を宿しているものはその能力の有無に関わらず常に微弱な力場を身体の周囲に形成している。
要するに生物の周囲では普段感知出来ない程度ではあるが常に魔力干渉があるという事と同義なのだ。
俺が今からやろうとしている事はその干渉は出来るだけ少ない方が好ましい。
額側の手に魔力を籠める。
先程の波の様なイメージとは違い今度はゆっくりと水の流れをイメージする。
魔力の流れは一度リーラの全身を回り臍の上に置いた手へと戻ってくる。
戻ってきた魔力を再び流し、また戻す。
リーラを組み込んだ魔力の循環の輪を作り、循環させている魔力の一部を少しずつリーラの身体へと溜めてゆく。
徐々にではあるが枯渇しきった魔力が戻り、約15分程かけて全体の八割程度まで回復させた。
流石に俺の魔力そのままでは濃度が濃過ぎる上に拒絶反応が起きる可能性もあったためリーラの生命力の波長から可能な限り魔力の『質』を読み取ってその身体に流し込んだ。
その為、循環させながら『質』を近寄せ、濃度を薄めていったのだ。
それでもある程度危険の残る手段なのだけど。
「――――・・・ぅん・・・」
ぐったりしていた表情にも漸く人間らしい色合いが戻り、意識の覚醒が追い付いたのかリーラはゆっくりと目を開ける。
「大丈夫か?」
「あれ?何でもう身体楽なの?」
身体を起こし、心底不思議そうな様子である。
順調に自然回復すると仮定して約一週間は半寝たきり確実な状態が急に良くなったのだから無理も無いと思うが。
「取り敢えず俺の魔力を流しといた。全快の8割ってとこじゃないか?」
「なっ――!?アンタバカでしょ!それミスってたら魔力どころか生命力ごと引き摺り込まれるわよ!!」
そうなのだ、危険ってのは今まさにリーラの言った事。
他人への魔力の譲渡はほんの少しでも調節をミスれば受け渡す側は魔力の暴走で生命力ごと相手に引き摺り込まれ人の形をした抜け殻に。受け取る側は引き摺り込んだエネルギーの総量に万が一耐えられれば一命を取り留める事は可能だがそれでも最低限身体の何処かしらに重度の障害が残るし、耐え切れなかった場合は文字通りの意味で爆発する。
そうなったらその場所はそれはそれはグロテスクなクレーターが出来上がるだろう。
「心配すんな、こうして成功したじゃないか。それに俺は魔晶石から魔力抽出出来んだぜ?この位でミスるかよ」
ホントは強がりなんだけどな。
魔晶石相手よりも何倍――いや、何十倍も難易度が高いんだよ人間相手ってのは。
それこそ途中で誰か近付いて来て少しでも魔力干渉あったらダメだったかもなー。
これ言ったらぶっ殺されそうだから言わんけど。
――って、アレ?何か凄い目でグリーティアに見られてる。
ああっ!しまった、グリーティアには考えてる事ある程度伝わってんだった!
完璧に伝わるはずは無いので類推なのだろうがこれは恐らく読まれてるなぁ。
駄目だ、もうこの先グリ-ティア相手に隠し事が出来る気がしない。
我が娘ながら恐ろしい。
「ま、まあ、それより。驚いたよ、あの魔法。まさかリーラがアレを使うなんてな」
都合の悪い事は置いといて、兎にも角にも話題転換。
普段から口数の多い方ではないグリーティアだがその微笑と共に在る沈黙が怖いよ。
これは後が怖いな・・・・・・
「――?ああ、やっぱり知ってたか~。御爺様が引退前に可能な限り『鏡』については色々してたみたいだけどこの魔法バカはやっぱり知ってたか~。もう50年以上前の話なのに」
誰が魔法バカだ。
それにしても御爺様ねぇ。実名の記録は勿論その他の記録もあまり数が無かったのはご本人の仕業だった訳ね。
っても俺の村みたいな事してないだけマシなのかな。
「じゃあやっぱり――」
「そう、『カルディアノの魔鏡』ことミュラー・ファルヴィムは私の御爺様。そんで私はその後継ってトコかしらね。あの魔法遺伝でしか伝わんないらしいから」
やっぱり遺伝なのか、でも御爺様の後継ってのは変じゃないか?
父親、若しくは母親も間違いなくその血は流れているのだろうにどうしていきなり孫が後継者なんだ?
「うちの家系って血のせいか何なのか全員が魔法が使える訳じゃないのよ」
「と、言うと?」
「魔法が使えるのは隔世遺伝、つまり使える人から見たら孫の代じゃないと魔術師になれる人間は生まれないの。しかもその中でも魔法が使えるようになるのは1人だけ、私は一人っ子だから関係なかったけど何代か前は五人兄弟で大変だったらしいわ。だって魔法が使えるイコール『鏡』の後継者なんだから」
確かのそれは大揉めに揉めただろうな。
一度でも『鏡』の魔法を見て、自分が後継の代に生まれたのに他の兄弟が、しかもたった一人だけってのは何もない方がおかしい。
魔法が遺伝、然も隔世遺伝というのは驚いたが――魔法の才能は本来遺伝しないものとされているのだ――兄弟間の争いというのは想像しただけで何とも言えない気分になる。
その点、リーラはラッキーだったのだろう。話を聞く限り後継となったのが本当に良い事なのかどうかは本人のみぞ知る、なのだが。
「まあ、私も好きでなったわけじゃないし出来れば面倒事は避けたいけどコレばっかりはね。それに後継とはいってもまだまだ御爺様に比べれば魔法に無駄が多過ぎるし。
御爺様はそれこそ何発でも返し切るだけの技量があったけど私のは燃費悪すぎて2回が限界だからなあ――」
それっきりあまり多くを語ろうとはしなかった。
確かに、話してどうにかなるような内容じゃ無い感じだったし本人が話したくないのであればそれこそ深く追求すべきではないだろう。
「――そういえば、明日はグリーティアの試合だよな?」
ほぼ無効試合とはいえ愛娘の試合を今まで見逃して来たんだ、今度ばかりは見逃す訳にはいかん!
「ええ、まさかこんなに早く準々決勝になるとは思ってなかったですけど」
「んで、グリーティアの試合相手って誰なの?私達の知ってる人?」
「いえ、でもお兄様は知ってると思いますよ?名前は確か――スクオット・デアン・エルフォードさんでしたっけ?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
あ、いや、スマン、ちょっと取り乱した。
てか、おいおいおいおい!他にも相手はいるのによりにもよってあいつかよ!?
まあそんな気は薄々してたけどね!!
「誰よ、それ?」
心当たりが無い為かこちらを見つめて首を傾げるリーラ。
コイツマジで自分が興味無い事となると何にも知らんのな。
この学校に通ってて『彼』の名前を知らないなんて・・・・・・。
「通し名『四大元素』――この学校で3人いる『ランクA』の1人だよ」
「――うぇえ!?『ランクA』!?てか『四大元素』ってマジで!!?」
何故にそんなに驚くんだよ、残りの面子で知らない奴っていったらもうコイツで確定だろうに。
実はアレか、リーラって頭が弱い子なのか?
「はあ、そんなに凄い人だったのですか・・・・・・」
「学校内にしても『序列』にしても一応グリーティアより上だからなぁ。それに彼、五属性魔術師だし」
この学校内で教職員と俺を除けば一番多くの属性が行使出来るのは間違いなく彼だ。
使うのは〈光〉と〈闇〉以外の全て、エディなんかとは違って純粋な人間族ではあるが種族差を感じさせない程の技能がある。
「5つも・・・・・・あ、そう云えばグリーティアは幾つ使えんの?」
「――?属性ですか?全部いけますよ、私が魔力そのものみたいなものですし」
流石は(元)古代龍、相変わらずだなぁ。
ある程度予測がついていた俺とは違い初めて知ったリーラは何だかイジけてしまっていた。
小さな声で「みんな何でそんなにぶっ飛んでんのよ」とか「私は2つだけ」とか「私が魔法下手なんじゃなくて周りがおかしいだけ」etc...宛ら呪詛の様にブツブツと繰り返している。
・・・・・・うん、何か悪い気がしてきたな。
何故こんなにも罪悪感があるんだ。
あの『鏡』も十分ぶっ飛んでる気がするんだけど――流石は『超』特殊属性とでもいったところか。
でもそれを言っても仕様が無いんだろうし・・・・・・。
「ま、まあまあ!大丈夫だよ、数字じゃ確かに彼が上だけどランクは同じAなんだからさ」
居た堪れなくなって思わず強引に流れをシフトした。
それに乗じてかリーラの呪詛(?)は何とか止み、ほっと胸をなでおろす。
「兎に角、今日はリーラも疲れてる事だし明日に備えて早く帰ろう。今日の日程は終わった事だし」
そう言って立ち上がると2人もついて立ち上がる。
リーラはまだ本調子ではない為か立ち上がり様に芝生へ頭突きしかけていたがグリーティアが何とか支えて事無きを得た。
さて、彼の戦闘――というよりも彼が大勢に人の前に出るのは何時振りだろうか。
何事もないと良いんだが・・・・・・
なんでかなー、嫌な予感がするのは。
「おーい、早く帰りましょうよ!私疲れたー!」
さっきこけかけてた奴が何を言うか。
落ち着いて歩かないとまたこけるぞ。足腰キてんだから。
――あ、ほら言わんこっちゃない。
べしゅあぁっ、とかなり派手な音と共にこけるというか地面に顔面を擦り付けるというか、擦り卸すというか――
「痛っつぅぅ~、にゃんにゃのよもー!!」
「ほれ、猫語になってないで早く立て。通行人が物凄い心配してるから」
手を差し伸べて可及速やかにリーラを立たせる。
土埃をグリーティアがはたく様子を見ていると何だか仲の良い姉妹みたいだ。
同い年(見た目上)の筈なのにおかしいな。
――はて、何だか和む光景を見ていたらさっきまでの『嫌な予感』とやらは何処かに行ってしまったようだ。
俺はそれを特に気に止める事も無く2人を促して家路につく。
この時の俺はこの後まさかあんな事になるなんて思いもしなかった――
◇◆◇◆◇◆◇
「脱げやオラァァァアアアーーー!!!!!」
「ギャーーーー!!!!!」
どうもレイシャルト・ガウディノルです。
あ、何か久しぶりだなコレ。
と、そんな事より――
ピンチです、割と本気で。
何があったかって?スマン、俺にも分からん。
ただ俺は現在進行形でリーラさんに身包み剥がされそうになってます。
何かゴメンね?さっきシリアスっぽい振りしといてこんなので。
必死に抵抗する俺を追い駆け回し、服を脱ぐ様に強要するリーラ。
因みにグリーティアは流し台に頭を突っ込んで気を失ている。
どうしてこうなった、いやマジで。
原因は恐らく魔力酔い。
他人から魔力を受け渡された場合、人にもよるがある一定の許容量を超えると軽い意識障害や極度の興奮状態に陥ったりする事がある。
要するに酔っ払うのだ。これを通称魔力酔いという。
そしてこのリーラさん、自身の魔力を空にした上で全体の8割を俺の魔力で補填したせいで完全に酔ってしまった。
可能な限り波長は合わせたし、気を付けながらゆっくりと作業した心算だったが流石にキャパオーバーだった様で、帰りの途中からふらふらしかけていたと思ったら寮に着くなり点火、爆発。
静止に入ったリーラを完璧過ぎるフォームで背負い投げで流し台へホールインワン。
次なるターゲットに俺をチョイスし現在に至る。
「レぇ~イくぅ~ん、逃げちゃらめれすよぉ~♪」
「会心の笑みで人を追い駆け回すな!それに逃げない訳ないだろ!!」
「えへへぇ~、そ~んなこと言ったってぇ~、逃げ場なんてないんだしぃ~――――脱げ」
「何で最後だけそんなにハッキリ言うんだぁぁぁ!!」
いかん、マジでいかん。
このままでは狂人モードに入ったリーラに裸に剥かれた上で大切な何かを全損する!
くそう、かなり気は引けるが仕様が無い。
多少手荒だが一先ず大人しくして貰おう。
酔いどれリーラの猛追を躱しながら右手に魔力を集める。
威力は高過ぎても低すぎてもダメ、最小限のダメージかつ確実に意識を刈り取れる程度の威力で――
「《――石よ!》」
詠唱と同時に突出した右手の人差し指の先から直径10cm程の石が飛び出す。
狙いは眉間、当たれば脳震盪確実だ。間違いなく昏倒するハズ。
「ざぁ~んねぇ~ん♪」
「ぶごあっ!?」
弾かれました、ハイ。
忘れてたって云うか酔ってても使えんのね『鏡』。
飛来する石に頭突きをかますと同時に『鏡』で石を反射し、その石は見事俺の鳩尾に突き刺さった。
肺から一気に空気が抜けて膝の力が抜けていく。
「ふっふっふ~、やぁっとちゅかまえましたよぉ~♪」
ダウンして仰向けになった俺に馬乗りになるリーラ。
よせ、一旦落ち着くんだ。
抗議したいのは山々だが先程のダメージ+リーラに腹を圧迫されてて上手く息が吸えない。
「さぁ~て、おったのしみタぁ~イム!」
怖い!何かメチャクチャ怖いよ!!
特にそのワキワキ動かしてる指が!!
何が、何のお楽しみだぁぁ!
「へへへ~、さぁ~てまずは・・・って、――あれ?」
涙目で(本気の)必死に抵抗していると突然ぐらりとリーラの身体が揺らいだ。
そのままパタンと俺の胸に倒れ込む。
後にはさっきまでのウルトラスーパー☆廃テンションなどまるで無かった事の様に安らかな寝息だけが室内を満たしている。
ひ、ヒドイ目にあった・・・・・・。
そこらの魔獣相手にするより――いや寧ろ聖獣相手位の方がまだましだという程疲れた。
酔いが完全に回って寝付いたリーラを一先ず部屋まで連れて行き、やや乱暴にベッドに放り投げる。
大丈夫、これ位ならだれが見たって許してくれるはずだ。
こっちは貞操の危機に晒されたんだからな!!
ついでに未だ意識の戻らないグリーティアの様子を確かめ、大事が無い事を確認してからこちらは丁寧に部屋のベッドの寝かせた。
そして俺も自室に戻り、ベッドに横になって、誓うのだった。
――何があってももう二度とリーラは酔わせない、と。
◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
昨日のあれやこれやを脳内消去した俺は寮を出発し、グリーティアとリーラと三人で学校へ向かっている途中だった。
「そう云えば、今日ってグリーティアの試合じゃない。どうすんの?」
「――?どうするって、何をですか?」
リーラの問いに首を傾げるグリーティア。
その表情から何も分かっていない事がありありと伝わってくる。
「なにって、武器よ武器。まさか天下の『ランクA』、然も序列十二位であなたより上の相手に丸腰って訳にはいかないでしょう」
言われてみればその通り。
いかに本気を出せば文字通りぶっちぎりの魔法が使えたとしても戦闘慣れしてるようには見えないグリーティアが彼に丸腰で挑めるとは思えない。
武器の有無というのは戦力以上に精神的にも大きな割合を占めてくる。
「うぅ、確かにそうかもしれませんが私剣なんて握った事ないですよ?」
「何も剣に限った事じゃ無いわよ、武器なんてそれこそ探せば腐るほど種類があるモンなんだし」
「そうかも知れませんけど・・・私に合う武器ってなんでしょう?」
うーんと頭を捻る一同。
剣なんかの刃物系は形状によって使い方が千差万別な上に技術が必要、握ったその日に扱える様な代物じゃないからまず却下。
棍やハンマーは重量があって単調な動きで大きな威力が生み出せる反面相応の筋力が必要な上に体重移動なんかの感覚はやっぱり使い込まないと身に付かない。よってこれも難しいな。
弓なんかの飛び道具は論外として、後は杖の類だろうか。
それなら態々接近戦に持ち込む必要も無くなるし、なによりグリーティアの魔法を生かしやすい。
先生の様な長杖はやや扱いが難しそうだが短杖なんかなら片手で取り回しが出来るし物さえ良ければ効果も申し分ない。
と、いう訳で――
「短杖なんかどうだろう?」
2人に俺の考えを話すとそれは良い考えだと大絶賛された。
いや、褒められ過ぎて何か引くわ。
何でお前らそんなに鼻息荒いんだよ。
と、いう訳で多少早く部屋を出た為時間も余ってるという事でグリーティア用の短杖を買いにバーンスさんの店、『クルド魔法具店』へと向かった。
「おう、この前は悪かったな」
「いや、良いんですよ。あれから岩はどうです?」
「どうもこうもあんだけ巨大な魔晶石、然も光の属性石とくれば王国中からいろんな奴が見に来る。まあ、殆どが研究熱心な学者さん等だがな」
見るとあの魔晶石の前にはデカデカと《光の魔晶石》と書かれた看板が立っている。
まだあれからあまり日が経っていないせいかそこまでの客寄せ効果を発揮している訳ではないがそれでも何時も閑散としているこの店にしては十分繁盛していると言える程には客が入っていた。
その殆どが確かに学者然とした人達ばかりなのだが。
「そいで、今日はどうした?」
「ん?ああ、今日は武器を買いに」
「お前さんのか?見たところ剣はまだまだ大丈夫そうっていうかそもそもその剣は壊れやせんか」
「今日はグリーティアのを。ほら、こっち来いよ2人とも」
個人経営の何でも屋、規模も大きくないこの店にはそれに似合わず多彩な魔具や魔法関係のもの、武器や防具なんかが所狭しと置いてある。
しかも品質は折り紙つき、中にはかなりの掘り出し物が眠っている事もある。
どれもこれもバーンスさんが現役時代にあれやこれやで手に入れたものや当時の伝手を使って仕入れているらしい。
「グリーティアっつったらこっちのお嬢ちゃんか、今日は何をお求めで?」
「え、あ、はい。私に合う様な短杖を探してて」
「ふむ、短杖か。此処には出してないが奥に良いのが二,三本あるな、よし取ってこよう」
そう言って奥に引っ込むバーンスさん。
程無くして手に三本の短杖を持って出て来た。
「短杖は魔法の技能に大きく影響するからな。剣なんかよりもそいつに合ったモンが必要になってくる。つう訳でこいつらだ。右から順にランクが高くなる」
そう言うとバーンスさんは台の上へ手に持った短杖を並べていく。
長さなんかは大体同じだが色の方は右から赤、黒、白と大きく異なる。
バーンスさんは一番右の赤い奴を手に取った。
「まずはコイツ、これはこの中じゃ一番扱いやすいな。フレイム・コンドルの骨を削って仕上げたもんだ」
おいおい、扱いやすいとか冗談だろう。
フレイム・コンドルといえば『Cクラス』の聖獣で中位の奴だぞ?
その辺の魔術師じゃあ扱うどころか振り回されてお終いだろう。
「次はこの真ん中の奴だな、これは少々コツがいるが悪くないもんだ。素材はグランド・ホーンの角だな」
いやいや、おかしいから。
グランド・ホーンは『Bクラス』の聖獣だぞ?何処で手に入れたそんなもん。
「最後はこれ、まあ正直扱えるとは思えんが一応この店にある短杖の中じゃ最高のモンだ。手に入れたのは二十年も前だが未だにまともに振れた奴を見た事が無いよ。
素材はクリスタル・ラギラスの鱗だな」
「はあ!?クリスタル・ラギアス!?『Aクラス』の神獣じゃないか!しかもラギアス種の中で一番の希少種、どうやって手に入れたんだよ!!」
「いや、昔偶然鱗だけ手に入れてな。本物拝んだわけじゃないさ」
――加工できる奴探すの大変だったぜ~、とかのたまっていらっしゃるバーンスさん。
俺だって本物なんか見た事ないわ。
てか出遭ったらかなりの高確率で死ぬわ。
末恐ろしいなこの店、掘り出し物過ぎるだろう。
大陸中探したって二本とねぇよこんなもん。
「そんで、どうする?まずは一番軽いのからか?」
「いえ、これで試してみます」
そう言ってグリーティアが手に取ったのは白い短杖。
たったの一振りで何が起こるか分からない様な代物を、グリーティアは何の躊躇いも無く横に薙いだ。
そのたった一動作でさして広くも無い店内の、グリーティアの振った短杖の先端が通った空間だけが綺麗に開いた。
特に派手な効果音もなく、ひたすらに漆黒を湛える大きな眼の様な形をしたそれは開いた時と同様に静かに閉じた。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」
暫し広がる沈黙。
俺達は勿論、その場に居合わせた他の客までもが言葉を失った。
「ふぅ、特に問題無さそうですね。もし宜しかったらこれを頂きたいのですが」
「――え?あ、ああ、おう。まいど、あり・・・」
グリーティアの言葉に我に返ったバーンスさんだったが未だに目の前の光景が把握し切れていない様子だ。
無理も無い、俺だって吃驚した。
会計は流石に手持ちじゃあどうにもならない金額だった為小切手で済ませる。
その時リーラが先程にも負けるとも劣らない様な表情で目を剥いていたがスルーしよう。
「いやあ、レイも大概だと思ってたがお嬢ちゃんには驚かされたよ。儂はあの短杖振って手足が飛んだ奴を何度も見て来たからまさか振っちまうとは思わなんだなあ」
大概って何だこのヤロウ。
でも確かに振っただけであれ程とは思わなかったなあ。
リーラ何てまだポカンとしてるし。うん?それだけが理由じゃないって?
何の事か分からんな。
「いえいえ、大した事無いんですよ――って、ああ!?」
うお、どうしたグリーティア。
突然叫んで、何があったんだ?
「お兄様、リーラさん!時間!」
「「んあ?」」
2人同時に間抜けな声を出して壁掛けの時計を見る。
そして――
「「あああああーーーー!!!」」
また2人同時に叫び声をあげた。
「まずい!急がんと遅刻っていうか間に合うのかこれ?」
「そんなこと良いから早く!」
「あのあの、ありがとうございました!」
「おう、まいどあり。何か知らんが頑張れよ」
ダッシュで表へ出て普通に走っては間に合わんと判断。
可能な限り全力で魔力を練り、両足に集中させる。
「二人とも!担ぐぞ!」
一声掛けてから2人同時に担ぎ上げ、地面を抉りながら一気に駆け出した。
此処から学校まで約2km、タイムリミットはあと2分――
◇◆◇◆◇◆◇
「――うっだあああああ、死ぬ、もう死ぬ、マジで死ぬ」
「まあまあ落ち着きなさいって、間に合ったんだし良いじゃないの」
あれから魔力をフルに使った高速ダッシュによりギリギリのところで間に合った俺達はグリーティアを控室に送り届け、今は観衆席の一角で死人の様に項垂れていた。
主に俺が。
いやもうマジでヤバかった。2度とあんな全力疾走で長距離走りたくない。
『これより準々決勝第3試合を開始します。選手の方は所定の位置について下さい』
会場に拡声魔法によるアナウンスが響き渡り、控室からグリーティアが出て来た。
制服の腰のベルトにさっき買った短杖が差してある。
「あれ?もう一人、出てこないわね」
確かに彼――スクオット・デアン・エルフォードは控室から出て来ていなかった。
てかホントに出て来るんだろうか、極端に人前に出て来ない彼なら最悪ドタキャンしての驚きはしないのだが。
「――っと、ちゃんと出て来たみたいだな」
コチラの心配は杞憂に終わったようだ。
あの砂色のローブを目深にかぶって出て来たのは彼で間違いない。
「・・・何か陰気な奴ね、ホントに強いの?」
「相当だぞ、伊達に『ランクA』名乗ってる訳じゃないさ」
『それでは準々決勝戦第3試合、開始してください』
「双方構え!」
お、今回は何時もの審判じゃないぞ。
審判の掛け声と共にグリーティアは短杖を構え、相対する彼はごく一般的なサイズの杖を取り出した。
サイズこそ普通だがその形状は異質と言わざるを得ないもので、先端には4枚の鋭利な刃物が付いており、柄の部分はこれまた鋭利な金属製の杭が付けられている。
凛とした立ち姿のグリーティアと不自然なまでに力の抜けた立ち姿のローブの魔術師。
学校内第2位と第3位の試合を前に会場全体の空気もどんどん張り詰めていく。
「始め!」
審判の掛け声と共に緊張感の高まっていた空気が一気に爆ぜた。
審判殿は例によって例の如く全力で戦線を離脱する。
もしかして皆ああなのか?
審判を目の端で追いながらも競技場へと意識を戻す。
最初に仕掛けたのはグリーティアだった。
爆発的に魔力を高め、短杖によって更に増幅させる。
臨界まで溜められた魔力はこれまた爆発的に彼へと襲い掛かった。
「《――紅蓮は大地を燃やし尽くす》!」
巨大な火球となった魔力は上空から一直線に彼へと突き進む。
どうやらコキューティオ・クイーンを一撃で消し炭にしたものと同じであるこの魔法の威力は俺にも良く分かっている。
このままでは彼は間違いなくあの氷の女王の様に燃えカスの1つも残せずにこの世から消え去るだろう。
だがしかし、そうは問屋が卸す筈も無かった。
彼がとった行動は異形の杖を高く掲げること、そして杖の先端に莫大な魔力が宿る。
その時、彼のローブのフードが迫りくる火球の風圧で外れた。
そしてその顔は確かに笑っていた。
刹那、世界は光で塗りつぶされた――
後書き的なアレは活動報告にて。
感想欲しいです。よろしくお願いします。