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其の十二:魔法の鏡と第一席


 後頭部に覚えのある柔らかい感触を覚えて目を覚ました。


 「起きましたか?お兄様」


 「ああ――おはよう、グリーティア」


 どうやらまた膝枕の様だ。

 しかしまあ、何というか、役得なのは変わりないのだが中々どうして人の足はこんなにもふわふわと柔らかいものだっただろうか。

 いや、人じゃないんだけども。俺も含めて。


 何でこんなに柔らかい上にメチャメチャ良い匂いすんのかなぁ。


 「ちょいとそこの『お兄さん』、なぁにしてんのよ」


 俺が感動にも似た感情の波に揺られていると上空から酷く不機嫌な声音が降ってきた。

 誰だ、俺の至福のひと時を邪魔する奴は――


 見上げるとそこには眉根を寄せ、ザ・フキゲンといった様子のリーラ様が仁王立ちに腕組みの姿勢で立っていらっしゃった。

 いやいやリーラさん、貴女は何をそんなにも怒っておられるのですか?

 怒りのせいで制御を失った魔力の一部が溢れ出して渦巻いてるからね?

 小動物なら雰囲気だけで即死しそうだからね?


 殺気というには生温い灼熱の籠った視線に冷汗を滝の様に流し固まっていると、スッ――とリーラの右手が動いた。

 思わず全身が強張る。

 動いた右手は人差し指を立て俺に向けられた。所謂『指差し』のポーズ。

 何、何すんの?

 アレか、その指先から何か出す気か。

 てか俺は一体何でこんなにキレられてんだ?


 「――手」


 「はい?」


 「何であんたはオンナノコの脚をそんなに撫で回してんのかな?」


 思わずキョトンとする俺。

 俺が?脚を?誰のを何時?

 身に覚えのない罪状に憤然としながら視線を横にスライドさせた。

 するとそこには――


 我が娘の脚を撫でる俺の手と僅かに頬を朱に染めてほんのりと恥ずかしそうな我が娘の顔があった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・」


 3人の間に何とも気まずい空気が流れる。

 グリーティアの脚から起き上がり、正座で暫し呆然と己の手を眺める。

 これは、その、アレだ。

 俺が100%悪いな。

 形勢の不利を察した俺はそのままこの上なく滑らかな動作で、恰もその為だけに生まれて来たのではないかという程の淀み無さで土下座に移行したのだった。


 「弁解は?」


 「面目次第も御座いません」


 それから俺は有罪判決を受け『正座で説教1時間の刑』に処せられ、足の痺れが限界を突破するまでその場に正座せざるをえなかった。

 最中、何故か被害者のグリーティアの顔が若干緩んだままで、それを見たリーラの説教にこれまた何故か棘が増したのは果たして俺が悪いのだろうか。


 唯、説教の最中周囲の視線が痛いどころか激痛を伴うレベルで俺に突き刺さっていた事を此処に記しておく。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 「そういやこの後リーラは試合なんだよな?」


 余りの気持ち良さに『女子に膝枕をさせた上でその脚を撫で回す変態の図』を無意識に実演してしまった後、怒り(と魔力)渦巻くリーラ様の機嫌を何とか回復させ、脚の痺れが取れるまで苦しみ切ってから歩く途中で俺は思い出した事を聞いてみた。


 それはそうと何で他人って足が痺れた奴を目にすると突きに来るのかね?

 普段大人しいグリーティアですらウズウズと身を捩らせ、最後には好奇心に負けた様に申し訳なさそうに突きに来た。

 そのおっかなびっくりな様子に大層癒された俺ではあったがその直後に足を駆け巡った電撃にその様なものは吹っ飛ばされたのだった。

 それに引き換えリーラの奴は何の躊躇も無く脚獲りに来たからね。

 いっそ清々しいものである。


 「ん?そうよ、今日の第2試合だった筈だから」


 そんな事は無かったかの様に平然と話すリーラ。

 くっそ、今度覚えてろよ!


 さて、取り敢えずそこんトコロは置いといてリーラの対戦相手は誰だったか。

 というか――


 「そういえば自分の事に精一杯で2人の試合を全く気にかけていなかったっ・・・・・・!」


 何たる不覚。

 まさかグリーティアの試合を見逃すなんて。

 昨日までに既に2試合やってるはずだから・・・・・・

 俺はもう2試合も見逃してるのか!?

 馬鹿な、どんだけ余裕無かったんだよ俺。

 昨日まで戻って自分をぶん殴ってやりたい。

 時間逆行魔法の開発は不可能とされているがそんな幻想はぶちk――

 おっと、いかんいかん。

 熱くなったせいで思わず危険な橋を渡るとこだった。

 何より熱血はガラじゃないし。


 ああ、それにしてもショックだな。

 項垂れて陰鬱な雰囲気を垂れ流していると若干引いたリーラが遠慮がちに声を掛けてきた。


 「し、心配しなくても大丈夫よ。寧ろ見なくて良かった位」


 「と、言うと?」


 「グリーティアと私、大して試合してないのよね。特に私。

 一試合目は私の方は相手が偶々体調不良で不戦勝、グリーティアの方は試合中に相手がグリーティアに見蕩れちゃってその間に一瞬で炭になってたしねー」


 リーラは兎も角、娘よ、まさかコキューティオ・クイーンにかましたレベルの魔法じゃないだろうな。

 あんなもん人に向けたらどうなるか逆に想像つかんわ。


 「ああ、違う違う。あんなもん喰らったら人間じゃどうにもならないわよ、ね?グリーティア。

 そうじゃなくて、相手が運悪く『ランクE』のひよっこだった上に見惚れてたもんだから様子見の下級魔法直撃してジ・エンドしちゃっただけ」


 「いや、私もああなるとは思ってもみなかったんですよ・・・」


 酷く気まずそうに俯くグリーティア。

 そうか、そういう事なら仕方ないな。グリーティアに下衆な視線を投げかけていたそいつが悪い。


 「ま、そう云う訳で一回戦は私達両方とも何もしてない様なもんだし二回戦目は例の一試合目にあった『召喚騒ぎ』で対戦相手吹っ飛んじゃったしね。

 そんな訳でこの準々決勝が事実上の初戦って訳よ」


 そうか――よかった。

 俺は試合を見逃しはしたけどそこまでの失態じゃなかった様だ。


 「ところでリーラの相手って誰だっけ?」


 「うーん、私も知らない人なのよね・・・この学校に入ってまだそんな経たないから名前見ただけじゃ誰か分かんないのよ」


 「それもそうか。で、何て名前だったんだ?」


 残りの面子とは少なからず面識のある俺ではあるがドイツもコイツもくせ者だからなぁ。

 てか良く考えたら残った8人の内5人が1年なんだよな。

 これって案外スゴイ事じゃねえ?


 「えーっと、時間が無くてチラッとしか見てないからランクまでは覚えてないなぁ・・・名前は、確か――」


 ちょっと待てよ。

 良く考えたらコイツ殆どの奴と面識あるよな?

 というよりも知らないのは8人中2人だけの筈、しかもそのの2人って確か『アイツ』と『第1席』

だったような――


 「そう、確か『エイドリック・サックレーシア』だったかな?」


 「ああ――エディの方か。可哀そうに」


 どっちに当っても最悪なのだけどよりにもよってそっちかー。

 同情を禁じえんな。うん。


 「え、知り合いなの?どんな人?強い?」


 「強いというか何というか――エグイな」


 「それってどういう事よ?」


 俺が下した恐らく予想外であったのだろう評価に思わずといった様子で微妙な表情になるリーラ。

 仕方ないだろう、そうとしか表現出来ないんだから。


 「リーラもこの学校に入ってから一回位は聞いた事あるだろう?『十傑』って」


 「ああ、クレノさんとかネルがそうだった云うあの――ええっ!?って事は私の相手『ランクB』なの!?」


 「それだけじゃないぞ、エディは三年なうえに『十傑』の『第一席』だ」


 「もしかしてそれって『十傑』の中でも一番って事?」


 「まあ、そうなるな」


 そんなぁぁぁぁ、とリーラは情けない声を上げながら頭を抱えてしまった。

 気持ちは分からんでもないな。

 俺もエディとは出来ればやりたくない。俺の理由は恐らくリーラとは違うだろうけど。


 「それはそうとお兄様、その方は三年生――即ち上級生なのですよね?どうして愛称(ニックネーム)で呼ぶのですか」


 「ん?それは前に一度()った事があってだな――」


 年に一度、新年度が始まった直後に催される全校行事に大規模校外演習というのがある。

 一年から三年の全生徒を能力値が平均となる様に2チーム訳、演習という名の『戦争ごっこ』をするトンデモ行事だ。

 当時新入生で連盟加入後間もなく、『ランクE』から昇級していなかった俺は特にこれといった騒動も無く成されるがままに振り分けられたのだが、相手チームにエディが居たのだ。


 当時から既に『ランクB』のトップだったエディは――その頃は『ランクB』も8人しかいなかったため『十傑』ではなく『八席』という名だったそうだ。今でも序列が『席』なのはその名残である――得意の魔法で戦場を瞬く間に蹂躙。

 何を考えていたのか味方までも壊滅させながら一人でそれはそれは楽しそうに大暴れしていた。

 その時に事を聞くと「いやあ、あの時は最上級生になったばかりで取り分け興奮しておってなあ」とハニカミながらに語った。

 しておってなあじゃねえよ、というのが全校生徒共通の意見だ。


 その時何の因果かお鉢が回ってきてソレを止める事になり、まだ田舎から出て来たばかりの俺は深くも考えずにその場で圧勝。

 一時的に先程までの魔法乱発狂(エディ)の行為を上回る衝撃をその場の全員に与えてしまった。

 よくよく考えると今のこの学校での俺の立ち位置はこの時にほぼ決まったのかもしれない。


 「――と、いう訳だ」


 「あんたはまたトンデモナイ事を・・・ランク一つ分の下剋上すらそうそう起きないって云うか絶対そうはさせるもんかって皆死に物狂いで頑張ってる訳だけどまさか4つ分のランク差があるのに圧勝とかどんだけよ」


 仕方がないだろう、過ぎてしまった過去に何時までも囚われてしまっていては未来に進めんぞ!


 「でもそんな屈辱的な事があったら普通は愛称で呼び合う様な仲にはなりそうもも無いですけど」


 「いや確かに俺もその直後にヤッベ、やっちゃったよとか考えたんだけどさ、エディはなんというかアレな奴でなぁ――演習の後に声掛けられて「君は一年だというのに何と剛なるものか!是非とも好敵手認定させてくれたまえ!」って言われちゃって気が付いたらこうねえ?」


 「こうねえってどうなのよ。それより、さっきのエグイってどう云う事よ?」


 「ああ、それか。そりゃ魔法の事だよ、アイツ『広域殲滅魔法』が専門なんだ」


 『広域殲滅魔法』とは読んで字の如く『広範囲を大火力で一掃する魔法』の事だ。

 魔獣の大群や戦争時の一発逆転の切り札として用意される事が多く、その多くは単純な威力ならほぼ総てが上位級から最上位級の魔法に属する。

 大火力による莫大な突破力や使い方によっては戦況を一気にひっくり返せる程の強力な魔法ばかりだが、範囲や威力が高過ぎるせいで敵どころか味方も巻き込みかねない案外厄介な魔法でもある。

 効果が大きければ当然、発動難度や消費魔力も通常の魔法の比ではない。


 「でもそれって大丈夫なの?レイなら兎も角普通の人は2発も打てば魔力スッカラカンよ」


 「大丈夫なんだよな、それが。なんせアイツ人間族(ヒューム)妖精族(フェリアーナ)のハーフだからな」


 大陸には大きく分けて三つの種族が存在する。

 1つは以前の俺やリーラの様な人間族(ヒューム)、差し当たった特徴の無い極々平均的で大多数を占める種族であり、王国のほぼ総ての住人がこの人間族だ。


 2つ目は獣人族(ビステート)、かなりの長寿で身体が頑丈、生命力も強く主に武術に秀でた種族だ。

 魔法はあまり得意ではなく魔力量もそれほど多くない。

 獣人族で一番の特徴なのはその名の通り誰もが身体に何かしら動物的な要素がある事だ。

 動物が2足歩行をしている様な極端な者から身体の一部が動物の者、見た目は人間族と変わらないが機能が動物のソレという者まで多様な種類がいる。

 共和国にその多くが住んでおり、合衆国でも約半数の住人が獣人族だ。


 そして最後が妖精族(フェアリーナ)、数が少なくやや閉鎖的な種族で主に辺境と言って良い様な田舎や山奥にこじんまりとした集落を点々と作って生活している。

 中には物好きな極一部が都会で生活をしているのだがそれもほんの極一部で人によっては生きている間一度も妖精族には会った事がないという人もいる。

 姿形は様々だが種族全体が総じて美形だというのが特徴だろうか。

 基本的に身体はそれほど強くなく三種族の中では一番の短寿命、しかし他種族とは比較にならない程の魔力量を有し、高度な魔法も数多く使いこなす。


 エディはその極一部に属する妖精族の女性を母親に持つ為常人を遙かに超えた魔力量を持っているのだ。


 「えー、ナニソレずるくない?魔力量の多さがどんだけの優位性(アドバンテージ)があるのかレイを見て思い知らされてるのに」


 「諦めろ。まあ勝機が全く無い訳じゃないさ。

 あ、そうだこれも言っとかないと。エディはネルの師匠だから」


 「うええ、それってもしかして――」


 「そうだ、アイツも戦闘狂(バトルジャンキー)だから気を付けろ」


 前にも「(オレ)は人と拳を交える事が何よりも好ましい。それさえあれば他に何も必要とはせぬ」なんてぬかしてたからなぁ。

 俺には理解出来ない思考回路だ。


 それだけ聞くとガックリと肩を落とし酷く鬱な雰囲気(オーラ)を漂わせ始めたリーラを俺とグリーティアはただそっと見守るしか出来なかった。

 そして無情にもアナウンスは流れる――

 どうやら後10分で試合開始の様だ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 『ランクB魔術師(ウィザード)』――エイドリック・サックレーシア。

 『通し名』――『殲滅貴公子アナイアレイト・ノーブル』。

 使用属性は〈無〉と〈炎〉〈嵐〉の上位属性の三属性魔術師(トリプルウィザード)


 母親譲りの整った容姿にやや常識を逸脱した魔力量。

 魔力操作技能も相当に高く大規模で難度の高い広域殲滅級の魔法を幾つも主として扱う。

 やや古めかしい喋り方の溌溂とした性格で、透き通るように白い肌色と後ろで一つに結わえた長いアッシュブロンドの髪は誰の目に見ても美しく校内のファンは少なくない。


 だがしかしそんな彼もネルの師匠をやっている経緯から察する様に大層勝負が――しかもド派手なモノを好む性質で、嬉々とした表情には似つかわしく無い様な残虐性の高い魔法を乱発する様子から付けられた『通し名』は正に彼の存在を如実に表しているといえる。


 さて、そんな戦闘狂の相手に不運にも選ばれてしまったリーラはさっきまでの雰囲気とは打って変わり闘志に満ち溢れた表情で『殲滅貴公子』と正対していた。

 細剣(レイピア)に手を掛け何時でも行けるぞといった様子でエディの事を睨み付けるが睨まれている当の本人は大層嬉しそうに(ロッド)を担いで仁王立ちいている、

 確か銘を『破壊棍・(おそろし)』といった大きな棍は余りにも禍々しい風体をしていて気の弱い人なら向けられるどころか相対しただけで気が遠退きそうな代物だ。

 事実、リーラも若干の険しさを顔に張り付けながらも中々その棍から意識を外せないでいるようだった。

 それにしても――


 「そういえば俺って観衆席(ここ)から競技観んの初めてだったな」


 観衆席と競技場はそれなりに離れている様ではあったが思いの外競技の様子はハッキリと窺う事が出来た。

 ここからでも十二分に両選手の表情が見て取れる。


 「そう云えばそうでしたね、私はお兄様の競技観戦したりしてたですから」


 ニッコリと微笑みながら隣に座るグリーティアは何だかひどく機嫌が良いようだ。

 俺の左腕を抱え込みその豊満な胸部を惜しげも無く押し付けて両足の爪先を小さくパタパタと動かしている。

 以前とは違い墨を流した様に黒く染まった艶やかな髪が肩に寄り掛り得も謂われぬ芳香を漂わせていた。

 一個人――いや、一男子としてはこれだけで十分過ぎる刺激ではあるが刺激の発生元である当の本人にはその自覚は無いらしく今度は俺の左手の指にその白くほっそりとした指を絡めてきた。

 滑り止めや簡単な防具の意味合いもある厚手の革製グローブ越しでも手を握られる感覚とその柔らかな温度が感じられる様で気恥ずかしい感覚が背筋を這い回る。

 そして半ば前後不覚に陥り掛けた思考に止めを刺す様なその笑顔。

 熱を帯びた様な粘り気のある思考は徐々に気化し、ふわりと漂いながら俺の理性を――


 ――って、なんだこれ。

 いやいや、何してんだ俺。

 相手はテメエの娘だぞ!理性を――じゃねぇよ!

 あっぶねぇ、唯でさえ人間辞めちゃったのにここで娘に手を出すとかホントもう鬼畜の所業である。

 流石に俺は人間辞めても人の道を踏み外す気なんて毛頭ない。

 ほら、周りをよく見るんだレイシャルト・ガウディノル。

 他の人達が俺を刺し殺すような視線を送っているぞ。


 「あ、始まるみたいですよ?」


 競技場の方に意識が取られたのかスルリと腕を解きグリーティアは漸く俺の腕から離れてくれた。

 いやー、アブナかった。

 いや、アブナくなんかなかった。絶対、そう絶対だ。


  閑話休題(それはさておき)


 俺もグリーティアに倣い競技場に目を向ける。

 その動作と審判の掛け声はほぼ同時だった。

 てかあの審判俺の試合の時何時もいる人じゃん。


 「構えっ!」


 シャン――、と澄み切った鋭い音が響くと同時にリーラの持つ細剣の白刃が鞘から抜き放たれてその身を大気に晒す。

 淀み無く行われたそのたった一動作で多少ざわついた空気のあった会場全体が俄に張り詰める。

 それを見たエディはその整った顔に浮かべる笑みをより一層深くし、そして肩に担いだ棍を一度大きく振り回した。

 今度は雰囲気とかそんなもんじゃなくより明確に、物理的な風圧を周囲に撒き散らした。

 頭上に掲げられ更にもう一つ回転した棍はその柄がエディの手によって地面に打ち付けられると腹の底に響く様な地鳴りを引き起こした。

 あの野郎、開始もしてないのに早くも棍を『解放』させてやがる。


 観衆、審判、そしてリーラまでもややその空気感に吞まれてしまっている様だった。

 そんな事もお構いなしにエディは大きく息を吸い込み、声音高らかに名乗りを上げた。


 「我が名はエイドリック・サックレーシア!殲滅の名の元に我が御業をこの戦場に刻み付けん!!」


 これぞ正に威風堂々。

 今時戦闘前に名乗りってどうよ?これガチの戦争だったりしたらこの間に軽く5回は死ぬからね?

 でもまあここは戦場でもなければ戦争でも無い訳で――

 エディのキチ〇イパフォーマンスのせいで会場全体の雰囲気が何となく(オトコ)クサい感じに仕上がってしまった。

 観衆席の一同どころかリーラも審判もほぼ呑まれてしまっている。

 これは一種の才能だろうか?


 「さあ審判殿、早急に始めようではないか。己は一刻も早く戦場という名の聖域に身を投じたいのだ!」


 良く通る声を嬉々と張り上げながらウズウズと落ち着かない半人半妖精の魔術師。

 コイツが弟子であるネルと最も違うのはネルが戦闘時に『裏返る』のに対してコイツは素面で破壊活動(おおあばれ)する事だな。


 エディの言葉にハッとした審判は姿勢を正し、顔に無理矢理緊張を張り直した。


 「構えっ!」


 おい、それさっき言ったぞ。

 てか二人ともどう見ても構えてるだろ。


 「始めっ!!」


 俺が胸中で発したツッコミには目もくれず――気付いたら気付いたで怖いのだが――例によって例の如く全力疾走する審判(初老)。

 御爺ちゃんを目前に控えた男の全力の逃げは何度見てもこう、何というか――見た目の残念さ以上の何かがあるな。


 俺が大切な何かを徐々に削られていく中、遂に相対した魔術師の戦闘の火蓋が切って落とされた。

 戦闘前は若干吞まれている様にも見えたリーラであったがエディよりも先に仕掛けたのは彼女の方であった。

 タンッ、という軽い音と共に駆け出したリーラは強化魔法ナシではあるもののかなりの速度でエディとの距離を詰めていく。

 抜身の細剣が日光を反射して尾を引く様子は宛ら流星の様にも見えた。


 右手に握った細剣を引き、突出す。

 簡素ながら隙も無く流れる様に繰り出された動作に対してエディの動作は酷くアグレッシブであった。

 躱すどころか前方にダッシュ、そして一気に跳躍して空中で前方宙返りを三回転。リーラの突きの上空うをギリギリで飛び上がった。

 スタン、と大仰なポーズで着地しきり、その顔には満足気な笑みが浮かんでいる。


 「この上なく洗練された一撃である、しかし!そう易々とは喰らってやらんぞ!では次はこちらから参る!!」


 そう言って『破壊棍・恐』を水平に構えたエディは爆発的に魔力を高めた。

 それに呼応するかの様に棍に怪しげなオーラが纏っていく。


 「《――烈破轟砲(デストロイア・カノン)!!》」


 カッ!!!と閃光が煌めき、同時に突出された棍が空中の見えない何か(・・・・・・・・・)を強かに打ち付けた。

 ガゴンッ!!という凄まじい音に続き、空間に亀裂が入っる。

 刹那、これらの現象が一秒未満に立て続けに起きた後にリーラを襲ったのは『空間』だった。

 いや、正確には風だ。

 これを風と形容して良いものなのかは俺の判断では到底決められたものではないのだが現象として空気が移動しているのだから風といって間違いではないと思うが――


 エディの魔法によって齎された効果は常軌を逸するものであった。

 空間の亀裂をはじまりにその周囲にあった空気がそのまま恐るべき速度でゴッソリと移動したのである。

 空気そのものが魔力によって体積、密度を変じないまま高速で平行移動したせいで移動先の空気は逃げる間もなく押し込まれ、超高圧となり高温の爆風を撒き散らした。

 もともと移動した空気があった場所は一瞬の内に真空となり周囲の空気と共に地面から何からを丸ごと抉り取った。


 一瞬の内に白と黒の大きなクレーターを生み出した魔法の最中、術者の青年は事も無げに平然と立っている。

 顔色一つ変えていないところを見ると競技場の範囲に合わせて干渉域を押さえていたのだろう。

 威力の方は全くの全開の様だったが。


 濛々と立ち込める土煙の中、誰もが地に伏せったリーラの姿を想像し、俺やグリーティア、エディのその例外ではなかったが俺達を含めた全員の想像は綺麗サッパリ裏切られる事となった。


 無傷、そう全くの無傷で左手を前に翳したリーラが立っていた。

 リーラの周囲だけがまるで爆風が避けた様にそのままの姿を残しており、逆にその正面は周囲の倍近く焦げ、抉れていた。


 「なっ――!?」


 信じられない――小声ながらもそう呟いたエディの声がハッキリと聞こえてきた。

 正直な所俺にも信じられない。あれだけの魔法をリーラが一瞬で凌ぎ切れるとは到底思えなかったのだ。


 俺はリーラが魔法を使ったところを殆ど見た事がない。

 グリーティアの話では俺の身体を繋ぎ合わせたりしてくれたそうなのでそこそこ魔法が使えるとは思っていたが普段から魔力すらほぼ練らないリーラは魔法が飛びぬけて上手だと思っていなかった。

 もしこれだけの魔法を瞬時に打ち消せるとしたらそれこそエディまではいかないにしても良い勝負出来る位の魔力量がないとおかしい。

 だとすれば俺が制限状態で魔力を練ったところであそこまで驚く事もないだろうが――


 いや――待てよ?

 そうじゃなくてリーラの魔法に何か大きな特徴があるとしたら――?

 俺の眼は自然とリーラの周囲の地面に向けられた。

 他とは違って大きく抉られたリーラの前方の地面――

 そこで記憶のピースがガチリと填まった。

 まさかアレ(・・)は――


 「カルディアノの魔鏡――?」


 「――?何ですか、それは?」


 俺の隣でグリーティアが不思議そうに首を傾げた。


 「昔、大陸でたったの1人しか使えなかった魔法を持った魔術師の事だよ――」


 カルディアノの魔鏡とは今から50年程前に名を馳せた魔術師の『通し名』である。

 その男の魔法は一言で『鏡』。

 掌を起点に一定範囲に何か知ら境界を作り、そこに干渉しようとする魔力の総てを術者を中心として外向き(・・・)に方向変換するという魔法だ。

 魔法に変換する前の魔力すら例外なく向きを変えてしまうその魔法は一度発動すれば魔法による干渉はほぼ不可能。

 一説によれば術者の組んだ術式が崩壊するレベルの大魔力をぶち込めば突破可能と言われていたが誰一人として成し得た者はいない。

 さらに、術式自体が解明されておらず術者本人にも解析出来なかった魔法としても有名だ。


 「そんな魔法があったなんて・・・」


 グリーティアの顔が素直に驚きに染まる。

 というか古代龍も知らない魔法なのか。


 「ああ、それだけじゃない。俺も何で今まで気が付かなかったのか分からんがその男の名は――ミュラー・ファルヴィムというんだ」


 「え、ファルヴィムって――」


 「そう、アイツの――リーラの姓と一緒なんだよ」


 我ながら情けない。

 あらゆる記述の中に出て来るのは『通し名』ばかりで本名が載った記述が驚くほど少ないせいもあってか完全に失念していた。

 そしてハッキリした。リーラはあの『カルディアノの魔鏡』の子孫に間違いないだろう。

 だとすればあの魔法は遺伝するのかもしれない。そんな魔法聞いた事も無いが目の前で起こった現象やリーラの姓からすると殆ど疑いようが無いのも事実だ。


 「面白い、面白いぞ!ならば此方とても遠慮はせん!我が全力の魔法を受けてみよ!!」


 エディの瞳がやや狂気の色を帯び始める。

 いや、拙いぞアレ。まさか棍を使い切る(・・・・)気じゃないだろうな!?


 「顕在せよ、我が力の象徴!!!」


 高らかに言い放ち、両の手で握り締めた棍を地面に叩き付けた。

 そこで異変が起きる。棍とその周りの空間がグニャリと歪んだのだ。

 変化はみるみる進んでゆき、遂に棍そのものの形状を完全に変化させていく。


 「これぞ我が全力、『殲滅棍・畏神(おそれがみ)』である!!」


 あんのバカ、この仕合の後で首都(シャンダル)の地図を大幅に書き換えさせる気か!?

 ほんの3か月前に王国南部で『ソレ』使って海岸線を数十kmも内側に凹ませたじゃねえか!

 何?馬鹿なの?死ぬの?


 「じっくり楽しみたい気もあったが気が変わった!これで総てを極めようぞ!!」


 あー、だめだ。

 エディの奴完全にトンでやがる。

 こうなったらどこに逃げても一緒だろうからグリーティアの防御でも準備しとくかな。


 俺が半分諦める中エディは棍の開放に伴い爆発的に高まった魔力を更にもう一段階高めてゆく。

 余りの魔力圧に大気は振動し、足元の重力までもが狂い始めてひび割れた地面があちこち浮遊(うきあが)っている。

 リーラの方は余程さっきの『鏡』の魔法は消費が激しいのか滝の様に汗を流し顔色も若干悪い。

 まさか殺しはしないと思うがキレたエディは何をするか分からんからなぁ。最悪こっちにも介入する準備もしておいた方が良いかもしれない。


 「――業炎と暴風の狭間より顕在せしは惧れを以て畏れと成す暴虐が主君(あるじ)《――業炎爆嵐・撃滅棍》!!!」


 棍と全身に燃え盛る嵐を纏って常識では考えられない速度で駆けるエディ。

 彼の持つ魔法の中では初期の段階では一番効果範囲の狭い魔法だが対象に当たったが最期、周囲の物を何もかの燃やし尽くし吹き飛ばし尽くす凶悪な魔法だ。

 さっきもチラッと出たが3ヶ月前に地図を大幅に書き換えざるを得なくなった元凶がこの魔法でもある。

 いやいや、そんな事はどうでも良くて。もっと重要なのは――


 「そんなもん学校(ここ)で使ったら王都(シャンダル)が更地になるわー!!!」


 流石の俺でも制限状態じゃあこの近距離では防ぎ切れんぞそんな魔法(モン)

 自身の最大魔法を何の躊躇も無く全力でぶっ放しやがって!!


 こうなったら仕方が無いと腕輪に手を掛けたその時、まあ何というか、これで何度目かという予想外が巻き起こった。

 思わずリーラの方に目を向ける。


 「・・・・・・・・・さ・・・よ」


 ん?距離が離れて良く聞こえんが何か言ってる?


 「ゴチャゴチャ五月蠅いのよこの腐れイケメンがー!!!!」


 ギュオアッ、というとんでもない音に続いて何時の間にか剣を収めて空いた右手に高密度の魔力が集まるのが見えた。

 密度が濃過ぎて何も特別な事をしなくても引き起こされた空間の歪みで良く見える。


 燃え狂うエディはもうあと一秒未満で到達する。

 そして、衝突――


 「――――ふっとべぇぇぇぇえええ!!!!!」


 ――音速に迫る棍の突きにリーラのか細い拳がぶち当たる。

 ややアッパー気味にぶつかった拳は押し負けるどころか溜め込んだ魔力を解放、展開。

 衝突と同時に爆発というよりも拡大といった方が何となく正しい様な気のするエディのトンデモ魔法を何と空に打ち上げた。

 『鏡』によってリーラを中心に総ての魔法を『外側』に方向転換したせいである。

 今回は『拳』が中心点だったせいか効果範囲が狭く、エディの魔法のほぼ全エネルギーがどうやら収束してしまったらしくリーラの拳から宛ら極太のビームでも打ち出した様になっていた。

 ・・・・・・ハンパねぇ、何だあの魔法。


 果敢にも特攻を仕掛けた弾丸エディは自身の魔法の余波に巻き込まれて場外へ特大のホームラン。

 残念ながら意識は無いようだ。

 うん、これで少しは懲りてくれないかな。

 無理ですか。そうですか。


 ド迫力では済まない超次元戦闘――俺が言うなって?ハハッ冗談きついなあ――で俄に騒然となる閑散とした観衆席。

 魔力を使い切ったのかその場にへたり込むリーラは彼女の魔法によってポッカリと開いた雲の穴から燦々と日光を浴びている。

 その姿は何となく神々しくも感じた。


この話ともう一話はレイ君観客の予定。

如何ッスかね?

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