其の十一:魔術師と超力師
遅くなりました、本当に申し訳ないです。
室内に沈とした空気が立ち込める。
「おいおい、そんな顔をするもんじゃない。言っただろう、大した話じゃないと」
「何処がだ、寧ろ大問題じゃねぇか」
そんな風に平然としてられる理由を是非ご教授願いたい。
見ろよ、グリーティアは絶句してるしリーラに至っては意識が完全に消失してんぞ。
「てか何時からそんな話になってるんだよ。軍は勿論王家からもそんな報告は受けてないが」
本来、そこまでの危機が迫っているなら出撃するかは兎も角として何等かの方法でいの一番に俺に報告が来る様になっているのだ。
それなのに今の今までそんな話は一切俺の耳には入っていない。
コイツの情報が異常に早いのか、それとも何か他の事情があるのか――
「それはそうだろう、何せ公式な話では無いからな」
「――は?」
公式じゃない?
宣戦布告なのに公式ではないというのは可笑しな話だろう。
国際法で国家間の正式な決議がなければならない筈だ。
そうでない場合、戦争行為はどんな理由があっても最高レベルの重罪となり他の国から徹底的な報復が為される。
これは戦争自体を起こりにくくし、嘗ての大戦役を繰り返さない為に戦後締結された大陸全土共通の最優先条約だ。
これを破るなんて事は即ち全世界を敵に回す事と同義な為、真面な神経ならまずそんな事はしない。
因みにこの条約には事前会談を行わない宣戦布告の禁止も含まれている為、デュノアの言っている事が本当なら帝国は程なく大陸全図からその名を消す事になるだろう。
何せこの条約による報復行為にはあの法国も参加するのだ。
どうにか出来ようもない。
「確かに此れが国家間の戦争行為であるならば大問題だ。だが此れが国家間の戦争行為で無いとしたら――?」
「国家間の戦争行為じゃない、だって?」
「相手は《白の軍》なのだよ」
おいおい、あいつ等かよ。
ホント面倒臭ぇなあ。
アレ限特に考えた事無かったけどまさか《白の軍》って皆ラディスみたいな奴ばっかじゃないだろうな。
あんなのがわんさか湧いて来たら厄介どころじゃないぞ。
「安心したまえ、それはない」
デュノアの言葉に少なからずホッとしたのも束の間、やっぱりそんなに甘くない事をこれまたデュノアの言葉で思い知った。
「あの程度で済んでいたら此方だって此処迄苦戦はせんよ」
「・・・・・・厄介だなぁ」
げんなりする他ない。
宣戦布告して来たって事は相手方も『それなり』の準備をしてるって事だろう。
最悪、ラディス以上の相手が群れを成して来るのとかち合うかも知れないというだけで田舎に帰りたくなる。
悪の組織(?)と対決なんて主人公然としたこと、ハッキリ言ってガラじゃないんだよなぁ。
「で、何時攻めて来んだよ。『宣戦布告』と言った以上その辺りも何かあんだろ?」
「ん?ああ、それなら選抜大会支部予選決勝の日だ。大方新しく手に入れた召喚術式でも見せびらかしたいんだろうな」
おもちゃって・・・
仮にも神獣相手にそれだけの大口が良く叩けるものだなあ。
それは兎も角として、先方の目的は――
「大会に際して集まった魔術師勢力の一網打尽、ってトコかね」
デュノアの方も俺と同じ事を考えていた様で静かに一つ頷いた。
「まあ、そんな処であろう。奴らが使役できる神獣の規模は未だに未知数ではあるが仮に一体だけであっても上位クラスの神獣を召喚して繰れば此方とて全くの無被害と云う訳にはいかんだろうからな」
以前クレノが相手取ったエンシェント・トータス等が属するCクラス帯なら兎も角、過去に相手にしたエンペラーウルフやそれこそドラゴン級の上位神獣でも召喚された場合、対処をミスれば町単位で人が死ぬ事になりかねない。
「何、幸い時間はある。それに支部は本来防衛戦を想定して建てられているから守りも堅い。
そしてレイも支部の予選会に出場するのだろう?何とでもなるさ」
デュノアの奴、ちゃっかりコキ使う気だな。
まあ今は正式(?)に《黒の軍》としてデュノアの下に就いているから言われれば出撃はするけどさ。
「ま、そういう事ならこっちとしては是非もないよ。それにデュノアも来るんだろう?」
俺にばっかやらせんじゃねぇよ、と一瞥くれてやったがデュノアはただニヤリと笑うだけだった。
大層腹黒い笑みだというのにこれで中々様になってしまうのだからイケメンというのは些か理不尽な生き物である。
「――別に良いさ、俺は言われた様にすればいいんだろう?じゃあこの話は以上だな。それとも他に何かあるか?」
「いや、強いて言うならこの予選会に勝ち残れ、と云う程度かな。君には不本意かもしれないがね」
全くだ、唯でさえそこそこ名の通ってしまっている俺が予選会に出るというだけでそれなりの注目を集めてしまうというのにその上更にこんな戦争紛いの問題の矢面に立たされるなんて。
これを厄介と言わずに何と言うのか。
不本意なんてもんじゃねぇぞ。
「そうだ、先の二回戦でフリーネ・ピーリム君の出した被害の御蔭で予選会の工程が大幅に短縮される事になった。あの場にいてなお無事で居られたのは23名、その中で戦闘行為に耐えうる状態の者は君にグリーティア嬢、ファルヴィム君、『十傑』が『第三席』クレノ・アストム、『第八席』ネルノーム・メリアム、君たちの担任のペンタグラフ殿、後は三年の『彼』に同じく三年の『第一席』。合計八名8名だ。
数も丁度良い事だし明日からは準々決勝になるだろうよ。
試合数が大幅に減ったから日に一試合で済む筈だよ。是非頑張ってくれたまえ」
おい、ニヤけながらそんな事言っても不穏な空気しか醸し出せてないぞ。
今度は何する気だ。
かと言ってこの場で読心なんてデュノア相手に出来る筈も無いので奴の真黒な腹の中身は奴のみぞ知る、という事で早々に思考を放棄してこの場を後にする事にしたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「あいつ、何時か目にもの見せてやる・・・・・・」
「お、落ち着いて下さい。お兄様」
「そ、そうそう。偶然、偶然だって!」
さて、事と次第によっては国家の危機とも取れる不穏な会談を済ませた翌日、俺は早速黒いオーラを噴出させる状況となっていた。
何があったかって?まあ見てくれよ、新しく張り出されたトーナメント表を――
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【準々決勝戦・第一試合】
[『ランクA魔術師」レイシャルト・ガウディノル]
対
[『ランクA魔術師』シャディレイ・ペンタグラフ]
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「――先生かよ!?よりにもよって!!」
これか、これなのか。
昨日の妙なニヤけ面の正体は。
「それにしてもあのエロい先生が相手なのね。強いの?まあランクAって云う位だから相当なんだろうけど」
リーラさん、確かにスタイル抜群で色気のカタマリみたいな人だけどエロいとか言うなよ。
貴女一応オンナノコですからね?
「勿論相当強いぞ。何せ先生はこの学校で唯一の超力師だからな」
超力師とは一般的な魔法とは違う原理の魔法の素養を生まれつき持った魔術師の事を差し、総じて保有魔力量が多く、操作技能が高い者が多い。
発動原理が未だに詳しく解明されていない超力師の魔法は発動の際に魔力とは違う別の何かを使っているという事位しか解っておらず、今でも魔法学者の頭を悩ませている。
一般的な魔法と違い、属性の概念も無く便宜上〈無〉属性に分類されてはいるが明らかにソレ以外の効果を持った魔法も存在する為、正直な所戦闘時に於いては発動するまで何が起きるか解らないのが現状である。
発動に関してもそもそもの原理が全く異なる為詠唱方式も異なり、術句からの効果類推も儘ならない。
汎用性という部分ではクセが強過ぎて難のある超力師の魔法ではあるが、戦闘と言う一部分では無類の効果を発揮してくれる。
一般的な魔術師と違い生まれ付きの素養が必要な超力師は例によって例の如く数が少なく、全体の数は把握していないが確か王国内には12人の超力師が居た筈だ。
シャンダル都内には先生の他にあと一人軍にいる。
まあその人の事は置いとくとして――
「何をしてるんだろう・・・・・・」
試合開始までの空き時間、陰鬱とした雰囲気を引き摺りながら暇潰しに1人で散歩していると件の――というか問題の対戦相手我等が担任、シャディレイ・ペンタグラフ女史が花壇を前に不可思議な行動を取っている。
いや、「奇怪な」と言うべきか――
「あら~?レイちゃんじゃな~い」
おっと、見付かってしまったか。
「先生、何時も言ってますけど『ちゃん』は止めてください。ところで、一応聞きますけど何してたんですか?」
「うふふ~ん、レイちゃんはレイちゃんだからね~。諦めて?先生は今『お花さん』とお話ししてたのよ~」
「先生、『また』ですか・・・・・・?」
『また』というのは先生の今みたいな言動の事だ。
端から見れば病気か何かの様にしか見えないのだが先生は時々こうなる。
「そうよ~、今日は天気が良いから調子が良いんだってね~」
何というか、その、先生は『いろんなモノ』お話しが出来るそうなのだ。
おっと、若干引いているそこの君。
気持ちは良く分かるが何事も奇怪な事象を一切合財単なる妄言と断じていては時に現実を見失うぞ?
俺も理解するのに時間は掛ったがな。
それはさて置き、先生の言う『お話し』なのだがどうやら先生は生命あるものなら動物や虫は勿論の事、植物や細菌類に至るまでその気になれば意思の疎通が図れるらしい。
一種の翻訳魔法の様なモノらしいのだが超力師の不可思議魔法によって引き起こされたソレは波長を合わせさえすればどんな生命体とでも意思疎通が出来るのだという。
菌類の様に余りに小さ過ぎるものに関していえばある程度培養、増殖させないと駄目らしいのだがそんな事なこの際些末事だろう。
俺も動物程度なら多少のコミュニケーションが可能ではあるが植物や、果ては菌類なんぞとは望むべくもない。
個人的には結構魔法に関しては詳しい心算ではいたのだが先生相手ではその自信も覆される思いである。
「そういえば先生の次のお相手はレイちゃんだったかしら~?」
「え?ああ、ハイ。そうです。よろしくお願いしますね」
「うふふ~ん、レイちゃんは一年生の筈なのに半端じゃなく優秀ですからね~。先生も本気出しちゃうぞ~?」
「あ、あはは・・・お手柔らかに・・・・・・」
冗談じゃない、王国内15人のランクAの『第五位』の本気なんか制限状態で躱しきれるかよ。
『第一位』の爆裂ジジイや『第二位』のハイパー☆ドSに比べりゃ遙かにマシだけど俺はこの状態での序列は『第七位』だぞ?
因みにデュノアは『第三位』、三年の彼は『第十二位』だ。
グリーティアの序列はなったばかりという事で『第十五位』である。
内心冷や汗ダラダラの俺を後目に「じゃあまた後でね~」なんて暢気に手を振りながら会場に歩いていく先生の異様に整ったプロポーションの後姿を見送る。
俺、このまま帰ったら駄目かな?
◇◆◇◆◇◆◇
『ランクA魔術師』――シャディレイ・ペンタグラフ。
『通し名』――『不定形な旋律』
使用する属性は〈無〉〈風〉〈水〉〈光〉の4つである四属性魔術師だ。
使用属性の多さも然る事ながら、豊富な魔法の随所に超力魔法を織り交ぜて来る戦闘スタイルはあらゆる定石が通用しない。
然しながら超力魔法一極型の魔術師かといえば決してその様な事は無く、通常魔法の技術も非常――いや、非情なまでに高い。
特に〈光〉と〈風〉の魔法はある種の楽曲であるかの様に優雅に流れ、補助的に用いられる〈水〉と〈無〉の魔法も相まって芸術の域に達する様な様相である。
優雅な見た目とは裏腹に一つ一つが凄惨なまでの威力を秘めている為、魔法によって引き起こされる結果は美とは程遠い地獄絵図になってしまうのだが――
以前、校外演習中に魔獣の群にかち合ってしまった時に見せた残虐かつ美麗な戦闘は畏怖の念と共に数多くの学生の憬れや目標となっている。
同じく『ランクA』である、とある人物によると――
「シェリー(先生の愛称)はきっと地獄の真ん中でもダンスパーティーを開けるわね。なんたって彼女が踊ればそこがもう八割方地獄なんですもの」
――とまで言わしめた。
一度でも先生の一対集団の戦闘を見ればその意見に全力でその意見に賛同する事は間違いないだろう。
範囲、単体問わずあらゆる魔法をかなりの高レベルで繰り出して来る先生の唯一の弱点といえば先生が完全な『後衛型』である為、近接戦闘での肉弾戦が比較的苦手という事だろうか。
どちらかといえば『前衛型』である俺からすればこれはかなりの利点となる。
間合いを取った持久戦なら物凄く不利なのは間違いないが距離を詰めた高速戦闘による短期決戦に持ち込めば勝機はある。
ただ、全くの不確定要素である超力魔法や先生得意の「受け流し」や「投げ技」のせいで完全な優勢とは言い難いのだが。
何でも接近戦が苦手な『後衛型』の弱点を少しでも軽減する為に少ない筋力で済む技を練習していたらしい。
正直な所、余計な事を――と思わなくもないが今更言っても仕方ないだろう。
肉弾戦の突破力が無いのは事実だから現状に於いて魔法が拮抗している今、そこに賭けるしか俺に道は無いのだ。
「・・・・・・厄介だなぁ」
『これより準々決勝戦、第一試合を始めます。該当選手は競技場へ進んで下さい』
おっと、考え事をしている内に時間が来たようだ。
ええい、どうせ考えてたって本番じゃ絶対に裏切られるんだ。
ならいっその事場当り的に行ってやろうじゃないか。
『各選手は所定の位置について下さい』
魔声放送に従い開始位置について辺りを見回すと観客席は閑散としていた。
やっぱりかなりの人数が何かしらの影響を受けてんだろうな。
然しながらそんな状況でも教職員にはほぼ欠員が見られないのは流石という所か。
コチラとしては注目度マックスの中でやるより気が楽で助けるのだけれど。
当初から準々決勝からは試合の同時時進行がなくなる予定だった為本来ならばほぼ全校生徒+同じく教職員が観戦していた筈なので怪我人さん達には悪いけれど正直ありがたい。
ふと正面に目を移せば先生が悠然とした立ち姿で位置についている。
一見何の構えも取っていない、優雅な立ち姿ではあるが恐ろしく隙がない上にただ立っているだけで何故だか後光が差している気がするほど様になっている。
瞬間、俺と先生の眼が僅かに合ったと同時に先生が僅かに微笑んだ。
ただそれだけの動作で俺の警戒度が一気に跳ね上がる。
俺は気合を入れ直す意味で両の手に填めた革製のグローブをギュッ、と填め直した。
「双方構え!」
審判の声が一瞬響く。
そういえばこの人一試合目から俺の試合の審判してるけど競技中如何してんだろう。
開始の合図以外で見た記憶がないぞ?
良く今まで無事だったものだ。ていうかフリーネ戦の時も審判してた筈なのに全くの無傷ってこの人何者だ?
もしかしたら半端ない実力者なのだろうか――
そんな無駄な思考を挟みながらも意識は正面に立つ超力師へ向ける。
腰の両側に差した二本の――赤と青の魔晶石がそれぞれ填め込んである剣を抜き、構える。
先生も愛用なのであろう素材の良く分からない光沢のある赤茶色の長杖を手に持った。
いよいよ、だな――
「――始め!!」
その時俺は見たのだった。
あの審判が試合開始の合図と共に必死の全力疾走によりその場を離脱する処を――
いや、逃げてたのかよ!?
何あの必死の形相!俺の期待を返せ!!
半ば理不尽な叫びを胸中に渦巻かせながらありったけの魔力と共に弾丸の如く飛び出した。
先生には悪いけど一気に決める――!!
俺の出せるスピードで今ある先生との距離を詰めるのに掛かる時間は約1秒。
歩数で言えば5歩程度。
これだけの間に出来る事はあまり多くない。
だからこそ俺はあらゆる動作に『意味』を持たせた。
踏み込みの3歩目までを起点に――
《――神速の如き疾風の加護》
4歩目と同時に上体を僅かに起こす動作を起点に――
《――怒涛の如き紅蓮の加護》
右の剣を引き絞り、半拍遅らせて左の剣を引く動作を起点に――
《――流麗の如き紺碧の加護》
5歩目と身体を一気に低く構える動作を起点に――
《――不動の如き剛健の加護》
押し込められる限りの『詠唱動作』によって出来る限り最高位の強化魔法を何重にも掛けられた俺の身体は、1の魔法で音の壁を超え、2の魔法で右の剣を深紅に染め上げ、3の魔法で左の剣を青く輝かせる。
そして4の魔法で己の身体を岩の如く硬化させた俺は、周囲の景色が目視出来ない程の速度で相対した超力師にあらん限りの力で突撃を敢行した。
このままいけば人の目で追う事の不可能な速度で繰り出されるそれ単体で必殺の威力を誇る突きに加え、触れた瞬間爆熱と高圧水流によって暴虐の限りをを尽くす破壊の嵐が巻き起こり、対象を一切の例外無く殺し尽くすだろう。
だがしかし、当然というか何というか。
俺の思い描く結末は待てど暮らせど訪れる事は無かった。
下位の神獣であれば場合によっては葬り去る事の出来る攻撃に対して先生の起こした動作はたった一つだった。
「《――SαЯNё》」
不可思議な発音と共に手に持った長杖を横に一薙ぎする。
簡素な動作と裏腹に起こった結果は爆発的なものだった。
剣の切先があと20cmで届かんとした瞬間、視界が一瞬で消失した。
いや、脳を直接揺さ振られる様な轟音と共に溢れ出した光の奔流が先生の周囲と俺の視界を覆い尽くしたのだ。
余りに瞬間的な事だった為咄嗟に動作を中断する事も出来ず遂に切先が光の壁に触れた時、地鳴りの様な爆音と甲高い高音が劈き、魔法同士の衝突によって視界と平衡感覚が失われる程の爆発が巻き起こった。
成す術なく爆風に押しやられ、辛うじて吹き飛ばされはしなかったものの顔を庇う為に交差させた腕を退けるとそこは既に競技場の端ギリギリの所だった。
――あっぶねぇ、魔法で強化してなかったら吹っ飛ぶ処か死んでたぞコレ。
爆発が激し過ぎてさっきの場所クレータになってるし。
顔を上げると俺の対角線上、丁度反対側の端に先生が片膝を着いて長杖を支えに踏み止まっていた。
あーあ、このまま場外に出てくれてりゃお終いだったのに。
然しながら過ぎた事を言うよりも相手が体勢を崩している今こそ一気に畳み掛けるべきだろう。
衝撃で強化魔法は解けてしまっているが魔力量にはまだ余裕がある為問題は無い。
さっきの様な事にならない為にも魔力を練るだけに留め咄嗟の事態に対応出来る様に構えながら一気に駆け出した。
俺の接近に気付いた先生は素早く立ち上がり長杖を地面と水平に構える。
「《――浄化の飛沫》!」
キュパッ、という歯切れの良い音と共に無数の光輝く小さな粒が辺り一面に隈なくバラ撒かれた。
回避出来る数と範囲を遙かに超えた攻撃を前に素早く防御魔法を展開させる。
「《――火焔障壁!》」
前に飛び出て蜂の巣にされるのを防ぐ為に急制動を掛け、関節が軋むのを無視して炎の壁を作り出した。
光の粒が当たった端から尋常でないスパーク音が聞こえ、先程まででは無いにしろ激しい爆発が起きた。
衝撃波によって互いの魔法が吹き飛び暴風荒れ狂う衝突地点に両方の剣先を捻じ込み、強引に左右に切り払って道を作ってから俺は構わず突っ走った。
場外を気にしてか、それとも追撃の為か先生は前に歩み出ていた為にその姿は目前に迫っていた。
躊躇等無く左右両側の斜め上から袈裟に斬り下ろす。
それを上手い具合に右へ受け流し、投げ技でもかける心算なのかそのまま右腕を取りに来た。
それを善しとする筈も無く、魔力によって強化した身体を普通なら不可能な軌道で捻り、その勢いのまま左足の踵を叩き付ける。
辛うじて長杖で防がれてしまったが基本の力で勝る上に強化した回し蹴りを先生の細腕では殺し切れず体勢が僅かに崩れた。
これで極めるとばかりに回転の勢いをそのまま、右手に持った剣に魔力を通して振り下ろした。
「《――獄炎爆撃》!!」
「《――絶対の不可侵領域》!!」
鋼鉄の壁をも燃やし尽くす筈の一撃が長杖の先端から放たれた正六角形の壁に阻まれて停止する。
こうも次から次に受け切られては如何したものか分からなくなるぞ。
制限取っては駄目ですかね?
だってメッチャきついんだもんよ。
「相変わらず激しいわね~、レイちゃんは。本当に一年生なの?先生しんどい」
「何を言いますか、先生こそ無茶苦茶ですよ。ここまで止められたのも久しぶりです」
特に最初の超力魔法は凄まじかった。
強化魔法を論中に重ね掛けした上に四属性の相乗効果でかなりの効果上乗せがあったのに完全に止められたんだから。
発動原理どころか詠唱法も理解出来なかったし結局何をされたのかも良く分からないままだ。
ただ、あれだけの短詠唱であの効果、というのは凄いの前に空恐ろしさを感じる。
「ふふ、まだまだこれからよ~」
そう言って先生が俺の剣を受け止めている長杖の角度を僅かに変えた瞬間、足下から重力が消え去った。
続いてフワリとした浮遊感と共にやってくる。
投げられたと気が付いたのは身体が高く舞い上がり、落下に伴う重力が身体に掛かり始めてからであった。
まずい――
空中でその動きを視界の端に捉えた瞬間、全身から嫌な汗が噴き出した。
先生が、『呪文を詠唱している』。
距離がある為ハッキリとその文言を聞き取る事は叶わないが口の動きから僅かに読み取れる『風』や『光』、そして呪文を構成する単語の端々からその魔法の内容を半ば確信する。
あれは先生が最も得意としている〈風〉と〈光〉を混合した広域殲滅魔法だ。
詠唱の所々に見慣れない言葉が混じっている所を見ると超力魔法も組込んでいるのかもしれない。
一度だけ見た先生の殲滅魔法と同レベルであるならこのままでは冗談抜きで死ぬ。
この不安定な状況では『還元』も行えないし、回避も不能。
並の魔法ではあの魔力量を見る限り拮抗は出来ないだろう。
こうなったら俺も『全力』でぶつけてやるよ――!
空中に浮かび、未だ地面に着地していない身体を無理やり建て直し両手に持った剣を交差させる。
「――始原にして根源、世界を司りし紅き炎よ」
詠唱に呼応する様に右手の剣が赤く輝く。炎を纏うのではなく全体が鋭く発光している。
「――輪廻にして流浪、生命を司りし碧き水面よ」
左の剣が右とは対照的に優しく、それでいて力強く碧き輝きを湛えた。
「――彼の力は相違、されど源泉は同質なり。相克と相乗、矛盾せしその相を持って力と成せ!」
俺が一際強く輝いた剣を十字に振り切るのと、あまりの密度に渦を巻いた魔力の中で先生が杖を突きだすのはほぼ同時だった。
凛とした声で大きく放った言の葉はさっきまでの詠唱と違い、ハッキリと俺の耳に届いてくる。
「《――天使の叫び、聖なる大号砲》!!」
「《――無限零式・烈火爆流斬》!!」
僅かに早かったのは先生の方だった。
最初の超力魔法すら生温く感じる様な光と風の爆流が渦を巻いて押し寄せてくる。
半拍遅れた俺の魔法は十字に切り払った剣の軌跡をなぞる様に空間そのものを両断する紅と碧の斬撃となり、巨大な十字架を世界に刻みつけた。
普段はしない詠唱を行って全力で放たれた渾身の魔法が殺到する破壊の嵐と接触したのを目視してから、俺の意識は爆音と暴風、衝撃波によって刈り取られた。
ゆっくりと目を開ける、視界には一面青空が広がっていた。
痛む身体を起こし、辺りを確認する。
意識を失っていた時間は長くない筈だ恐らく数秒程度。
ふと後ろを振り返ると競技場とその場外を隔てる線が驚くほど近くにあった。
具体的に言えばあと10cmで場外である。
片膝をついて立ち上がり、視線を上げる。
最初と同じ様に反対側まで吹き飛んだ先生が完全に意識を失った状態で倒れていた。
念の為近くに歩み寄り状態を確認する。
どうやら意識を失っているだけで後は特に異常ないようだ。
救護の職員が駆け付け、先生を運んでいく。
俺も運ばれそうになったが謹んで辞退した。
会場を出て芝生の敷いてある広場で仰向けに寝転ぶ。
ああ、疲れたなぁ――
疲労感から来る眠気に身を任せ、次第に重量を増していく目蓋に抗いもせず段々と意識を手放していく。
何はともあれ、勝ちましたな。
勝利の余韻に浸る間もなくただ広がる疲労感と開放感の狭間で彷徨いながら俺は寝入っていった。
誰かの足音が聞こえた気もするがそれを気に掛ける体力も無かった。
散々遅れた後で言うのも何ですが暫く更新が不安定になります。
今更感もありますがご迷惑をお掛けします。
本当に申し訳ないです。