其の十:トンカチ女と二回戦
遅れて済みませんでした。
当初の予定になかった戦闘を何とか切り抜けグリーティアのもとに帰るとリーラが一緒に立っていた。
「お疲れ、結構危なかったんじゃない?」
「べっつに、あんなんヨユーだったしっ」
ニヤッ、と人の悪い笑みを浮かべるリーラに思わず強がってしまった。
いや実際は結構どころかかなりギリギリだったけどね。
ちょっとでもミスってたら俺終了のお知らせだった訳だし。
「ま、良いけどねー。ところで最後の『アレ』、アンタ一体何やったのよ?」
俺の虚勢には一切取り合わず、先の戦闘で最後に俺がやった『アレ』について聞かれた。
グリーティアにもあまり理解出来ていなかったのか、非常に興味深そうな顔をしている。
グリーティアにはすぐバレるかと思ってたけど案外そんな事も無かったらしい。
まあ常識で考えたら俺がやった事なんてまず思い付かないし、それに常識ある人間なら思い付いても絶対に試そうとは思わないよな。
因みに俺はそのどちらでもなかったという訳だが。つか最早人間ですらないし。
あー、それにしても何て言おうか――そういえばリーラは俺の今の状態を知ってるんだっけ。
じゃあ言っちまっても良いかなぁ――?
という訳で人気の少ない隅の方に2人を手招きする。
怪訝な表情の2人だが一定の理解が得られたのか素直にこちらまで歩いて来てくれた。
演習場の隅で頭を寄せ合う様な形を取り、周囲の雑音に紛れない様に注意しながらも可能な限り声を潜めて事情の説明を開始した。
「最初に言っとくがこっけら話す事は誰に対しても他言無用だ、勿論デュノアにも」
「はぁ?一体何だってのよ、いきなり――ああ、分かったわよ、分かりました。絶対誰にも言わないから早く説明しちゃいなさい」
こいつ・・・まあいい、ここで言質を取った以上リーラは最低限約束は守ってくれる筈だ。
もっとも、聞いてから尚周囲に吹聴出来る様な内容では無い事は聞いたら最期、嫌でも理解する筈だ。
それだけこの内容は話た方にも聞いた方にもそれ相応のリスクが発生する。
「あー、うん。何つうかな・・・グリーティアなら分かると思うんだけど――俺のもう半分、例の龍の方に関係がある訳よ」
「あっ!お兄様、まさか――」
ここで漸くグリーティアは『アレ』の正体に気が付いたらしい。
事の次第を理解したせいでその顔が驚愕に染まっている。流石のグリーティアでも俺の行動は予想外というか理解の範疇を超えていたというか――まあ要するに、端的に言えば「そんな事が出来る」って事自体知らなかったのだろう。
何せ前例があるかどうかも定かじゃない極めてイレギュラーな状態だからな、俺達。
リーラはまだ何の事か良く分からないのか首を傾げている。
古代龍の「本質」については知らないのだろう、恐らくグリーティアもそこまでは話していなかったようだ。だとすれば致し方無い。
「何がどうで何なのよ?」
1人事態を把握出来ていないせいなのか、若干声音が不機嫌になり始めている。
これ以上勿体ぶると後で地獄を見そうだ。いや、別に意図的に勿体ぶっている訳じゃなくて事が事だけに話し言葉を択んでいるから結果的に話が遅々として進まないだけなのだが。
「まず、リーラは古代龍の『本質』が何なのか分かるか?」
「――は?本質って言われても・・・ほかの神獣種となんか違うの?神書には『現世に存在せし遍く生命の頂点たる存在であり、源泉たる器である』って一節があるらしいけど――」
「そう、それだ」
神書とはこのアデルフィア大陸に古くから伝わる神話をまとめた本で、その起源は聖王歴以前に遡る。
最高神サファムを中心に六柱の神々、マゼンテス、シアネル、リエルーナ、セピアヌス、ハクラム、ラコクス達が織り成す数々の物語りを主にしてその他に大陸に使わる数々の伝承をまとめている本で、全編通して何と137編もある驚異の書物だ。
一冊一冊の厚さも半端じゃなく、そのページ数は優に一冊当たり一万を超えるのだから一度でも実物を見た事があるものなら手に取る前に確実に心を折られる。
それでは余りに意味がないという事で一部を抜粋したり、意訳したり等された一般向けのモノがこの大陸では多く出回っているのが現状だ。
因みに大本である原典は法国の中枢教会――王国でいう王家の様なものだ――で管理されているらしい。
閑話休題。
要するにその神書の一節に古代龍についての記述もあるのだ。
内容はリーラがさっき言ったもの。莫迦みたいな文章量を誇る神書にも何故か古代龍についてはこの一節しか載っていない。
理由は定かではないが恐らく――
まあそれは置いとくとしてこの場合、何が言いたいのかというと古代龍が総ての生命の『源泉』とされているという事だ。
生命の源は『命』、命とは即ち『生命力』、そして生命力は『魔力』と等しき存在である。
『遍く生命の源泉たる器』というのは『総ての生命の源である生命力そのものの形』という風に解釈出来るのだ。
「じゃあ何?古代龍ってのは魔力そのものが寄り集まって形作られてるって事?でもそれが何の――あっ!?」
俺が言わんとする事に思い至ったのだろう、リーラの眼が大きく見開かれていく。
同時に口もうら若き乙女とは思えない程に大きく開いてしまっていて何とも残念な面構えになってしまっているのだが。
正直アホっぽい。
「お父様、もしかして――『還元』を行ったのですか?」
声をより一層潜め、真剣な眼差しを俺に向けてくる。
呼称が元に戻ってしまっているがまあ聞いている奴もいないだろうから取り敢えず脇に置いておく。
「『アレ』の本来の名称は『還元』というのか?」
俺がやった事――それは即ち「自身の肉体の完全魔力化」である。
この可能性に気が付いたのは以前《白の軍》のラディスと殺リ合った時、最後に気を失う直前の腕の鱗を見た時だ。
頭では分かっていた心算ではあったが実際に目の当たりにすると大きな衝撃だった。
精神的なショックも勿論あった、だけど俺が衝撃を受けたのはそこではなく『自分の身体にも古代龍そのものの存在が確かに存在する』という事だった。
魂のレベルで混ざり合い、絡み合い、最早自然には存在すらしない歪んだ存在になってしまった俺――もしくは俺達の身体にこうもハッキリと以前の特徴が表れるとは思っていなかったのだ。
どうやら俺たちの身体にはハッキリと『人間の部分』、『古代龍の部分』が別のものとして存在しているらしい。
混ざり合う事など決してなかった。
しかし、こうなってくると話が少しややこしくなってしまうのだ。
2つの要素が1つの身体にあるというのはどう考えての無理がある。
混ざり合い、別のものに変質しているのなら兎も角別個の要素がそのまま一つの入れ物に入っているのではただでさえ魂を共有している俺達にとっては莫大な負担になりかねない。
その可能性にはグリーティアの方も気が付いていない様子だった。
元々が人間とは比べ物にならない性能であるという事もあってだろうか、気が付いていないというか考慮することすら意識の範疇外である様子だ。
取り敢えずこの事がどの様な結末に落ち着くか分からない内は事実を伏せ、俺は自身の身体を隈なく調べた。
物理的に、精神的に、魔力的にあらゆる方法で調べても差し当たって問題は見つからなかった。
実際、もし見つかったとしても何を如何するべきかなんて皆目見当も付かないのだから結果としてはどちらでも一緒なのではあったが――
その過程で俺は幾つかの推測を立てる。
そして幾つかの魔法理論を組み上げた。
その一つが先程の《マナ・トランス》だ。
勿論、理論を組んだだけで到底実行する気にはならなかったのだが偶然というか何というか、先の一戦で計らずもぶっつけ本番的な事になってしまったのである。
方式を簡単に説明するなら、俺はまず自分の身体を二分するイメージを作った。
当然『人間』と『古代龍』の部分の事だ。
そして『古代龍という形』に固まった魔力を解き、『人間』の部分に染み渡らせ、混ぜ合わせていく。
あとやることは至極単純だ。
『古代龍』と『人間』の部分が混ぜ合わさった状態を魔力的に維持し、そのまま全身の魔力の形を一気に解く。
混ぜ合わさって厳密には『人間』でなくなった部分もこれに呼応して存在を魔力に『還元』させていく。
あとは事前に『憑代』となる魔力を別の位置に配置、不安定になった状態の俺自身の魔力はそこに吸い寄せられ安定した形に戻ろうとする。
『存在』というものは可能な限り元の状態を維持し続けようとするからあとは放っておけば元の『俺』が魔力を配置していた場所に再構築される訳だ。
もっとも、俺の様に人とも龍とも取れない様な存在にしか出来ない事だし、何より存在を安定させる為に相当量の魔力を配置しないとならないから俺みたいに人外クラスの魔力量でもない限り決して成功しないどころかそのまま再構築出来ずに霧散してしまう危険性すらある。
何事も、本家古代龍様の様にはいかないという事だ。
「・・・・・・トコトンぶっ飛んでるわね、アンタ。そこまでいくといっそ清々しいわ」
「ええ、本当に。幾ら私でもそんな途方も無い事考えもしませんよ・・・・・・」
ビックリを通り越して半ば呆れた様子の御二方。
そんな風に言わなくたってどんだけ途方も無い事してるかは本人が一番理解しています。
いやぁ、幾ら理論を組んだっていってもちょっとミスれば存在ごと消えちゃう様な魔法をいきなり、然もあんだけ魔力干渉が凄まじい最上位魔法の渦中でレッツ・トライ☆したんだからな。
生きてて良かったぜ。
「この際レイの非常識は脇に置いとくとして、さっきの話だとそれやるにはかなりの魔力がいるんでしょ?この前みたいな事してる暇もなかったし――魔力抑えた状況で可能なもんなの?いや確かに目の前でやってのけられたけどさ――」
「それでしたら恐らくお父様の『魔力濃度』のせいだと思います」
「魔力濃度?」
「そうです、お父様の魔力濃度は一般的な人間の魔術師と比べると約10~13倍近い濃さです。
要するに普通の魔術師が1の魔力を練ったらお父様は同じ量で10倍以上の効果が出せるという事ですね」
「はぁ!?10倍!?それってもうどんなレベルよ・・・じゃああの反則肉体強化もそんだけ魔力濃度が濃いからできる訳?」
「多分そうだと思います」
「何ていうか・・・いや、やっぱいいわ」
おい、やっぱいいわって何だよ。
途中で投げるな、途中で。
「そんな事より、そろそろレイの2試合目の相手が分かるんじゃない?行ってみましょうよ」
「・・・ああ、そうするか――」
釈然としないままリーラとグリーティアに引き連れられてトーナメント表の前に向かう俺。
あ、そうだ。次はどうか普通な奴に当りますように--
◇◆◇◆◇◆◇
「誰か運営呼んで来い」
「いや、幾等何でも無理ですよお兄様」
「アンタもとことんツいてないわねぇ」
何がどういう訳かというと、トーナメント表に書いてある俺の次の対戦相手だ。
[『ランクD』フリーネ・ピーリム]なんて書いていやがる。
「と、いう訳でよろしくなの」
よろしくしたくない。寧ろ全力でお引き取り願いたい。
何でこうも端っから難敵揃いなんだ!
絶対にデュノアの奴が面白がって組んだに違いない、このトーナメント表からは明確な悪意を感じる。
「まあフリーネより強いヤナギが負けちゃったから勝ち目は無さそうだけど取り敢えず全力でやるの」
確かに総合力ではヤナギの方が上ではあるけど何というか――フリーネは怖いんだよな・・・
どんな時でも無表情だし身の丈よりはるかにデカいトンカチで脳天かち割りに来るし。無表情で。
見た目や戦闘スタイル云々を差し引いても次期の査定で確実に昇級するって言われてる位の実力者だから決して弱くないんだよな。寧ろ強敵。
「よく言うよ、『かち割り女王』様ともあろうお方が」
「む、『完全なる魔術師』に言われたくないの」
ビシリ、とお互いの間にある空気が凍てついた。
俺もフリーネも自身の『通し名』が嫌いなのだ、即ち禁句。
挑発の心算で言ったは良いものの見事にやり返されて剰えバッチリ乗ってしまった。
我ながら安いとも思うがお互いこうも挑発しあったのだから引くに引けない。
フフフ・・・とお互いに黒い笑みを浮かべて――フリーネは無表情で笑うという高等技術を見せつけてくれた――静かに火花を飛ばしあう。
明らかに異様な雰囲気に吞まれてただ引いてしまっているグリーティア達の事は既に眼中にない。
「負けないの」
「俺もだ」
決戦は明日である。
◇◆◇◆◇◆◇
んでもってその明日。
驚異のジェットコースター進行によって昨日1日で――かなり遅くまでかかったが――全選手の第1回戦が終了した。
もしこのままのペースで進むならこっからは1日に何戦かしないといけなくなりそうだ。
ああ、鬱だ。
リーラ、グリーティア、あとついでにクレノやその他諸々の知り合いは――担任様含む――皆順調に勝ち進み、段々と全体の平均ランクも高くなり始めている。
余談だが教員に当った生徒諸君にこの場を借りて追悼の意を述べたいと思う。
合掌。
冗談はさて置き、俺は今控室で剣の手入れをしたいた。
有体に言えば暇つぶしだ。
うん、やる事ないんだわ。マジで。
剣を仕舞い、立ち上がって背伸び。
ぽきぽきと軽い音が背中で弾け、何となくスッキリした気分になる。
特に意味も無くポケットに手を突っ込むとカサリと何かに手が当たった。
「ん?何だこれ――ああ、そうだ忘れてた」
出て来たのは昨日の額に直撃したデュノアからの手紙だった。
ガッツリ忘れてたなぁ。まあいいか、きょう行こう。
『これよりAグループ第2試合を行います。出場選手は所定の位置についてください』
酷くいい加減な思考を繰り広げていると頭上に昨日とは違う声のアナウンスが響き渡った。
さて、いきますかね。
控室から出て、競技スペースの真ん中にひかれた2本のラインに片方に従って立ち止まる。
正面には既にフリーネが縮めたトンカチをくるくると回している。
うーん、全く表情が読めん。
『それでは競技を開始して下さい』
「双方構え!」
腰から2本の剣を同時に抜き打つ。赤と青の剣が一瞬交差し、鞘走りとは別の鋭い音を響かせた。
「破ッ」
気合の籠った声と共にフリーネが大きくトンカチを振り回すと轟ッッ!!という音を鳴らしながらその質量を爆発的に拡大した。
いつも思うがよくそんなデカイ金属の塊をその細腕で振り回すものだ。
「始めっ!!」
掛け声と同時に飛び出したのはフリーネの方だった。
俺は腰を低く落し、迎撃の体制をとっている。
あんな鉄の塊相手に真正面から打ち合うなんて無謀もいいとこだ。出来ない訳じゃないけど射程も範囲相手の武器の方が勝れているのだから相手の出方を窺うのが得手というものだろう。
互いの距離が3mを切った瞬間、フリーネはトンカチを大きく振り被った。
刹那、魔力の流れを感じた俺は下肢へ集中的に魔力を集めてその場を飛び退る。
魔力によって底上げされた脚力をフルに使って一息に跳躍した直後、さっきまで俺がいた場所のやや前方に鉄塊が振り下ろされた。
「《――爆氷撃》」
非常に簡潔な詠唱とは裏腹に複雑に絡み合った大きな氷柱が打撃を中心に放射状に突出した。
上着の裾の僅かに掠った箇所がまるで鋭利な刃物に触れた様に綺麗に切断されている。
効果半径は1m程度、詠唱の割に中々の広範囲だな――
威力も申し分ないし発動も速い、かなり厄介な魔法といえるだろう。
上空――といっても5m程度――でその氷のオブジェを眺めていると又しても魔力の流れを感知した。
「《――刺氷撃》」
寸分違わず俺に向けられた五本の左手の指にそれぞれ青色の光点が生まれる。
シュン、と小さな風切音が聞こえた後に俺に向かって襲来したのはその数優に30を超える鋭い氷柱だった。
かなりの広範囲にバラ撒かれた氷柱の群に対してこちらは空中で思った様に身動きが取れない。
避け切るのは不可能、という事は撃ち落とす以外に選択肢は無いだろう。
「《――散弾の水流弾!》」
左手に握った青い剣の切先に青白い光球が浮かび上がり、氷柱の群に向けた瞬間その光球から無数に水の弾丸が放たれた。
一発あたりの威力では向こうの方が上だろうが手数は圧倒的にこちらが上だ。
氷柱を総て撃ち落して尚有り余った水弾はフリーネの元へと殺到する。
威力は低いし数は減ったとはいえ〈水〉属性範囲攻撃魔法の上位魔法だ、並の魔術師なら逃げる間もなく文字通りの蜂の巣になっている所だ。
もしフリーネもそうであったならば非常に有難かったのではあるがまさかそんな筈も無い。
「――守って、《――氷魔の揺り籠》」
透き通る程の薄さからは到底想像出来ない様な耐久力の薄氷のドームは術者を一切傷付ける事無く水弾の嵐から守り切って見せた。
濛々と立ち込める土煙の中着地すると、肩にトンカチを担いだリーラが立っていた。
「初っ端からかましてくれるなぁ」
「よく言うの。フリーネの魔法片っ端から躱した上に押し返して来た人に言われたくは無いの」
無表情のフリーネにしては珍しく、ほんの少しだけ不満そうな表情が見て取れた。
余程悔しかったのだろうか――こちらとしては十数人規模の人間が簡単に天に召されるレベルの魔法を立て続けに喰らったのだから堪ったものではないのだけど・・・
はてさて、それにしてもこっからどうしようか。
大規模魔法のゴリ押しでもすれば楽に決着だけどそんな事してはフリーネが死にかねないし何より、競技場に張ってある魔力遮断結界をぶち抜いてしまうかもしれない。
ここだけの話、前回も今回も実は俺の魔法が魔力遮断結界に当った際にミシミシと心臓に悪い音を立てていたから思い切ったことがしにくいのだ。
ただでさえ思い切って攻撃魔法を使っていないというのにこれなのだから真面に使った日には周囲に被害が出る。
魔力制限に事実上の攻撃制限、戦い辛い事この上ない。
本当に厄介だ。
「むぅ、こうなったら『新技』の練習台にしてやるの」
そう言ってトンカチを構えなおすフリーネ。
――ん?新技?
一体何をする気なのかと思っていると突如として結界内を埋め尽くす様に幾多もの魔力の線が張り巡らされたのを感じた。
尋常ではない速度である。それにこの方法であれば全体を魔力で満たすよりも効率的に手っ取り早く場を掌握できる。
一瞬の内にここまで広範囲に魔力を張り巡らせた操作技能もさることながら、発想力においても相当に優秀であるといえるだろう。
てかいや、待てよ?
これってどんな効果があるか知らんけど回避不能じゃね?
暢気にもそんな事を考えていた直後、辺り一帯の気温が急激に下がり始めた。
今では吐く息も白くなっってしまっている。
「やり過ぎ感もあるけど長引くのも面倒だし、ここらで極めにいくの」
不穏な言葉と共にトンカチを頭上でクルクルと回し始める。
周囲の魔力線には不思議と攻撃性のある何かではないようだが何とも嫌な感じだ。
全方位、何処から攻撃が来ても対応出来る様に魔力を練っておく。
同時に幾つかの魔法を候補として思い浮かべる事によって何時でも迎撃できる体制をとった。
周囲の温度は極限まで冷え切り、今にも全身から震えがきそうであったが何とか耐えていた。
回るトンカチはその先端の鉄塊を淡く発光させ、尾を引き、水色の光輪を描き出している。
トンカチを回し始めて約3秒、そこでフリーネが動き始めた。
「――眼前に迫る驚異を退け、我が身を守る僕となれ。《――召喚・氷魔の女王》」
詠唱と同時に振り下ろされたトンカチが地面にぶつかると一帯の魔力線が一気に「爆ぜた」。
「爆ぜた」といっても文字通りに爆発した訳ではなく、トンカチが地面にぶち当たった瞬間からそこを中心にして一気に魔力線が術式的な意味を持つ形をとった為に密度が一気に増したからまるで爆発の様な魔力膨張が起こったのだ。
風が吹き荒れ、吹雪宛らの様相の結界内が再び静まった時、俺の目の前に現れたのは余りにも美しい女性だった。
いや、決して人間ではないから女性というのもおかしな話なのだが・・・。
そんな事より――
「お、お前、こんなトコで何てモン召喚てんだ!?」
コキューティオ・クイーン、帝国領北部に位置する巨大な山『カッテリナ山』に生息するBクラスの聖獣だ。
コキューティオ系の魔獣ではコキューティオ・キングに次いで2番目に強力な個体で、その強さは嘗て誤召喚した召喚師が暴走させたコキューティオ・クイーン一体で一都市が見事な氷像に早変わりしたレベルだ。
建物も人も例外なく完璧に氷漬けだったらしい。
同クラス帯の聖獣の中ではほぼ頂点に位置する魔獣で、この前のガイア・リザードも同じクラスではあるがアレと比べるとその強さは天と地ほどの開きがあると言って良い。
勿論こんな所で暴走されたら学校の敷地ごと氷漬けにされてしまいかねない。
ここの結界では止められるレベルの魔獣ではないのだ。
暴走させない為には召喚者であるフリーネがしっかり制御している内に倒すしかない。
頼むから慣れない召喚の過負荷で気絶とかしないでくれよ。
祈るような気持ちでフリーネを確認する。
そこには――
案の定ぶっ倒れているフリーネの姿があった。
「――って、おおいっ!?何やってんのお前!マジで!!」
「うぅ・・・流石にまだ早かったみたいなの・・・魔力が足りな――」
そこまで言ったフリーネは今度こそ本格的に意識を失ったようだった。ピクリとも動かない。
召喚専門でもないのに大した準備もしないでこんな大召喚するからこんな事になるでしょうが!
もともと魔力量も少ないのに幾ら消費を工夫したからといって馬鹿みたいに魔力を食う上位聖獣の召喚なんてするなよ!
もっとお手軽なのいっぱいいるよ!?
と、内心現実逃避気味に絶叫していたのだが目の前の女王様が巻き起こした暴風に強制的に現実に引き戻された。
・・・おぉ、これ以上無い位お怒りのご様子だ。
目が真っ赤だもの。
これは間違いなく暴走の兆しだね。
「―――――――――――――!!!!!」
可聴域を遙かに超えた最早耳鳴級の叫び声を女王様が上げると、ガシャアアアアン!!!と物凄い音と共に魔力遮断結界が砕け散った。
ヤバイ、いやこれマジでヤバい。
元の生息地みたいに人里離れた辺境ならいざ知らず、こんな人口密集地で暴れられたら大変な事になる。
仮にもここは王国の首都なのだ。
街ごと氷漬けとかにされたら比喩とかじゃなくガチで国が滅びてしまう。
ただでさえさっきの衝撃波的な何かでこの会場にいた大勢の人間が塵の様に吹き飛ばされて大被害が出ているのだ。
今無事なのは運よく被害を免れた奴か咄嗟に防御できた高ランクの魔術師だけだ。
それでも突然の事だった為、それなりの被害を受けて無事に立っているのはこの周囲では俺位である。
ん?俺は無事なのかって?
勿論、事前に魔力を練っていたおかげで何とか間に合いましたよ。
無詠唱で出せる限界の防御魔法でギリギリ防げたのだ。
いや、それにしてもこのままではマジで良くない。
幾らなんでもこれクラスの相手に制限付きじゃあ厳しすぎる。
てか最悪負けるよ。
殆どの奴が気絶しちゃってるしこうなったら制限解除して瞬殺するか?
でもこいつを瞬殺っていったら最低でも2段階は――
割と真剣に緊急事態のこの状況、始まりが唐突なら終わりもまた唐突だった。
いよいよ腹でも括るしかないと思って魔力を練ろうとした瞬間、上空から直径5mはあろうかという燃え盛る炎の球が降って来て件の女王様に着弾したのだ。
呆然とする俺と女王様。
着弾した炎はその場にとどまり、その空間ごと女王様を燃やし尽くすと後に抉れた地面と煤を残して消え去った。
・・・何だ、これ?
「お兄様!無事でしゅか!?」
必死の形相でグリーティアが走ってきた。
あまりに必至で噛んでしまっている。
このタイミングで走って来たって事はもしかして――
「今の・・・グリーティアが?」
「はい、そうです。ああ、無事でよかった――」
安心したのか俺に縋り付くグリーティア。
それにしても、マジか。
グリーティアの攻撃魔法は初めて見たけど威力半端ないのな。
一瞬で聖獣消し炭にしちゃったよ、この子。
流石は古代龍――なのか?
あまりに唐突な事態の中、余程心配だったのか俺から離れようとしないグリーティア。
そんなグリーティアの頭を撫でながら状況の整理を放棄した思考を空転させつつ、俺はしばし呆然とするしかないのであった。
◇◆◇◆◇◆◇
あの後、救護室の教職員の先生方が総出で会場のけが人を運び出し、競技は一時中断という事になった。
当然といえば当然である。
因みにフリーネは特に罰則も与えられず、厳重注意で済んだらしい。
競技ルール違反してないからだそうだが、とにかく大事にならなくてよかったと思う。
十分大事だったような気もするけど・・・
そういう訳で時間の余った俺とリーラ、グリーティアの3人はデュノアの元に向かっていた。
手紙を忘れていた事をリーラに告げると顔を真っ青にしていたが、まあ気にしないことにしておいた。
道中虚ろな目で何やらブツブツ言っているリーラはひどく恐ろしかった、とだけ記しておく。
少々異様な雰囲気のなか、俺達はデュノアのいる『競技委員特設本部室』と張り紙のしてある教室に踏み込んだ。
「やっと来たかい。全く、後でとは書いたが此処まで待たされるとは思わなかったよ」
俺たち3人を出迎えたのはやや困り顔ではにかむデュノア1人だった。
本部室のくせに人が少ないのは恐らくコイツの仕業なのだろう。
予告はしていなかったのにキッチリ人払いを済ませるあたり、先の台詞の様に全くの予想外という訳でもなかったのだろう。
台詞の割に少しも不機嫌な容姿も無いしな。
「悪かったよ、遅れちゃって」
心にも無いが一応謝罪はして置く事にした。
心の籠っていないのが傍から見てもありありと分かる態度ではあったが。
だからといってどうとなる訳でもなく、ハラハラとした様子のリーラと、俺の態度を見て僅かに微笑むデュノア以外は何の変化も無い。
「そう云えば観たぞ、2試合とも。初戦から随分派手にやったな」
明らかにニヤニヤとしているイケメン面からは悪意以外の何も受信出来ない。
コイツ、やっぱりトーナメント表に手入れやがったな。
「派手にやったのはヤナギだろうに。まあ、主催者様楽しんでくれたんなら善しとするかね」
「ああ、十二分に楽しんでるさ。特に先の試合は何とも言えない幕切れだったな?」
その意見には全力で同意する。
フリーネの無茶苦茶な召喚にグリーティアの常識外れな攻撃魔法。
その上あんなに突然訳も分からず試合終了なのだからコチラとしては確かに頑張らずには済んだけども不完全燃焼感がハンパない。
「まあそれは良いさ。ところで何なんだよ、俺達を呼びつけた理由は?」
「そう急かすものではないよレイ、私としては初戦に最後に使った魔法の事等色々と聞きたい事もあるのだから」
デュノアの眼にギラ、と微かな光がともった。
まるで悪戯を思い付いた悪ガキみたいだ。
――とはいえ、まさか本当の事を言う訳にもなぁ。
「・・・最近開発した瞬間移動術式だよ。開発段階の実戦テストをしてみたまでだ。それは良いから早く要件を言え」
遅れてきた身ながら何ともふてぶてしい事この上ない物言いではあるが、あまり深く探られたくない以上さっさと切り上げてしまいたい。
「ふむ、瞬間移動術式か――テストとは言えあそこまで様式化できているなら完成も近いのか?もしそうならレイはまた大陸の魔法史に新たな1ページを刻むことになるな、史上初の瞬間移動術式に成功した魔術師として。
ハッハッハ、これでまた一つ有名人だな」
俺の誤魔化しに敢てノッた形のデュノアではあったが、これはまた痛い所を突いてくる。
言いふらす気満々の様子だしな。
あんな衆目の中で大々的にお披露目してしまったのだから少なからず話題になるとは思っていたがこいつが精力的に動くとなると3日後にはほぼ大陸全土に知れ渡ってしまうと考えていい。
言っても止める奴ではないからもう諦めてはいるが、厄介過ぎるだろコイツ。
そんな事する暇があったら早く要件を言いやがれ。
「済まん済まん、話すからそう怖い顔をするもんじゃない」
そうは言っても未だニヤニヤするイケメン面に物申したい気分ではあったが話の腰を折って余計長引いては堪らない。
ここは黙っておいてやろう。
「何、そう大した話でもないんだ――」
一拍置き、爽やかな良い笑顔を浮かべたデュノアは次に口を開いた瞬間トンデモナイ事を言い放った。
「――帝国に宣戦布告されたのさ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
一体それの何処が大した事ないんだ。
後書き的な何か(言い訳とも言う)は活動報告にて。
感想、意見、評価等是非是非宜しくお願いします。