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其の九:初戦と本質

 〔カーン、カカーン、カーン、カカーン〕


 【校内規範五ヶ条・第一条:集合の鐘には速やかに従うべし】


 少し風変わりなこの鐘の音は集合合図だ、まだクラスでの朝礼も終わっていないというのに一体何の騒ぎだろうか。

 滅多に鳴らないものの鳴る時は何の前触れもなく突然鳴り響く集合合図に学校中が俄に騒々しさを増していく。

 何だか途轍もない厄介事の予感が・・・・・・


 「お兄様、これは集合の鐘でしょう?早くしないと幾らお兄様だって懲罰は必至ですよ?」


 「うぐ、それは勘弁願いたいな・・・」


 校内規範は先生も生徒もはたまた来賓ですらも関係なく、学校内にいる全ての人間に適用される。

 流石に学校関係者以外にはそこまで厳しい罰は無いのだが――精々言葉で注意される位だ――関係者はそうもいかない。

 詳しい内容は極秘とされていて教員はおろか校長であるデュノア以外の人物には一切の内容が明かされていないのだがそれはもう想像を絶する厳罰態勢が敷かれているらしいのだ。

 以前一学年C組の俗にいう不良生徒が校内規範の1つを破った時、数週間姿を見ないと思ったら全くの別人格になって帰ってきた。

 目が合うだけで気に入らない奴を片っ端からボコリ倒してきた暴君様が丸刈り眼鏡の好青年に豹変し、今度は目が合う人に片っ端から深々と至極礼儀正しい完璧な挨拶をかます様になったのだから我等生徒達の驚愕たるやそれはもう鳩が豆鉄砲なんてものじゃない衝撃だった。

 ヤンキー落ち零れが真面目優等生に変わり、成績も神憑りなレベルで上がっていく光景に学校中が恐怖した。

 「校内規範を破れば洗脳されて元の人格を消去(デリート)される」というのがこの学校での誰一人異論を挟む事の無い共通認識だ。

 そんな目に俺は遭いたくない。


 「よし、急ごう」


 その音が遠くなり始めている鐘の音に急かされる様に俺とグリーティアは講堂へ向かって走り出した。

 廊下は走ってはいけません何て決まりはウチの学校には無いからな。

 さて、デュノアの奴は一体どんな厄介事を思い付いたのやら・・・・・・


 ◇◆◇◆◇◆◇


 講堂に整列する生徒他教師等の学校関係者の前に悠然と歩いて来、壇上の演説台に着いたデュノアは開口一番トンデモナイ事を言い放った。


 「今から諸君らには全力で戦ってもらう」


 唖然とした空気が全体を支配しても尚デュノア校長様は語る口を閉じ様とはしない。


 「来たる風の二の月に各五大国の連盟支部より代表を三名選出し、個人、団体での魔術師選抜競技大会が行われる事となった。

 おっと、聞いてないという反論は受け付けないぞ。言っていないからな。

 この大会の開催が決定したという通知は法国の連盟本部より昨日通達があった。

 風の二の月まではあと10日しかないからな、本日より総ての授業・演習日程を変更。5日間かけて我が校より代表を三名選出したのちにその2日後ある王国全土から集まる魔術師によって行われる選抜予選に参加してもらう。

 出場資格があるのは25歳以下の若い魔術師、ランクは問わない。

 この学校の生徒と一部教職員で条件を満たしている者は勿論全員参加だ。

 謂わば予選の予選ではあるが諸君等には全力で戦って欲しい。

 尚、参加は強制だからもし仮に参加しなかった場合は規範破りと同等の懲罰を与える。

 それでは諸君、日々の研鑽の成果を存分に発揮してくれたまえ」


 長台詞を一息に捲し立て終えると周りの反応など露知らず、来た時と同様に悠然とその場を後にした。

 えっと、何だこれ・・・

 状況の整理を付けようと必死で頭の回転をさせているとスコン、という音と共に紙キレが俺の額に直撃した。


 「いって、何だこれ?」


 2つに折り畳まれたそれを開くとデュノアの字で「後で私の所にファルヴィム君と御嬢さんを連れて来てくれ」と簡潔にそれだけが書いてあった。

 時間の指定は無いからすぐではなくていいだろう、というよりも素直に従うのが気に食わないだけかも知れないが。


 それよりも先に状況の整理だ。

 この学校で今の条件を満たしているのは生徒600名と教職員48名。

 総勢648名の魔術師連中からこの学校代表として三名を選抜する様だ。

 デュノアの後を引き継いで詳しい説明を始めた教頭によれば予選の予選であるこの競技の選考方法はトーナメント方式、その優勝者から上位三名を学校代表として風の2の月の1日にある選抜予選に出場させるという事。

 予選の本選でも同様の方式がとられるそうだ。

 ルールは相手を殺さなければ何でも良し。

 武器の使用制限も使用数も禁止指定されていなければどんな魔法も使用していい。

 例外として対魔獣用の即死・致死魔法のみが使用禁止とされたが当然だろう。

 そもそも使える術師が少ないから心配する必要もないと思うが。


 まあ要するにそれさえ守れば強行だろうが騙し討ちだろうが搦め手だろうが何でもアリの軽い無法地帯戦闘だという事だ。

 生徒同士であればまあどうという事は無いが教職員同士、もしくは生徒対教職員となった時は地獄を見る事が容易に想像出来る。

 この学校の教職員に「子ども相手だから」なんて甘ったるい思考回路の人間等おらず、「目の前の敵は全力殲滅」をモットーとしている人間兵器軍団だから当たった相手は御愁傷様である。

 平均ランクがB以上の教職員連中に対抗出来るのなんてそれこそ『十傑』か3人の『ランクA』位だろう。

 一概には言えないのも数人いるが。

 『ランクC』以下にも『通し名』持ちの奴とか色々いるからな。

 俺としてもまさかこんな所で魔力制限を解除する訳にもいかない――一応大多数の人間には秘密なのだ、知っているのは俺の本当のランクを知っている数人のみだ――し、苦戦しそうだな・・・

 648人のトーナメントって一体何戦やるんだ。

 えーっと――あ、もういいや考えるのメンドクサイ。

 つか5日で捌けるのか?


 「レーイ!」


 後ろからリーラに声を掛けられた、見るとグリーティアも一緒にいる。

 呼ぶのは構わないけど大声出すなよ、注目の的になるだろうが。

 こういうのを悪目立ちって言います。


 「大声出すなよ恥ずかしい」


 「何がよ?それよりトーナメント表が演習場に張り出されたらしいわよ。行ってみましょう!」


 何でコイツこんなに元気なんだ?

 俺はこの厄介事のせいでテンションがゼロ振り切ってマイナス突入してるっていうのに。

 隣を見ればグリーティアもソワソワしている。

 実はこの2人、見事予選会を勝ち抜いて代表入りして本選のある法国へ俺と一緒に行きたいから張り切っているのだがそんな事俺は知る由もなく、ただ謎にテンションの高い2人に引っ張られるがまま演習場へ引き摺られて行くのだった。

 この時も非常に悪目立ちしていた事は言うまでも無いな。


 そんでもって演習場。

 この演習場は主に魔法(アーツ)の実技訓練や模擬戦闘、集団演習等に用いられる場所で無駄に広い。

 この場に予選参加者の殆どが終結しているというのにまだまだ余裕があるというのだからどのくらい広いか多少は伝わっただろうか?

 荒々しい演習を行うための場所という事もあって広大な砂地にあるのは高い柵と点々と立っている(やぐら)位のもので、非常に殺風景だ。

 そこに普段は存在しないこれまた巨大な板――というより最早壁が建てられていた。

 視界に収めきれない程の大きさのそれには下の端にズラリと名前とその人物のランクが書かれていた。

 その様相たるや中々に壮大で、間違いなく俺が見てきたトーナメント表の中で一番デカイ。

 そして上へ上へと折れ曲がりながら続く線の数も膨大で、改めて見ると優勝する人間は一体何戦戦うのか気が遠くなるようである。

 あーあ、めんどくせえな。というのが正直な感想で、自分の名前を見付ける前からもう投げ出したい気分になった。

 適当に負けてもいいですか?2回戦目ぐらいで。


 「お兄様!お兄様の名前見付けましたよ!」


 ひどく上機嫌な声音が遠くから聞こえてくるのでその方向に目を向けると、グリーティアが大きく手を振っていた。満面の笑顔で。

 花が咲いた様なというか何というか、輝き出さんばかりのパーフェクトスマイルだ。

 見惚れている男衆が少なからずいるのも不可抗力だろう。

 手を出したら殺すがな。


 早足に歩み寄って表を確認すると本当に端っこに俺の名前があった。

 残念、シードにはなれなかった様だ。

 能々見ると結構な数のシード選手がいるようだった。

 確かにこの規模ともなれば致し方ないと思う。

 それよりもこんだけシードがいるのに何故入れなかったのか、解せぬ。

 グリーティアはシードの1人だった。

 何でだチクショウ。

 ヤル気でねぇぜ。


 「お兄様、絶対に代表に残りましょうね!」


 ゑ?何故(なにゆえ)ですか?


 「お兄様と法国へ行きたいです」


 「という事はこの予選会に勝ち残って王国支部の予選会にも勝ち残れって事?」


 それ以外に何があるとでも言いたげな会心の笑みに思わず後ずさる。

 止せ、ヤメロ!

 俺は頑張りたくないんだ!

 でもそんな目で見られたら頑張らざるをえなくなるだろ!?

 俺基本的にグリーティアには逆らえないんだから!(※『其の七:転入生と居候』参照)


 「お兄様は私と法国へ行きたくないですか?」


 ハイ、俺ノックアウト。

 降参です、ていうか無理です。

 上目遣い&ウルウル涙目で両手を合わせた懇願のポーズ。

 余りにベッタベタな連携(コンボ)技の前に成す術等ない。

 敢て言うならベタ最高!!


 ・・・・・・済まない取り乱した。


 という訳で可愛い娘のお願いすら聞いてあげられない様な狭い心では無い俺は――どの口が言うのかはさて置き――そのお願いを叶えるべく最低でも3位以内に入らなくてはならなくなってしまった。

 魔力全開ならいざ知らず、3割までの出力調整をしている身としては思わずげんなりする。

 中堅どころである普通の(・・・)E~C位ならまあ何とか最後まで心も折れずに頑張れそうではあるが、一部『通し名』持ちや『十傑』の奴ら、教職員や3年にいる『ランクA』何かに当った日には相当の苦戦を強いられるだろう。

 クセが強いんだもんな――皆が皆。


 『10分後の陽の九の刻よりAグループの試合を始めます、該当選手は受け付けを済ませてから速やかに特設された選手控え所にて待機して下さい』


 拡声魔法を使ったのであろう教頭の声が演習場全体に響き渡る。

 もう完全にデュノアのパシリだな、同情を禁じ得ない。

 教頭先生に合掌。


 名前が一番端にあるから俺もAグループである。しかも1回戦目。

 マジかよめんどくせぇ。

 一体誰が相手――


 「よう、いきなりだがよろしく頼むぜ」


 声を掛けてきたのはヤナギだった。

 ていう事はまさか・・・

 慌ててトーナメント表を確認するとそこには[『ランクA』レイシャルト・ガウディノル]の文字と[『ランクC』コウ・ヤナギ]の文字が隣り合っていた。

 よりにもよって1回戦目が『毒ヤナギ』、『錯覚の刃イリュージョン・エッジ』の『通し名』を持つ不意打ち上等・卑怯最高の出来れば当たりたくなかった人物の一人にいきなり当たるとは――

 厄介この上ない。


 「こちらこそな、まあそう簡単に勝たせてはもらえなさそうだけど」


 ふとヤナギの顔に刃物を思わせる鋭利な雰囲気が宿った。

 何時ものにやけた表情のままではあるがその瞳に宿る気迫は今まで見てきた彼のどの表情よりも真剣味を窺わせる。


 「俺はよ、こう言うのは恥ずかしいが――この学校で一番の魔術師目指してんだ。

 だから死ぬ気で頑張ってA組にも入ったし今までも勝つ為なら何だってやってきた。

 それでも『十傑』やお前ら『三神』みたいな上はいくらでもいる、だけど諦める気はサラサラねぇ。寧ろこれは好機(チャンス)だ、だから今日は勝たせてもらうぜ、レイ」


 正直言って物凄く驚いた。

 野心家ではあったが何というか――もっと飄々とした、それでいてクセの強い、言い方は悪いがどちらかといえば決して善い事はしない様な、言ってしまえば性格歪んでる奴だと思っていたがこんなに熱い感情を持ち合わせているなんて思いもしなかった。

 飽くまでこちらの主観ではあったとはいえ、こんな風に自分の感情を露にするヤナギの姿は見た事が無かったし、こんな想いを秘めている事に何て気付きもしなかった。

 思わず俺が絶句している最中にもヤナギは言葉を紡いでゆく――


 「控えめに言ったって俺の実力なんてたかが知れてる、だからって諦めちまいやそこで終了のお知らせってもんだ。それじゃツマンねえだろ?

 俺は楽しく生きたいんだよ、最高に遣り甲斐のあるカタチでな。

 その為には乗り越えるべき壁が常識外れに高いってのは最高に燃えるじゃねえか。

 なんせ超えちまえば俺も最高にぶっ飛んだヤロウの仲間入りだぜ?考えただけで興奮するってもんよ」


 何時も他人(ひと)をおちょくっては心底楽しそうにその不幸を嘲笑っている人間とは同一に思えなかったというのが偽らざる本音ではあるが、それと同時にこういった面もヤナギの本質――いや、このヤナギこそが本質であるという事も否応無しに理解させられた。

 だとすれば男として、いや、(おとこ)として、そして友人として全身全霊で『越えられない壁』になってやるのが礼儀というものだろう。


 「俺はそう簡単に超えられないぜ?それに超えさせてやる心算(つもり)もない。俺はお前の前に立ちはだかり続けてやるよ」


 「はっ、これだから『高い壁』ってのは遣り甲斐があるんだよ。精々首でも洗ってな!」


 お互い、後で思い返せばちょっとした黒歴史になりそうな文句の応酬だった自覚はある。

 あとでこっそり身悶えする準備だって万端だ。

 横でグリーティアが非常に微笑ましいモノを見つめる慈愛に満ちた視線を送ってくれているだけで既に若干の後悔をしてはいるのだが。

 だけど俺の中にはさっきまでのヤル気の無さは微塵も残っておらず、今はただこれから繰り広げられるであろう死闘に思いを馳せるばかりだった。


 近年稀にみる最高の笑顔でお互いの拳を合わせた俺達はその場を後にして控室に向かって歩き出した。

 演習場全体に再度準部をするようにという旨の教頭のアナウンスが響きわたる。

 さあ、何か楽しくなってきたぞ。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 『ランクC魔術師(ウィザード)』――コウ・ヤナギ


 『通し名』――『錯覚の刃イリュージョン・エッジ


 その『通し名』の通り対象の認識に干渉し、正しい判断・行動を妨げる幻覚もしくは錯覚作用のある魔法を主として使用する技巧派(トリッキー)な魔術師である。

 使用する〈属性〉は〈無〉と〈風〉、極々一般的な二属性(デュアル)魔術師(ウィザード)だ。

 魔力量、魔力操作技能共に『ランクC』のやや上位に位置する程度ではあるものの、その干渉強度に関していえば特筆すべき才能がある。

 魔法による効果半径は種類にもよるが以前聞いた話によれば約10m~1.5km、広域干渉魔法の平均効果半径が約8m前後という点を見ただけでもその干渉力の強さが見て取れる。

 一辺が10mずつにとられた正方形の競技スペースならどの位置に立っていても総ての範囲を制圧可能という事だ。

 その効果も多岐に渡り、単なる視覚阻害から上下左右の感覚を奪ったり、果てには認識そのものを無効化するものまであるというのだから初見での対応は相当の熟練者であっても容易ではない筈だ。

 更に述べるべき点としてはその『詠唱方法』だろう。

 魔法の詠唱には幾つかの種類があって、その中でもヤナギは『詠唱動作(スペル・アクション)』という方法を使用することが出来る。

 『詠唱動作』とはある動作に付随するイメージとして魔法の発動式を組み込み、詠唱を省略するためのものだ。

 魔法詠唱を完全に省略する『無詠唱(スペル・レス)』に次いで難しい方式とされていて、この方法で魔法を発動させる事が出来る魔術師はその殆どがA、極一部のBのランクに達した者であり、Cでこの方式に到達した魔術師は恐らくヤナギの他に10名もいないと思う。

 魔法の発動式をイメージとして付随させるというのは言うほど簡単ではなく、本来――術者の力量にもよるが――長ったらしい詠唱によって魔力の形を固定化し、式を組み込むという一連の方法を限りなく小さな「一動作」で行わければならない。

 大抵は動作1つでは魔力の固定化がうまくいかずに霧散してしまい、不発してしまうのだが気の遠くなる様な反復練習を行い、さらにその中でも才能ある者のみが成功を収められる謂わば選ばれし魔術師が使える非常に格好いい魔法詠唱なのだ。

 ヤナギも一種類ではあるが――通常使える術師でも多くて3つといった所だから大した者である――指鳴らし(スナップ)を起点に魔法が発動出来た筈だ。

 詳細については企業秘密という事で知らないのだが、魔術師の生命線でもある魔法の秘匿はいわば常識なのでその点については諦めるしかない。

 というよりもヤナギの戦い方は非常に独特なので予想がたて辛いから臨機応変に、有体に言えばぶっつけ本番で行くしかないのだ。

 まあ、対策が無い訳じゃないけど。


 『これよりAグループ第一回戦を開始します。出場選手は各自戦闘準備を行ってください』


 聞き覚えのある女性教師の声で試合開始間近である事が演習場全体に伝えられ、競技スペースの入り口に立っていた俺とヤナギはほぼ同時にその中央へ進み、向かい合う様に立った。

 試合開始のアナウンスまで教頭でなくて何か良かったな、と益体も無い思考を微かに巡らせながらも意識は目の前に立つ一人の魔術師に集中する。


 『それでは始めてください』


 「双方構えっ!」


 アナウンスに続き、審判を務める壮年の教員が合図を出し、その声が耳朶を打った。

 弾かれる様に俺は左の腰に提げた赤み掛かった剣を右手で抜き、ヤナギは腰の後ろに差した2本の大振りな短剣(ダガー)を抜き打つ。

 鞘走りの澄んだ音が一帯に響き渡り、観衆(ギャラリー)までもが一時静寂に巻き込まれる。

 ヤナギは腕を交差させ独特の構えを取り、俺は半身の構えで腰を落とし右手を引いて切っ先を正面へ突きつけた。

 感覚が徐々に研ぎ澄まされ脳の芯が冷たく冷えてゆく。

 視界に移る映像の流れが酷くゆったりとし始め、己の集中力が着々と高まっている事を知らせてくれた。


 「始めっ!!」


 一際鋭い掛け声と共に半ば条件反射的に魔力を練り、底上げされた瞬発力で爆発的な一歩を地面に刻んだ。

 数歩の後、左足を軸にして身体を捻転させながら剣を袈裟に振り下ろす。

 ガキイィィィィン!!!と火花を散らしながら俺の剣は交差した短剣に受け止められ、鍔競り合う形になった。


 「――ッ、ハァ。相変わらず、インチキ臭えな。本当に、強化魔法、なしでそれか――よっ!」


 俺の剣を腕ごと大きく振り払い、後ろに飛んで大きく間合いを開ける。

 それと同時に魔力が練られるのも俺は知覚した。

 さあ、何が来る――!


 「幻想を司りし影の力よ、彼の者の自由を奪え!《――幻影による束縛(ファントム・バインド)》!」


 ヤナギの翳した掌から歪みの様なものが放たれる。

 それを俺が「見た」瞬間、全身の動きが激しく妨げられた。

 〈無〉属性魔法に属するそれは掌から高密度に圧縮された魔力(マナ)を放ち、それによって出来た歪みを対象が視認する、もしくは同時に発せられる人間の可聴域外の低周波を捉えた瞬間全身の運動機能に関する感覚をゆっくりと全遮断する高位魔法だ。

 通常人間相手に使うと自律神経系にすら影響を与え、重度の障害を引き起こす事があるから真面な神経を持っている魔術師は自分の手に負えない魔獣相手か生死を問わない様な状況でもない限り人間相手にはまず使わない。

 こいつは何の躊躇いもなく使いやがったが。

 だけどこんな程度で留められるようなタマではないと俺は自覚しているし、ヤナギもその様だ。

 追撃の魔法を早くも準備している。


 「荒れ狂え天空より舞い降りし爆風、そして大地を蹂躙しろ!《――天空翔る(デュノエクス・ラ)爆風の舞(・ウィンデハイト)》!!」


 〈風〉属性単発攻撃魔法の最高位魔法を遠慮なくぶっ放してきやがった。

 罷り間違っても人間相手に、しかも行動不能に陥りかけた相手に使う様な魔法じゃない。

 それにこの魔法はヤナギの使える〈風〉の魔法の中では間違いなく最高位レベルに属するものだろう。

 ずば抜けた魔力量を有している訳でもないのにこんな大技を序盤に連発していてはすぐにガス欠だ。

 何か考えがあっての事だろうが、どうにも読み切れない。

 と、それよりも悠長に考えている暇は無い。既に首から下は殆ど動かないし、圧倒的な破壊力を秘めた突風の刃も既に眼前まで迫っている。

 いくらなんでもこの状況で直撃を食らったらK.Oどころか死にかねない。

 だから手っ取り早く『ぶっ壊す』事にした。


 「《――遍く存在せし(バニシング・)神秘なる力は(フォース・)根源へと帰す(オリジネイト)》!」


 ヴゥン、と低い振動音の様なものが俺の身体を包み込み、その音が触れた瞬間全ての魔法が雲散霧消した。

 身体を縛めていた不可視の拘束具も、総てを薙ぎ払わんと暴虐の限りを尽くしていた破壊の嵐も僅か1cm程度の振動する膜に触れた途端、濃い霧が瞬く間に晴れるが如く散り散りに消えていく。

 〈無〉属性魔法の魔法阻害系統魔法である中でほぼ最高位のこの魔法は如何なる魔法も触れた瞬間その「エネルギ」ーを元の「魔力」に戻してしまう。

 「エネルギー」として存在できない魔力は術者の制御を離れて大気に溶けてしまうのだ。


 「ちっ、これで極められるとは思ってなかったけどココまで正面から破られるとなんか腹立つな」


 「そんな事よりこんな人が密集した場所で最高位魔法なんて普通使うか?俺は兎も角周りに被害が出るだろうが」


 実際は学校側が競技スペースの周囲を囲むように魔力遮断結界を張っているから外に被害が出る事は無いのだが。

 要は認識の問題だ。


 「その割に随分余裕そうじゃねえか」


 「当たり前だ、鍛え方が違う」


 こんな事でそう簡単に殺られてちゃ今まで軽く100回は死んでるもの。


 「ハッ、じゃあその伸びきった鼻へし折ってやる!《――姿眩まし(バニシケイト)》!」


 ダン、と飛び出したヤナギの身体が不意に揺らぎ掻き消えた。

 そして次の瞬間、背後から風を切る音が響き俺は咄嗟に左手で新たに剣を抜き背面にあてがった。

 激しい剣戟が鳴り響き、軽く衝撃で前に押し出されそうになる。


 パチン、と何かを弾くような音がした後はもう凄まじい斬撃の嵐だった。

 音と同時に姿を現したヤナギは俺に斬りかかる度に一瞬姿を消し、再度位置を変えて斬り付けて来る。

 それを目で追えるギリギリの速度で間断なく繰り出してくるので正直捌くので手一杯だった。

 直前まで見えない短剣をギリギリで躱し、受け流していく。

 あまりの速度に何人もの相手に同時に斬りかかられているような感覚を覚える。

 2本の剣と底上げされた身体能力を全開(フル)に使っても尚ギリギリの速度と手数だ。


 断続的な姿眩ましと加速の魔法の複合効果である事は解ったが既存の魔法には2つの効果を同時に発揮する魔法は殆どない。

 恐らく独自に組んだ魔法なのだろうが、凄まじい持続力だ。

 もう30秒近く切り結んでいるが未だに効果が切れない。


 「ああもう、ちょっと離れろ!《――地震よ(クエイク)》!」


 思いっ切り地面を踏みしめ、魔力によって局地的な地震を引き起こす。

 その衝撃で何とかヤナギを引き剥がす事に成功した。


 「うおっ――!?あぶねぇ・・・・・・どうだ、俺様の超絶乱舞は!」


 衝撃に数歩よろめきながらもビシ、と俺に切っ先を突きつけるヤナギ。

 最高にドヤ顔ではあるが消耗が激しいのか肩で息をしている。

 俺も流石にさっきの連撃はしんどかった為同様に息を荒げているが何とか致命傷は受けずに済んだ。


 「大したもんだよ、何処でものにしたのか是非聞きたいな」


 「おっと、こんなもんで驚くのはまだ早い――ぜ!」


 猛然と斬りかかってくるヤナギ。

 一直線に鋭い突きを放ってくるのを左の剣で受け流す。

 右の剣の柄を体勢が前に流れたその背に振り下ろしたが冗談の様な体重移動で躱されてしまった。


 「斬り裂け!《――疾風の刃(ウィング・エッジ)》!」


 躱した際の体重移動を巧みに操りながら大きく捻転させた身体を回転させ、短剣を振り抜く。

 宙を斬り裂いた刃の後を辿る様に生み出された弧を描く音速の刃が無数に至近距離で放たれる。


 「《――堅固なる盾(プロテシオン)!」


 咄嗟に唱えた守りの魔法が半透明な壁を作り出し、ヤナギの魔法と衝突して砕け散った。

 魔法同士の衝突による余波に重心を流されそうになるのを必死で堪え、右手に握った剣に魔力を通す。


 「《――《炎よ(ファイア)》!」


 填め込まれた魔晶石を伝い刀身を真っ赤に燃やした剣でその余波ごと切り裂く。


 「守れよ風!《――風の御加護(シファルティオ)》!」


 燃え盛る炎剣は渦巻く風の障壁に阻まれ、ヤナギに届く事は無かった。

 各々の魔法の詠唱のみが行き交い、一歩選択を誤れば即退場を宣告される高速戦闘の最中にそれ(・・)は起きた。


 踏込と同時に繰り出される右からの横薙ぎ短剣を払おうとした時、突如として全く違う方向――正面から激しい衝撃が鳩尾を突き抜けた。

 ピンポイントに急所へ入り込んだ突然の衝撃に思わず脚から力が抜けそうになり持続維持していた魔力が抜けていき、反応が一瞬遅れた。

 眼前に迫る短剣の切っ先をギリギリの所で躱す。

 頬を浅く裂かれ、鋭い熱を感じた瞬間次に繰り出された強烈な体当たりをもろに喰らい、見事に吹っ飛ばされた。

 今のは――


 「おい、何時の間に足踏み(スタンピング)を起点に出来る様になった?」


 衝撃はヤナギが短剣を振り切る前、足を地面に着いた瞬間起こされた。

 十中八九あれが『詠唱動作』だろう。


 「ちぇ、一発で見抜かれるなんて流石だぜ、レイ。だけどよ――これで極めさせてもらうぜ」


 「何を、これぐらい――――!?」


 2度目の衝撃が俺を襲ったのはその直後だった。

 俺の周囲に小さな竜巻が幾本も現れる。それを発動しきる前に止めようと思ったのだが何と身体の自由が奪われているではないか!

 恐らく先程の魔法と同様に複合効果を持つ魔法だったのだろう。衝撃を加えると同時に身体の自由を奪うかなり高等な魔法だ。


 竜巻はその間にも段々とその勢力を拡大していく。

 発動前に事前現象があるという事は間違いなく範囲攻撃魔法の高位から最高位クラスだ。

 単発攻撃魔法と違い、対象をその周囲ごと殲滅する範囲攻撃魔法の高位クラス以上では流石に『即詠唱(ワン・スペル)』の防御魔法では今は(・・)防ぎきれない。

 脱出しようにも身体は動かず、阻止しようにも今から練った魔力では間違いなく押し切られる。

 さっきの様に魔法自体を消滅させようにも魔力を練る時間が圧倒的に足りない。それにあれは滅茶苦茶魔力を食うのだ、さっきみたいに事前に魔力を練っているならいざ知らず即興で発動するには些か荷が重過ぎる。

 てかそもそもこれ一個人に使う様な魔法じゃねえよ、バケモノ級の魔獣とか戦争の時に相手を殲滅する時に使う決戦魔法だろうが。


 「これで終いだ、レイ!凌げるもんなら凌いでみやがれ!!」


 短剣を鞘に戻し、両手を俺に翳したヤナギが更に魔力を高め吼える。

 この魔法で上限ギリギリの魔力量なのだろう、全身に大量の汗をかき顔は蒼褪めている。

 くそ、このままじゃどうにもならん。

 一瞬魔力制限を解除しようかとも思ったがそんな事をしてはここら一帯を問答無用で更地にしかねないし俺が魔力制限をしているのは飽くまで周囲には秘密なのだ。こんな所で秘密を衆目に晒す訳にはいかない。


 「天空を支配せし風神よ、その御業を持って彼の大地を蹂躙し苛烈なる裁きをいざ加えん――」


 周囲の竜巻が更なる力を内包し、ついには辺りは凄まじい突風に煽られ始めている。

 ヤナギの身体もそれに呼応するかのように小刻みに震え、限界が近い事を知らせていた。

 いや――限界等とっくに超えているかもしれない。

 遂に幾本もの竜巻はそれぞれが10mはあろうかという巨大なものに成長し、その影響か空には暗雲が立ち込め始めている。


 ――こうなったら、一か八かで『アレ』をやろう。

 成功した事どころか試した事も無い、ただ今までその可能性を考えていただけの方法だけどこの際どうも言ってられない、やらなきゃ間違いなくジ・エンドだ。

 己の限界の力で俺は魔力を練る。『アレ』をやるには出来るだけ多くの魔力が必要だ。


 ヤナギの顔に今までで一番の力がこもる。

 さあ、俺もやってやるぜ。伸るか反るかの大博打――!


 「――我が魔力を供物とし、その厳然たる力を顕在させよ!《――支配者たる(ウィンデハイト・)神の裁きの(グンラディアノ・オブ)爆風殲滅撃・ルシファティアノゼスト》!!」


 龍と見紛うばかりに莫大なうねりを見せ、咆哮と言っても差し支えない程の轟音を撒き散らしながらながら俺に向かって竜巻が殺到してくる。

 ここで焦っては全てが水の泡だ。思い浮かべろ、成功のイメージを!

 限界ギリギリまで竜巻を引き付けながら魔力を練り続ける。

 いよいよ破壊の使徒たる竜巻が俺の身体を飲み込もうとした時、俺は力の限りその意志力を振り絞って最後の魔法(切り札)を切った。


 「《――本質たる姿へ(マナ・トランス)》!!!」


 俺の全身に莫大な魔力の奔流が流れる。

 その流れに身を任せ、自身の『もう一つの本質(・・・・・・・)』を必死にイメージした。

 同時に流れの方向も限界を尽くしてイメージする。


 果たして、総てを殲滅する神の如き竜巻の破壊は遂に俺のいた(・・)場所へと到達し、その力の限り地面ごと、空間ごとその一帯を抉り、掻き乱し、破壊し尽くした。

 一通りの破壊が終焉を迎え、凄惨な有様になったその場所にしかし俺の姿は無かった。

 だって今俺はヤナギの後ろに立ってその背中に手をつけているんだからな。

 振り返ることも忘れたヤナギの顔が驚愕に染まる。


 「――なっ!?一体どうやって・・・!?」


 その問いに答える事無く、俺はこの勝負の終結を告げる。


 「良くやったよ、だけどそれじゃあまだ俺には届かない。まあ、かなりヤバかったのは認めるけどね」


 背中に手を付けられ、成すすべなく立ち尽くすヤナギに尚も言葉を投げかける。


 「これで終わりだ、『錯覚の刃』。最後に良いモン見せてやるよ」


 何をされるか分かったもんじゃないこの状況では無理も無い事ではあるが明らかに怯えられているこの状況は中々に罪悪感が掻き立てられた。


 「『これ』が理解できれば間違いなくヤナギの魔法は強くなる。だから今度こそ俺を倒して見せろ」


 背中についた手から致死量には満たない、それでいてかなりギリギリの量の魔力を直接流し込んだ。

 俺の魔力――『七属性』総てを含んだ複雑な魔力を、だ。

 普通の人間が正気を保っていられる限界を軽くぶちぎった量の魔力を流し込まれ呻き声の1つも上げられぬままヤナギは膝から崩れ落ちた。


 こうして俺の予選の予選、第一回戦は幕を閉じた。

 これ、初っ端から過激(ハード)過ぎねぇ?


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