幕間2:少年魔術師と武勇伝
「ガウディノル君の武勇伝?」
支部にある休憩所の席で紅茶を片手にシンスさんは私の目の前で不思議そうに首を傾げている。
「そうです、何だっけ――確か『三伝説』だったかな?」
「ああ、あれね。て云うかファルヴィムさん最近会う度に彼のこと聞いてくるわね?」
うぐ、とノドが詰まる感覚と共に顔が僅かに上気していくのを感じた。
いや、何でそこで赤くなる私!?
別にレイの事なんてこれっぽっちも――
「まあ好きな男の事は気になるもんか」
「ちっがぁぁぁぁあああう!!!私は別にレイが好きとかじゃなくてあの常識外れな能力に――」
「はいはい分かったから、それにしても知らないの?『三伝説』、あれ結構有名だと思ってたけど」
何となく釈然としないわね・・・
あの顔は絶対に面白がっている顔だ。
そんなんじゃないって言ってるのに。
「私そういうの結構疎いですから、田舎からシャンダルに出て来てすぐ軍部に入ったしそれからは今までついて行くのに精一杯だったし」
「成る程ね、じゃあ誰からその話聞いたの?」
「うちのクラスのネルノームって子からです」
「ああ、『十傑』の――」
「じゅっけつ?」
聞き覚えの無い単語に首を傾げていると説明してくれた。
王立魔法・武術教育学校には10人の『ランクB魔術師』がいて、彼等ことを総称して『十傑』と呼んでいるらしい。
私の知っている所ではクレノさんとネルがそれにあたる様だ。
因みに校内で2人しかいなかった『ランクA』は『二神』呼ばれていたらしくて、グリーティアが転校してからは『三神』と呼ばれているらしかった。
よくよく考えるとあのクラスには『十傑』の内の2人、『三神』の内の2人が在籍しているということになる。
しかもその内の1人はあの王国軍最終戦力指定『ランクS魔術師』なのだから半端じゃない。
ちょっとした戦争なら間違いなく圧勝だと思う。
私もそこそこ実力はある方だけどあの中では中の上が良いところかもしれない。
「そう落ち込みなさんな、貴女の『超特殊属性』だって規格外って云ったら規格外なのよ?」
別に落ち込んではいない、ただ上には上がいるってことを嫌って云うほど痛感してるだけだ。
それに私の魔法だって確かに特殊ではあるけど発動限界が極端に短いからあまり使えたもんじゃないし――
「それは兎も角、聞かせてくださいよ『三伝説』」
「あー、そうね・・・何から話そうか――そうね、あれにしようか」
【其の一・要塞爆撃】
「・・・・・・いきなり凄そうですね」
「いや、私も初めて聞いた時はたまげたわよ。帝国要塞を上空から魔法で爆撃して10分で壊滅させたんだから。しかも12歳の時にね」
「何てこった・・・・・・」
規格外じゃ済まないだろう、どうしてそうなった。
シンスさん曰く、こんな経緯があったらしい。
レイの故郷である何とか村に帝国が何の間違いか侵攻してきたことがあったそうだ。
何故だか村の名前を覚える事が出来なかったけどそれはシンスさんも同じだったようで、資料を見た後すぐに――ほんの数秒で――忘れてしまっていた。
なんだか物凄い事になってる気がする。
レイって一体何者なの?
閑話休題
その事に当時のレイ少年はひどく御立腹だったらしく魔術師ならその殆どが憧れて、同時にその殆どが挫折する超高難易度の飛翔魔法で帝国領内にある大規模な軍事要塞を阿鼻叫喚の地獄絵図にせしめて差し上げたのだそうだ。
その時偶々帝国へ旅行に行っていた人物の証言によれば「地平線の向こうに隕石でも落ちて来たのかと思った」との事。
実際には一個人が使用できる限界を軽くぶっちぎった最高位攻撃魔法の雨を要塞上空から間断なく叩き込み、10分で文字通りの更地に変えたという事らしいのだが――
「そこまでいくともうバカじゃん、いやさレイ自身じゃなくて魔法の方が」
「『完全なる魔術師』の通し名もこの時付いたらしいわね」
「12歳で『通し名』持ち・・・・・・」
一つ目でコレかよ、ていうよりもこの時既に『完全制覇者』だったのね。
この段階でお腹一杯の私はどうすればいいの?
「次いって良いかしら?」
「どうぞどうぞ・・・・・・」
【其の二・個人による神獣同時三体討伐記録】
「はぁ!!?」
「これは魔術師登録の後だから結構最近ね、これが切っ掛けで『ランクE』から一気に『ランクA』に昇級したのよね。因みにこの時の担当は私、そりゃもう人生最高に驚いたわ」
それはそうだろう、ていうか状況をもっと詳しく――!
「そうね、あれは――」
思い出す様に語り始めるシンスさんの言をまとめればこういう感じだ。
学校で開催された秘境探索合宿中に間違って禁止区域になっていたエンペラーウルフの棲み処に生徒のグループが誤って入り込んでしまったらしい。
エンペラーウルフとは大きな狼でサイズは大きめの小屋ぐらいある『Aクラス』の神獣種だ。
2~3頭の成獣が群れを作り行動する珍しいタイプの神獣種で――神獣種は個体数が少ないので大抵が単体で行動するのだ――非常に気性が荒いという。
魔法を操る知能と肉眼では捉える事すら容易ではないスピード、そしてなによりその大きな爪や牙から繰り出される必殺の威力を秘めた攻撃。
嘗てエンペラーウルフ一頭によって共和国の大都市が壊滅したという記録が残っているというのだから幾ら実物を見た事がない私でもその凄まじさたるや想像に難くない。
そんな化け物相手に人命救助を謳って単騎で乗り込んだ上にきっちり討伐してしまうのだからレイの方も大概である。
「彼その時背中に大きな怪我をして一時期危篤状態だったらしいけど何て云うか、しぶとい――わよね」
「・・・・・・・・・」
恐らく看病していた時に見たあの大きな三本の傷跡だろうと思う。
一体どうすればあんな身体になるのか見当も付かなかったけど今の話で何となくその一端に触れた気がした。
この前の真っ二つ事件や《白》との戦いでもそうだったが良くもまあこの話かそれ以上の事を繰り返してきて生き残れたものね――
「それで、最後なんだけど・・・」
「――?どうしたんですか?」
「いや、それがね・・・最後だけは何ていうか本当かどうか分からないのよ」
「それってどう云う事ですか――?」
「それは――」
【其の三・伝説の七刀流】
「いやいや、幾らなんでもそれは・・・ていうか剣を7本も同時にどうやって操るんですか?それに私レイの剣って全部で6本しか見た事ないし」
「実際に見たっていう人は殆どいない謂わば都市伝説みたいなものなんだけど、一見無茶そうな事でもやって退けちゃうのがガウディノル君なのよね・・・」
そう言われると何だかそんな気がしてきた。
というよりも――想像はつかないけど――剣の7本位愉快に振り回してしまいそうな気もする。
底が知れないというか――彼の限界は一体何処にあるのだろうか。
「一緒に住んでいるんなら聞いてみたら?」
「いやぁ、レイって自分の事頑なに話そうとしないですから・・・
この前も何で6本も剣持ってんだって聞いたら何だかはぐらかされたし、他にも言えないこといっぱい隠してると思うな――」
剣の材料とかあの腕輪とか魔法とか過去とか――
とても15歳の少年が抱え込むには多過ぎる秘密がわんさかあるはずだ。
クレノさんは何か知っているだろうか――いや、あの人もきっと何も話さないだろうな・・・
「ホント、トンデモナイですよねぇ・・・・・・」
「その意見には全力で賛同するわ」
何時か私達に話してくれる時は来るのだろうか。
窓の外を見ながら覚めた紅茶のカップを手に取り一口啜った。
冷めて渋味の強くなってしまった赤茶色のそれを暫く口の中で弄び、ゆっくりと嚥下する。
液体が降下していく感覚と共に頭の芯から巻き付くような思考の粘り気が徐々に解けていく。
木に留まっていた白い鳥が羽ばたき、空に向かって飛び立った。
今日も雲一つない突き抜ける様な晴天だった。