其の八:双子と夕日
まず驚いたのはその荷物の少なさだった。
言わずもがな俺の寮に届いたリーラの荷物である。
大きめの旅行鞄1つしかなかった。
「これだけでどうやって生活してたんだ・・・」
俺の持ち物だってこれよりは確実に多い。
「何で?家具は備付の部屋だったし、こんなもんでしょ」
それは無いだろう――だってあのグリーティアですら最初は死ぬ程買いものしたんだぜ?
それにオンナノコってのは何ていうかこう――色々と必要な物があるんじゃないのか?
いやまあ詳しくは知らないのだけれど・・・・・・
「私の荷物は良いから早く案内してよ、玄関で立ちっぱなしになってたって仕様がないじゃない」
「まあ・・・そうだな」
空き部屋の一つにリーラを案内した。
実はこの寮3人部屋で、食事をしたりする共同スペースの他に同じ造りの部屋が3つある。
学校側が気を遣ったのか、それとも偶々だったのかは良く知らないが俺はグリーティアが来るまではこの部屋で一人で生活していた。
1人で住むには空間も部屋数も多すぎるけど3人部屋を1人で占領している事から周りも何となく近寄り難そうにしているので俺としては静かで過ごし易い。
とはいえ、やっぱりこんな部屋に1人で暮らしているなんてある意味優遇された状況に幾何かの罪悪感も感じていたり――
まあ、この学校のもう1人の『ランクA魔術師』様なんかは1番大きい5人部屋に1人で住んでいるのだから別に良いのかとも思わなくもない――かな。
「よし、こんなもんだな」
ほぼないに等しいリーラの荷物を恙無く部屋に運び終え、ぐるりと部屋を見渡す。
ベッドや簡単なテーブルと収納は備付なもののそれ以外の物は初めは無いからかなり広々とした印象を受ける。
それでも普通は部屋に物を入れたらやっぱり少々手狭になってくるものだけど――この部屋には物が少な過ぎる。
荷物を収納したってまだまだスペースが余っている。
有体に言えば少々殺風景な程だ。
「うーん、普通だと思うんだけどな・・・オシャレには別に興味ないし勿論お化粧なんかもしないし、戦闘スタイルのせいでゴツイ装備はいらないっていうかこの細剣一本だけなんだし――
ていうかレイの装備が多過ぎるのよ、何で部屋に剣が6本もあんの?二刀流なんだから予備合わせたって4本もあれば十分でしょうに」
俺の腰に提げた剣を指差すリーラ。
うーん、実は6本だけじゃないんだけど・・・・・・
これの事を果たして言って良いものなのか――
「それにしてもお父様の剣は不思議ですね、刀身の透き通った剣なんて殆ど見ません。
在るとすればクリスタライト位でしょうがあれに色は付いていませんし」
クリスタライトとは全体が透き通った非常に珍しい金属で、色は完全な無色透明。
見た目とは裏腹にその高度は折り紙付で熱による変形も一切ないという。
尋常じゃないほど加工が困難で、熱しても叩いても曲げようとしても形が変えられない為に少しずつ削って加工する以外には方法がない。
しかしこの金属で造った剣は無類の切れ味を誇り、何より美しい。
更にその強度から手入れも殆ど要らない。錆びないし普通なら刃が潰れる事も無いから使った後に刀身を拭く以外には手入れなんてものは必要ないのだ。
ただし、クリスタライトそのものが非常に少ない上に加工困難なためその武器ともなると大陸中探したって数は知れている。だから値段の話になるとチョットした城が買える位の値段がしちゃったりするのだ。
さて、ここで俺の剣だけど勿論材料はクリスタライトじゃない。
6本の剣には鍔の中心にそれぞれ『魔晶石』といわれる石が填め込んであって、刀身もその色に対応して淡く色付いている。
色はそれぞれ赤、青、黄、緑、白、黒の6色。
因みに今俺が提げているのは赤と緑の剣だ。
このクリスタライトはありとあらゆる方法で試したとしても決して着色できない為、グリーティアはあんな事を言っていたのだ。
そもそも俺のは『自然には』存在しない金属だしな。
「特別製なんだよ、それに俺剣が好きなんだ」
そう簡単に言える事でもない為取り敢えず誤魔化しておく事にした。
信じたのか察したのかは分からないがそれっきり剣については聞いてこなかった。
出来れば話さずに済む方が良い。
アレについてもコレについても話す時が来るという事はそれに応じた出来事が起きた時だろうからな。
きっとそれは良く無い事だ。
そして俺はそんな事望んじゃいない。
そんな思考を脳内で繰り広げている時だった。
コンコン、と玄関でドアがノックされた。
『すいませーん』
「はーい、今行きます!」
小走りに玄関まで走って行き、急いでドアを開けるとそこには良く見知った顔があった。
「バーンスさんじゃないですか、どうしたんですか?」
バーンス・クルドさん、俺が良く利用する雑貨屋の主人で奥さんのミーアさんと2人で店を切り盛りしている。
雑貨屋といっても取り扱っているのは日用品じゃなくて魔法関係の商品ばかりで、その品揃えの多さとバリエーションの豊かさから良くお世話になっているのだ。
バーンスさん本人も優秀な魔術師で、50代とは思えない鍛えられた身体をしている。
「おお、実は儂の店の庭を1つ大幅に弄ってやろうとしてたんだが岩が動かせなくてな」
「岩――ですか?」
普通の岩だったらバーンスさんに動かせないことは無い筈だ。
それにあの店の庭には動かせないレベルの巨大な岩は見た事がない。
と言うよりもそんなスペースは無い。
それに岩といっても俺が見た事あるのは精々高さ2m程度の白い――
「――あ、もしかしてあの岩『魔晶石』だったんですか?」
「お、察しが良いな流石はレイだ。
そうなんだよ、あの岩『魔晶石』でなぁ――どうにも動かせねぇんだ。
アレ庭の真ん中にあるだろ?色は綺麗だしあのサイズの『魔晶石』は中々ねぇからな、是非儂の店の目玉にしてやりたいんだが何分位置が邪魔でな」
「成る程、それで俺ですか――」
通常であれば高さ2m程度の岩なら程度の差こそあれ、魔法で肉体強化でもしてやれば訳なく動かせる。もしくは砕く事も可能だ。
だけど厄介な事に『魔晶石』ともなると少々訳が違ってくる。
『魔晶石』はその特性として「魔力を吸収する」というものがあるのだ。
これのせいで強化魔法を使っても触れた瞬間に魔法そのもののエネルギーをゴッソリ吸い取られて強制解除されてしまう。
硬さも尋常じゃなく、人力で砕くとすればそれはもう気の遠くなる作業だろう。
まあ出来ない訳じゃないから気合と根性と体力さえあれば不可能ではない。
サイズにもよるが吸収量を上回るペースで魔力を練れば対応出来ない事も無いがそれも精々片手で持てるサイズまで、2m――地面に隠れている所を含めたらそれ以上の『魔晶石』相手にしたら俺だって魔力を根こそぎ持っていかれる。
この特性を利用して意図的に魔力を吸わせることで魔力を『籠める』事も出来、魔力を籠めた『魔晶石』は簡単な魔法なら自動で発動出来たり魔法の補助・強化にも使える案外有用な石である。
更に特殊な方法で魔力を通すと籠められた魔力を抽出する事も出来る。半端なく難しい上に失敗すれば魔力どころか生命力まで根こそぎ持って逝かれるから相当の物好きか、ぶっ飛んだキチガイしか試そうとは思わない。
因みに俺は前者だ。
俺の剣の鍔に填まっているもの俺が魔力を籠めた『魔晶石』だ。
『魔晶石』は籠めた魔力の種類によって色が付くことがある。
例えば〈火〉の属性魔力なら赤、といった風だ。
ただし一切の混じり気なしの純粋な魔力でなくては色は付かない為、自然には透明の『魔晶石』が殆どで、2m以上のサイズでしかも『白』という事は〈光〉の属性石という事だから博物館にあってもおかしくは無いレベルの価値がある。
「そう云う事だ。お前さんなら何とか出来るかと思ってな」
強化魔法も無しに動かすとしたらそれはハッキリ言って不可能だけど実はあんまり知られて無い裏ワザがあるんだよな。
「まあ、多分いけると思いますね」
「おお、そうか!じゃあ早速頼んでも良いか」
1つ頷いてから部屋に向かって呼びかける。
「おーい!今から出掛けるけどお前らどうするー?」
「行く!」
「行きます!」
ドタドタとけたたましい足音を鳴らしながら玄関に雪崩れ込んで来た。
バーンスさんも目を丸くしていた。
「お、おお?レイ、こちらのお嬢さん方は?」
「あ、ああ――妹と同居人です・・・・・・」
お前ら、落ち着きなさいよ。
2人はバーンスさんの顔を見ると途端にアタフタし始めた。
「あ、あの、グリーティアと云います!」
「わ、私はリーライト・ファルヴィムでしゅ!」
あ、噛んだ。
「わっはっは!元気なお嬢さん方だ。儂はバーンス・クルド、レイは店の常連でな、よろしく頼む」
ハイっ!と目を泳がせながら返事をする2人に俺は溜息を吐く他なかった。
そんなに恥ずかしがるならもっと落ち着いて行動すれば良いのに・・・・・・
「そ、それよりおt――じゃなくてお兄様、何処に行くんですか?」
「何だ、聞いてなかったのか?庭掃除の手伝いだよ。相手は2m級の『魔晶石』で〈光〉の属性石だけどな」
「「――――なっ!?」」
2人で同時に絶句した。同じ顔である。
姉妹か、お前ら。
「ほら、早くいくぞ。あんまり遅くなると夕飯が遅れる」
◇◆◇◆◇◆◇
「こ、こんな魔晶石初めて見たわ・・・」
「私もです・・・」
改めて魔晶石として岩を見るとそのトンデモなさが良く伝わってくる。
よくもまあこんなサイズになったものだ。
「――で、いけそうか?レイ」
「まあ、大丈夫でしょ」
そう言って1歩前に進み出る。
同時に全身にありったけの魔力を練る。
前回の病み上がりの時とは段違いの魔力が全身を満たした反動で足元から大気が渦を巻いた。
「ちょ、ちょっと!何する気よレイ、これ魔晶石よ!?」
「わかってるよ、まあ観てなって」
もう一段階魔力量を上げる、これで今の全開だ。
更に1歩進み出て遂に岩に手を掛けた。
「ふんっ――――っぬぁああ!!」
ボゴォォという音をさせながら岩が持ち上がった。
地面の下に更に1m程埋まっていたみたいだから全体で3mってところか、重量は見当もつかんな。
「バーンスさん、これ何処に?」
「お、おお――コイツはこっちに下ろしてくれ・・・」
言われた通りの場所に下ろすとただ下ろしただけだったのに地面に深々と突き刺さった。
「トンデモねえな、こりゃ」
「どっちがよ!」
物凄い勢いでリーラに突っ込まれた。
手の甲でズビシッてやる古典的なあれで。
「どうやったのよ、魔晶石に魔力吸われないなんて」
「実は裏ワザがあるんだよ」
裏ワザ?と一同首を傾げている所に説明をする。
要するに俺がやったのは『魔法ではなく魔力で身体を強化した』という事だ。
あまり知られてはいないが魔晶石が吸収するのは『魔法としての魔力』であって『魔力』そのものではない。
魔法とは『魔力に形を与えて存在を変革させてからそこに式を加え、現実に現象として発現させるもの』と定義されている。
即ち魔力は魔法になった瞬間、『生命力から生み出された魔力』ではなくなり『魔法を現象として発現させる為の純粋なエネルギーとしての魔力』に変わるのだ。
魔晶石はこのエネルギーを吸収する。
魔晶石に魔力を籠めるのも同様に、籠める魔力を『魔晶石に魔力を籠める魔法』という形でエネルギーに変えるという作業を行っているに過ぎない。
ていうかそうでもないと同質の存在である生命力も根こそぎ持っていかれてしまうから道理といえば道理だろう。
そこで俺のやった事だが要するに魔力を練ったことによって底上げされた身体能力であの大岩を持ち上げたという訳だ。
応用編として変革させていない魔力そのものをぶつけてやれば魔晶石を砕く事も出来る。
ただしこれをやるには人並み外れた魔力量が必要で、普通は出来ない。
本来魔力を練った時の身体能力の底上げなんてものは強化魔法に比べれば微々たるもので、具体的に言えば100m走が何時もより0,5秒ほど速くなる程度に過ぎない。
魔法として最適化されたものと同じレベルの効果を発揮しようと思ったらそれこそ『ランクS』にでもならなくては不可能だろう。
俺は自分以外にコレが出来る魔術師に出会ったことがない。
「とんでもないわね・・・アンタ」
うん、決して褒められて無い事は痛い程分かる。目を見ればな。
いい加減驚かれるのにも慣れたけどさ――
あれ?何か前が見辛いな。何時から目の前に擦りガラスが置かれたんだっけ?
「何時見ても凄いな、レイのやることは。儂にはとても真似出来ん。
それにしてもありがとうな、家内は今用事があって居ないが合わせて礼を言っておくよ。
今度来た時には目一杯割引してやるからな」
「それは助かります、今度魔具を買う時にでもよろしく頼みますよ」
おう、じゃあな――と言って手を振るバーンスさんに応えながら俺達はその場を後にした。
「それにしてもホント規格外よね、レイってさ」
「うるせい、今更だろうがよ」
「ふふ、お父様も拗ねないで」
どうどうと俺の背中を擦るグリーティアの手に不覚にも癒された。
ああ、俺の事を分かってくれるのは両親とグリーティアだけさ!
妹?いたっけ、そんな奴。
覚えてないな。
冗談はさておき――俺は決して妹と不仲なわけではない、寧ろ関係は良好だ――俺達は思いの外早く用事が済んだ為、グリーティアへの案内の意味も込めて魔術連盟支部に向かっていた。
今更ながらグリーティアが一度も支部に行った事がないのに気が付いたのだ。
一応『ランクA』指定されている魔術師が支部での依頼の受け方も知らないってのは些か問題があると思う。
だから今日は支部への顔見せも兼て簡単な依頼でも3人で受けてグリーティアに色々と覚えて貰おうという訳だ。
という訳で現在受付中。
俺の前には何時も俺の担当をしている職員が立っている。
「あら、お久しぶりですねガウディノル様」
「何時も言っているけど様は止して下さいよ、シンスさん」
シンス・ミュラム、この支部の職員で結構新人さん。
俺がこの連盟に魔術師登録した時にほぼ同じタイミングでここで働き始めた筈だからまだ1年も勤めてはいない。
経験不足を感じさせない万全のサポートに、頭の回転も非常に早くて何より『ランクA』の俺にも気負ったところの無い態度がかなり気に入っている。
齢は俺よりも10は上の筈だ、以前それとなく聞いてみた事があるが割と深いトラウマを植え付けられた為飽くまでも推測だが。
俺に再び聞く勇気は無い。
つうか2度と聞きたくない、2度とだ。
大事な事なので2回言いました。
容姿も決して悪くないのだからサッサとイイ男捕まえて角が取れてくれる事を願うばかりだ。
「ふふ、何ですか?」
「イイエナニモ・・・・・・」
ニッコリと笑って首を僅かに傾けるシンスさん。
笑ってねぇから、目が。
字面だけ見たら何とも人の良いオネエサンみたいだ。
小説って不思議。
「こんちわ~、シンスさん」
「あら、ファルヴィムさんも一緒なの?珍しい組み合わせね、と云うか知り合いだったの?」
半ばお決まりと化したやり取りを終えるとさっきまでの丁寧口調は何処へやら、何時もの調子に戻っている。
「この前ちょっとしたトコで一緒に闘ったんですよ」
「へえ、さぞかし驚愕の連続でしょうねファルヴィムさん」
「ええもう本当に!レイったらどこ行ってもムチャクチャするんですから。さっきだって3m級の魔晶石を魔法使わずに魔力練っただけで持ち上げたんですよ?」
「相変わらずアホな事やってんのね、ガウディノル君。まあ私はそれ位じゃあもう驚かないけど」
「お前ら・・・・・・」
散々言いやがって、俺の非常識さは俺が一番良く分かってんだよ!
そして何気なく何時も傷付いてんだぞ!
「まあまあ、ところでそこのお嬢さんは?」
まるで何事もなかったように――俺以外にとっては至極その通りなのだろうけど――シンスさんはグリーティアの事に気が付いたようだ。
「妹のグリーティアですよ、デュノアから何か聞いてませんか?」
「ああ、じゃあ彼女があの異例の『ランクA』って事ね」
「初めまして、グリーティア・ガウディノルです」
深々と頭を下げるグリーティアに興味津々のシンスさん。
異例というのは恐らくいきなりデュノアから『ランクA』指定されたからだろう。
普通はどんな魔術師でもEから始めるからな、俺だってあっと言う間に飛び級したけど最初はEだったし。
「まあそれだけ優秀って事かな、ところで3人は今日は何の御用?」
「グリーティアはシャンダルに出て来てからまだそんなに経ってないから何か簡単な依頼でも受けようと思って」
「この面子で?『ランクA』2人に『ランクC』何てやり様によっては小さな町が1つ潰せるわよ。
それで、簡単って言ってもどうする?討伐系?」
暫し考える。
確かにこの面子なら神獣クラスにでもあたんなきゃどうってことは無いだろう。
でもなあ、グリーティアを戦いに連れて行くのはちょっと――いやでも何時までも後ろに控えさせておく訳にもいかないし何より元古代龍だしな、下手したら俺より強いかも知れない。
て事は討伐系が妥当かな――
「それで頼みます」
「了解、そうね・・・折角だからこれでいきましょう。『聖獣Bクラス・ガイアリザード』、最近法国との行路に住み着いてるらしくてね、商人が仕事にならないって言うんだけど高ランクの魔術師は今出払っちゃってて――相手出来るのがいなかったのよ」
「ふうん、そうですか。じゃあそれで」
「ちょっと待ってーー!!」
物凄い勢いでリーラに止められた。
何すんだこのヤロウ。
「分かってる!?聖獣よ、しかも『Bクラス』の!普通は『ランクC』以上の魔術師20人以上の編成でやっと互角な相手にこの人数で行くの!?」
リラの心配も尤もだった。
魔獣は大まかに分けて魔獣、聖獣、神獣に分かれるのは前にも言ったが本来はこれをさらに細かく分けて『クラス』という段階分けをする。
それぞれの分類にD~Aの4段階、神獣クラスにだけもう一つ上のSが付けられる事がある。
まあ要するに聖獣のしかも『Bクラス』に3人で挑むのは自殺志願者ぐらいだろうって事が言いたい訳だ。
確かに普通はそうだな。
俺からすれば1人でも余裕な相手だがそれは飽くまで『ランクS』基準なのであって『ランクC』からすれば常軌を逸した行動なのには違いない。
俺だって立場が逆なら死ぬ気で止める。
「まあ大丈夫だって、いざとなったら俺が屠るから。行くだけ行ってみようぜ?『Bクラス』の聖獣なんて中々見れないから良い経験になるだろ」
「それはそうだけど――私今まで一番強かったのですら聖獣の『Dクラス』よ?」
何だ、闘った事あるんじゃんか聖獣と。
確かに2段も上がれば同じ聖獣といってもそれはもう別物だけど全くの経験ゼロでないだけましというものだ。
「大丈夫だって、さあサッサと行ってサッサと終らせるぞ」
◇◆◇◆◇◆◇
法国との国境付近一帯に広がるハミラの森の中に件のバーリナ街道はある。
魔獣の多い森の中を出来るだけ早く安全に抜ける為に作られた道で、以前は森に入った人間の約半数が何らかの被害を受けて無事に森を抜けるのは至難だったのだがこの街道が出来てから被害は激減したそうだ。
それでも被害は勿論無くなっていないのだが。
今回の標的であるガイアリザードだが巨大なトカゲである。
焦げ茶色の体躯に岩の様な体表。
頭から尻尾までの全長は30mにも達する巨大さである。
普段は温厚な性格で巣を持たずに大陸中を気侭にウロウロしているのだが、年に一度だけ短期間巣を設ける事がある。
それは産卵期。
この季節に於いてだけは普段の温厚な性格も影を潜め、非常に厄介な凶暴さを発揮してくれる。
巣の周囲を自分の縄張りとして――この範囲には個体差があるらしい――その範囲に立ち入ったもの総てを排除するまで暴れ続けるのだ。
それが今回街道の一部までもその範囲に入ってしまった様で、商人や旅人が迷惑を被っているという事らしい。
一度巣を作ると卵が孵るまでその場を離れないし、来年以降も同じ場所に巣を作り易いから気は進まないのだが迷惑な場所に巣を作ったガイアリザードは討伐されることが多い。
産卵期を除けば大人しい奴だからあまり相手にしたくは無いが仕方がないと割り切ろう――
「「ああああぁぁぁあああああぁぁぁああああ!!!!!」」
「なっ何だ!?」
遠くから尋常じゃない叫び声が聞こえてきた。
恐らく子ども、しかも2人だ。
薄暗い為良く見えないがあの方向にはガイアリザードの巣が――
「まっずい!急ぐぞグリーティア、リーラ!!《――速まれ》!!」
ふわりとした軽い浮遊感が全身を包んだ瞬間全力て地面を蹴った。
2人を置き去りにした様だがこの際気にしていられない。
トントン、という軽い足音とは裏腹に疾風の如きスピードで街道を突き進む。
矢の様に流れる景色の中、果たして眼前に目標のガイアリザードの姿を捉えた。
そして思った通りにその目の前に子どもが2人蹲っている。
ガイアリザードはその子どもに向かって分厚い鉄板をも易々と切り裂く鋭利な爪を振り下ろす――
「《――絶対的な守護の盾》!!」
地面に手をついた瞬間ブゥン、という音と共に半球状の半透明な壁が出来上がり、間一髪のところで爪を弾いた。
ギャキィィン!なんて音をさせながらガイアリザードの身体が反動で大きく後ろに下がった。
時間短縮のために即詠唱で発動した為か強度が足りず大きくヒビが入っている。
「ゴギャァァァアアア!!!」
あーあ、しっかりキレちゃってるよ。
どうしよっか・・・まあ取り敢えず――
「そこの2人!下がって隠れてろ!」
「「は、はいっ!」」
あれ?後ろ姿といい声といい何か――
「――っうおお!?」
目の前でガイアリザードが跳躍したと思ったら空中で一回転、そのままその辺の樹よりも太い尻尾を上空から叩き付けてきた。
慌てて飛び退る、危なかった・・・加速魔法解いてたら死んでたなコレ。
うお、さっきまで俺がいたトコ物凄い抉れ方してるわ。
簡単な依頼のつもりだったからグリーティアとリーラの実力でも見ようかと思ってたけど子どもがいるなら話は別だ、これは早く済まさないと。
もう一度地面に手をつき、魔力を通す。
「《――茨よ束縛せよ》!」
ガイアリザードの足元から一本の太さが直径30cmはある茨が突出し、その巨躯に巻き付きギシギシと音を立てた。
その辺の魔獣ならこれだけで簡単に終了のお知らせだけどこいつはそうもいかないか、まあ動きが止まればそれで良い。
腰から緑の魔晶石が填まった剣を抜き、半身に構える。
ガイアリザードは必死に藻掻き、動きを止めている茨もそう永くは持たなそうだ、あと5秒ってところか。
「だけどそんだけあれば十分!」
強化魔法によって段違いに加速された走りで一瞬にして距離を詰め、その勢いで跳躍した。
空中で身体を限界まで捻り、ありったけの魔力を剣に籠める。
お返しだぜトカゲ野郎!
「《――疾風・風天斬》!!」
身体ごと剣を回転させ、そのまま振り抜く。
剣の後を追い爆風が吹き荒れ、鋭利な刃となってガイアリザードへ殺到した。
ゾンッ!という音と共に恐るべき威力を内包した風の刃がまるで何の抵抗も無いかの様子で岩の様に硬いガイアリザードの身体を縦に真っ二つにした。
断末魔の1つも上げずに綺麗に開かれて絶命したガイアリザードの正面に降り立つと後ろからグリーティア達が追い付いてきた。
「ちょっと置いて行かn――うわぁ!ナニコレ!?」
おお、ナイスリアクション。
ガビーン、ていう古風な効果音が良く似合いそうな顔してるぜ。
おっと、それは兎も角――
「リック、ハンナ!お前ら出てこい!」
さっきの子どもが隠れていた茂み辺りに向かって叫ぶと明らかにガサッとした。
そして恐る恐るといった感じに2人の子どもが茂みから出て来た。
リック・バスタールとハンナ・バスタール。
バスタール孤児院という所で暮らしている双子だ。
齢は10歳で魔法に興味があるらしく、よく俺を捕まえて魔法を教えろとステレオで喚くのでなんだかんだでよく面倒を見たいるのだ。
さてさて――
「なーんでお前らがこんなトコにいんのかなぁ?」
ひぅっ、と明らかに2人の顔が引き攣る。
満面の笑みを浮かべる俺の顔を見て何故そんなに怯えるのかな?
「レ、レイ兄ちゃん・・・お、おれ達この前教えて貰った魔法を試そうと思って――」
「それで、何でこんな遠くに来てんだよ」
シャンダルは法国と隣接する都市ではあるがそれでも子どもの足ではここまで半日以上かかる。
そう簡単に来れるような場所ではないのだ、距離的な意味でも危険度的な意味でも。
そう考えるとここまで魔獣に襲われず、さっきは俺が間に合ったのだから相当に運が良かったんだろう。
「あの、私たち・・・道に迷って――」
成る程、そういう事か。
確かにそれなしょうがない――
「――訳あるか!!」
大きな声に驚いたのかビクッとして2人はお互いの手を取った。
「勝手に外に出たらいけないって何度言った!?何時今日みたいな事になるのか分かんないんだぞ!今回は偶々間に合ったから良かった様なものの――先生がどんだけ心配すると思ってるんだバカヤロウ!!」
前に歩み寄って拳骨を降らせた。
ごちん!という鈍い音が二つ続けてなり、リックとハンナは頭を押さえて涙目だ。
はぁ・・・全くこいつらは――
2人の前にしゃがんでそっと抱き寄せるとキョトンとした顔をしている。
「無事で良かったよ、本当に・・・・・・」
優しく声を掛けると今まで我慢していたのかクシャリと顔が歪んでボロボロと涙を零し始めた。
「レイ兄ちゃん、おれ、おれ・・・こわかった――!」
「ごめんなさい、ごめんなさいお兄ちゃん――」
そこまでが限界だったのか2人は俺の肩口に顔を埋めて大きな声を上げて泣き始めてしまった。
リーラとグリーティアは俺の後ろで静かに俺を見つめている。
俺は泣き続ける2人が落ち着くまで頭を撫で続けるしか出来ないでいた。
◇◆◇◆◇◆◇
「ごめんなさいね、レイシャルト君」
物腰の柔らかい正に「お母さん」といった雰囲気の女性が頭を下げている。
「いえ、良いんですよバスタールさん。今回は運が良かっただけですから」
「そうは言っても・・・何かお礼は――」
「いいですから、本当に。――それじゃあ今度お茶にでも招待してください。バスタールさんのお菓子美味しいですから」
納得はいってなさそうではあったが何とか折れて貰った。
今回は本当に偶々だ、今後は気を付けるようにと改めてリックとハンナに言い聞かせる。
流石に懲りたのかしおらしく頷いてはいたが――何時までもつのやら。
旦那さんに宜しくと言ってからその場を後にした。
しばらく歩いてから振り返ると孤児院の前でリックとハンナが怒られているのが小さく見えた。
しがみ付いて行ったところを見るとまた泣いているのだろう。
「・・・・・・・・・・・・」
あれが親なんだな、と何となく思った。
10歳の時に今の親父とお袋に引き取られるまで俺は親を知らなかった。
いたのは『兄さん』1人だけだ。
今では親父とお袋を本当の両親だと思っているけどやっぱりふと襲う寂寥感は未だに消える事は無い。
無意識に2人へ自分の幼い時の姿をダブらせていた事に気付き、慌てて思考を押し退ける。
柄にもなく哀愁に誘われて鼻の奥がツンとしかけたが何とか踏みとどまった。
両親は俺が人間じゃなくなった事を知ったらどう思うだろうか――
あの人たちなら笑って流すような気もするけど俺としては何とも言えない感情に襲われる。
「おーい!」
呼ばれて振り返ると沈みかけた夕日を背にリーラが手を振っていた。隣にグリーティアが立っている。
あまりに暢気な風景に自然と顔を綻ばせながら手を振りかえすとグリーティアも小さく手を振った。
考えても仕方ないな――
無意味に沈む思考を押し出して2人の方へ歩き始める。
今日の夕飯は何にしようか――?