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元勇者が私に迫ってくるんだけど納得なんてしていません3

討伐ギルドカード


ヘンゼル・ウェーバー

職業:冒険者Cランク、ハンター

年齢:22歳

性別:女性

身長:155cm

体重:50kg

特殊技能:

索敵、罠師(発見・解除も含む)、ロープワーク、マッピング、基礎魔法(火・水・治癒)、弓使い

装備:

ショートソード、コンポジットボウ(木や竹などの芯材に、動物の角や腱、骨などの異なる素材を貼り合わせて強度と反発力を高めた弓)

前ボタンの生成り地のオーバーシャツに身体にフィットした茶色の厚手のパンツ

茶色の革ベルトと茶色のブーツ、革の指ぬき手袋、市販の革鎧

防水の魔法がかかった緑色のマント

マジックバック(安物、制限あり)


ギュンター ・ラル

職業:冒険者Sランク、ギルドマスター

年齢:35歳

性別:男性

身長:180cm

体重:85kg

特殊技能:

カリスマ、強靭な肉体、強大な魔力、魔法剣使い

(魔法剣とは、剣などの武器に魔法の力や属性を纏わせ、攻撃力を高めたり特殊な効果を付与したりする技法)

火水地風の四属性魔法使用可能。

装備:

動きやすさ重視の軽装備(ミスリルの防御魔法のかかった胸当て)

ハイネックの黒の上着に厚手の黒のパンツ

黒の太い革ベルトと黒色のブーツ

魔法防御が複数かけてある刺繍が入ったくすんだ青のマント

国王から下賜された勇者の地位を確約する王家の紋章が入った指輪

聖別されたロングソード、ショートソード

マジックバック(最高級品、制限なし)


レオン ・ヴェルナー

職業:冒険者Sランク、ソードマスター

年齢:37歳

性別:男性

身長:190cm

体重:100kg

特殊技能:

強靭な肉体による最速攻撃、全ての刀剣使用可、居合い

装備:

軽装備(ミスリルの防御魔法のかかった胸当、脛当て、手甲)

前空きの生成りのシャツ、こげ茶色の厚手のパンツ

こげ茶の太い革ベルトと茶色のブーツ

魔法防御の刺繍の入った黒のマント

国王から下賜された英雄の地位を確約する王家の紋章が入った指輪

東国の片刃刀、小刀(依頼によっていろいろ変える)

マジックバック(最高級品、制限なし)


アンネリーゼ ・ロート

職業:冒険者Aランク、聖女(大地神信徒)

年齢:30歳

性別:女性

身長:165cm

体重:55kg

特殊技能:

カリスマ、強大な魔力、大地神の加護

(回復・状態異常回復・祝福(防御・魔法防御・攻撃力上昇)・聖女の祈り(地力上昇))

装備(討伐用):

精緻な物理・魔法防御の刺繍が施された膝下丈の灰色のローブ

ローブと共布の頭巾

黒のブーツ

大地神教聖典

国王から下賜された聖女の証のペンダント

聖別されたメイス

マジックバック(最高級品、制限なし)



この国ヒールニールは、かつて魔王に攻め込まれ、窮地に陥っていた。しかし、勇者とその一行が魔王とその臣下を倒したことで危機を脱し、平和が訪れると思った。

だが、残った魔王軍の残党や魔獣が各地を荒らした。魔王やその臣下に比べれば強くはないものの、その数の多さを憂いた勇者は、国王の元へ戻った際に、国民から志願兵を募り、後始末をするための討伐ギルドを設立することを嘆願したという。


この時、勇者は25歳。彼は戦いと後進の育成に時間を捧げ、10年……。



そうして35歳となった元勇者は、ギルド本部の作戦室で、卓上の地図を睨みながら任務の概要を話していた。


「今回の討伐は、ギルド本部登録者の中から討伐者を選ばせてもらったよ。Cランクより一名、Aランク一名、Sランク二名、計四名での討伐となる」


窓から入る日差しが、ギュンターのくすんだ金髪と端正な顔を明るく照らしている。しかし、その表情は硬い。剣だこのある右の人差し指で討伐対象のいる場所をトントンと叩きながら、集まったメンバーの顔を見回している。

私はというと、その彼の姿を卓を挟んだ向かい側から見ていた。が、心の中は穏やかではない。どうしてなのか。それは、討伐のために集められたメンバーが問題だったからだ。


「メンバーの構成だけど、回復・防御以外はすべて物理攻撃のみ。なぜかと言うと、今回の討伐対象は魔法が効かない魔人だからだよ」


勇者一行は魔王と臣下を倒したが、魔王城から逃げ出した魔王軍の残党と魔獣は各地に散っている。その中でも厄介なのが、魔人と呼ばれる強い個体だ。数は少ないが、討伐するには骨が折れるものが多いため、上級討伐者が対応に当たる。

もちろん今回もそのはずなのだけど……。


「事前調査によると、土属性の魔法を操ることが分かっている。そのため、半径10メートル以内に近づくのが難しい。まず弓手にこちらで用意した対魔人用の毒を打ち込んでもらい、ある程度弱らせたところで、前衛が一気に叩く作戦だよ。概要は分かったかな」

「了解した。魔人討伐は久々だな。ところで、もう少し人手を割けなかったのか、ギュンター」


私はちらりと左右に視線を送る。ギュンターの右側に立つのは、背が高く筋骨隆々の男性。鋭く威圧感のある茶色の瞳に、日に焼け、小じわの目立つ厳つい顔。鼻の下と顎には髭が蓄えられている。

これは……もしかして、ソードマスターのレオン・ヴェルナー?

そして、左隣に立つ女性。髪の色は頭巾で隠れて見えないがおそらく金髪。垂れ目がちの目は青く澄んでおり、ふっくらとした頬をした柔和な美人だ。美しい刺繍が施された教会の水色のローブに包まれた身体は、緩やかな起伏を描いている。

この方は……もしかしなくても、大教会でお見かけした聖女様、アンネリーゼ・ロートでは?

一人欠けてはいるが、いわゆる魔王討伐メンバーが揃ってません?まあ、魔人討伐を少人数でやるのでしたら、そうですよね。古なじみを呼びますよね。分かります。だけど、なんで、そこに、私が混ぜられているのか!?


「ごめんね、レオン。ちょっと前に大型討伐が入って、みんなそっちに行っちゃってるんだよ」


それはそう。一週間前に西の草原地帯で多数の魔獣が発生して、Aランク以下の大方がそちらに行ってしまっている。

私はたまたま他の依頼を受けていて、戻って来た時にはすれ違いになっていたのだ。


「なるほど。ともあれ魔人は放置できないし、人手が戻るのを待ってらんねえな。まあ、回復に聖女様が残ってるのは幸いか」


レオンは、一つ結びにした獅子の鬣(たてがみ)のように奔放なこげ茶色の髪を、豪快にわしわしとかきながらアンネリーゼを見下ろす。腕を上げると筋肉が盛り上がり、その力強さは圧巻だ。

それと正反対とも言える清楚なローブ姿のアンネリーゼ様は、澄んだ青い瞳を細め、柔らかそうな頬に華奢な左手を当てると、柔和な微笑みを浮かべた。


「わたくしは普段は大教会におりますので、呼ばれましたら参りますよ」

「で、ギュンター、弓手はCランクしかいなかったのか?」


元勇者ご一行様の視線がこちらに向けられる。私はそれにビクッとした。存在を空気にしていたのに、急に注目されて心臓が跳ねる。


「まあまあ、彼女の腕は保証するよ」


それに対してギュンターは、左手を前に差し出しながら私の顔を見つめ、にっこりと微笑んだ。


「ふーん……お前がそう言うならそうなのか。おい、あんた名前は?」

「ひえっ……い、いえ、私はヘンゼル・ウェーバー。ハンターをやってます。普段はソロでやっていて……」


私はしどろもどろで答える。ソロでやっている理由の一つに、実は人との会話が少し得意ではない、というのがある。

田舎育ちで狭いコミュニティで育った結果なのだが、私はそこそこ人見知りだ。

そんな私にレオンさんは訝しげな目をして、ジロジロとこちらを見てくるものだから、私は胸の前で手を組み、怯えた小動物みたいに固まるしかなかった。


「ハンターでソロか! 小さいのになかなか尖がってるな」


しかし、彼はそう言うと、わははと笑いながら歩いてきて、私の背中を軽く叩いた。それだけで私は数歩よろめく。

咳き込みそうになりながらも顔を上げ、レオンさんの笑顔を見た私は、少しホッとして「ありがとうございます」と言おうとする。


「あ……」

「でしょう! 小さくて可愛いのに見た目に反して冷静に動けて、高所からのコンポジットボウの連射精度が高くて、近距離でも当てるほど弓の腕が良いし、動いてる魔獣に対して先読みして当てていく技量があるから、本当に今後が楽しみな子なんだよ。だから二人ともよろしくね!」


しかし私の言葉は、にこにこ笑顔のギュンターの長文早口褒め言葉で遮られた。

私は「あ」の状態で開けていた口がふさがらない。視線を彼の方に向けると、翡翠色の瞳とかち合い、なぜか満足そうに頷かれた。いや、そんな風に頷かれても困るんですが???


「お前がよろしく言うのかよ!」


レオンさんのツッコミが入る。いいぞ、もっと言ってください。私はそう思いながら口を閉じる。こちらからお礼をするタイミングを失ったんですが、どうしてくれるんだ。


「あらまあ、ギュンター様がそんなに褒めるなんて、随分とお気に入りですのね」


聖女様がおっとりとギュンターに話しかけた。垂れ目がちの目を開き、私とギュンターを見比べてくるのに、私は苦い顔になった。遺憾ながら気に入られて日々迫られています、とは言えないし、言いたくもない。


「お気に入りというか、お嫁さんにしたい子だから。そういう意味でもよろしくしてほしいな」

「ハア!?」

「まあ……!」


私はギュンターの発言に大いに慌てる。なんでいつもこうなの、この人は。こっちが説明しにくいと思っていることを、さらっと言うんだよー!


「ギュンターさん!?」

「何か間違ってたかな?」


くそ、違っていない。腹が立つことに、何も嘘がない!

私は訂正ができなくて、思わず涙目になる。そんな憤懣やるせない私に対して、ギュンターは精悍な顔を緩ませ、どこから見ても「可愛いな」と思っている顔でこちらを見ていた。そして、その顔を見た二人が揃ってこちらを振り向いたが、私は首をぶんぶんと振った。違います、そうではありません。お嫁に行きたくありません。むしろ助けて。


「嫌がってねえか?」

「嫌がってますわね」


二人の視線がギュンターの方に戻る。それに対して彼は苦笑し、こちらの方をちらりと見ると、それから恥ずかしそうに無精ひげのある顎をぽりぽりと掻いた。


「いや、この子は結構手強くて、長期戦の構えでいるんだよね」

「なんだよお前、何回も振られてんのかよ……ざまぁねえな」

「ギュンター様、こんな純朴そうな子を追い回してますの? 酷いですわね」

「二人とも言い方きついよ!?」


レオンはこちらに同情的な視線を送ってきた。聖女様は私の方へやってきて、たおやかな手で頭をなでなでしてくれる。うう……お優しい……ファンになりそう。


「まさか一緒にいたいって理由で、この子を招集してねえだろうな?」


太い腕を組み、ジト目でギュンターを見ているレオン。またやらかしているな、こいつ。そんな雰囲気が全身から漂っていて、なんか思ったよりこの人は苦労をしたのでは? と、私はその姿を見上げながら思った。


「それは違うよ。この子、腕は本当に良いんだ。実際に目にして確認はしているし」

「実際にって……おまえ、ギルドマスターのくせにCランク討伐に行ったのかよ!」

「ん、ん~」

「ごまかしてるんじゃねえよ……」


深いため息を吐きながら、地図の置かれた卓にレオンは手をつく。その重さで卓が軋(きし)んだ音を立てる。それから鋭い目でこちらを見ると、


「まあいい。ヘンゼルちゃん、狙撃はやれるな?」


そう言ってきた。私はその言葉に頷く。

元勇者パーティーに突っ込まれて、気が引けるどころではないのだが、仕事となれば話は別だ。弓の腕は常日頃から磨いてきているのだから、ここで臆してはいけないと思った。


「普段から毒矢を使った狙撃には慣れています。この役目、受けさせていただきます」


背筋を伸ばしてはっきりと言う。それにレオンは満足そうに頷くと、にっと笑った。アンネリーゼも口元に笑みを浮かべる。


「お、なかなか潔いな。よしよし。んじゃ……このパーティーで行くか」

「よろしくお願いしますわね、ヘンゼルさん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


ギュンターのことは横に置いておいて、この討伐を成功させないと周辺に大きな被害が出る。それは間違いない。そう考えながら、私は二人に頭を下げた。

口元に笑みを浮かべつつこちらの様子を見ていたギュンターは、「さてと」と言うと両手を卓の上に乗せ、私たちは改めて地図に向かい合うことになった。


「では、話を続けよう」


そういうことで私は、元勇者でギルドマスターのSランク討伐者と、その元仲間たちとでパーティーを組む羽目になったのだった。


/*/


数日後。

王都より東の山岳地方に向かう馬車に私は揺られながら、同行する3人の様子をこっそりと眺めていた。


ギュンターは、いつものハイネックの黒の上着に厚手の黒のパンツ、黒の太い革ベルトと黒色のブーツ。動きやすさ重視の防御魔法がかかったミスリル胸当てに、背中を覆う魔法防御の刺繍が入ったくすんだ青のマント、聖別されたロングソードとショートソードを腰から下げている。

レオンも軽装備だ。前開きの生成りのシャツにこげ茶色の厚手のパンツ、こげ茶の太い革ベルトと茶色のブーツ。防御魔法のかかったミスリル胸当てに、ギュンターと違うのは脛当てと手甲をつけているくらいだった。それに魔法防御の刺繍が入った黒のマント。そして目を引いたのが、黒鞘に納められた東国の片刃刀と小刀。これを腰に下げていた。

アンネリーゼはというと、普段の聖女のローブ姿ではなく、精緻な物理・魔法防御の刺繍が施された、動きやすい膝下丈の灰色のローブと共布の頭巾に黒のブーツ。それに聖別されたメイスを手に持っている。

三人とも国王から下賜された勇者の指輪、英雄の指輪、聖女の証を身につけ、マジックバッグもそれぞれ持っているという。見れば見るほど目がくらむ高額装備。やはりセレブ、半端ない。

私は前ボタンの生成りのオーバーシャツに、身体にフィットした茶色の厚手のパンツ。茶色の革ベルトと茶色のブーツ、革の指ぬき手袋、市販の革鎧。腰にはショートソード、背中にはコンポジットボウを背負い、防水の魔法がかかった緑色のマントとマジックバッグを装備。つまり、いつもと変わらぬ装備である。


そして現在、馬車の中で皆様のお邪魔にならぬべく、私は空気、とばかりに隅っこに座っていた。


「あら、ヘンゼルさん。そんな隅っこに座って、どうなさいましたの?」


こちらの様子に気がついたのは、右隣に座っていたアンネリーゼだった。首を傾げながら不思議そうにこちらを見ているのに、私は少々焦る。


「ひえっ、お話のお邪魔をしたらいけないな、と思いまして」

「邪魔? 気を使わんでいいんだぞ。話に入れ入れ!」

「そうだよ、ヘンゼル。俺、君の話も聞きたいな」


向かって右にレオン、正面にはギュンターが座り、声をかけてくる。そうは言っても、年齢も立場も違う私が自発的に話すことはハードルが高い。


「私の話ですかっ。あっ、えっと」

「ヘンゼルは、なんで王都に引っ越してきたのかな。地方にもギルドはあるだろう?」


戸惑う私に対して、ギュンターはにこりと笑って助け船を出してきた。しかし、私はその質問にドキッとする。視線を動かすと、他の二人も興味ありそうにこちらを見ていて、冷や汗をかいた。


「引っ越し…それは…」


私は一瞬言葉を濁す。しかし、言わないわけにもいかない空気に、三か月前、なぜ王都に引っ越してきたのか、その理由を振り返る。


ギルドはギュンターの言う通り地方にもある。私の故郷の田舎の方にも小さいけど支部があって、私は16歳からそこで活動を始めていた。

初心者同士でパーティーを組んで、経験とお金を貯めて楽しくやっていたが…18歳になった辺りで、ギルド内でのいざこざが増えるようになってきた。まあ、よくあることなのだろうが、いわゆる色恋沙汰、というやつだ。しかも、田舎の狭いコミュニティゆえにドロドロの展開になり、私が二十歳の頃に不本意ながらそれに巻き込まれてしまった。

関係としては、女→男→私の構図だったのだが、問題なのは男が既婚者のくせにこちらに色をかけてきたこと。激怒した奥さんがうちに押しかけてくるわ、男は刺されるわで、とんでもない大惨事になったのだ。

その後事態は収まった。しかし、両親には泣かれるわ、あらぬ噂で周囲の反応も冷ややかな中、ソロ討伐をしながら細々と活動を続け、Cランクへの昇格とお金が貯まったところで王都へと移動することに。


「というのが、引っ越してきた理由で……」


馬車の中が一気に静かになる。

馬の蹄と馬車がガタゴト揺れる音だけになった。まずい、もっと面白おかしく話せばよかった?そのまんま話しちゃったけど、引かれてません!? 私はドキドキしながら自分の左手を右手で包み、ぎゅっと握ると体を固くした。


「お前さん、意外と苦労したんだな」

「その男の方、刺されて当然ですわね……」


レオンが顎髭を武骨な手で撫でながら、荷台に背中を預けるとため息を吐く。アンネリーゼは優美な眉尻を下げ、こちらに手を伸ばして背中を撫でてくれた。その優しさに、ちょっと涙が出そうになった。

この話はあまり人に話したことがない。こっちの仲間にはどうしてこっちに来たかを濁していたのだけど、この人たちの前では嘘は言えない気がして、そのまま話してしまった。

重い話になってしまって申し訳なくなる。私は「ありがとうございます」と言おうとして顔を上げた。が、正面に座るギュンターに、突然両肩を大きな手でがしっと掴まれて、ビクッと体を強張らせた。


「ヘンゼル、名前。その大罪人の名前を教えて。あと、何をされたか詳しく」

「!?」


正面から身を乗り出し、距離を詰めた彼は、私の肩に手を置いたまま、唇をぎゅっと締めた厳しい表情で私を強く見据える。翡翠色の瞳が今まで見たことのない色に揺れているのに、私は動けなくなった。もしかして、お、怒ってる……!?


「そいつはもう君に接触してないかい? 今でも迷惑しているのなら、俺が対応するから」


なんか、目が怖いし近い近い。私は思わず後ろの荷台の方に体を逃がそうとしたが、能力差のせいでびくともしないことに顔をしかめた。

もう二年前のことだし、今さらどうしたいというのはもうないので、結構です、と言いたいところなのだが、どうしようこれ。


「おいおい、話の内容でもう終わったことって分かるだろうが」

「そうですわよ、ギュンター」


私が困っていると、呆れ顔のレオンが彼の肩を叩き、アンネリーゼは手に持ったメイスを私と彼の間に差し込んで距離を離してくれる。

それに対してギュンターは手を離し、苦い顔をしつつ体勢を戻してくれたので、私は内心ホッとした。


「まったく…落ち着け。あと、職権乱用しようと考えただろ?」

「ん、ん~」

「だからごまかすなって」


レオンに諌められたギュンターは、それでも心配そうに私の方を見てくる。自分が引っ越しの理由を聞いてしまったことへのバツの悪さもあるのだろうか。何か言いかけてはやめる、ということを数回繰り返した後、


「ヘンゼル、君がもう大丈夫だというのなら良いのだけど。嫌なことを話させてしまってごめんね」


と、すまなそうに言ってきた。


「もう大丈夫ですよ。何かされたと言っても、しつこく口説かれたくらいで…」


そう言って私はハッとした後、目を泳がせる。なんか、こっちに来てからもしつこく口説かれてるな、この目の前の人に。なんだよ私、そういう星の元に生まれてしまった?とか考えたくないんですけど! 私、けっこう男運が悪いのか…?


「……で? って、なに、途中で黙って。まさか手も出されて!」

「はいはい、やめやめ(ドスッ)」

「止まってくださいませ(ゴン)」

「二人とも痛いよ!」


碌なことを口にしないギュンターを、鈍い音をさせながら手刀とメイスで黙らせる二人。その年季の入ったツッコミ(物理)に、自分の頭を押さえて涙目になっている彼の姿を見た私は、少し胸がスッとして、ようやく笑うことができたのだった。


/*/


そうして馬車に揺られること一日。野営を挟み翌日の昼に私たちは目的地へと着いた。

鉱山地帯の入口付近、その裾野に広がる岩場の中に討伐対象が潜んでいる。事前情報によると、岩場の奥の方からどんどん人里のある方へ移動していて、地図に描かれた印の場所から、今はどれだけ移動しているか分からない。


「聖女様、奴の位置はだいたい分かるか?」

「今、探ってみます」


アンネリーゼがしゃがみ、地面に手をつける。大地神の加護を持つ彼女は、地面を通して敵の気配を察知できる。それによると、ここから北東の方向、一刻ほど歩いた場所に今は潜んでいると見当をつけた。


「魔法で探ると気づかれるかもしれないからね。助かるよ、アンネリーゼ」

「私の方法では精度が低いですが、相手が魔人で良かったですわ」

「よし、半刻歩いたところで準備だな」

「はい」


私たちは岩と岩の間を縫うように北東へ進む。時折アンネリーゼが位置を再確認し、私たちは慎重に歩いていく。

そうして半刻、中間地点に到着した。そこで四人は岩陰に身を隠して腰を下ろし、作戦会議と休憩を取ることになった。会話は小声で行う。魔人は気配にも聡いものが多い。姿は見えなくとも、安心はできない。


「ここから先の会話はハンドサインで行う。先頭に俺、ヘンゼル、アンネリーゼ、レオンの順で移動。誰かが討伐対象を発見したら知らせて、コンポジットボウの有効射程まで移動し、ヘンゼルが狙撃。その後、アンネリーゼが俺とレオンに防御の加護をかけて、そのまま戦闘に入る。アンネリーゼとヘンゼルは敵の間合いの外の岩陰で待機だ」


ギュンターが地図を広げながら、現在地の確認をする。岩を回避しながら進んでいるので、手書きで進んできたルートを記していた。


「おう」

「分かりましたわ」


ここまでは事前に打ち合わせていた段取りの通り、私も頷く。

ギュンターは全員の顔を見て頷き返し、次に背負っていたマジックバッグから、黒い液体が入った小さな小瓶を取り出して私に手渡してきた。


「ヘンゼル、これが魔人に効く毒。ここで矢の先につけて、いつでも撃てるようにしてほしい」

「分かりました」

「扱いには気をつけて。人間の体内に入れば即死だからね」


私は頷くと、自分のマジックバッグから矢筒と矢を取り出し、慎重に矢じりに毒を塗りつけて矢筒に収めていく。そうして背中に背負っていたコンポジットボウを手に持ち、矢筒を代わりに背負った。

それから、一週間ほど日持ちする、焼いたベーコンを練り込んだ固パンをかじり、水を飲む。この先は飲み食いができない。補給しておくのは大事だった。

そうして作戦会議と休憩を終えた私たちは立ち上がり、それぞれの装備を再チェックして、慎重に北東へ歩いていく。


そうしてまた半刻。とうとう岩場の隙間から、討伐対象の魔人の姿が確認できた。


大きい……。


見つけた私はごくりと唾を飲む。私はハンターなので目が良く、側にある樹木と比べた感じ、敵は三メートル前後の大きさであることを推測していた。

土魔法を使うという調査の通りなのだろう。岩の色にも似た皮膚は固そうで、周囲の景色に同化して見えにくい。背中を向けているので顔が見えないが、魔人なのだから、赤く光っているのだろう。

私は発見をハンドサインで知らせる。他の三人もすぐに魔人を確認し、ギュンターが作戦遂行のサインを出した。

全員でコンポジットボウの有効射程内、五十メートルまで忍び寄り岩に身を隠す。そして、私だけが岩をよじ登り、身体を固定させながら魔人の動きを目で追う。今のところこちらには気づいていない、しかし、向こうの動きは少ないとはいえ、一射だけ撃って外すと作戦が総崩れだ。だから、一気に三本の矢を撃つことを私は決める。

私は矢を一本つがえ、残り二本を指に挟んだまま弦を引き絞る。心臓がうるさいが、深呼吸をして精神を集中し、間を置かず連続して三本の矢を次々と放った。

それらは緩いカーブを描いて、魔人の背中と脇腹辺りに突き刺さった。一本は外したが、二本はいけた。私はそれを確認してホッとした。

岩の下に向けてハンドサインをするために手を下ろす。しかし、その瞬間。魔人がこちらを振り向き、真っ赤な目を私に向け、口を開いて何か詠唱し始める。

まずい!すぐに地面に降りなくては、と思ったその時、ぐいっと強くマントを引っ張られた。私はバランスを崩し、背中から岩の影の方へ落下していった。


「きゃ……!」


落ちていきながら、自分のいた場所に地面から突き出た石の槍が深々と刺さっていくのが、スローモーションのように見える。長射程の直線攻撃魔法だった。こんなの調査書に書いてない!


「間に合った! あぶねえ!」


レオンの声が聞こえたと思ったら、ぼすんと音を立てて私は誰かに受け止められた。そしてそのまま力強い腕に抱えられながら、別の岩陰へと運ばれる。

一瞬、何が起こったのか分からず声も出なかった。しかし、ギュンターのくすんだ金髪と無精ひげのある端正な顔がすぐそばにあって、私は目を丸くした。


「レオンが気づいてよかったよ。あんなのも持ってたのか!」


焦りを含んだ声でギュンターが声を上げる。どうやら魔人の魔法詠唱に気づき、咄嗟に私のマントを引っ張って岩の上から落としたのはレオンで、落ちてきた私を両手で受け止めたのがギュンターだったらしい。

アンネリーゼの方を見ると、そばを走りながら大地神教聖典を開き、攻撃力上昇の加護をギュンターとレオンにかけていた。キラキラと加護の光が二人に降り注ぐ。


「は、走りながらかけられるのですかっ」


私は思わず声を出す。普通はそんなことをしないし、見たことがなかった。上位討伐者の即断・対応力に私は驚いた。

さっきから目を丸くしてばかりの私に、アンネリーゼがふわりと笑った。


「ふふふ。だって、止まってられないでしょう」


そう言っている間にも、石の槍が私たちの後ろに突き刺さっていく。アンネリーゼは続けて防御の加護をかけた。私たちは落ちてくる岩のかけらを避けながら、安全そうな大岩の後ろに入り込む。ここならば石の槍が貫通しない。


「アンネリーゼとヘンゼルはここで待機。レオン、行くよ」

「おう」


私は丁寧に地面に降ろされると、にっこり微笑んだギュンターに左手をぎゅっと握られた。翡翠色の瞳が陽の光にきらりと輝いて、妙に眩しい。それを直視してしまった私は、必死で顔を左の方へと逸らす。それに彼は苦笑すると、体を傾け右耳に囁いた。


「頑張るから、目を逸らさないで見ててね」

「ひ、ぎゃ!」


思わず変な声が出た。なにを、なにをするんですか、こんな時に!

私は顔が赤くなる。ギュンターはにこっと微笑むと、握っていた手をそっと離した。その手が自身の腰へ伸び、聖別された長剣の柄を力強く握る。そして、鞘から一気に引き抜いた。スラリ…と澄んだ金属音が響く。白鋼の刀身が陽光を受けて鋭く光り、その剣先が真っ直ぐ灰色の魔人へと向けられ、くすんだ青いマントが風を受け、背後で大きくはためいていた。

一方、レオンも右手で腰の鈍色に光る黒鉄の片刃刀を鞘から抜く。こちらは長剣とは違い、チャキッ……と独特の音がした。太い腕を振ると、レオンはバサッとマントを背中へ払う。大きな体がわずかに沈み、いつでも踏み込める姿勢へと変わった。

二人とも聖女から攻撃と防御の加護を受けている。背負っていた荷物もすでに降ろしてある。つまり、ここから先は身一つ、敵を倒すためだけに全てを使うということだ。


「気をつけてくださいませ」


アンネリーゼの声が背後から届く、二人は振り返らなかった。ただ、ギュンターが剣先をほんの少し下げ、レオンが片刃刀を握り直し、そして二人同時に地面を蹴った。


「速っ…!」


思わず声が漏れた。五十メートルはあったはずの距離が一瞬で縮まっていく。土煙が二人の足元から跳ね上がり、青と黒の影が一直線に魔人へ迫る。魔人も二人を迎え撃つように腕を振り上げた。けれど、その動きは以前より明らかに遅い。すでに毒矢を受けている。毒が少しずつ、確実に魔人の身体を蝕んでいた。


「そこだ!」


ギュンターが踏み込む。白鋼の長剣が横薙ぎに走り、それを魔人が腕で受け止めた時に、金属同士がぶつかったような凄まじい音が響いた。

しかし、ギュンターはそこで止まらない。剣を押し込むのではなく、すぐに身を引いた。その直後。


「おらぁ!」


反対側からレオンが飛び込んだ。黒鉄の片刃刀が魔人の固くない脇腹へと入り、灰色の皮膚が裂け紫色の血が飛び散って魔人が咆哮を上げる。


「グオオオオッ!」


大きく腕を振り回す。レオンはすぐさま後ろへ跳んだ。振り回された腕が空を切り、地面を叩いたことで土が大きく抉れた。


「危な……!」


あんなものをまともに受けたら、一撃で吹き飛ばされる。けれど二人は怯まなかった。むしろ、魔人が腕を振り切った隙を狙って再び距離を詰めていく。

切りつけては離れ、魔人が反撃しようとすれば、さらに離れる。そして魔人の動きが止まれば、また踏み込む。それを何度も繰り返していた。

魔法を食らわない。それが二人の戦い方なのだろう。真正面から力比べをするのではなく、敵の攻撃を避け、少しずつ傷を増やしていく。毒が回っている以上、時間は二人の味方だった。


「ギュンター!」

「任せろ!」


魔人がギュンターへ腕を振り下ろす。ギュンターは紙一重で横へ避け、そのまま魔人の懐へ滑り込んだ。長剣が閃く。魔人の腹に浅い傷が走った。


「グッ……!」


魔人が後退する。そこへレオンが追い打ちをかける。黒鉄の刀が足元を狙う。魔人は慌てて飛び退いた。その瞬間、魔人の口から詠唱が紡がれる。

嫌な予感がした。これまでの攻撃とは違う。魔人の周囲の地面が、ゴゴゴゴ……と低く震え始めた。


「来る!」


ギュンターが叫んだ。魔人を中心に、轟音と共に地面が一斉に盛り上がった。大量の土が巨大な波となって二人に押し寄せてくる。

調査にあった範囲攻撃。私は息をのんだ。まるで大地そのものが襲いかかってくるようだった。

ギュンターは一瞬だけ周囲を見渡すと、近くにあった岩へ向かって走り、助走をつけて軽く飛ぶ。岩を蹴り、さらに高く跳び上がった。その直下を土の波が轟音を立てて通り過ぎていく。レオンも同じように別の岩へ飛び乗った。土煙が視界を覆う。


「見えない……!」


私は目を細めた。だが、二人は止まらない。土煙の向こうから、青い影が飛び出した。ギュンターだ。そのまま魔人との距離を一気に詰める。


「そこだ!」


長剣が振り下ろされる。魔人が腕を上げて防ぐ。その瞬間、反対側からレオンが飛び込んだ。


「もらった!」


魔人がギュンターを押し返そうとするその隙に、黒鉄の片刃刀が魔人の肩を切り裂き、その間にギュンターが距離を取った。そして再び二人が入れ替わる。一人が攻撃し、一人が離れる。まるで二人で一つの生き物のようだった。


「レオン!」

「おう!」


ギュンターが叫び、レオンが答える。二人は同時に踏み込んだ。ギュンターの長剣が魔人の右腕を狙う。魔人はそちらを防ぐのに気をやったその瞬間、死角からレオンの刀が走った。また紫色の血が飛び散る。


「グオオオオッ!」


魔人が怒り狂って腕を振り回し、暴れたあとにすぐに口を開いた。


「また魔法……?」


今度は詠唱が先ほどより短い。魔人の周囲に無数の石が浮かび上がった。大小様々な石が、まるで意思を持っているかのように空中で震える。


「避けろ!」


無数の石つぶてが一斉に二人へ襲いかかった。二人は腕で頭部を庇うが、それでも身体には次々と石が叩きつけられる。


「ぐっ……!」

「くっ!」


それでも二人は倒れなかった。防御魔法がかかっているミスリルの胸当てと聖女の加護によって、石が当たった場所に淡い光が瞬いている。その薄い光が衝撃を受け止めているのが見えた。

私は呆然とする。あれだけの攻撃を受けても、二人はまだ立っている。


「すごい。これがSランク討伐者」


思わず呟いた。私が知っている討伐者の戦いとは、まるで違う。私は胸がドキドキした。



そうして目を逸らさずに見ているうちに、気がつけば一刻以上の時間が過ぎていた。

魔人の動きが少しずつ鈍くなり、魔法を使う間隔も次第に長くなっている。魔人が動けば離れ、隙が生まれれば踏み込む。その繰り返しが、少しずつ魔人を追い詰めている。そうして魔人の膝が、ついに地面へ落ちた。


「……!」


私は息を止めた。魔人が苦しそうに身体を揺らす。何度も魔法を使ったせいで、魔力も尽きかけているのだろう。詠唱しようと口を開くが、言葉が続かない。


「ギュンター」


レオンが低く呼んだ。


「分かってる」


ギュンターが答える。

二人の身体にも疲労が見えていた。魔法を使っていないとはいえ、これだけ長い時間戦い続けている。聖女の加護も、そろそろ限界だ。

ギュンターが剣を握り直し、レオンも片刃刀を構えた。二人が一度だけ視線を交わす。言葉は必要なかった。次で終わらせる。そんな意思が私にも伝わってきた。

二人が同時に地面を蹴った。青と黒の影が一直線に魔人へ迫る。魔人が最後の力を振り絞って腕を上げた。


「グオオオオオッ!」


ギュンターが右へ、レオンが左へ。魔人の腕がギュンターを追うが、その瞬間ギュンターが身体を捻った。魔人の視線が逸れる。


「今だ!」


レオンが踏み込み黒鉄の刃が走る。同時に体を回転させ遠心力をつけたギュンターの白鋼の長剣も閃き、青と黒が交錯する。

一瞬、本当に一瞬の出来事だった。二人が魔人の横を通り過ぎ、そして静寂が訪れる。

魔人の首と胴が、わずかにずれていくのが見えた。そこから紫色の血が噴き出し、そうして巨体がゆっくりと傾き、重い音を立てて地に伏した。

ギュンターは振り返り、長剣に付着した血を払った。レオンも無言で片刃刀を振り、刃についた血を落とす。二人とも、しばらくその場に立っていた。そしてギュンターが小さく息を吐く。


「……終わったな」


私はただ、倒れた魔人と二人を交互に見つめていた。これがSランク討伐者の本気の戦いだった。すごく…格好良かった。


「やりましたわ!」


一緒に戦いを見ていたアンネリーゼが声を上げると、私の腕にたおやかそうに見える手を巻き付け、岩陰から引っ張り出す。意外と力が強いのにびっくりした。

私も魔人の気配が消えたのを確認したので、二人でギュンターとレオンの元へと走る。

駆け寄ると、レオンはこちらを見た後「どっこいしょ」と言いながらしゃがみ、倒れた魔人の死体から小刀で右耳だけを切り取り、討伐の証拠として袋に入れた。ギュンターは肩を回しながら、やれやれという顔をしている。


「二人ともお疲れ様ですわ。大きなけがは無くて?」


アンネリーゼが柔和に微笑みながら、二人の傷の具合を確認している。近くに来て分かったが、見えている部分だけでも大小さまざまな傷がついていて、石の当たったところは黒い打撲になっているのが見えたし、土埃(つちぼこり)まみれだった。


「思ったより大したことないよ」

「そうだな。聖女様の加護のおかげだな」


そうですよね。あれだけの魔法攻撃を食らってこれだけとか、聖女様の加護って本当に凄いんだ。と思いつつ、倒れている魔人におっかなびっくり距離を取る。本物を見るの初めて…大きい…顔…怖い…。

そして改めて周りを見回して息を吐いた。地面はえぐれ、周囲の岩があちこち砕かれている。この戦いの凄まじさを改めて感じた。


「でも一番の功労賞はヘンゼルだね」

「へ?」


私は突然自分の名前を言われて振り返る。上機嫌で輝くような笑顔のギュンターと目が合ったと思った瞬間、距離を詰めた彼が素早く両脇に手を差し込み、私をひょいっと持ち上げた。

そうしてその場でくるりと回ると、こちらがあっけに取られている間に背中に手を回され、ぎゅっと抱きしめられた。


「ギャー、離してー!」

「いやだよ。君を抱きしめたくて仕方がないんだから」


私は悲鳴を上げ、足をばたばたさせるが、身長差で足が地面についていない。

それに、なんか首元に顔を埋めて、すーはーすーはーと深呼吸されている気がするんですけど!なんで吸ってるの?やめてえー!


「君が魔人にしっかり毒矢を当てたから、この時間で戦いが終わったんだよ。偉い!」


ひとしきり嫌がる私を吸ったギュンターが顔を上げ、私のことを褒めちぎってきたのに面食らい、私は動きを止めた。え?


「ああ、そうだな。下手すりゃ、もう二刻かかってもおかしくなかったぜ? しんどすぎるわな。偉い偉い」


レオンまで鋭い目を細めて私の頭を撫でてくる。同時に二人に自分のやった仕事を褒められて、私は思わず顔がじわじわと赤くなってしまう。

この年になって、こんな風に褒められるなんてあまりないので、なかなか威力が高かった。

確かに、あそこでこけたら、その後の展開が大きく変わって苦戦していた。でも、私はそれだけが役目で、前線で戦った二人に比べたら……と思う。

動揺しながらアンネリーゼの方を見ると、こちらを見てにっこり微笑み、頷いていた。私はそれを見て、やっと褒められていることを飲み込むことができ、自然と笑顔がこぼれた。


「……可愛い!」


そのとたんギュンターが相好を崩して、抱きしめる腕に力を込めてくる。革の鎧越しでもそこそこ苦しい。あと、またなんか顔を埋めてすーはー吸ってる!ぎょえー!


「イヤー!助けてえ…!」


自分の力ではとてもじゃないけど引き離せなくて、私は涙目でレオンとアンネリーゼを見ながら、ギュンターの背中をばしばし叩いた。


「はいはい、やめやめ(ドスッ)」

「いいかげん離してあげて下さいませ(ゴン)」

「二人とも痛いよ!」


碌なことをしないギュンターを、鈍い音をさせながらまた手刀とメイスで黙らせる二人。安定の年季の入ったツッコミ(物理)に、私は安心する。やっぱりツッコミがいるって大事だ。


「ごめんね。ちょっと嬉しくて我慢できなかったよ」

「が、我慢してくださいよっ!」

「えー」


不満そうなギュンターにようやく離してもらえた私は、アンネリーゼの後ろへ素早く隠れて彼から距離を取り、警戒の視線を向ける。本当に油断も隙もない!


/*/


とにもかくにも魔人討伐は無事終えることができ、私たちはまた馬車に揺られて帰路につくことになった。

アンネリーゼの回復魔法で、前線で戦った二人の怪我も綺麗に治り、風に吹かれながらのんびりと街道を馬車は進んでいく。

帰りもギュンターは私の前の席を陣取った。膝の上に肘を置き、頬杖をつきながらこちらを見ているのに、私は居心地が悪く必死に視線を逸らしていた。


「ヘンゼル」

「なんですか……」


そうしていたら、彼の方からこちらに話しかけてきた。私は視線をちらりと向ける。


「ちゃんと見ててくれた?」


ああ、戦闘に入る前、「頑張るから、目を逸らさないで見ててね」って耳元で言っていたことか、と、思い出しゾワゾワをしながら右耳を掻いた。


「え、え、ああ、見てましたよ」


返事をしながら訝しげに首を傾げる。それがどうしたのだろう?


「俺、格好良かった?」


その言葉に私は頭と肩をガクッと下げる。なんでこうなんだ、この人。色々とハイスペックなのに、どうも中身が残念なんだよな……。

顔をバッと上げた私は、ジト目でギュンターを右の人差し指で指すと、


「自分で言いますか? そういう所ですよ!」


そう声を上げた。しかし、それに彼はまったくめげない。端正な顔に笑みを浮かべながら、私の指さした手を剣だこのある固い手でしっかり握り、


「で、どうだった?」


と目を細めて聞いてきた。それに対して私は顔を赤くしながら顔をしかめ、プイッとそっぽを向いた。


「……言いません!!」


そりゃSランク討伐者の戦い方は凄かったし、ずっと目が離せなくて見入ってしまった。不覚にもカッコイイな、とは思ったけど、あくまで少しだけですし。

そんなこと言ったら、何されるか分かったもんじゃない。口に出したりする愚行はしませんので!あしからず!

そう思いながらそっぽを向いていたら、レオンとアンネリーゼが笑いをこらえている気配を感じた。

面白がってないでこれも止めて下さいよ。ツッコミは常時募集中なんです!


「素直じゃなくて可愛いなあ」

「ち、違いますってば!」


楽しそうにこちらを見つめて来るギュンターの手を払おうと必死で手を動かすが、悲しいかな、能力差で振りほどけない。その力強さに、岩の上から落下して抱き止められたこともうっかり思い出してしまい、心臓が跳ねた。

どうしよう、ドキドキするな私、運命にもっと抗えよ!

元勇者が私に迫ってくるなんて、絶対、絶対、納得なんてしないんだからねー!


私は心の中でそう叫んだのだった。


ー完ー

補足


レオン・ヴェルナー

外見的特徴:

大柄、極限まで鍛え上げられた体は筋骨隆々としている。

獅子の鬣のように奔放に伸びたこげ茶の髪を一つに括っている。

威圧感のある茶色の瞳に、日に焼け小じわが出始めた顔は厳つく、鼻の下と顎に髭を蓄えている。

性格:実直で豪快、戦うのが好き、マイペースなギュンターに振り回されがち。

他:王都の郊外で普段は剣術道場をやっている。王からの褒賞はお金と英雄の証だけ受け取った。既婚者。

一人称:俺

二人称:あんた、お前、ギュンター、聖女様、ヘンゼルちゃん


アンネリーゼ・ロート

外見的特徴:

腰まである淡い色の金髪を一本の三つ編みにしている。

垂れ目がちの目は青く澄んでおり、ふっくらとした頬の美人、表情は柔和でいつでも笑みを浮かべている。

女性の平均的身長、ローブに包まれた体は、緩やかな起伏を描いて美しい。

各地域でお祈りをするので足腰は丈夫。

所作が美しいのでゆったりして見える。

性格:おっとり泰然としている、慈悲深い。

他:王都の大教会に所属している。独身。

一人称:わたくし

二人称:あなた、ギュンター様、レオン様、ヘンゼルさん

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― 新着の感想 ―
短編の完成おつかれさまでした。 睦月さんと私は絵の関係で知り合ったから 小説を書いている睦月さんに 最初は不思議なイメージを感じましたが 物語を読むと普段の睦月さんらしさも垣間見えて 普段あまり本を読…
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