けむくじゃら
"けむくじゃら"って聞くと何を思い浮かべる?
犬とか猫、熊みたいな動物?体毛の濃い人?大体はそんな感じだよな。
でも今回の"けむくじゃら"これ、とあるものを指す名前なんだよね。
小さい頃にさ、親に「良い子にしてないとお化けが来る」とか言われなかった?
あるよな、俺もヤンチャ坊主だったおかげでよく言われてたんだけど、婆ちゃんに言われるのはちょっと違ったんだよ。
「悪い子ぁ"けむくじゃら"が食らいに来る」ってさ。
子供ながらに、?だったよ。
お化けや鬼ならわかるけど、"けむくじゃら"ってなんだよってさ。
でも婆ちゃんのしわくちゃな顔で真剣にスゴまれると、なんとなく信じちゃうんだよ。
婆ちゃんは特に信心深いってわけでもないんだけど、これだけはボケた今でもずーっと言ってるんだよ。
でさ、中学2年生の6月。俺のクラスに、とある奴、Aが転校してきたんだ。
そいつがまあとんでもない奴でさ。
人の物は盗る、人を殴る、平気で嘘をつく、挙げ句の果てには何度も警察沙汰まで起こすような奴だった。
そりゃあ当然嫌われた。
後々知ったんだけど、転校してきたのも元の学校に居られなくなったかららしい。
Aの親も親でさ、どーいうわけだか絶対にそいつを庇うんだよな。所謂モンスターペアレントってやつ。
特にお袋さんがヤバかった。
うちの子は悪くないザマス、環境が悪いザマス、お前たちが悪いザマスって感じ。
面もいいし、金もめちゃくちゃ持ってたけど、完全に腫れ物扱いだったよ。
Aが暴れ始めた頃から、町で野生動物への警戒令ってのがよく出されるようになったんだ。
体長2〜3メートルのゴワゴワした体毛の動物って目撃情報でさ。
でっかいよな、俺も最初に聞いた時は熊か何かかと思ったよ。
その警戒令が出てある程度した時、Aが大問題を起こしたんだ。
胸糞悪い話なんだけど、小学生を性的に襲おうとしたらしい。
それをたまたま見かけたその子の兄貴が必死に止めようとしたんだけど、ボコボコにされてさ、なんとか生きてはいるけど二度と歩けないくらいの怪我を負わされちまった。
俺も見たけど酷いもんだったよ、まるでタコさ。
そんで、そんな事をしでかしたAはというと、それからぱったり行方不明になっちまった。
当然ながら警察沙汰だし、Aの親も警察も必死になって探したんだ。
めちゃ金かけた捜索隊も組まれてたな、ちょっとニュースにもなってたっけ。
ただ、1ヶ月経っても2ヶ月経っても見つかんねぇの。
んで、4〜5ヶ月経った頃かな、だんだん諦めムードが漂い始めてたんだけど、遂に見つかったんだよな。
見つかったのは、俺たちの町から車で二時間くらい離れた山奥の、ほとんど人が入らない古い山小屋の跡。
中学生なら歩いて行けない距離でも無かった。
正確には「見つかった」というより、「残されていた」と言ったほうが正しいのかも。
人間だった頃のAの形は、もうほとんど残ってなかったからさ。
頭から足まで、黒っぽいゴワゴワした体毛に覆われていて、まるで炭を塗りたくった毛皮の塊みたいになってた。
顔の部分は特にひどくて、目も鼻も口も全部毛に埋もれて、ただ黒い穴が二つぽっかり空いてるだけ。歯だけがやけに白く覗いてたのを、今でも覚えてる。
どこで見たのかって?
俺も友達と一緒に捜索隊に参加してたんだよ。
バイト代も結構出してくれたし。
それでまあ、ちらっと、な。
警察の人は最初「熊の仕業か何かか?」って話してたらしい。
っていうのも、Aだったものの周りには、小動物の骨やら血も、やたらめったらと飛び散ってたらしい。
でも近くに熊の足跡は一つもなくてさ。
まあ、こんなわけわかんないの、人間の仕業には思えなかったんだろな。
ただ、婆ちゃんは「"けむくじゃら"に食らわれた」って、Aの話になるたびずーっと言ってた。
一応クラスメイトだったからさ、警察も事情聴取ってほどじゃ無いけど、話は聞きにきたんだわ。
その時にも婆ちゃんは"けむくじゃら"がどうこうってずーーーっと言ってた。警察の対応もボケ老人相手の対応にだんだん変わっていってたのは見ててちょい申し訳なかったよ。
もちろん警察はそんな話なんか信じない。
結局「動物による食害」「身元不明(おそらくA)の死体」って扱いで処理された。
Aの親は「うちの子じゃない」「間違いだ」って喚き続けてたけど、DNA鑑定で本人のものが出ちゃったもんだから、流石に受け入れざるを得なかったんだろうな。
でも、Aの葬式は頑なにしたがらなかったし、しなかったよ。
まあ仕方ないよな。
それからというもの、町の野生動物警戒令はぴたりと出なくなった。
あのゴワゴワした2〜3メートルの影も、もう二度と誰の目にも映らなかった。
まあ、安直だけどそれが"けむくじゃら"だったんだろうな。
ん?その後はどうなったかって?
なーんも。いつもの日常に戻ったよ。
Aの家族以外は。
まず親父さんが居なくなっちまった。
町が落ち着いて1週間経ったくらいかな。
置き手紙が一枚だけあったらしい。
んで、そっからさらに1週間経ったくらい。
今度はお袋さんが狂っちまった。
もとから?まあ、そうかもだけど。
もうずーっと訳わかんない事叫び続けるし、でっかい家の庭も荒れ放題。
まーったく家から出てこなくなっちまった。
何回か市役所の職員とか近所の人が家を訪ねてみたらしいんだけど、さっぱりなしのつぶて。
そのくせ税金だのなんだのはちゃんと払われてたもんだから、家に入るわけにもいかなくてお手上げ状態だったらしい。
そっからまた1週間経ったくらい。
いきなりお袋さんが家から出てきてさ、「Aが帰ってきた」って言い出したんだ。
しかも身だしなみもバッチリ、まるでAがいなくなる前まで巻き戻ったみたいだった。
そんなわけが無いんだけど、頑なに「Aが帰ってきた」って言うもんでさ。
あれだけ可愛いがってた息子がさ、訳わかんない死に方しちゃった上に、旦那にも捨てられちまったもんだから仕方ないのかもなー、なんてみんな思ってたわけ。
最初は、みんな流石に優しくしてやろうってことで。
そっかー、良かったねー、くらいで済ませてたんだけど、あんまりにずーっと「Aが帰ってきた」って言うもんだし、でもそれ以外は普通だったから、どうしたもんかなってなり始めた。
大人がどうしたもんか悩み始めた頃。
友達の1人がそんなに言うなら見に行ってやろうって言い出した。
一緒に捜索隊参加してた奴な。
一応クラスメイトなんだから、「見舞いに来た」とでも言えば家に入れてくれるだろうって。
俺も気になったもんだからそれに乗っちゃってさ、いざいざって感じで。
まあ、お察しの通りやめとけば良かったよ。
見舞いって言ってんのに手ぶらで行くのもなんだって事で、一旦家に帰って適当に菓子を見繕ってたんだけどさ。
婆ちゃんがいきなり声かけてきて、「あん家には行くな」って。
たまげたよ、Aの家に行くなんて一言も言ってないもん。
でもさ、ガキだった俺は嘘ついたんだよ、「あんな家頼まれても行かねー」って。
そしたら婆ちゃんは凄んで「あん家はもう食らわれてしもうた。絶対行ってはいかん」てさ。
ちょっとビビったけど、まあ覗くだけ覗いて逃げれば良いか、なーんて軽い考えで居たわけ。
だから適当言って家を出たのよ。
んで、友達と集合していざAの家。
町のちょっと離れたとこにあるんだけどさ、でっけえ家だったよ。
庭もあるし、そん中には噴水まであった。
家自体もレンガ作りの屋敷?洋館?って感じ。
初代バイオの洋館みたいな。
玄関チャイム鳴らして、A君の見舞いに来ましたーって言ったらお袋さん大喜び。
しかも俺と友達が捜索隊にいたことも覚えてたみたいでさ。
すぐ家ん中入れてくれた。
中もまたすっげえ豪奢なの。
玄関ホールには馬鹿でかいシャンデリアぶら下がってて、床には目がチカチカしそうな真っ赤な絨毯。
高そうな絵だの壺だのも至る所にあってさ、まさに見栄っ張りな金持ち!って感じ。
お袋さんは、もう踊り出しちまうんじゃないかってくらい喜んでてさ。
怖いもの見たさで来たのが申し訳なくなってきちまうの。
で、こう言うのさ「まだ学校には行けそうにないんだけど、だんだん戻ってきてるの。またAちゃんと仲良くしてあげてちょうだい?」って。
とりあえずは適当に返事したんだけど、ちょっと引っかかる部分があったんだよ。
「だんだん戻ってきてる」ってとこ。
「治る」とか、「元気になる」、とかなら分かる。
でもさ、「戻る」ってのはおかしくないか?
まあでも、方言かなんかだろって事でとりあえずは飲み込んだ。
んで、お茶をすすめてくれたんだけど、長居するのも悪いから顔だけ見て帰りますって。
そしたらすぐAの部屋に案内してくれたよ。
ただ、Aの部屋は屋敷の奥のほうでさ。
案内してくれてる間、ずーっとお袋さんAの事喋り続けてんの。
これは大人たちも面倒になるよなって子供ながらに思ったよ。
そんなこんなでAの部屋に向かって行くんだけど、だんだん変な匂いがしてきた。
洗ってない動物みたいな、獣臭って言うのかな。
なんか臭くね?って友達に言ったら、友達も同じように感じてたらしい。
ただお袋さんはなーんにも感じてないようで、鼻歌歌い出しそうな機嫌のまんまだった。
Aの部屋の前に来たは良いけど、もはや臭過ぎて目にもツーンときてた。
ここまで来ると最早臭いって言うか痛かった。
んでお袋さんがドアをノックして、Aに友達が来てくれたって話しかけたんだけど、返答がさ。
唸り声、だったんだよ。
犬の唸り声を数段低くしたような、地鳴りのようなって言うのかな。
人が発せる音じゃ無いのだけは確かだったよ。
思わず友達と顔を見合わせた。
でも相変わらずお袋さんはニッコニコでさ。
「どうぞ入ってちょうだい」なんて言うわけよ。
で、背中を押されて中に入った。
部屋の中は真っ黒だったよ。
カーテンを閉め切ってるのもあるんだけど、壁紙も、家具も、何から何まで真っ黒だった。
墨で塗りつぶしたみたいだったよ。
臭いもとんでもなくて、俺も友達もえずきっぱなし。
いや、友達は吐いてたかも。
でもお袋さんは相変わらずのニコニコ。
スタスタ部屋の奥の方に歩いて行って、家具に腰かけたんだ。
その時初めてそこにベッドがあることに気づいたよ。
「Aちゃん、お友達が来てくれたわよ。さ、恥ずかしがってないで布団から出ておいで」なんて言って真っ黒な布団を、頭の部分だけちょっと捲ったんだ。
毛に覆われた真っ黒な顔に、真っ白な目と歯が付いてた。
白内障とか網膜系の病気みたいな、動物的な白じゃなかった。
ピンポン球とかバレーボールみたいな、人工的な白さだったよ。
唸り声は、ずーっと"それ"の歯から漏れてた。
息継ぎの隙間もなくって、ずーっと唸り続けてた。
どう言うわけか、お袋さんには"それ"がAに見えてるらしかった。
でも、俺には最早"それ"がAかなんてどうでも良かった。
愛おしそうに何か話しかけてたけど、もうなんて言ってるかなんて気にもできなかった。
"それ"の目がぐるっとこっちを向いた気がした。
俺も友達も一目散に走って逃げた。
唸り声と匂いを振り払うために、がむしゃらに走って逃げた。
気がついたら家に帰ってた。
そんでしこたま婆ちゃんに叱られた。
その日は飯を食えなかったよ。
大好物のハンバーグだったんだけどさ。
次の日、学校に向かう途中で昨日の友達に会った。
けど2人して目を合わせては何も言えなかったよ。
まあ、そりゃそうだよな。
でも、学校の帰り道もたまたま一緒になって、背筋曲げてぼちぼち帰ってたら、ぼそっと言うんだよ。
「あれ、Aじゃなかったよな」って。
「やっぱり、お前もそう思うよな」って俺も返した。
「だって、なぁ」「あれは、うん」
そこからは、Aの話は一切しなかった。
それでおしまい、って訳にはいかなかった。
その年の冬に、Aの家で火事が起こったんだ。
三日三晩消火活動してたな。どう言うわけか全く火が消えなかったらしい。
そんでやっと火が消えたのは良いけどさ、出てきちゃったんだよ。
真っ黒な遺体が、2つ。




