PHASE II-04|陸戦近接部隊
翌朝。外では、接近戦に向けた装備の最終確認が続いていた。
陸戦近接部隊の区画には、金属が擦れる音と短い号令が絶え間なく飛び交っている。
その一角で、視線が集まる。
完全武装の隊員たちの列を割るように、冴木が姿を見せた。
ボディアーマーも重装備もない。軽装のまま、肩から端末を下げている。
少し長めの髪が無造作に額へかかり、気だるげな空気をまといながらも、その立ち姿には不思議と隙がない。
装甲服の隊員たちの中で、彼だけがこの場に属していないように見えた。
「あれ、誰だ?」
背後で、抑えた声が漏れる。
「副官らしい」
「あれが?」
「冗談だろ」
声は抑えられているが、遠慮のない視線が向けられている。見慣れないものを見るような空気が、その場にそのまま残っていた。
冴木は気にした様子もなく、周囲をぐるりと見回した。
「近接六班の班長を、探してるんだけど」
近くにいた兵士が、思わず手元の装備から顔を上げた。
「班長?」
「用件は?」
「作戦のすり合わせをしておきたくて」
冴木は気負いのない調子で言うと、一歩だけ踏み込み、輪の内側に入った。
周囲の兵士たちが、互いの顔を見やる。
一番近くにいた隊員が、留め具を締めながら顔を上げた。
「失礼ですけど、前線に出たことは?」
「ないよ」
周囲で、かすかな笑いが広がる。
「じゃあ、余計なことはしない方がいい」
「おとなしくしてた方が安全ですよ、副官殿」
「心配してくれてありがとう」
「皮肉も通じないのか」
揶揄する声が、あちこちから上がる。
「お前さ、何やってんだよ」
隊員たちの間から、短く刈り込まれた金髪の男が前へ出てくる。肩で人を押し分け、緋堂が輪の中へ入ってきた。
「朝から騒ぎを起こすな」
「班長を、探しに来ただけなんだけど」
「目立つなって言ってる」
緋堂は冴木の腕を掴み、輪の外へ連れ出す。
「行くぞ。神崎班長のとこ」
歩き出すと、背後の声が薄れていく。
「昨日で、だいぶ形ついたよね」
通路を抜けながら、冴木が続ける。
「敵主力はもう大して動けないから、流れが来てるうちに、ここからは接近戦で、一気に行こうかなって」
「今向かってる、神崎班長は話が早い人だ。細かいことで突っかかってくるタイプじゃない」
「だから、六班の班長を選んだ」
「さすが。ただ、桐生隊長はお前みたいなタイプを一番嫌う。勝手な真似して、切られるなよ」
「もう十分、嫌われてるみたいけど」
「だろうな」
二人は、そのまま準備区画を抜けていく。
*
砂漠に並べられた前線指揮管制コンテナの一室。
扉が開くと、卓上に投影された戦域図を囲み、各班の指揮官たちがすでに集まっていた。
装甲服の袖をまくった陸戦近接部隊の分隊長が二名、卓を挟んで立っている。
通信担当は卓の端で、端末を操作していた。
その少し後ろ、壁際には冴木の姿があった。
「作戦案を共有する」
蓮は卓の正面に立ち、戦域図を一瞥した。
零域陸戦近接部隊・第六班班長、神崎が一歩前に出る。
「作戦案は既に整理しております、桐生隊長」
「説明を」
「こちらをご覧ください」
操作に合わせて、周縁都市《FRINGE-07》の外縁が拡大される。
外周に点在する複数の反応が、淡く表示された。
「敵の実働は、現在この外周に分散しております。補給線も細く、昨夜のドローン攻撃と遠隔射撃で、拠点内部に主力は残っておりません」
神崎は淡々と説明を続ける。
「敵が本拠に戦力を集め直す前に、外縁が手薄な現段階で攻勢に出るほうが、被害を最小限に抑えられると考えます」
蓮は腕を組んだまま、卓上に投影された詳細な配置図へと視線を落とす。
光のラインで示される部隊配置を追いながら、最後まで言葉を挟まなかった。
「接近戦だな」
神崎は小さく頷いた。
「話が早い」
神崎は一瞬だけ、壁際へ視線を向け、すぐに戦域図へ戻した。
「最も確実です」
「それで行く」
分隊長たちは互いに短く言葉を交わし、指揮管制ユニットを出ていく。
冴木も壁から離れ、出口へ向かう。
「冴木」
冴木は足を止め、ゆっくりと振り返った。
「お前の案だな」
冴木の目が細くなる。その変化は一瞬で、すぐにいつもの気だるげな余裕を帯びた表情に戻った。
「違うと言った方が、都合がいいですか」
「神崎と、事前に詰めていたな」
「優秀な人ですよ」
「答えろ」
「ええ、自分です」
モニターに走るデータの更新音だけが空気を動かす。
「神崎は優秀だが、収束点までは詰めない。線は太く引くが、端を残す」
冴木は小さく息を吐いた。
「接近戦になります。隊長は、どの任務でも、前に出られる方だと聞いています」
「前で状況を掴む。それが俺の役目だ」
「配置は、その動きを前提に組みました」
冴木は額にかかった髪を無造作にかき上げ、視線を蓮へ戻した。
「隊長が最前に立っても、視界と動線が塞がれない構成です」
蓮が視線を上げ、初めて冴木を正面から見る。
「助かる」
冴木の目が、わずかに見開かれる。
言葉が出ず、そのまま黙り込んだ。
「なんだ」
「いや、なんか想定外で……」
ほんの一瞬、素の声が漏れ、冴木はふいに、蓮から視線を逸らす。
「失礼しました」
「次からも頼む」
指揮管制ユニットの照明が、蓮の整った横顔を照らしている。蓮は冴木をまっすぐ見ていた。
冴木も、それを受け止めたまま動かない。
表情には、すでにいつもの余裕が戻っていた。
「了解です。では、後ほど」
冴木は軽く顎を引いた。
踵を返し、指揮管制ユニットを出ていく。
室内に残った蓮は、しばらくその扉を見ていた。
やがて視線をモニターへ戻した。




