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PHASE II-03|人事介入

 作戦指揮室の照明は落としてあった。卓上の端末だけが、低く唸るように光っている。


 配置、補給線、交戦想定。表示された数値と図面を一つずつ確認し、蓮は最終承認の操作を終えた。

 修正箇所はない。端末を閉じかけた指が、わずかに止まる。

 画面の隅に残っていた人事データへ視線が移った。

 副官、冴木悠斗の個人情報。


 階級:中尉 

 年齢:24歳

 所属:第六方面軍付零域戦術部隊

 出身養成機関:中央戦略府附属軍事アカデミー


 それだけを一度眺め、蓮は履歴の項目を開く。


 出身、所属歴、文字列が淡々と並ぶ中で、第七戦略域赤域管理部(レッドセクター)の表示だけが、目に残った。

 蓮の指先が画面をなぞり、詳細を展開する。


 履歴を遡るも、表示が止まった。 

 数秒待つも、何も出ない。

 権限確認の表示が走り、画面は初期状態に戻る。


「開かない?」


 蓮は椅子の背に体を預けたまま、もう一度だけ同じ操作を行う。今度は赤域管理部(レッドセクター)以前の履歴を開く。そこにも、途中で閲覧不可の表示が挟まる。


「……閲覧制限か」


 独り言のように落とし、アクセス権を確認する。

 少佐権限。部隊長としての統合承認も付与されている。


「隠す必要がある経歴か」


 誰に向けるでもなく、言葉が落ちる。

 履歴がここまで遮断されるのは異例だ。部隊長の閲覧権限を越える情報など、通常は存在しない。


 端末の表示を閉じると、室内はさらに暗くなった。


 ふいに、通信端末が鳴った。


 統合防衛軍・第六方面軍

 ──将軍専用回線


「桐生です」


「無事か」


 低い声が回線越しに届く。

 統合防衛軍・第六方面軍司令官、九條宗継(くじょうむねつぐ)


「問題ありません。専用回線での生存確認とは、念入りですね」


「念入りで悪いか」


 九條の短い笑い声が、回線越しに響いた。


「新しい副官の件で、話があると思ってな」


「今回の人事は、実務上必要だったと?」


「空席だったはずだ」


「何人も辞めた席です。しかも、元第七戦略域赤域管理部(レッドセクター)。随分と趣味がいい」


「趣味で人事ができるなら楽だな」


「俺がああいう手合いに、足元をすくわれると?」 


「お前が惑わされるなら、一度見てみたい」


 わずかに含み笑いが混じる。


 蓮は小さく息を吐いた。


「任務遂行後、そちらに戻り次第、退任届を出すよう命じました」


「残念ながら自分から辞めることはない。アレは任務には絶対服従らしい」


「アレ、ですか」  


 蓮の声に、僅かな訝しさが混じる。


「中央では、ああいう人材を外交交渉戦略資源と呼ぶそうだ」


「便利な呼び方ですね」


「便利だ。扱いを誤らなければな」


「送り込まれた理由を伺っても?」


 九條の声が少し低くなる。


「今回は中央が動いた。形式上は第六方面軍経由だがな」


 言葉の奥に、評価とも警告とも取れる響きが混じる。


「お前の隊は副官が続かない。理由はそれで十分だろう」


「結果が出ない者を、残す趣味はありません」


「隙があれば、何かを差し込まれる。今回のようにな」


 回線の向こうで、椅子が軋む。


「完璧主義も悪くない。だがな、隊を率いるなら、相手がどこで削れているかを見ることだ」


「承知しました」


 蓮は短く答え、視線を床に落とす。


「せっかく回された面白い駒だ」


 その声には、わずかな愉しみがある。


「利用されるな。使いこなせ」


 通信はそこで切れた。


 蓮は椅子から立ち上がり、指揮区画を出る。

 通路の照明は落とされ、非常灯だけが床を細く照らしていた。


 外へ出ると、空は完全に沈んでいる。基地全体が眠りに入った時間帯だった。偵察ドローンが遠くで飛ぶ微かな音だけが続いている。


 蓮は宿舎のある方角へ足を向けた。

 夜風がわずかに砂を巻き上げていた。ブーツの底が乾いた音を立てる。

 士官区画は、さらに照明が落とされている。

 規則正しく並ぶ簡易宿泊棟の影を抜け、一般宿舎の前を通りかかった。


 そのとき、砂を噛んだコンテナの扉が軋んだ。

 簡易寝台の並ぶ居住区画から、光が漏れる。


 わずかな光が外へ漏れる。中から、人影がひとつ出てくる。細い背中だった。軍服の上着を肩に掛けただけの、華奢な後ろ姿。夜気の中で、白い首筋が灯りに浮く。


 ──冴木?


 室内の灯りを背に、もう一人、男が姿を見せる。

 壁に寄りかかり、腕を組んでいる。

 照明が落ちる位置まで踏み出すと、素肌の肩と胸がはっきりする。鍛えられた体躯が、室内の光を受けて輪郭を強めた。


 男は煙草をくわえたまま、視線を冴木に向けている。

 応じる冴木はどこか楽しげで、距離は近い。

 冴木は一歩寄り、男の唇から煙草を取り上げ、そのまま口に運ぶ。


 吐いた煙が、灯りの中でほどける。


 軽く片手上げ、冴木は振り返らずに歩き出す。

 男は壁に寄りかかったまま、冴木を見送っていた。


 扉が閉じ、灯りが途切れる。夜の静けさが戻る。


 蓮は閉じた扉を見据え、やがて視線を外し、砂を踏む乾いた音とともに自分の宿舎のある方角へ歩き出す。


 さきほどの光景は、消えなかった。

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