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竜障害 ~もう一つの競竜~  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

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第36話 協会の監査

 週が明け、早々に諏訪と雑賀は事務棟に呼び出された。その時点で厩舎は休業となっており、厩務員含め全員が寮で謹慎となっている。ただ、競竜場が使えず、諏訪厩舎どころか全厩舎が競竜場に行っても竜の調教くらいしか行えず、次節まで長期休業を余儀なくされている。


 そんな中、岡山競竜場に竜障害協会の監査員がやってきた。諏訪も椅子から立ち上がったのだが、監査員は雑賀だけを呼び付けた。


 阿蘇の時と同様、事務棟の一室。小さな机、簡易椅子が置かれているだけの、まるで警察の取調室のような狭い部屋。そこで、協会の監査員と二人だけの状態で面談となった。


「雑賀騎手。とんでもない事をやらかしてくれましたね。一体、どう責任を取るおつもりなんですか?」


 監査員は簡易椅子に腰かけると、いきなり足を組み、威圧的な態度を向けてきた。


「あの、どういう事ですか?」

「とぼけたって無駄ですよ。あなたとあのヤクザの関係はもうこちらで調査済みなんですから」

「ヤクザ? あの、ほんとに一体何の事なんですか?」


 監査員は額に青筋を浮かべ、拳を机に叩きつけ、「ふざけるな!」と大声を張り上げた。


「あの競竜場の惨状、あなただって見たでしょうが! そして、それをやったヤクザたち。そのヤクザたちが雑賀騎手、あなたの名前を呼んでいたんですよ!」

「で、それが俺とどう関係があるっていうんですか?」

「あなたのお仲間のヤクザが暴れて、競竜場が滅茶苦茶に壊されたのだから、責任が無いとはならないでしょ、普通に考えて」

「俺、ヤクザに知り合いなんていませんけど」


 監査員は雑賀をギロリと睨みつけると、「はあ」とわざとらしく大きな声でため息をついた。


「じゃあ、何で彼らはあなたの名を呼んだんです!」

「知りませんよ。観客の誰かなんじゃないんですか? そちらで調査済みなんですよね? 何でなのか教えていただけませんか?」

「こちらの調査の結果、間違いなく彼らが言う『雑賀』はあなただと証明が取れています。そして、あなたが彼らとの約束を破ったせいで暴れたというのもね」


 「はい?」ととぼけた声を発した雑賀を、監査員は睨みつけた。


「あなたは、あのヤクザどもに情報を流しながら、八百長を行っていた。そうやってあげた収益の一部をあなたも受け取っていた。本当なら今節も岡山に出走する予定だったのだが、あなたは阿蘇に逃げた。なぜか」


 監査員は、そこで一旦言葉を区切って、雑賀の表情を確認した。雑賀の表情はただただ戸惑っているという顔。それもそのはず、今監査員が言った筋書きは、前日に会議で諏訪が、協会はきっとこういう筋書きを書いてくると思うと言って語った話そのまんまだったのだ。


「あなたはヤクザと関係を続ける事が怖くなったんだ。それで諏訪調教師に相談した。諏訪調教師の下した判断が、阿蘇へ逃げるという事だった。裏切られたと感じ、激怒したヤクザは競竜場に乗り込んで来て暴れた」


 どうだと言わんばかりの監査員の勝ち誇った表情。そんな監査員に雑賀は首を傾げた。だが、実は話に対し首を傾げたわけではない。なんで諏訪はこの筋書きが予想できたのだろうという疑問だった。


「反論、修正があるでしたらどうぞ」

「最初から言ってますけど、あんな連中、俺、全然知らないんですけど。そもそも、あいつら、どこの誰なんですか?」

「福原を拠点にする広域反社会組織『岡田組』ですよ。そう言われれば、もはや言い逃れはできないでしょう」

「そういうヤクザ組織があるという事は、報道なんかで聞いた事はありますけど、なんでそれが俺と関係があるという事になったんです?」


 監査員は呆れた顔をし、威圧的に吐息を漏らし、目を細めて雑賀を見た。


「雑賀騎手、聞いているのはこっちですよ。どうやってそんな組織と関係を築いたんですか?」

「だから、最初から何の事かって聞いてるんですよ。そんな岡田組なんて奴ら、報道で名前を聞いた事がある程度で、それ以上の事は知りませんよ!」

「つまり、岡田組だと知らずに付き合っていたと」

「だから! 知らないって言ってるでしょ! そっちで勝手に作って来た妄想を押し付けないでもらえませんか?」


 感情を昂らせ、怒りをぶつける雑賀に対し、監査員は両腕を組んで冷ややかな視線を向けた。これも何気に諏訪と高遠の指示だった。理不尽な作り話を押し付けてくるだろうから、その時は本気で怒れという。


「今、協会は警察の協力を仰いで雑賀騎手、あなたの口座を調べてもらっています。表の口座だけでなく、裏の口座も。何かが出て来たら、もはやそれ以上の言い逃れはできませんよ。その前に観念して自首する事をお勧めします」

「裏の口座? ってなんですか? 俺、銀行口座なんていつも給料が振り込まれる口座一つしか持ってませんけど?」

「警察の方が言っていましたよ。裏の口座を隠している人は全員そういう言い訳をして誤魔化そうとするって」


 ここまで会話を重ねて来て雑賀は少し愕然としていた。実は雑賀は諏訪や小早川たちが協会の人たちを悪しざまに言う事に、若干の嫌悪感を覚えてた。いくらなんでも自分一人に罪を負わそうなんてしてくるはずがない、ましてや嘘の証拠をでっち上げるなんて真似するわけがないと思っていた。心のどこかで信頼していたのかもしれない。だが、この監査員の態度は事情聴取をしに来た態度では無い。これからこういう筋書きで証拠を用意して警察に逮捕してもらいますという事を雑賀に告げに来たといった感じだった。


 雑賀の中で協会への信頼は完全に吹き飛んでしまっていた。代わりに諏訪への信頼が篤くなっている。どこか吹っ切れたような表情をする雑賀。机の上で指を組んでうなだれた。


「証拠を捏造して、冤罪を俺に負わせて、それが協会の言う公正って事なんですね。どうやら俺は勘違いしてたみたいです。俺は公明正大という意味なんだと思っていました」

「それはどういう意味ですか?」

「最初に求める結果があって、それに対し歪んだ証拠を作り上げて、それで結果が得られる、それが協会の考える公正なんですよね。ガッカリです。竜障害ってそういう組織だったんですね」


 失望感を露わにし、ぼそぼそと呟くように喋る雑賀に、監査員は明らかに狼狽した。バレたと感じているのか、失敗したと感じているのか。いずれにしても困惑が前面に出てしまっている。


「はい? 我々がいつそんな――」

「この事は後で諏訪先生に報告します。騎手仲間にも。そして会派にも。できるだけ多くの関係者に広めてもらおうと思います。俺はきっと騎手免許を剥奪され、逮捕されるんでしょう。そうなった時に、はたしてどれだけの人が竜障害に残ってくれるのか」


 監査員は言葉を失い、ただただ口をパクパクとさせて雑賀の顔をみているだけになってしまった。


「まあ、どうなろうが、もはや俺の知った事ではないですけどね」

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