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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第9話 本部へ

 飲み会の翌日、集められた厩務員たちの前で、年明けから所属してもらう厩舎の説明がされた。


「付いて来てくれる方は、来月七日から上尾の本部で説明会があります。ですので六日の十一時に上尾駅に来てください。会派に申請して仮宿舎を用意してもらっているので、当面はそちらで寝泊まりする事になります」


 そういう言い方をする事で、最後の最後まで、諏訪は個人の進退について明かさなかった。


 事務連絡を終えた諏訪が、執務机の後ろに貼られている会旗を外す。会旗が貼っていた部分だけ陽に焼けておらず、元の綺麗な白い壁となっている。よく見ると神棚に祀ってあった八幡宮のお札が無い。いつの間にか収め終わっているらしい。


 最後に事務室に鍵を閉め、『諏訪厩舎』と書かれた看板を外し、これで諏訪厩舎は完全にその活動を終える事になった。


「皆さん、八年間ありがとうございました」


 深々と諏訪が頭を下げる。それに倣って、厩務員たちも無言で頭を下げた。


  ◇◇◇


 それから二週間、雑賀は引っ越しの準備に追われた。


 盛岡での四年間で随分と荷物が増えたらしい。引っ越しがあるからと、極力家具や家電を購入するという事を控えてきた。そもそも独身の雑賀は寮住みであり、食事は寮で用意してもらえるし、競竜場にも食堂がある。なので基本的に食事で困る事は無い。

 最低限の家電も寮に備え付けられており、さらに大浴場もある。そのせいで、盛岡に来る時、荷物は旅行鞄一つであった。それが旅行鞄二つに増えてしまっている。その多くは衣類であった。



 年が改まる前に、雑賀は一旦実家に帰省。雑賀の実家は三遠郡の浜松。開業してから実家には一度しか帰っていなかった。

 その雑賀が荷物を両手に持って帰って来たせいで、両親が騎手を辞めたと早合点してしまったらしい。何かと慌ただしい年末だというに、毎日のようにあっちの観光地、こっちの観光地と連れて行かれた。



 年が改まって六日。二つの旅行鞄を持って、雑賀は高速鉄道で上尾駅へと向かった。


 諏訪が何も案内をしなかったせいで、雑賀としてはどこで待っていれば良いかすらわからない。こういう場合は駅の改札内の待合で待っているに限ると、椅子に腰かけていると、自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 周囲をキョロキョロと見渡す。すると自分と同じように大きな旅行鞄を手にした仁科が手を振っていた。


「良かった。雑賀君はこっちに来てくれたんだ。先生と主任以外だと雑賀君はこっちって思ってたよ。最後までどっちとも取れない反応だったから、ちょっと不安ではあったけど」


「それは仁科さんだってそうでしょ。解散会の時の態度で、俺、仁科さんは来ないんだって思いましたもん。ところで、厩務員は他に誰が来れそうなんですか?」


「それは俺もわかんないな。皆、何となく聞いちゃいけないような雰囲気だったからね。まあ、あの感じだからオガさんは来ないんだろうなってのはわかるけど」


 仁科が鞄を床に置き、雑賀の隣の席に腰かけた。


「俺もさ、竜障害に行くって聞いてから自分で調べたんだけど、競竜場って全部で八か所もあるだってね。うちらは、その中のどこかに配属になって、その競竜場を中心に活動する事になるみたいだね」


「らしいですね。どうやらその八場に所属したら、基本はそこから動かないみたいです。ただ、重賞の時なんかは他所の競竜場に遠征なんて事もあるみたいで」


「北国や南国にも競竜場あるらしいよね。俺、まだ行った事無いんだよね。北国も南国も。何なら西国も修学旅行で皇都に行ったくらいなんだよ。いつか遠征で行けたら良いなあ」


 夢だけは膨らむと仁科は雑賀に微笑みかけた。雑賀も思わず顔が綻ぶ。


「でも良かった。仁科さんだけでも残ってくれて。俺、厩務員誰一人残らなかったらどうしようって思ってたんですよね」


「雑賀君って意外と人見知りだもんね。思い出すなあ。開業の時さ、決起会をやろうって先生が言って、居酒屋で大騒ぎしたんだけど、雑賀君、借りてきた猫みたいに大人しくって。こんな大人しい子で大丈夫かなんて言ってたんだよね」


「あれはだって、全員年上な上に、俺まだ未成年でお酒呑めなかったですもん。それは呑んでる人とは盛り上がりが違うってもんですよ」


 二人で雑談で盛り上がっているところに、やっと新たな人が現れた。


「おお! 仁科じゃんか! そっか、お前も付いて来たのか!」


「うお! 高梨さん! 高梨さんも来てくれたんですね! 高梨さんが来てくれたんなら、何も心配する事ないですね。いやあ、心強いなあ」


「何言ってんだよ。もっと心強い人がいるんだよ。今便所に行ってるから、そのうち来ると思うよ」


 高梨は厩務員の中でも筆頭の保科に次ぐ年長者。大学を卒業してすぐに諏訪厩舎で働き始めた仁科と違い、他の厩舎から転厩で来た人物。その分知識も経験も豊富。その高梨が自分よりも頼れると言うのなら、それはもう一人しかいないだろう。


 その人物――保科が両手に荷物を抱えてやってきた。仁科たちの姿を見て、満面の笑みで荷物を掲げる。


「そうかそうか。仁科も来てくれたのか。高梨も仁科も、よくあの雰囲気から付いて行くって決断ができたな。おれは役職付きだから、最初からこっちのつもりだったけど」


「正直、迷いに迷いましたよ。だけど俺、どうしてもあの先生の事が見捨てられなくって」


「わかるわかる。あの先生はどこか庇護欲をかき立てられるんだよな。ところで、先生たちはまだ来てないのか?」


「もしかしたら、先に改札の外で待っているのかもしれませんね」


 じゃあ改札の外で皆を待とうと高梨が言い出し、全員荷物を持って改札に向かった。

 すると、そこに諏訪と高遠が二人並んで立っており、待ちくたびれという顔で、こちらに向かって手を振っていた。


「皆、ずいぶん遅かったじゃんか。俺たち三十分以上もここで待ってたんだぞ」


 諏訪が嬉しそうに苦情を言った。


 これからきっと、この六人で様々な苦しみや喜びを味わい合う事になるのだろう。そんな期待で皆の頬はほころんでいた。

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