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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第8話 解散会

 進退の希望を一人一人聞いた日から、諏訪は厩舎にあまり顔を出さないようになった。顔を出してもどこかに電話をしていて、電話が終わるとまたどこかに行ってしまうという状況。

 厩務員たちは、給料の事があるので出勤はしてくるものの、やる事が無く毎日掃除ばかりしている。なんとなく進路希望の話題は禁忌のような状態で、探るような事もしていない。

 そんな状況が二週間続いた。


「夕方からいつものお蕎麦屋さんを予約したから、解散会をしよう! 会派から福利厚生でお金出して貰える事になったんだ。今日はぱっと呑もう!」


 久々に諏訪の顔を見たと思ったら、皆を集めて晴れやかな顔でそう言った。だが、厩務員たちは全員反応が薄い。もう何でも好きにしてくれという感じなのだろう。


 雑賀の耳にも諏訪に対する恨み言が漏れ聞こえてはいる。確かに今回の事は、いささかやり方が独善的すぎたと雑賀ですら思う。

 開業からこれまで、厩務員たちの顔ぶれは大きくは変わっていない。仁級から八級に昇級する際、愛子に残ると言った厩務員が二人いた。その補充が二人入っただけ。高遠主任、保科以下七人の厩務員は開業から八年間を共に過ごしてきた。それが、いきなり厩舎解散を告げられるだなんて。これまでの八年間は一体何だったんだ。蕎麦屋へ向かう道すがら、厩務員たちからそんな話が聞こえてきた。それを「もうよさないか」とたしなめる声も聞こえてくる。


 蕎麦屋に到着すると一行は宴会場である二階の座敷の広間に通された。机の上には料理と麦酒の瓶が並べられている。


 皆が何となく思い思いの席に座っていく。全員が席に着くと、すぐに高遠が麦酒を注いだコップを手に取り立ち上がった。まずは何を置いても乾杯をしようと言い、皆が麦酒を注いで行く。全員のコップに麦酒が注がれたのを確認した高遠は「おつかれさまでした」と短く言って乾杯した。


 その後、諏訪が立ち上がり、「呑みながら、食べながら聞いて欲しい」と言って、開業からこれまでの事を思い出話のように語り始めた。


 厩務員たちは知らない話だろうが、諏訪は競竜学校で研修を受けた同期の中では、実はかなり優秀な成績であった。調教師の研修には本物の竜を鍛えて本番さながらに競争をする実習競争という課程がある。実習競争は全六回。そのうちの三回を勝利している。最後の最後でずっと二位に甘んじていた紅花会の牧という調教師候補に敗れたが、それでもかなり将来を嘱望されていた。


 だが、所属している潮騒会の状態があまり良く無く、開業から我慢の日々が続いた。同期の牧はあっさりと二年で八級に昇級。次は自分たちの番だと奮起したが昇級に失敗。そして翌年、開業四年目。毎月のように重賞に出走して、二位だったとはいえ昇級を勝ち取った。あの時、厩務員たちの士気が最高潮で、本当に毎日が楽しかった。

 八級には昇級したものの、半月ほど勝ち星に恵まれず。時にはギクシャクした事もあった。それでもそれを乗り越えて『菊花杯』を優勝。


「皆さん、今日まで本当にありがとうございました。これだけの成績を収める事ができたのは、ひとえに皆さんの努力の成果です」


 諏訪が深々と頭を下げる。だが厩務員たちの拍手はまばら。一応全員拍手はしている。それだけが救いと言ったところだろうか。


 諏訪が座ったのと入れ替わりに高遠が立ち上がり、ゆっくり飲み食いして欲しいと促した。


 そうは言ってもこれで厩舎が解散かと思うと、酒も食事も喉を通らない。タダ酒だと言って呑んでいる者もいる。小笠原なんかはそんな感じを受ける。だが、雑賀同様に、どうにもそんな気分にならないという人が多い。

 するとそんな雑賀の隣に高遠がやってきた。


「どうした雑賀君。そんなシケた面しちゃって。彼女と喧嘩でもしたのか?」


「彼女は……別れました。仕事が忙しいばかり言われて、どうにもすれ違いが多いんで、思い切って」


「そっか。でも君、まだ二十五歳だろ? すぐに良い娘なんて見つかるって」


 パンと雑賀の肩に手を置き、にこりと微笑む高遠。だが雑賀の笑顔は露骨な愛想笑い。そんな雑賀のコップに高遠が麦酒を注ぐ。


「……あの、高遠さん。高遠さんは全員の進退って知ってるんですよね。何人くらい付いて来る事になったんですか?」


「ん、ああ。そうだなあ。先生が口外するなって言ってるから名前は言わないけど、まあ、多くは無いよ」


「そんなんで大丈夫なんですか? 気持ち新たに再開業なんて言ってましたけど、やっていけるんですか?」


 心配する雑賀に高遠は無言であった。天井を見上げ、コップに入った麦酒をくいっと傾ける。


「先生にはほんと、頭が上がらないよ。本当ならさ、厩務員を説得するのは俺の役割なのに。最初に相談された時に、説得できる自信が無いって俺が言ったがばっかりにこんな事に……」


「え? そうだったんですか? じゃあ先生はその時点でもう、こうなる覚悟を」


「会派にも相談したみたいだよ。そうしたら、もう心機一転だって割り切ったら良いんじゃないかって言われたみたいで。会派も他人事だと思って適当な助言しやがって……」


 雑賀の席の周囲にも厩務員がいる。その中の仁科という若い厩務員が鼻をすすった。目を閉じ唇を噛んでいる。そんな仁科の名を呼び、高遠は麦酒を注いだ。

 注ぎ終えると、高遠は、再度顔を雑賀に向けた。


「でもさ、あんなやり方したのに、付いて行きますって言ってくれた人がいたんだよ。俺、それ聞いたらさ、久々に胸の奥がじんと熱くなっちまったよ」


 そう言って嬉しそうに微笑む高遠を見て、仁科が堪えきれず目を覆ってしまった。

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