第15話 悲しい結末
「春香。父さんたちはな、お前が憎くうて、こないな事を言うてるわけやないんや。お前の将来の事を思うて言うてるんや。賭場の世界に生きる者なん、いつ死んでもおかしうないんやぞ。そうしたらお前はどないする気や?」
それまでの威圧的な感じではなく、小さい子に諭して聞かせるような、少し軟らかい口調で春香の父は言った。だが、春香は膝の上で拳を握りしめ俯いたまま。髪で隠れていてその表情は見えないが、何となく想像はできる。
黙っている春香に、今度は母親が諭しに入る。
「仮に子供ができて、その男が事故で死んだら、残されたあんたはどうやって子供を育ててくん? あんたかて競争を見た事くらいあるんやろ? そしたら、子供やないんやから、簡単に想像できるやろ?」
「父さんも、母さんも酷いわ。重さんの事、何も知らんと頭ごなしに、とっとと別れろやなんて」
「うちらはあんたの事を考えてやねえ――」
「私の、気持ちは考えてくれへんのやね……」
拗ねたように言う春香の左肩に母親がそっと手を添える。
「よう聞き。惚れた腫れたなん、そん時だけの話なんやで。あんたにはその先に、もっとずっと長い年月が待ってるんや。いつ事故でぽっくり行くかわからへん人を、今好きやからって選んだらどうなるか、あんたかてわかるやろ?」
「そん時は……そん時は重さんの位牌抱いて生きていく」
「アホな事ぬかすんやないの。好きやから大丈夫、好きやから問題無い、そう思えるんはな、今だけやで。その時になったら、必ず後悔する事になんねんで」
「ならんもん……」
母親は春香を包み込むように両腕に手を添えた。春香は母から顔を背けようとするのだが、母はそんな春香の顔を覗き込むように見ている。
「初恋なんやろ。最初に成就した恋の時はな、皆、そう思うねん。そやけど、あんたが大事にしてたぬいぐるみ、あれみたいに、だんだんと汚れてくるんよ。ぬいぐるみやったら洗ったら良え。そやけど、人はそういうわけにいかへんの」
「重さんとぬいぐるみを一緒にせんといて」
「一緒や。愛着いう点では同じなんよ」
ぽろぽろと涙を零し、「違うもん」と何度も呟く春香。そんな春香を、駄々をこねる困った子を見るような目で両親が見つめている。
自分の事で恋人が辛い思いをしている。その光景を見続ける事が、雑賀は徐々にしんどくなってきてしまった。しかも、すぐに死ぬ男だと言われ続ける事にも徐々に気が滅入ってきてしまっている。今後、春香と付き合い続ければ、顔を合わせるたびにそう言われ続ける事になるのだろう。
春香はこういう人だから、両親の事なんてどうでも良いと言い続けてくれるだろう。もしかしたら、両親と縁を切っても良いなんて言い出すかもしれない。
もう俺たちの仲は終わり。
雑賀の中にそんな思いがよぎった。そうなると、どうやって円満に関係を終わらせるかという事に思いを馳せるようになっていた。
すたっと雑賀が立ち上がる。春香の両親が同時に雑賀に視線を送る。春香も赤く充血した目を雑賀に向けた。
「春香ちゃん。俺はね、先週の競争で起きた事故で死んだよ」
「は? 重さん、何言うてんの?」
「俺はもう死んだんだ。だから、もう俺の事は忘れて音楽に打ち込みなよ。それが俺の遺言だと思ってさ」
「ちょっ、ほんま何言うてんの? 何、遺言って?」
すがるような目で、震える声を発する春香を見ているのが辛く、雑賀はくるりと背を向けた。
「ちょ、ちょっと、重さん?」
無言で立ち去ろうとする雑賀を、春香が慌てて引き留めようとする。必死に上着を掴んで引き寄せる。その手を雑賀がぽんぽんと叩いて、手を離すように促す。だが春香は離さない。
「春香ちゃん。ご両親の言う通りだよ。俺は所詮、賭場の渡世人だ。君とだって単なる遊びだったし、付き合ったのだって体目当てだったんだよ。そういう最悪の人種なんだよ、俺たち渡世人っていう人は」
「そんな事ないよ。だって重さん、何度も言うてくれたやん。困ったらすぐに電話しておいでって」
「そう言えば君が心を許すと思ったからだよ。俺は君が思ってるような男じゃないんだよ。わかったら手を離せよ」
「嘘や! そんなん嘘や!」
服を掴み続ける手を引き剥がそうとするが、離したらそこでお終いだという事を強く感じているらしく、春香は必至に手に力を込めている。
そんな春香に向けて、雑賀が平手を振り上げた。びくりとして、恐怖の顔を向ける春香。その隙に乱雑に手を払いのけ、雑賀は玄関に走った。
「待って! 重さん! 待ってよ!」
その声を無視し、靴を手に持って、急いで部屋を出た。
春香の泣き叫ぶ声が聞こえてくるが、それも扉が閉まるまで。扉が閉じた後は何も聞こえなくなった。
一人昇降機に乗り、一階のボタンを押し靴を履く。一瞬、春香が追って来ている気がしたが、ここは心を鬼にするんだと決意。逃げるように駅へと走った。
三日、三週間、三月、三年。交際が終わる一区切りというのはその辺りだと聞いた事がある。駅の待合から総合運動公園の桜が目に入る。
”もうすぐね、私たち、出会って一年になるんやで。知ってた? ねえ、重さん。一周年の記念に二人でどっか遊びに行かへん?”
今朝、布団の中で春香がそんな事を言っていた。何となくそれが何年も昔の話のように感じてしまう。
「これで良かったんだ。これで……」
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