表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜障害  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

73/74

第14話 不測の事態

 年が明けてからも、春香とは良好な関係を続けている。むしろ、日に日に関係は深まっていっていると言ってもいい。会えば必ずと言っていいほど雑賀は朝帰り。


 そんなある日の事であった。春香の部屋を出て、昇降機に乗って建物から出ようとした。そこで一人の男性に呼び止められる事となった。

 年齢は六十歳くらいだろうか。かなり高級そうな外套を羽織っており、被っている帽子も非常に高価そう。だが、その顔にはどこか見覚えがある気がする。


 その男性の第一声に、雑賀は身を硬直させてしまった。


 尋常じゃない威圧感に屈し、雑賀は言われるがままに春香の部屋の呼び鈴を鳴らした。雑賀の声を聞き、春香がすぐに建物の扉を開ける。その状況に男性は不快感を露わにし、ギロリと雑賀を睨む。男性と二人、非常に気まずい空気の中、建物の中に入り、昇降機に乗って春香の部屋の階へ。部屋に到着し呼び鈴を一回鳴らす。かちゃりと音がして鍵が外されて扉が開く。


「何、重さん、どうしたん? 忘れ物でもしたん?」


 そう言って扉から顔を出した春香。雑賀の隣の人物を見て、そっと扉を締めようとした。だが、その前に男性に扉に靴を挟まれてしまい閉められない。


「と、父さん……どないしたん? なんでここにおんの?」

「たまたまこっち来たらから娘の様子を見に来たいうだけや。何や悪い事でもあんのんか?」

「め、滅相も無い」


 春香の父が春香をじっと睨みつけ、そんな父から春香は懸命に顔を背け続けている。逃げようにもなぜか足が全く動かず、雑賀はずっと姿勢を正して棒立ち。三者無言の時が流れる。春香も雑賀も実に居心地の悪そうな顔をしている。春香の父が玄関の扉に手をかけた。


「上がらせてもらうで。構へんな?」


 春香は無言。父は再度「構へんな?」とたずねた。


「あ、今、ちょっと散らかってもうてるから、ちょっとだけ待っててもろてもええかな?」

「別に娘の部屋やからな、散らかってる言われても何も気にせへんけどな」

「私が気にするの! 父さんかて、いくら娘のやとしても、下着とか落ちてたら気まずいやろ?」

「別に。ずぼらな娘やなって思うだけや。母さんも来てるから、片付け手伝うてもらおか?」


 父の一言で春香の顔からさあっと血の気が引いていったのが、手に取るようにわかった。


「と、とりあえず、その、寒いやろうけど、すぐ済むから、そこで待ってて」


 ばたんと扉を閉めた後、部屋の中から何やら奇声が聞こえてきた。バタンバタンという音が鳴り響く。


「近所迷惑なやっちゃな」


 春香の父が扉に向けてぼそっと呟く。

 数分後、ぜえはあと息を切らした春香が、髪を振り乱した状態で扉を開けた。その鬼気迫る表情に雑賀は思わず後ずさり。いっそこのまま、こっそり逃げ出してしまおう。そう思い、一歩、また一歩と静かに足を動かす。

 すると、雑賀の背に何かが当たった。思わず振り返ると、そこに立ってていたのは非常に高価そうな服と外套に身を包んだ高齢の女性であった。

 女性がぎろりと雑賀を睨みつける。「すみません」と謝罪したのだが、女性は何も言わず雑賀を睨みつけたまま。この顔、春香にどこか似ている。ふと視線を春香に向けると、春香は女性に視線を固定して恐れおののいていた。



 結局、帰らせてもらえず、雑賀は春香の両親と共に部屋に戻る事になってしまった。お茶を淹れると言ってお湯を沸かす春香。居間に座り周囲をじろじろと観察する母、腕を組みぶすっとした顔で雑賀をじっと見る父。そして蛇に睨まれた蛙のように小さくなって正座している雑賀。空気が淀みきった部屋に、お盆に湯飲みを乗せて春香が戻ってきた。ずずと無言で茶をすする四人。最初に沈黙を破ったのは母であった。


「春香。この男性は誰なん?」

「えっと、雑賀さん言うて、お付き合いさせてもろうてて……」

「あんた、まだ学生やろうが。学生の本分いうんは学ぶ事やで? そんな事をするために大学に行かせているわけとちゃうよ」


 ぴしゃりと言う母に、春香はうなだれてしまった。


「で、仕事は何してはる人なん?」


 ぼそっと「騎手」だと答えた春香に、母は「聞こえへん!」と叱責。


「あの、俺、競竜場で騎手を――」

「あんたには聞いてません。ちと黙っててくれませんか? 今私は、この子と話をしているんです」


 ぴしゃりと発言を差し止められる雑賀。父にまで睨まれ、思わず湯飲みに手を伸ばした。


「こんな、どこの馬の骨ともわからへんような者に騙されて、たぶらかされて、あんた、一体ここで何しとんの? 音楽学んで、それで一人前の音楽家になるんやなかったん?」

「私、学校にはちゃんと行ってるし、音楽家になるために真面目にちゃんと学んでるよ。そんな言い方される必要なんないんやから」

「それは、どうやろねえ。私にはそうは見えへんのやけど」


 春香の母がじろりと雑賀を睨みつける。次いで父の番。


「春香。俺はな、ある程度は自由にやらせたったらどうやって母さんには言うてるんや。そやけども、その男はあかんで。さっきこいつ、競竜場言うたな。競竜場いうたら賭場やんけ。そんなとこに住む渡世人と付き合うたらロクな事にならへんぞ」

「職業差別はやめてや! 雑賀さんは真面目な方やで。そんな渡世人なんかとは全然ちゃうよ。父さん、考えが古いわ」

「古ない! それが世間一般の認識なんや。お前は世間の事がわかってへんのや!」


 春香が涙目で雑賀を見る。助けを出そうにも何と言って良いかわからない。雑賀も泣きそうな顔で口をぱくぱくさせてしまう。それを見て、春香は唇をぎゅっと結んで両眼を固く瞑ってしまった。

よろしければ、下の☆で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ