第11話 篠原の落竜
降りしきる雪がまるで白い窓掛けのようになってしまい、何が発生していたかまでは、しっかりと見る事はできなかった。雑賀が画面で確認できたのは、一つ目の登坂障害を下りた後の空竜(=騎手が乗っていない竜)。登坂障害の影になっていて篠原の姿は確認できなかった。しかも映像はその後も競争風景を映し出している。
その競争映像に時折空竜が写り込む。乗り役を振り落としても、まだ竜は他の竜たちと一緒に走ろうとしており、係員も篠原の竜を排除する事ができないでいる。
竜は完全に制御を失っている状況であり、こうなってしまうと他の騎手たちはどんな走行妨害をされるかわからず、競争に集中できない。結局、篠原の竜に邪魔をされなかった前の三頭がそのまま終着。残りの四頭は最後の直線で上手く追う事ができずに競争を捨てたような状態になってしまった。
競争が終わった後も竜は競技場を自由に逃走。係員が数人がかりで競技場の端に追い詰め、なんとか引き綱を付けて装丁室に曳いて来たという状況であった。
一方の篠原は、競技場に救急車が乗り入れ、そのまま病院に運ばれて行った。
雑賀も後始末を終えた後で病院に向かった。病院と言っても残念ながら競竜場の近くではない。そもそも岡山競竜場の近くは一面の雑木林。救急車だけは競竜場に常に待機しており、それに乗せられて寮のある吉永駅近くの病院へと運ばれる。競竜場からの搬送先は毎回そこなので、雑賀も特にどこに搬送されたかは聞かなかった。
受付で篠原の病室をたずね、騎手仲間である事を告げると、部屋の番号を教えられた。その番号の部屋に向かうと、左腕と左足を石膏で固めた篠原が横になっていた。
病床の隣に篠原の奥さんの紗菜さんが娘の佳穂ちゃんを抱いて椅子に座って夫を見守っている。その隣には大熊先生。入口からは紗菜さんの背しかみえないが、抱っこされている佳穂ちゃんは散々泣いて疲れて寝ているといった感じ。
大熊は雑賀の姿を見ると席を立ち、病室の外へ雑賀を引いて行った
「どうなんですか? 篠原さんの状態は?」
「左足が骨折、左腕にひび、さらに左の肋骨二本と鎖骨にもひび。全治二か月。本人の話では、登坂障害の一番上で落竜して、登坂障害の下に落とされたんだそうだ」
「登坂障害の下りって競技場でもとりわけ竜が踏みならしてしまっていて、かなり土が固い場所ですからね」
「にしても運が悪いわ。あそこまでの怪我になるなんて……」
大熊が目を伏せ、首を左右に振った。全治二か月という事は、復帰は順調に行って三か月後。ここから三か月となると、三月からの二節にも間に合わないと言う事になる。級別け判定は、実質五月から始まる三節の結果のみという事になってしまう。今年の後半は恐らくは地二級に逆戻りだろう。
「落竜した原因はわかっているんですか?」
「ある程度はな。腹帯を少し締めすぎたらしい。寒さで指の感覚が鈍ってたらしくて。普通に走っている時は良かったんだろうが、障害だと踏ん張るだろ。それで苦しくなって暴れたんじゃないかって小国が言ってたよ」
「それって、装丁室で竜に乗った時点で篠原さんはわからなかったんですかね?」
「さあなあ。この程度なら行けると踏んだか、それとも奴も寒くて感覚が鈍ってたか」
首を傾げる大熊を見て、ふいに昨晩篠原が言っていた事を思い出した。
”今俺が余計な事を言っちまったら、誰かが辞めちまって、運営体制が壊れちまうよ。それくらい危ういって俺は見てる”
篠原だってこの歳まで騎手をやってきたのだ、感覚が鈍っていてわからなかったは考えづらい。もしかしたら、篠原は気付いていたが、それで揉める、もしくは誰かが叱責を受けるのが嫌だったのではないだろうか? もしくは、およそ言い出せる雰囲気では無かったか。いずれにせよ、篠原は自分が何とかしようと思って失敗したのだと思われる。
「どうした雑賀? 篠原から何か聞いているのか?」
「いえ。聞いているといえば、厩舎の選択肢を増やすために、平特くらい余裕で決勝に残れるようにならないとって事くらいです」
「そうだな。何で勝てないんだろうな、あいつ。惜しい結果ばかりで。昨年末、ちょっと良さそうに感じたから、ここで一皮剥けてもらおうと準特に出てみたんだが、判断を誤ったかなあ」
がっくりとうなだれる大熊に何か声をかけないとと思うのだが、残念ながら雑賀の中からは何の言葉も生まれてこなかった。
「なあ、雑賀。何で篠原は勝てないと思う? お前さん、こっちに来てからずっと篠原を見てるから、何か気付く事とかあったりしないかな?」
「気付いた事なら、昨年末に呑み屋で本人に直接言いました。篠原さん、ちょっと勘違いしているところがあったみたいで。それと体幹が少し弱いので、追う時の指図が竜に伝わりにくいんだって助言しました」
「そうだったのか。それであいつ、昨年末急に綺麗な騎乗になったのか。うちの厩舎のためにありがとうな、雑賀。今度酒でも奢るよ」
「俺、篠原さんと長井と三人で一緒に天一を目指そうって約束してるんで、当然の事です」
真顔でそう言い切った雑賀を、大熊は小さく笑った。さらに小さく何度か頷く。
「篠原も、それならそれで、会議の時にそう言ってくれれば、この節は鈴鹿にしたのにな。別に焦っていたわけじゃないんだから。一節、二節と平特に出て、三節で『東海賞』か『西海賞』で良かったんだから」
「恐らく、篠原さんなりの配慮なんだと思いますよ。平特よりは準特の方が賞金が高いわけですから」
「賞金の事なんて、あいつが気にする必要は無いんだよ。俺と柿崎が気にすればそれで。あいつは気を使いすぎなんだよ……」
「はぁ……」と大熊が深くため息を付いた事で、篠原が言っていたように少し厩舎が上手くいっていないんだろうなと言う事を、雑賀は嫌でも感じ取ってしまった。だが、それ以上言うのは差し出がましいと感じ、黙ってうなづくだけにしておいた。
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