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竜障害  作者: 敷知遠江守
第一章 混乱 地二級編

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第7話 返答を聞かせて

 雪奈のおかげで、雑賀の中にあった迷いが吹き飛んでしまった。相談したい事があると言ったのに、その内容を全然聞く気が無く、酒飲んで、飯食って、一円も払わずに怒って勝手に帰ってしまった。いくらなんでもその対応はあんまりだ。ここまで三年間付き合ってきたが、さすがに見切りが付いた。もう連絡もしないし、会う事も無いだろう。

 心機一転。完全にやり直す決心がついてしまった。



 雑賀は決心が付いたのだが、他の厩舎の面々はそういう人ばかりではない。ほぼ全員が迷っている。現時点で迷っていないのは二人だけ。主任の高遠と、厩務員の小笠原の二人。

 高遠はもちろん自分一人になっても諏訪に付いて行くと公言している。一方の小笠原は、諏訪を見限って一緒に盛岡に残ろうと厩務員たちに働きかけている。そんな小笠原の態度を、諏訪も高遠もたしなめる事はしていない。


 すでに竜は順次放牧に出されており、放牧先で状態を見て、転厩先が決まった順に転厩申請を出している。そうした状況は、本当に厩舎を閉めてしまうんだと、否が応でも実感させられる。


 厩務員たちと昼食を取っていた時の事、厩務員の一人が話題として挙げてきた。


「雑賀君はこの事をいつ知ったの?」


「あの発表の数日前です。俺もそれまで内緒にされていたんですよ」


「あんまりだよな。確かに先生の言い分もわかるし、恐らくその通りだとは思うんだけど、どこか蚊帳の外というか。なんだか信頼されていなかったような気がしちまってさ」


 気持ちは痛いほどわかる。実際、雑賀も最初に諏訪の口から聞いた時に同じ感情を抱いた。『騎手と先生は二人三脚』、競竜学校でそう習っていたから、その気持ちは厩務員たちより強かったと思う。


 すると、筆頭厩務員の保科が小さく吐息を漏らした。


「きっと先生が決断した時点でこの話をしていたら、櫛の歯が欠けるようにボロボロと厩舎を辞めていく奴が出ていただろうな。二人辞めたら厩舎の運用は非常に厳しくなる。先生の決断の理由はわかるんだが……」


「ですけど、保科さんすら聞かされてなかったんでしょ。ちょっとあんまりですよね」


「まあ、聞かされてたら聞かされてたで、できればギリギリまで黙っていて欲しかったとか言うかもしれんがな。秘密を抱えたまま、顔や態度に出さずに厩務に勤しむなんて、俺にはちょっと無理だよ」


 確かに保科の言う通りかもしれない。うちの厩舎でそんな芸当ができるのは諏訪以外では高遠主任しかいないだろう。その場では何となくそんな雰囲気で話は終わった。


 だが、その後も引き続き小笠原を筆頭に、諏訪に対する批難は続けられた。

 こうして十一月の最終日がやってきてしまった。


 ◇◇◇


 既に厩舎に竜は一頭もいない。厩務員たちは毎日出勤してはあっちこっちを綺麗に掃除して帰るだけという状況。夜勤もおらず、事務室は夕方になると鍵をかけている。諏訪厩舎が業務終了になる事は、既に盛岡競竜場の厩舎棟に知れ渡ってしまっている。


 その日、朝から全員が事務棟の会議室に集められた。その場にいないのは諏訪調教師だけ。最初に高遠主任から進路相談をする旨の説明がされ、これから一人づつ順次別室で待つ諏訪と面談をしてもらうと告げられた。


 最初に呼ばれたのは、専属騎手の雑賀であった。


 会議室のすぐ隣に面談室があり、高遠の後に付いて入室。諏訪は無言で目の前の椅子に座るように促した。


「最初に、もし質問があれば答えるよ」


「質問ですか……そうですねえ。じゃあ、竜障害に行くって事でしたけど、目標ってどの辺りに置いてるんですか?」


「なんか記者の質問みたいだな。もちろん世界選手権優勝だよ。そんなの、みんなそうじゃないのかな」


 竜障害は世界各国の調教師が参戦している。その中の一番になりたい。真顔でそう言い切った諏訪を見て、この人は本気なんだ、伊達や酔狂で竜障害に行くわけじゃないんだという事を雑賀は察した。


 唇を軽く噛んだ雑賀の表情を見て、諏訪はにこりと微笑んだ。


「他の人には言うつもりないけど、お前にだけは言うよ。もしまだ少しでも迷っているんなら、俺に付いて来て欲しい。お前は俺の構想の中で重要な人物なんだよ」


「……同じ事を高遠さんにも言ったんですよね」


 その指摘を聞いて、諏訪の隣に座っていた高遠が思わず吹き出してしまった。完全に図星だったと見える。


「よくわかったな。もしかして、高遠さんの顔に出てた?」


「いえ。もう付き合いが長いですからなんとなくそんな気が」


「そっか。だったら、俺の気持ちもわかってくれるよな」


 その一言で雑賀の頭にふっと、諏訪の奥さんの顔が浮かんだ。一目見た人の多くが振り返るであろう絶世の美女。名前は愛佳というらしい。少なくとも中校生の娘と小学生の息子がいるようには見えない。きっとこんな感じであの方も口説かれたんだろうな、なんて事をぼんやりと考えていた。


 すると、高遠から「雑賀君」と声をかけられてしまった。自分の返答を二人が待っているんだという事に気付き、背筋をぴしっと伸ばす。

 諏訪と高遠が雑賀の顔をじっと見つめる。


「もちろん。どこまでも付いて行きますよ。パルサでも、ゴールでも、ペヨーテでも」

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