第6話 新年会
大晦日を一緒に過ごして初詣に行こうと春香に持ち掛けた。ところが春香の回答は一言「無理」。理由は、両親から年末年始は帰省して実家で過ごせというお達しが出ているからというもの。
「重さんは実家には帰らへんの? というか、重さんの実家ってどこらへんなん?」
「実家は三遠郡の浜松なんだけど、うちらは生き物を扱ってるから、長期休暇って取れないんだよね。年が開けたらすぐに競争もあるし。だから余程の事が無いと帰らない感じかな」
「ああ、そういう感じなんやね。それやったら、私もこっちに残って一緒におりたいんやけど……両親の指示は聞かなあかんもんやから」
できれば帰りたくない。そんな雰囲気を春香は全身から醸していた。だが春香はまだ学生。であるからには両親の言う事を聞くべきというは、雑賀もそう考える。もし雑賀が助言するとしても、我慢してでも帰るべきと言うだろう。
「そういえば、これまで聞いた事無かったけど、春香ちゃんの実家ってどの辺なの?」
「言うてへんかったっけ? 福原市の芦屋いうとこよ。因幡郡の南東の方。ちょっと北に行ったら福原競竜場があるんよ。ほんで西に行くと空港があんの」
「福原競竜場! へえ、って事はかなりの都会の生まれなんだね。俺の実家なんて浜松って言っても三方原って中心街からだいぶ北に外れたとこだぜ。周囲は一面の馬鈴薯畑」
「ええやないの。私はそっちの方が好きやな。自然に囲まれて暮らすいうんは、人が最後に辿り着く理想の暮らしらしいよ」
そんなのは単なる都会暮らしの妄想に過ぎないと、声を大にして雑賀は言ってやりたかった。実際に住んだらすぐに現実が襲い掛かってくる。都会では見ないような小動物が頻繁に現れるし、都会では小さな虫が尋常じゃない大きさだったりする。全ての施設が遠くて純粋に不便。そもそもまともな娯楽が無い。……まるで今の岡山競竜場を取り巻く環境のように。そこまでは酷くは無いが。だがそれを指摘しても、きっと春香には響かないだろう。むしろ何やかやと反論を受けるだけ。しかも雑賀より圧倒的に弁がたつので、言い負かされるのが目に見えている。「そうなんだね」以外の言葉は出てこなかった。
結局、年末年始は寮で過ごす事になった。しかも長井も寮に残留する事にしたようで、大熊、諏訪、鮎川の各厩舎、それと篠原一家も交えて、大晦日から寮の食堂で大宴会であった。
さすがは競竜の寮。年が改まった時点で外に出たら、多くの人がほぼ同時に外に出てきて、まるでそういう観光客の団体かのように近所の春日神社に列を作って向かっていく。そして、初詣を済ませて、またぞろぞろと列をなして寮に戻る。ひと眠りしてからまた集まって、今度は新年の宴会となった。ただ単に途中休憩を入れただけで呑みっぱなし。こういうところは完全に体育会系といったところだろう。
昨年もそうだったのだが、新年会は寮を出ている人たちまで寮の食堂に一斉に集まって、事前に注文していたおせち料理を囲んでの大宴会となる。諏訪たちだけでなく、岡山競竜場に所属する全ての厩舎がその状況のため、食堂はパンパン。仲の良い厩舎で一つに固まりたがるせいで、場所取りで非常に揉める。当然いつものように机に椅子では席は足らないため、机と椅子は外に出され、床にござを敷いてそこに買い置きの酒をこれでもかと置いている。外は雪が積もっているのだが、人の熱気で暖房要らず。
まずは大熊、諏訪、鮎川から新年の挨拶が行われ、その後代表して大熊厩舎の柿崎主任が乾杯の音頭を取った。そこからは完全に収集が付かなくなってしまった。しかも周囲も同じ状況なので、だだっ広い食堂なのに異常な大騒音。
「あれ? 雑賀、そういえばお前、彼女ができたんじゃなかったのか? 良いのか? 彼女と過ごしてやらなくても」
新年会が始まって早々に、鮎川調教師からそんな事を言われてしまった。長井の奴、どうやらベラベラと喋ってしまっているらしい。ちらりと長井を見ると、目が合った瞬間に酔っぱらったふりをしやがった。
「そうしようとしたんですけどね、断られちゃったんです。実家から帰省の命令が出たって。まだ学生ですからね。仕方無いですよ」
「それは仕方無いな。芸大の娘なんだろ? 実家はどこなんだ?」
「福原らしいです。芦屋って言ってました。まあ、言われてもどこかわかりませんけどね」
鮎川も酔っぱらっていて、「俺も知らん」と言って大笑い。本庄主任に聞くも「知るわけない」と大爆笑。さらに大熊、柿崎と聞くも「わかるわけがない」と笑われてしまった。
そこに隣の輪から、諏訪厩舎の厩務員の石川と調教助手の本多がやってきた。三村は家庭があり、夫の実家に挨拶に行っており不参加。いつも三村と一緒にいる石川は、こういう時は本多か仁科、土橋あたりと一緒に行動している。
最初に諏訪、大熊、鮎川と順に酒を注ぎ、篠原から酒を注がれ、「こっちの方がお重が豪勢」なんて言って一つ二つ摘まむ。そんな石川たちに鮎川が、「芦屋って知ってるか?」とたずねた。
「もちろん知ってますよ。あのお金持ちがぎょうさん住んでるとこですよね。西国でも一、二を争う地価が高いんで有名なとこですやん。それがどうかしたんですか?」
その一言で周囲が騒然となった。急に変な空気になり、石川が戸惑ってしまっている。恐らく最も驚いているのは雑賀であろう。
「か、楓ちゃん、福原ですよ?」
「そうや。福原の芦屋や。ごっついお金持ちばっか住んでるとこやん」
「ふ、普通の家庭も住んでるんですよね?」
「そらおるやろうけど、そいでも周囲よりは所得の高い人らばっかりとちゃう?」
さあっと雑賀の顔から酒気が抜けていく。ちらりと周囲を見ると、多くの人たちが自分に視線を集中させている。本多が何かを察したようで、雑賀の顔をまじまじと見た。
「まさか、雑賀君……芦屋の娘と付き合うてるんやないやろね?」
「……そ、そのまさかです」
「嘘やろ、おい……絶対バレたら揉めるで、それ。そういう人らからしたら、うちらは賭場に住む渡世人やで。人扱いなんてしてくれへんよ。大事になる前に身ぃ引いた方がええと俺は思うけどなあ」
そこまでの事なのかと驚き、助けを求めるような目で諏訪の顔を見る。だが、諏訪も無言で頷いてしまった。さらに大熊、鮎川と見ていくが、二人も諏訪と全く同じ反応。
「ははは……まだ、そうと決まったわけじゃないですからね。ははは……」
乾いた笑いを浮かべる雑賀。それを見て、石川と本多が少し引きつった顔をして首を傾げた。
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