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竜障害  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

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第3話 武器

 目が覚めた春香は、一瞬事情が飲み込めなかったらしい。軽く混乱していた。

 自分は裸。目の前には雑賀がいて、その雑賀も裸。この状況から考えられる事はそこまで多くは無いだろう。徐々に色々な事を考えたようで、両眼を大きく見開き小さく左右に首を振った。目は雑賀を見てはいない。その後見せた表情は諦めのそれ。

 その後、じっと雑賀の顔を観察し、ニコッと微笑んで雑賀の胸に顔をうずめた。


「えっと……なんかごめん……」


 雑賀が謝ると、春香はがばっと顔を上げて、酷く驚いた顔をした。


「ちょっ! そんな、謝らんといてよ。それは……お酒の勢いでこんな事になったの、後悔してへん言うたら嘘になるけど。やけども、雑賀さんとは、その、いずれこうなりたいって私も思うてた事やから」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、だけど俺……何だか変な罪悪感がある」


 すると春香は小悪魔のような笑顔を浮かべ、口角をくいっと上げて雑賀をじっと見つめた。


「ほな……もう一回しとく?」


 まだ何かを言おうとする雑賀の唇を、春香は唇を合わせて封じ込めた。


 ◇◇◇


 地二級の騎手が平特を勝った。その報は多くの地二級の騎手を奮い立たせる事になったらしい。その事を竜障害の特番で、協会の田中吉雄理事長が語った。その際にちょっとした裏話のようなものも語られた。


 正式に竜障害を開始するにあたり、その制度を決める会議というのは何度も行われている。理事長が知っているだけでも二桁後半くらい。全体からしたらどれだけの会議が開かれたかわからない。中でも、かなり揉めたのが階級の話だったのだそうだ。

 当初は競竜との差別化を図るため、全員同じ条件で競争させようという事になっていた。そうする事で自然と淘汰が生まれ、質の向上が図れるだろうと。ところが、会議を重ねていくうちに、それでは新人が避けるようになってしまうのではないかという意見が出た。


「新人が竜障害を避けて競竜に行ってしまうと、竜障害は競竜から人を受け入れ続ける事で存続していかないといけなくなる。それが続けば、竜障害は競竜の下部組織のようになってしまうだろう。新人でも安心して参入でき、なおかつ実力さえあれば競竜以上に稼げる。それを目指すべきであろう」


 その意見が徐々に賛同を集める事になり、階級を付けて上の級ほど稼げるという風にするという案でまとまった。ところが、そこからまた揉めた。問題はその階級の名。なかなかこれという良い名前が出なかったらしい。


 最終的に候補に残ったのは四案。「伊、呂、八」という競竜を模したもの、「甲、乙、丙」という十干、それと「天、地、人」、「松、竹、梅」。当初は階級を三つに分ける予定だったので、そんな案が上がっていた。途中から、新人用の級を入れて四階級にした方が良いという流れになり、ならば「甲、乙、丙、丁」が良いのではないかという事で半ば決まっていた。ところが制度に名前を当てはめた際、どうもしっくりこないという意見が多く、最終的に現在の「天一、天二、地一、地二」という名前になったのだそうだ。制度上、それだけ天級と地級では大きな実力差が出るだろうし、同じ天級、地級でも、一と二ではかなりの実力差が出る。そう想定されていたらしい。


 今回、地二級だって地一級に勝てるんだというところを見せて貰う事ができた。今度は地級でも天級に勝てるというところを見せてもらいたいと田中理事長は嬉しそうに語った。


 ◇◇◇


 年の最終節、雑賀たちは岡山で『倉敷特別』に出走していた。ここまで予選を三戦消化。篠原は六着、三着、二着で十点。長井は四着、三着、四着で八点。雑賀は三着、五着、五着で六点。

 どうやら、『亀山特別』に優勝した事で変に有名になってしまい、目を付けられてしまっているらしく、競争中に小さな妨害を何度も受けている。鉤角で体当たりを受けたり、進路を塞がれたりと、どれも規約上では問題にならない行為ではある。だが、一競争の間に何度も受ければ調子は狂う。


 こうして、パッとしないうちに予選最終週を迎えてしまった。


「武器かあ。武器なあ。やっぱ武器が無えってのはキツイよな。武器を作る前に厩舎が解散しちまったもんだから、そこからは無難に乗る事しかしてこなかったからなあ」


 調整棟でいつものように三人まとまって談笑していると、突然篠原がぼやきだした。


小早川コバさん言ってましたよ。それはそれで武器だって。全部使えるように砥いだら良いのにって」

「そんなの、どれだけ時間がかかるんだよ。立派な武器に仕上がる頃にはお爺ちゃんになっちまうよ」

「でも、器用さだけでこなしているうちは結果は出ないって言われたんですよね?」

「そうなんだよ。長井に先をこされるぞって。いや、長井が良いもの持ってるってのは俺でもわかるんだよ。俺から見てもあと一息って感じがするしな。雑賀は完全に錆が取れた感じなんだよな。それで俺だよ……」


 特大のため息を吐き出した篠原に、雑賀と長井が顔を合わせて苦笑い。するとパンと長井が柏手を打った。


「そうだ! こうしましょう。篠原さん、俺と勝負しましょうよ」

「お前は勝負が好きだよな。何かというと勝負勝負って。で、今度は何の勝負するんだ?」

「俺と篠原さん、どっちが先に一勝あげるか」


 その一言で、それまで穏やかだった篠原の表情が一転して非常に険しいものとなった。雑賀ですら今の提案はどうかと思っている。ちょっと舐めすぎなんじゃないかと。暫く目を細めて不快感を示していた篠原だったが、その目のままニヤッと笑った。


「……良いだろう。乗ってやるよ。ちと、今ので俺も覚悟ができた。で、勝負って言うからには何か賭けるんだろ? 何を賭けるんだ?」

「そうですね。じゃあ一回奢りって事でどうですか?」

「そうだなあ、俺が勝ったらお前はそれで良いよ。もし俺が負けたら、俺の愛用の鞭をお前にやる」

「え? それって……」


 『鞭をやる』は騎手仲間の隠語で引退するという意味である。長井も軽い挑発のつもりが、とんでもない事態になってしまい、それ以上の言葉が出なくなってしまった。


「なんだ? まさかお前、勝った気でいるんじゃねえだろうな? 俺の方が先に勝つに決まってるだろうが。どこまで馬鹿にすれば気が済むんだよ」

「いいや。俺だって少ない給料なんです。たとえ奢り一回でも、呑まれてたまりますか。絶対に鞭を貰いますからね!」


 変に熱くなっている二人を前に雑賀がポツリと呟いた。


「……騎手って賭け事禁止なんだけどな」

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