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竜障害  作者: 敷知遠江守
第二章 離合 地一級編

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第1話 おめでとう

「重さん、改めて優勝おめでとうね!」


 かちりと合わせた硝子のコップに入った麦酒の泡が、その衝撃でプチプチと弾ける。麦酒に口を付ける春香の嬉しそうな表情が、雑賀の心まで温かくさせる。



 決勝の後、雑賀は興奮冷めやらぬ状況で春香に連絡を入れた。その時点では祝賀会に行こうと誘いに来た厩舎の面々によって、電話を切らざるを得なかった。しかも皆、嬉しさで浴びるほど酒を呑んだ。もちろん雑賀も嬉しくて浴びるほど呑んだ。


 翌日は二日酔いで多くの厩務員が潰れており、雑賀もその一人となっていた。さらに岡山に帰って来たら、大熊、鮎川の両厩舎が祝賀会だと言って大盛り上がり。結局また雑賀は浴びるほど呑み、翌日二日酔いに。


 そんなこんなで、なかなか春香と一緒に優勝を祝う事ができなかった。思った以上に優勝から日が空いてしまい、待ち合わせにやってきた春香の顔は非常に不機嫌であった。

 それでも、会って色々と話を聞くうちに春香も徐々に自分の事のように嬉しくなってきたようで、夕飯の頃には上機嫌となってくれていた。


「ありがとう、春香ちゃん!」


 満面の笑みを浮かべる雑賀に、徐々に春香の顔が赤く染まっていく。それは酒によるものなのか、あるいは照れなのか。それは春香にもわからない。

 普段、春香は酒を全然呑まない。夕飯を共にしても、酒を呑むのは雑賀だけ。呑んだ事はあるし、全く体が受け付けないというわけでも無いらしい。

 そんな春香がお祝いだと言って、率先して酒を注文。乾杯して呑んでくれている。それだけで雑賀は嬉しくてたまらなかった。

 ……若干呑む速度が早い気がしないでもないが。


「春香ちゃんって、普段、お酒呑まないけど、弱いの? 吐いちゃうとか?」

「えっと、吐いたりするほど呑まへんから、強いんか弱いんかすらわからへんのよね」

「ああ、そんな機会がそもそも無いんだね。そっか、学生さんだもんね」


 あまり深堀りされたくなさそうな態度の春香に、雑賀はそれ以上の追求をやめた。

 すると春香は早くも次の酒を注文しだした。ついでなので雑賀も麦酒を注文。酒が届くと春香は無邪気な顔で乾杯しようと言ってコップを合わせて上機嫌で呑み始めた。


「そういえば、春香ちゃんって、来年卒業なんだよね。卒業したらどうするの? どこかの会社に就職?」

「私、できる事なら音楽で食べて行きたいんよね」

「俺さ、音楽の世界ってよくわからないんだけど、音楽で食べて行くってどんな感じなの?」

「いくつか道はあるんよ。例えば、うちらがよう聞きにいくような楽団に入るんがわかりやすいよね」


 つまりは職人演奏者と言う事なのだろう。確かにそれは雑賀にも何となく想像はつく。だが、同時にそんなに簡単に席が空くんだろうかという疑問も湧く。


「楽団ってそんなにたくさんあるもんなの? 多分だけど、それって空きに潜り込む感じなんだよね?」

「潜り込むて……でもまあ、言い方は悪いけど、そんな感じなんやろね。それ以外にも方法はあるにはあるんやけど、私の場合、それが大目標になるんやろね」

「他にはどんなのがあるの? 俺、全然想像付かないんだけど」

「そうやねえ。わかりやすいんは音楽の先生やろか。重さんの学校にもおったでしょ、音楽専門に教える先生って。他やと、作曲家なんて道もあるかもね。珍しい楽器が弾けると大衆歌謡の後ろで演奏なんてのもあるかも」


 春香が話す仕事は、思い起こせばどれもこれも見た事のある人ばかり。なんとなくだが、それはそれでありなんじゃないかと思う。


「そっか、なんかどれも恰好良いなあ。きっとその道を突き進んだ人の仕事ぶりってのは、どんな道でも格好良く見えるんだろうね。優秀な騎手見ると恰好良く見えるもんな」


 食後に出された麦酒を呑みながら、そんな事を言うと、突然春香は瞳をじわりと滲ませてしまった。


「え? どうしたの? もしかして最近何か辛い事でもあったの?」

「ううん。ちゃうの。私、まだ半人前にすらなってへんのやなって思ったら急に……」

「何言ってるんだよ。学生さんなんだから当たり前じゃんか。春香ちゃんはこれから立派になっていくんだよ」


 両手で顔を覆ってしまった春香に、雑賀は慌てて席を立ち椅子を動かして隣に座った。しばらく背中をさすっていたのだが、なかなか泣き止まず、何となく周囲の視線を感じお店を出る事にした。


 緑道公園の噴水前の椅子に座ると、春香はまた泣き出してしまった。

 恐らく色々と不安な事が多いのだろう。確かに何となくだが、先ほどの話でも就職先は非常に細そうに思う。競竜学校さえ卒業すれば、儲かる儲からないは別として、その先の就職に不安は無いという騎手とは大違い。仮に楽器演奏で食べて行けないとなったら、これまで打ち込んで来た事が全て無駄になってしまうと、漠然考えるような事もあるのだろう。だからといって、軽々に大丈夫といってやる事はできない。こうして背中をさすってあげる事くらいしか雑賀にはできない。


 そこでふと、雑賀は泣いている春香を見てとある事を思った。

 ……あれ? もしかして、泣き上戸?


 十一月の岡山は、かなり風が冷たい。そんな冷たい風が徐々に二人の体を冷やしていく。体がぶるっと震える。すたっと無言で雑賀は椅子から立ち上がった。そんな雑賀を不安そうな顔で春香が見る。


「ごめん。ちょっと厠に行ってくる」


 すると春香は雑賀の服をぎゅっと掴んだ。


「いやや……一人にせんといて……」

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