第6話 雪奈に相談
厩舎解散の連絡があった翌日、雑賀はとある人物に連絡を入れた。電話先の声は少し低めの女性の声。ちょっと相談したい事があるけど会えないかと伝えると、相手の女性は少し面倒そうな声ではあったが、承諾してくれた。ただし、相談はそっちなのだから、飲み代はそちら持ちだと言って。
まだどこに行くとも言っていないのに、その時点で行先は居酒屋と決まってしまった。
駅前のからくり時計前で待ち合わせ。辺りは既に真っ暗。上空には星々が瞬いている。昼間はそうでもなかったのだが、陽が傾いてから急激に気温が下がって来ており、別の場所で待ち合わせをすれば良かったと少し後悔している。すでに待ち合わせの時間からは三十分以上が経過。にも拘わらず女性からの連絡は無い。
駅の喫茶店にでも行って待っていようか、そんな事を考えていた時であった。駅から、いかにも仕事終わりという感じの女性がやって来た。肩掛け鞄を下げ、髪は少し高めでまとめている。顔はその切れ長の目のせいだろうか、少し冷たそうな印象を抱く。
「待った? ごめんね。終業近くになって急に仕事が入っちゃって。急いで片付けてたから連絡できなかったんだよ」
「大丈夫。俺も多分そんな感じなんだろうなって思って、喫茶店に行こうとしてたところだったから」
「そうだったんだ。でも、急に重巳の方から誘ってきたんだから、遅れても仕方ないよね」
さっさと呑みに行こうと女性は雑賀を急かした。
遅れてきた事を全く悪びれる風も無い女性の態度に、雑賀は少しイラッとしていたものの、いつもの事かと思い直し、いつも二人で行く居酒屋へと歩を進めた。
居酒屋に入ると、女性は早速お品書きを開き、お腹が空いていると言ってあれやこれやと頼み始めた。さらに取って付けたように麦酒を注文。そこに雑賀の意志は全く反映されていない。しかも目の前の人物は騎手で、節制が必要な人物だというに、注文したのは脂っこい物ばかり。
お通しの切り干し大根に箸を付けた雑賀に、女性はいらないから食べてと言って押し付けてきた。無言で自分の小鉢の横に女性の小鉢を並べる雑賀。
しばらくすると、麦酒が届けられた。
「で、何なの? 相談って」
「もしもだよ。もしも来年別の競竜場に行く事になったって言ったら、雪奈ちゃんはどうする?」
「それは何? 昇級できそうって事? もしかして幕府に連れてってもらえるの?」
残念ながらそんな話ではない。それが顔に出てしまっていたのだろう。雪奈が露骨にがっかりした顔をした。
「そうじゃないんだ。実はうちの厩舎が今年で解散する事に決まっちゃったんだよ」
「はあ? じゃあ何? 重巳って来年から無職になるの?」
「いや、騎手は騎手なんだけど、何と言ったら良いか……」
雪奈の視線がだんだんと冷たいものになっていく。その視線に雑賀は心臓を掴まれているかのような、苦しさを感じていた。
雪奈が麦酒をぐっと飲み干し、ダンとコップを机に置く。苛々しているという態度を全身にみなぎらせる。
「あのさあ。前から言ってるけど、私は競竜とか興味無いし、制度とかもよくわかんないわけ。はっきりちゃんと説明してくれないとわからないの」
「騎手には変わりないんだ。だけど厩舎が解散しちゃうと、恐らく騎乗の機会がぐっと減ってしまう事になるんだよ」
「つまり、収入が減るから私と別れたいって事?」
何故そうなる……そんな事は一言も言っていないと思うのだが。
そこに次々に注文した物が運び込まれて来た。こちらを見ずに取り皿に黙々と食べ物を取っていく雪奈。
「そういうわけじゃないんだ。これまでは厩舎が俺に乗る竜を用意してくれてたんだけど、これからは自分で探さなきゃいけなくなるんだよ、それでね――」
「ねえ、聞いて欲しいなら、さっさと要点をまとめて話してよ。いつもそう言ってるじゃん」
「あ、ご、ごめん。でね、うちの先生が竜障害っていう新たな事に挑戦しようとしてて――」
そこまで喋ったところで、雪奈は箸を机にバンと置いた。その顔は完全に怒っている顔。その雰囲気に気圧され、雑賀は完全に委縮してしまっている。
「だ、か、ら! 何言ってるのか全然わかんないって言ってるの! で、結局何? 何を相談したいの?」
「だから、その、一緒に付いて来てくれるのかなって……」
「はあ」と特大のため息を付き、雪奈は残った麦酒を一気に喉に流し込んだ。
「私はさ、一分一秒だってこんなクソ田舎にはいたくないのよ。あんたがいずれ幕府に住む事になるっていうから、付き合う事にしたし、体だって許したのよ。それがクビになりそうとか、話が違うじゃん」
「いや、クビとかそういう事じゃなくてね。雪奈ちゃんで言ったら何て言えば良いんだろう……商談、そう! 商談が決裂したって奴だよ」
「商談? 競竜になんの商談があるの? もしかして重巳、私の仕事舐めてるの?」
いつもの事ではあるのだが、なんでこんなに話が通じないのだろう。出会った頃は、あんなに瞳を輝かせて俺の話を聞いてくれたのに。
友人の紹介で知り合い、そこからとんとん拍子で付き合う事になって、もうすぐ三年。最近やたらと彼女が口にする言葉は「仕事が忙しい」と「騎手って緩そうで良いよね」の二つ。
どう言えばいいのか言葉を探す雑賀。興味無さ気に黙々と食事に興じる雪奈。
取り皿に取った食事を完食した雪奈が机に箸を並べて置いた。
「もう、わけわかんない。説明も全然意味わかんないし。もういいわ。私帰る」
脂っこい食事と空いた皿、伝票を残して、雪奈は外套を手にして席を立ってしまった。
一人残された雑賀は、大粒の水滴の付いた麦酒を喉に流し込んだ。
「……盛岡は雪奈ちゃんが思うよりずっと良い所だよ」
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